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第7講義

そういえば、ブックマーク登録が400件越えました……。みなさん、ありがとうございます~!!!











 王弟の屋敷でのお茶会で、「ダメだこいつ。役に立たない」と判明したルカであるが、まあ、その辺は何となく察していたことなので許容範囲内だ。むしろ、社交界本番で気づかなくてよかった。あの場には、一応親戚しかいなかったわけだし、多少の粗相は目をつむってもらえただろう。実際、エルザも眼鏡をしていなかったとはいえなかなかの失態を曝している。

 そのエルザは本格的な社交シーズン、つまり夏になり、さすがにロンバルディーニ公爵邸に戻ってきていた。去年は戻ってこなかったし、その前も短期滞在しただけだ。しかし、今年はほぼシーズン中ずっと公爵邸にいる気概だった。まあ、大学に戻ることもあるだろうけど。


「……」


 しかし、鞄一つを下げたエルザはロンバルディーニ公爵邸の前で無言で屋敷を見上げていた。明らかに不審者である。今のエルザはつばの広い帽子をかぶっているので、顔が見えないだろうし。


「……ここはロンバルディーニ公爵の屋敷です。申し訳ありませんが、ご婦人。中には入れませんよ」


 さすがに長時間突っ立っていて不審に思った門番がエルザにそう言った。エルザは帽子のつばをあげてその門番を見る。若い男だった。おそらく、エルザより年下。最近雇われたのだろうと察した。

「……ご婦人。何かご用でしょうか」

 一応丁寧な口調だが、面倒くさい、怪しいと思われていることが丸わかり出る。普段帰ってこない見なれない人物であることを自覚しているエルザは、それでも一応言った。

「実家に帰ってきただけなんだけど」

「はあ? 実家? 何を言っているんですか」

 エルザの恰好は例のお堅い格好だ。と言っても、自分でも「ないわー」と思っていた詰襟のドレスではなく、アレシアが選んだ少し華やかな礼服に近いドレスだ。色は濃い青。一応、夏なので暑苦しくない色を選んできたつもりだ。

 まさかこんな大きな屋敷の令嬢が共もつけず一人で、辻馬車で帰ってくるなんて思わないのだろう。エルザでも同じ反応をすると思う。

「フリスト、どうした?」

「トマスさん」

 フリストと呼ばれた若い門番は困惑顔で上司らしい中年の門番を見る。

「このご婦人が公爵家の人間だと言い張るんですよ」

「この人か?」

 エルザが帽子のつばをあげてトマスと言うらしい門番を見上げた。数秒彼女の顔を見つめたトマスだが、ぽかんとした言った。


「エルザお嬢様?」

「もうお嬢様なんて年ではないけどね……」


 エルザも二十八歳。未婚であるが、お嬢様なんて年ではない。ご婦人、と呼ばれる方が自然だろう。

「フリスト、大丈夫だ。この方はロンバルディーニ公爵のご次女で、エルザ様。フィユール大学で教鞭をとる教授様だ」

「准教授だよ」

 一応訂正を入れておく。念のためだ。フリストがエルザとトマスの顔を見比べた。


「えっ!? エルザ様って変じ……変わってるっていう噂の?」


 フリストがトマスに頭をはたかれた。


「失礼なことを言うな。ですが、珍しいですね。こんな早くにいらっしゃるとは。いつも夏の半ばにいらっしゃるでしょう」


 トマスはそう言いながら屋敷にエルザが戻ってきたことを告げるようにフリストに指示を出した。エルザはそんな彼に「今年はシーズン中はいるつもり」と答える。

「それはまた……珍しいですね」

 トマスが反応に困った様子でそう言ったとき、「エルザ!?」と呼びながら女性が駆け出てきた。五十歳前後に見える女性だ。

「母上」

「ああ、本当にエルザだわ。元気にしてた?」

「もちろん」

 淡い茶髪のその女性は目を細めると、「行きましょ」とエルザの手を取って屋敷の方にいざなった。


 彼女はエルザの母。ロンバルディーニ公爵夫人パルミラである。顔立ちと押しの強さはアレシアに受け継がれている。今年五十になるが、だからこそ気品あふれる美しい公爵夫人である。

「待ってたのよ。まったく、今年はシーズン中王都にいるーなんていうからびっくりしたじゃない」

「ちょっと事情があってね」

 エルザはそう言いながら屋敷の中に入る。エルザは荷物一つを持っているが、事前にほかの荷物はこのロンバルディーニ公爵邸に送っておいたのだ。その時に手紙もつけて、今年は滞在する、と伝えていたのである。


