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補講7










「嬢ちゃんたちももう卒業か」


 すっかり贔屓になった眼鏡屋で新しい眼鏡を確認していると、しみじみとそう言った。

「早いもんだな」

「私、ご店主と会ったときすでに三回生だったんだけど」

「確かにそうだが、気分の問題だな」

 なじみとなった眼鏡屋の店主はそう言ってエルザの眼鏡のフレームを微調整する。

「眼鏡もすっかりエルザ嬢ちゃんの一部だしな」

「ルカには本体は眼鏡か、なんて言われるしね」

「……前から思っていたんだが、嬢ちゃん、一度あの兄ちゃん締めたほうがいいんじゃないか?」

「それは私も思ってる」

 しかし、あいつはああいうやつだから、とあきらめている自分もいる。

「うん。いい具合。ありがとう」

「そりゃよかった。そんで、嬢ちゃんは卒業したらどうするんだ? あの兄ちゃんと結婚するのか?」

「は? なんで?」

「……その反応が返ってくることにビックリだ」

 と店主はむしろ呆れたようにため息をついた。エルザは「どういうこと?」と眉をひそめるが、店主は「自分で考えろ」と放り投げた。

「……卒業後は、このまま大学に残って研究を続けるつもり。だからまた来る」

「嬢ちゃん……親不孝もんだな……」

「親も私についてはあきらめてるから問題ない」

 主にエルザが変人すぎるせいで、我が道を行く彼女を家族のだれも引き留めることができないのである。

「となると、兄ちゃんはどうするんだ?」

「宮廷官僚になるんだって」

 どこに配属されるかはまだわからないが、彼の頭なら問題なく官僚試験に受かっただろう。


「……頭は問題ないだろうが、大丈夫なのか? あの天然で」

「……まあ何とかなるだろ。子供じゃないし」

「……」

「……」


 ルカの宮廷勤めなど不安しかないが、たぶん、何とかなるだろう。たぶん……。


「嬢ちゃんのほうは今まで通りか」

「そう言うこと。まあ、他の先生の助手をしつつ研究つづけてって感じかな」

「貴族の道楽だな」

「否定はしない」

 エルザは代金を支払い終えると、慣れた仕草で眼鏡を押し上げた。

「それじゃあ、また来る」

「ああ。兄ちゃんにもよろしくな」

 エルザはスプリングコートをバサッと男らしく羽織り、軽く手をあげて見せを出た。青空を見上げ、ぐっと伸びをする。もうすぐ卒業かと思うと、感慨深いものがある。しかし、エルザはこのまま大学に残るので、結局何も変わらない。


 しかし、決定的に違うことがある。これまでずっと一緒だったルカがいなくなる。宮廷につかえるのだから、当たり前だが王都に行くことになる。フィユール大学と王都ゾラは目と鼻の先だが、やはり物理的な距離は大きい。


「……なんだかなぁ」


 なんとなくため息を付き、エルザは歩き出した。気分転換に何か甘いものでも食べて帰ろう。

 なんだかこう、もやもやする。何故だろう。四年も続いた生活が変わるからだろうか。しかし、それよりも長く続いた初等学校から高等学校までの生活が終わるときよりも不思議な気分になっていた。

 この四年間行きつけとなったカフェでセミフレッドをつつきながら、何が違うのだろうか、と考える。甘いそれを口に含んだあと、苦いコーヒーを飲む。うむ。おいしい。

 大学は卒業だが、このまま研究者となるエルザはまたここに来ることもあるだろう。しかし、いつも付き合ってくれたルカはこの大学を去る。そうしたら、もう一緒に来ることはないだろう。いや、あるかもしれないが今までほど頻繁には来られないだろう。

 当たり前が当たり前で亡くなる喪失感。セミフレッドを食べきったエルザは手をあげて追加注文をする。


「すみませーん。パンナコッタとカプチーノください」

「良く食べるな、お前。晩御飯食べられなくならないか?」


 テラス席にいたエルザに店の外から声をかけてきたのはルカである。前から思っていたが、こいつ、エルザの居場所がわかるのだろうか。

「なんでルカここにいんの?」

「私もここでドルチェでも食べようかと思って」

 通りかかったらしい。まあ、二十年近く一緒にいれば行動パターンも似てくるか。

 そう言うルカはちゃっかりエルザの向かい側に座り、ビチェリンを注文した。エスプレッソ、ホット・チョコレート、牛乳などを混ぜた温かい飲み物だ。ドルチェ系の飲み物であるとエルザは認識している。後に散々乙女だ、女子力が高いと言われるルカだ。かわいらしいものを注文する。

