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第5講義









 ロンバルディーニ公爵家の長女テレーザは、王弟であるアクアフレスカ公爵に嫁いでいる。十二年前のことだ。王弟の妻と言っても、実体はそんなに通常の貴族の妻と変わらない。オフシーズンは領地にいるし。しかし、この手紙を読む以上、もう王都に戻ってきているのだろうか。

「どこからどう見てもお茶会の誘いだな」

「そうなんだ。どうしよう」

「断れば?」

「王弟殿下の誘いだぞ!?」

「出してるのはうちの姉だ」

 というわけで、今回は八割がたエルザ側の問題だ。そもそもの問題は、偽装恋人を頼んできたルカのような気もするが。


「まあいいじゃん。行ってきなよ」


 投げやりにエルザが言うと、「一人でか!?」と泣きが入った。いい年した大人が何を言っているのか。エルザは呆れて言った。

「私は今、学会の準備中で動けませーん」

「資金、出してやらないぞ」

「お前、言うようになったじゃないか」

 資金面を出されると痛い。今だって、ルカが買ってくれた専門書で学会用の資料を作っている。

「わかったよ。たぶん呼んでるのはうちの姉だし、今回は半分くらい私が悪い気もする」


 先ほどは八割がたと言ったが、認めるのもしゃくなので半々くらいで行こう。


 おそらく、姉はアレシアから話を聞いたのだろう。アレシアがどこまで話したかはわからないが、少なくともルカとエルザがいい仲(ということになっている)なのは知っているのだろう。


「さすがはエルザ。そう来ないと」


 と、ルカはほっとした様子でエルザを鼓舞した。ということは。


「また着るものか……」


 ルカと何度か出かけたときは、自分で服を選ぶようにしていた。髪を結ぶなど高尚なことはできないので、たいていおろすか髪飾りでまとめるくらいだったけど。

 アレシアが選んで買った服は、どれもそこそこエルザに似合うものだった。だから、行先を考えてそれっぽいものを選べば、そこそこみられるようになるのである。

 しかし、今回は一応身内とはいえ王弟の招きだ。エルザの適当チョイスではまずい気がする。

「男は楽でいいよな」

 エルザがルカを見て言った。彼は今日もかっこよく決まっている。ちょっと腹が立つ。

「エルザは内面が男前だと思うが」

「ほらお前、やっぱり私のこと女だと思ってないだろ」

 エルザもルカを男として認識してないから一緒だけど。こんな話、前にもした気がする。


 それはともかく。


「私の方で用意させようか。確かにこれ、テレーザさんからの誘いっぽいけど、元凶は私だろうし」

「そりゃそうだろうね」

 姉テレーザは、ルカを呼べばエルザが高確率でセットでついてくるとわかっているのだ。

「ドレスを持ってきてくれれば、うちの屋敷の使用人に支度を手伝うように言っておくけど」

 と、ルカは言った。エルザがロンバルディーニ公爵家へ行くと言う手もあるが、どうせルカと合流するのなら、最初からルカと一緒にいたほうがいいような気がする。

「……じゃあ、頼んでもいい?」

「ああ。伝えておく」

 交渉成立。お茶会までまだ時間はあるが、それまでに学会の準備を進めておかなければならない。
















 お茶会当日。イングラシア公爵家でお世話になることになったエルザは、ルカが大学まで迎えに来たことに驚いた。自分で辻馬車を拾っていこうと思っていたのだが。

「おはよう、ルカ」

「おはよう。荷物先に届いてたぞ」

「それはよかった」

 おととい、エルザがないセンスを絞り出して選んだドレスを先にイングラシア公爵邸に送ったのだ。ルカ宛で。

「だが、私宛にドレスが送られてきたのを見て、メイドたちが悲鳴を上げていた……」

「ルカが着ると思ったんじゃない?」 

 何となく面白くて、エルザはそう軽口をたたいた。

「とりあえず、行こう」

「そうだね」

 エルザはうなずき、ルカが差し出した手に自分の手を乗せた。この行為も何だか慣れてきたなぁ。


 今日の馬車はイングラシア公爵家の紋章が入った馬車だった。その馬車に揺られ、貴族街に入って行く。久々に来た気がするが、イングラシア公爵邸はあまり変わっていなかった。相変わらず、荘厳な王都屋敷である。

 さすがは公爵家。ロンバルディーニ公爵家の王都屋敷も荘厳であるが、イングラシア公爵家はなんというか……そう。少女趣味である。童話のお城のような様相である。

 というのはともかく。ルカがエルザを連れてイングラシア公爵邸に入ると、すでに待ち構えていた使用人たちは阿鼻叫喚だった。


「ホントに来た! ホントに来た!!」

「旦那様の恋人なんて、実在したんですね~!」


 楽しそうに騒いでいるのは、どうやら年若い侍女たちのようだ。イングラシア公爵邸に何度かお邪魔したことのあるエルザも知らない侍女たちなので、最近行儀見習いに来た子たちなのだろう。いい家の出の子たちだろうし、もしかしたらイングラシア公爵夫人の座を狙っていたのかもしれない。


