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補講8

時間軸が戻ります。









 結婚後初の社交シーズン。相変わらず引きこもっているエルザの元を彼女の姉妹プラス義理の姉が訪れた。ちなみに、イングラシア公爵家の主人であるルカは仕事に出かけて行った。


「何? 勢ぞろいだね」


 来客だと言われてエントランスに出てきたエルザの第一声だ。それから「よくおいでくださいました」と公爵夫人らしく少し膝を折る。


「あ、すごい。ちゃんと公爵夫人っぽくなってる。お邪魔します」


 アレシアが笑って言った。こういうところ、エルザとアレシアは似ているなぁと思う。

「まあ、これくらいは……テレーザもフィオナ様もお久しぶりです」

「ええ。そうね」

「夜会では何度か顔を合わせたけれどね」

 姉二人はおっとりと微笑む。フィオナはともかく、テレーザはこれで舌鋒が結構きついから詐欺だと思う。

「エルザ、公爵夫人としての生活は大丈夫? 何か困ってない?」

「相談があれば遠慮なく言ってちょうだいね」

 と、姉二人は気遣うように言うが、これが信用できるかは微妙である。ルカの姉でありエルザの義理の姉と言うことになるフィオナの性格はよくわからないが、あのルカを育んだイングラシア公爵家の娘だ。只者ではないと思われる。ちなみに、フィオナとテレーザでは、フィオナの方が年上になる。


「まあ、今のところは困ってないけど」


 夫であるルカが妙に寛容であると言うのが原因である気がする。一般的な貴族の妻とは違っていると思う。

「でも、一応ほら、作法とかあるでしょ」

 とアレシア。ソファに置かれたクッションに寄りかかってゆったりと座っている。

「まあ、その辺はクラリッサに叩き込まれてるから」

 ちょうどお茶を運んできたクラリッサと目があった。記憶力の良いエルザは、教えられれば大概のことはできる。身体能力がついてくるかは別問題であるが。

「……というか、アレシアは無理して来なくてもよかったんじゃないの。妊娠してるんだろ」

「そんなわけにはいかないでしょ。公爵夫人になったエルザの雄姿を見に来ない手はない」

「……」

 アレシアが相変わらずすぎる。さすがに四人目だと肝が据わっている。それにしても、ここの夫婦はいつまでも仲がいいな。

 さすがに公爵家に嫁いだエルザも考える。このままだとルカの代で伝統あるイングラシア公爵家が終わる可能性もあるな、と……。まあ、それはともかくだ。

 女が四人も集まればおしゃべりに花が咲く。エルザはほぼ聞き役だが、尋ねられればちゃんと返答した。


「ずっと気になっていたのだけど、エルザはずっと前からルカと付き合っていたのよね?」


 唐突にフィオナが尋ねた。ロンバルディーニ家の姉妹三人はキョトンとする。


「いや……去年の春くらいからだけど」


 ルカが「結婚してくれ!」などと叫びながら大学のエルザの研究室に乱入してきたのは、たった一年ちょっと前のことだ。それなのにこんなにも懐かしく感じる。

 今度はフィオナがキョトンとした。

「でも、ずっと仲良かったでしょ?」

「……まあ、そうだね」

 何しろ初等学校から大学までずっと一緒だったのだ。これで仲良くない方が珍しいだろう。

「一緒に出掛けたり、家に遊びに来たりもしてたじゃない」

「……それ、いつの話?」

 対象年月が広すぎてどこを指しているのかわからない。ここ一年はよく一緒に出掛けていたけど。偽装デートである。……今となっては、どこからどこまでが『偽装』であったかわからないけど。