 それをちびりと飲むルカの向かい側で、エルザもパンナコッタをスプーンですくう。エルザはじっとルカを見つめた。

「……なんだ?」

「……いや。ついにお前と行く道が分かれるなーと、らしくもなく感傷に浸っていただけだ」

 エルザはしれっと言った。自分の感情がわかれば、納得できる部分もある。姉が嫁いでいったときのような、妹たちが嫁いでいったときのような、そんな気持ち。あの時と似ている。大切なものが離れていく感じ。


「……何」


 今度は自分が見つめられているのを感じてエルザは眉をひそめた。ルカがふっと笑って「いや」と首を左右に振った。お互い、反応まで似ている。

「大学に入ってお前、可愛げがなくなったなと思ったが、やっぱりそんな可愛らしいことを言うんだなと」

「お前、一回私に謝る気はないか?」

 言っていることが結構ひどい気がする。ルカが「何故だ?」とぽかんとする。こいつ、本当に駄目かもしれない、と思った。

「……まあいいけど」

「良くわからないが」

 ルカが四年で見なれた街並みを眺めながら言った。

「確かにずっと一緒ってわけにはいかないからな。行く道は分かれるかもしれないが、そもそも別にそんなに離れてないしな」

「……そうだね」

 エルザはカプチーノをすすり、言った。

「少しさみしかっただけだよ。まあ、姉妹が嫁いでいく感じ?」

「お前も結婚したいのか?」

「なぜそうなる」

 ツッコみどころが違う。何故姉妹と同じにされたところに突っ込まないのか。まあ、このちょっとずれたところもルカらしさである。

「言われてみれば長い付き合いだな。十五年くらいか」

「初等学校からだしね」

 当時から主席争いは続いている。二人とも勉強が好きで好きでたまらない、というわけではないので、おそらく、天才肌なのだろう。


 エルザの方がややしっかりしている。でも結局どっちも抜けている。頭のいい人は代わった人が多いよね、というのがエルザとルカ、共通の友人の言だった。

「長いな……。確かに離れるのは変な感じだ」

 ルカもそう言った。相変わらず真顔だけど。エルザはため息をついた。

「なんでこう……節目って感傷的になるんだろうな」

 特に卒業のころ。特に今回はひどい気がする。

「まあ、わからなくはない。そう言えば社交シーズンになったら夜会に一緒に来てくれたりしないか?」

 そう言えば宮廷官僚となるルカはそう言った社交界が避けられなくなるのか。研究職というある意味引きこもりとなる予定のエルザとは違う。


「絶対にいや」


 即答だった。一応社交界デビューはしているエルザだが、ここ数年まともに出席したことがなかった。マナーが不安であるし、基本的に不遜な性格であるエルザは社交界うけが悪そうだ。

「がんばって一人に行け」

「……まあ、初めからあまり期待はしてなかった」

 ルカはそう言ってビチェリンを飲み干す。エルザもカプチーノを飲みほした。何となく並んでキャンパスに戻る。

「そう言えば、もうすぐ卒業成績が貼り出されるな」

「ああ……まあ、たぶんお前か私が主席だろう」

 と、歪みないルカである。エルザは思わず笑った。

「それは最後まで変わらないな」

 と、エルザも疑ってすらいない。彼女とルカが同じ学年であることは、彼女らの同窓生たちにとって不幸かもしれない。ある意味幸運かもしれないけど。

「……お前がさみしいと言うのならまた会いに来よう。私にとっても母校になるからな」

「郷愁ってやつか」

 エルザは目を細め、春の空を見上げそれからルカを見上げた。

「そう言ってくれてうれしい。ま、これからも一つよろしく」

「ああ」

 ハイタッチでもしようかと手をあげたのに、それをスルーして彼はエルザの頭を撫でた。何故だ。


 ちなみに、これがルカが頻繁にエルザの元を訪れる原因となる。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エルザの大学編はこれで終わりです。次から時間軸が戻ります。


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