「エルザ様?」

「エルザ様が来たぞ!」

「嘘! ホントに今年は滞在なさるの!?」


 と、エルザを見た使用人たちからも悲鳴が上がる。その反応にやや傷つくエルザである。

「あなたがめったに来ないからよ。とりあえず、荷物はあなたが使っていた部屋に放り込んであるから、あとで荷解きしてちょうだい」

「荷解きするほどないんだけど」

 エルザが送ったのは、ドレス三着分と手持ちの何とかみられる宝飾品くらいだ。あと、大学の仕事で使うものをいくつか送ったが、資料などは今日手持ちで持ってきた。

 よって、荷解き、というほど彼女の荷物は持ち込まれていないはずなのだが。


「ドレス、あれだけしか持ってないなんてびっくりしたわ。追加でいくつか注文しておいたから、気に入ったのがあったら持って行くといいわよ」


 とパルミラは何でもないことのように言った。いや、公爵家の財力は知っているが、そう言うことではなくて。


「いや、持って行くも何も使うところがないんだけど……っていうか、人に黙って何追加注文してるのさ」


 ツッコみどころが多すぎてツッコミが追い付いていない。とりあえず重要と思われるところにツッコミを入れた。

「だって、放っておいたらあなた、ずっと同じドレスのローテーションでしょ。今年は社交界にも出るって話だし、あれくらいはないとだめよ」

「いや、まだ見てないから判断できないんだけど」

 できるだけ冷静にツッコミを入れるエルザである。パルミラはエルザのツッコミなどお構いなしに楽しげに話しを続ける。


「せっかくあなたがやる気になったんだから、後押ししてあげないとね。お父様も喜んでたわよ」

「ああ、そう」


 ついにツッコミを放棄した。
















 エルザが使っていたロンバルディーニ公爵邸の部屋の様子が一変していた。開け放たれた扉の前で、エルザが驚愕の表情を浮かべる。

「……何これ」

「注文したドレスですわね。あとはエルザ様に合わせて調整するだけですので」

 風を通すために開け放たれたクローゼットの中には、所狭しと色とりどりのドレスが並んでいる。やや丈が長いことから、やはり自分用だろうな、とエルザは察した。

 さらに、靴やショール、手袋、アクセサリー、化粧道具などが机やソファの上に置かれている。これをどうしろと。

「多すぎじゃない?」

「これでも少ないくらいですわよ」

 と、冷静につっこんできたのはロンバルディーニ公爵邸の侍女長アーシアだ。三十代半ばと侍女長にしては若い彼女だが、優秀でエルザが子供のころから仕えている女性だ。エルザにとっては姉のような存在でもあり、微妙に頭が上がらなかったりする。


「エルザ様、もう少し外見に気を使えばかなり見栄えが良くなりますよ」

「そりゃそうだろうよ。自分でも手を抜いている自覚があるんだから」


 反論を返してみる。気を使えば良くなるのは、たいていの場合においてその通りである。

「派手な色のものはともかく、おとなしめの……ほら、これとかなら、おそらく学会に着て行っても浮きませんよ」

 と、アーシアが示したのは瑠璃色のドレスである。不意にエルザはルカからもらったラピスラズリの首飾りを思い出した。

「うん……まあ確かに。それにしても買いすぎだろ」

「これでも少ないくらいですよ」

 アーシアにツッコミを入れられ、エルザは自分の貴族界の常識がやばいのかもしれない、とさすがに危機感を覚えた。

「最初の夜会はいつですか?」

「十日後だね」

 アーシアの問いにエルザはさらりと答えた。社交シーズンはすでに始まっているが、エルザがルカに連れられて行くのは、十日後の夜会からだ。まだ貴族たちが集まってきていないので、夜会がさほど開かれていないのである。

「わかりました。それまでにドレスの調整を行いましょう。それと、マナーの確認と、最近の貴族の勢力図も確認しておいた方がよろしいかと」

「そうだね……そうする」

 エルザはアーシアの言葉にうなずき、ソファにうなだれるようにもたれかかった。


「エルザ様のお世話をするのも久しぶりですわ。楽しみです」

「……」


 なんだか怖い。
















「あれ、エルザがいる」

「おう、お帰り」


 母の貴族界講義を受けながらお茶を飲んでいたエルザは、姿を見せた弟に軽く挨拶をした。

 弟ダニエレは末っ子でもある。エルザよりちょうど十歳年下で現在十八歳。寄宿学校を卒業したばかりだ。このままフィユール大学に入るのだ、と聞いている。学ぶのは経済学になるので、エルザとはおそらくあまり会わないだろう。

 明るい茶髪に青色の瞳をした、おそらく兄弟の中で最も美しい顔をしている男だ。ちなみに、エルザは六人兄弟であるが、ダニエレ以外は全員女兄弟である。しかし、兄弟の中で最も男らしいのがエルザだ、と言われる。

「もう帰ってきてるんだ。珍しいね」

「まあね。諸事情で、今シーズンはずっといるつもり」

 端的にエルザが言うと、ダニエレは目を輝かせた。

「ホント? じゃあ、ちょっと外国語教えてよ」

「言語による」

 大学生になると、他国の書物にも触れるので、外国語も読めないと勉強ができない。貴族はたいてい挨拶くらいはできるように訓練されているが、読み書きはまた別枠なのだ。


「ダニエレ。あまりエルザを占有しちゃだめよ。エルザも夜会に行くんだからね」

「え、何それどういう風の吹き回し?」


 母パルミラの言葉に本気で驚く様子を見せるダニエレである。いや、気持ちはわかるがやっぱり失礼である。

「諸事情があるんだよ」

「イングラシア公爵と付き合っているものね」

 と、パルミラが当の本人であるエルザを目の前に彼女の方が楽しそうに言った。エルザは思わずパルミラを睨む。


「それは……そうだけど」


 違う、と言えずに結局そんな答えを返すエルザである。他にどうしろと。

「ええっ!? イングラシア公爵って、今、社交界で結婚したい独身男性貴族ランキングトップの!?」

「アレシアといい、どこでそんな情報仕入てくるんだ、お前は」

 ダニエレの悲鳴にエルザは冷静にツッコミを入れた。ダニエレもアレシアもどこでそんな情報統計を取っているのだろう。今度調べてみよう。

「何!? エルザにそんな、色仕掛けみたいなことが可能なの?」

「ダニエレ、ちょっとこっちおいで。なぐってあげるから」

「やだよ!」

 にぎやかである。去年、ダニエレのすぐ上の姉にあたる五女も嫁いでしまったので、彼はちょっとさみしかったのかもしれない。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エルザを『奥様』と呼ばせようかちょっと迷った(笑)

エルザの兄弟が全員出てくるかは微妙なところです。だってあと三人いますし。


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