「あなたたち、何をやっているの。仕事に戻りなさい」

「は~い」


 厳しい女性の声に、若い侍女たちが各々の仕事に戻って行く。侍女たちを叱った女性は、そのままルカとエルザの前に来て一礼した。

「お帰りなさいませ、旦那様。エルザ様、よくおいでくださいました。お久しぶりにございます」

「久しぶりだね、クラリッサ。お邪魔します」

「……エルザ様、御変わりないようですね」

 ルカより年上で四十歳前後の年齢に見えるクラリッサは、イングラシア公爵邸の侍女長である。彼女も良家の子女であるが、イングラシア公爵家の執事と結婚して、この家に居ついている。エルザとも顔見知りだった。知られたくない過去をあれこれ知られているので、エルザもクラリッサには頭が上がらなかったりする。

「お着替えの準備ですが、すでにできております。時間に余裕はありますが、王弟殿下のお招きですし、急ぎましょう」

「わかった……悪いけど、お任せします。お願いします」

「お任せください。旦那様の隣にいても見劣りしないほどの美女に仕上げて見せます」

「いや、それはいいから。というか、無理だから」

 そんなやり取りをしながら、エルザはクラリッサについて勝手知ったる屋敷の中に入って行く。背後でルカが「私は?」と声をかけてきたが、クラリッサは華麗に無視した。


 ルカは代わりにクラリッサの夫である執事長につかまったようで、たぶん、エルザの支度ができるまで仕事を片づけることになるのだろうと思われた。

 用意された支度部屋には、すでに侍女が待ち構えていた。全員ニコニコしている。玄関で出迎えてくれた侍女も混じっている気がしたが、気にしないことにした。


「エルザ様。こちらへ」


 と、明らかに自分より若い侍女に手を引かれて鏡の前に立たされる。さらに別の侍女が「眼鏡とりますね」とエルザの眼鏡をとった。とたん、視界がぼやける。


「じゃーん。エルザ様には手直ししたこれを着てもらいます」


 と、エルザが事前に送っていたドレスを見せられる。視界がぼやけているが、明らかに手が加えられている。

「私がエルザ様をイメージして手を加えさせてもらいましたー。きっと似合いますよ」

「……任せる」

「はい、きたー」

 間延びしたこの声も聞き覚えがある。クラリッサの娘のカティヤだ。エルザよりやや年下の彼女だが、幼いころから両親とイングラシア公爵家に仕えているのでやはりエルザと面識はあった。


「エルザ様、眼鏡がなくても視界は確保できますよね」


 と、化粧担当らしい侍女が尋ねてきた。エルザは「まあ、生活に支障はないけど」と答える。すると、その侍女はにっこり笑って言った。

「なら眼鏡なしで行きましょう。念のため眼鏡は持って行って、何かあれば旦那様を頼ればいいわけですし」

「……あはは」

 エルザは乾いた笑い声をあげた。その間にもテキパキと来ていた一応よそ行きの緑のドレスを脱がされ、コルセットを締められる。前時代的な拷問具のようなものではなく、どちらかというとビスチェに近い気もする。


 さらにその上から手直しされた紫のドレスを着こむ。栗毛にグレーの瞳と言う割と一般的な容姿をもつエルザは、何を着せても結構似合う。でも、以前まで来ていた時代遅れともいえる服装は評判が悪かった。


 さらに三面鏡の化粧台の前に連れて行かれ、椅子に座らされる。伸ばしっぱなしの髪をとられ、「切ってもいいですか」と聞かれたエルザはうなずいた。

「もう好きにしてくれ……」

「じゃあ好きにしますね」

 と、この屋敷の侍女たちは強い。ざく、ざく、と容赦なくはさみが入れられる。切られたのは毛先で、たぶん、傷んでいたのだと思う。

 髪を結うのと同時に化粧もされる。夜会ではないので、あまり濃くはないが、ばっちり化粧をしたのは何年振りだろう。髪も結い上げるのではなく、右側に髪を寄せて編み込み、肩からたらした。髪飾りは銀とアクアマリンのもの。数少ない、エルザが持っている『まともな』装飾品である。ちなみに、これから訪ねる姉テレーザからのプレゼントだ。


「それからこれを」

「何これ初めて見るんだけど」


 イヤリング(自前)をつけてもらっていたエルザはカティヤが差し出した細長い箱の中に入っているネックレスを見て眼を細めた。視界がぼやけているので良く見えないが、青い石のネックレスだ。色的にラピスラズリだろうか。


「旦那様からです」

「……マジか」


 へたするとエルザよりルカの方が趣味がいいかもしれない、と彼女は妙なところで感心していた。せっかくなのでつけてもらう。紫のドレスなのでわかりづらいかと思ったが、淡い紫なので濃い青のネックレスはそれなりに目を引いた。

「お似合いですよ」

 クラリッサが微笑んで言った。エルザ自身もそこそこ似合っているのではないか、と思う。

「うん。ありがとう」

「いえ。私たちも楽しかったですわ。女性の身支度を手伝うのは久しぶりですから」

「ああ……そうだろうね」

 エルザはクラリッサの言葉にうなずいた。三年前まではルカの母がいたはずだが、ルカがイングラシア公爵位を継ぐと、夫である前公爵とともに領地へ行ってしまったはずだ。ルカはあの調子なので、少なくとも三年はこの屋敷に身分の高い女性はいなかったことになる。


「またお待ちしていますね!」


 カティヤに明るく言われたが、歓迎されているのはうれしいが、そうそうあっては困る、とエルザは思った。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やり取りが子供みたいでちょっと楽しいです(笑)


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