「ええ? 結構前よ。わたくしが嫁ぐ前だから……」


 エルザたちがまだ高等学校にいたころか? 確か、フィオナがヴェルディ公爵家に嫁いだのが、その頃だったはずだ。もう十年も前に話である。


「確かに一緒に出掛けたりはしてたけど、別に付き合っていたわけじゃないし……」


 そもそも、高等学校時代の最初は、エルザには婚約者がいた。まあ、その時点で半分ないようなものだったけど。

「そもそも、『付き合っている』という定義がわからん」

「ほら、エルザはこれだよ。さすがは大学教授」

「准教授だよ」

 呆れたようなアレシアに訂正を入れる。もう少し頑張れば教授になれるかもしれないが、今のところは准教授である。


「どっちでもいいわよ、そんなの。お互いを好きあってたら、それはもう『付き合って』るんじゃないの?」


 と、アレシアの方は結構な単純思考である。彼女らしいと言うか。わかりやすいけど。

「アレシアも極論すぎるけど、形のないものを定義づけるなんていうのもエルザらしいわね」

 テレーザが笑って言った。エルザは「だって理解できないから」と答える。最初に問いを発したフィオナが困惑気味に言う。

「でも、今は好きなのよね?」

「まあ、そうだね。ずっと好きだったような気もするけど、よくわからない」

「それならいいのよ。変なことを聞いてごめんなさい」

「ああ、いや。こちらこそはっきりしなくて」

 と、エルザとフィオナがお互いに謝りあう。人の恋愛事情に首を突っ込もうとしたフィオナも悪いが、頭が固すぎるエルザも相当である。言ってしまうと、好きと愛しているの境目が良くわからないのだ。


「エルザの場合は友情と愛情が混ざってしまっているのかもしれないわね」


 フィオナが苦笑気味に言った。彼女によると、ルカは絶対にエルザのことが大好きなのだそうだ。アレシアも「愛されてるわよね」などとエルザに言う。

 フィオナ曰く、友情と愛情が混ざり合ってどちらかわからなくなっているのではないか、ということだった。思わず納得しかけたエルザであるが、しかし、何故こんなに真剣にエルザの心理解析をしているのか。


「さらにエルザ自身も自分の気持ちがよくわからないから、違いがよくわからないと」


 アレシアがなるほど、とうなずく。政略結婚であるアレシアたちの間にも愛情は存在するので、まったくもって不思議な感情であると思う。

「そう言えば、エルザ。前に、『感謝を伝えるには』っていう話をしたじゃない」

「あー、うん」

 テレーザの言葉に、エルザは歯切れ悪くうなずく。あの時、テレーザは。


「甘えられたの?」

「なあに? その面白そうなお話は」


 にっこりと尋ねてくるテレーザの言葉に反応するフィオナである。女性と言うのは、いつまでたってもこういう話が好きらしい。

「まあ……甘えたと言うか、甘やかされたというか」

「あらやだ惚気?」

「っていうかエルザ、恥じらいとかないんだ……」

 楽しげに言ったのはフィオナで、ツッコんできたのはアレシアだ。アレシア、激しく余計なお世話である。


「ま、まあ、エルザが公爵に甘えたいと思うんなら、やっぱりエルザは彼のことを愛しているんでしょうねって話、なんだけど」


 テレーザがあわてて言った。エルザは「ふうん」と他人事のように相槌を打つ。

「エルザ、すごい他人事だね」

「言われても実感がわかないからな」

 客観的に「そうなのだろう」と言われても、本人に自覚がないためにこんな反応になるのである。テレーザとフィオナが苦笑した。

「まあ、それがエルザらしいと言うか」

「二人はこのままでもいいのかもしれないわね」

 と、強制的に結論が出た。

「そうそう。リオネロが本当に遺跡調査に来たかったらいつでも言えって言ってたわ」

 帰り際、テレーザがそう言って微笑む。エルザに顔を近づけて、「夫婦げんかしたときの避難先の一つよ」などと言ったが、エルザはたぶん、そんなことになったら大学に避難する。というかそもそも、この二人だと喧嘩まで発展しなさそうである。

「アクアフレスカ公爵にありがとうと伝えておいて」

 それでも一応、エルザも空気を呼んでそう言った。それくらいはできる。そして、アレシアには無理をしないように、と伝える。彼女は拳を握って言った。

「だーいじょうぶ。これでもベテラン母親なのよ」

 というアレシアは頼もしい。最後にフィオナが微笑んだ。

「今更だけどエルザ。うちの弟みたいなヘタレを好きになってくれてありがとう」

「……どういたしまして」


 さすがはルカの姉。言うことがストレートだった。


 エルザの姉妹たちが帰ってからしばらくして、この屋敷の主人が帰宅した。もちろんルカのことである。

「お帰り」

「ああ。ただいま」

 小走りに迎えに出たエルザに、ルカが微笑む。


「帰ってきたらエルザが出迎えてくれるっていうの、いいな……」


 笑顔はクールなのに、言っていることがやや変態的なのもルカらしいと言えば、らしい。


「何言ってるの」


 エルザは呆れて、でも笑った。アレシアたちと話をしたせいだろうか。エルザはこの時、自分はとてもルカのことが好きなのだと実感した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


だんだんルカが変態になっていくのは何故。


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