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補講6

前半と後半で違う話です。










 エルザとルカが大学に入学してからしばらくたったころ、面白いことが起こった。


「告白されたんだ」


 面白いだろ、というエルザに対し、ルカが真顔で言った。

「それを面白いと言えるエルザにびっくりしている」

「どう見てもびっくりしてないけどな」

 互いにツッコミを入れる。大学の中に街がある、と言われるフィユール大学構内にはおしゃれなカフェなんかもある。その一つで、エルザとルカは休日を過ごしていた。

「それで、誰に告白されたんだ?」

「二学年上の法学部の先輩。ここんとこ用があって法学部に出入りしてたからな~」

 そこを目撃され、惚れられたらしい。面白いこともあるものである。

「エルザは美人だからな。なんて答えたんだ? 了承したのか?」

「ルカ、女子みたいだな」

 先に同学部のマルティナに根掘り葉掘り聞かれていたエルザは、目の前のクールそうな面差しの男に向かって言った。たまに、エルザよりルカの方が女子力が高いのではないかと思う。

「了承するわけないだろ」

「そうか」

 ルカは少し笑ってそう答えた。怒るところが一緒に笑うところか迷う。ちなみに、マルティナには「面白くない!」と言われた。彼女はエルザに一体何を求めているのだろうか。


「エルザらしいな」

「……絶対ほめてないね」


 エルザはそう言ってため息をつくと紅茶をすすった。チーズケーキをフォークで小さく切り、口に入れた。

「うん。おいしい」

「それはよかった。先輩に教えてもらったところなんだが」

 ルカは結局政治学を学んでいる。エルザは政治史にも手を出しているのでそのうちかかわりがあるかもしれない。それにしてもその先輩とは。

「……ルカ。ちなみにその先輩にはなんて尋ねたわけ?」

「確か……女友達を連れて行くんですけど、どこがいいですかねって」

「……相変わらずストレートだな」

 ルカはまじめで何もかもがまっすぐだ。だから、エルザと友達でいてくれる彼の友情が本物だとわかるのだが、何もそんなふうに聞くことはないだろうと思うのだ。まあ、言っても治らないし、言うだけ無駄な気がするから言わないけど。


 しかし、おかげでこのカフェの理由もわかった気がする。つまり、女の子が好きそうなおしゃれなカフェなのだ。外観もメルヘンチックでかわいらしいが、内装も乙女っぽくてかわいらしい。まあ、エルザもルカもそこまで気にしないけど。

 おそらく、その先輩はルカが好きな女性を連れて行くと思ったのではないだろうか。まあ、ただの女友達であっても、こういう店に連れてくる可能性は皆無ではないけれど。

「……ここも可愛いけど、私はもっとクラシカルな感じの方が好きだな」

「では、次はそう言った店がないか聞いておく」

「うん」

 エルザも休日には街、というかほぼ大学の構内なのだが、そこをうろうろしていきつけの店などが出来ていたりするが、やはり、先人に聞くのはよい。情報量が違う。あ、ここいい、と思って入っても、あまりよくなかったりすることもあるし。

「そう言えば、ルカの方はそう言う話はないの?」

「そう言う話?」

「告白されたりとか」

「あるわけないだろう」

 即答された。まあ、ルカなので気づいていないだけの可能性もあるが、エルザは「そう」と答えた。

「勉強の方は?」

「やはり高等学校までのものとは違うが、今のところ問題ない」

「同じく」

 エルザもルカもそこそこ適応能力が高かった。エルザは通りかかった店員に注文を追加する。

「すみません。ズコットを一つください」

「……まだ食べるのか」

 ルカが少し呆れた口調で言った。
















 最近眼が悪くなってきた気がする。エルザは課題の本を読みながらそう思った。


 そんなわけで、休日に眼鏡を買いに行こうと思った。女性が眼鏡をすることはあまりないのだが、背に腹は代えられない。


「エルザ。どこかに行くのか?」


 聞き覚えのある声で名を呼ばれ、エルザは振り返った。眼を細めて近づいてくる長身の人影を見る。

「……ああ、ルカか」

「どうしたお前。眼付き悪いぞ」

 ルカが眉をひそめて言った。エルザは正直に答える。

「眼が悪くなったみたいで、遠くが見えないんだよな」

「なるほど。眼鏡でも買いに行くのか?」

「そういうこと」

 エルザはそう言ってうなずいた。階段を降りる彼女に、ルカも続いた。

「何? ついてくるの?」

「見えてないなら危ないだろ」

 どうやら気を使ってくれているらしい。エルザは笑って「大丈夫だって」と答える。

「街を歩くくらいなら問題ないよ」

 ちょっと離れているところにある看板の文字とかは見えないけど。しかし、だいたいどこになんの店があるかくらいはわかる。伊達に三年もこの街で暮らしているわけではない。まあ、それでも眼鏡屋に行くのは初めてだけど。

「本の読み過ぎか?」

「わからないけど否定はできないね」

 暗い中で本を読んだせいだろうか。可能性は高い。マルティナなどには笑いながら「早く寝ろよ」と言われたりもするが、無視したせいか。


「ここだな」


 ルカがそう言って入口のドアを開けてエルザを中に入れてくれる。開けた時、ドアに付けられたベルがからんと音を立てた。

「いらっしゃい」

 店主らしき男性が奥から出てきた。男性はエルザとルカを見比べる。

「眼鏡をご所望かね」

「あ、ええ。私の眼鏡を作ってほしいんだけど」

 エルザがそう言うと、店主は「ほお」と少し驚いたようだ。


「お嬢ちゃんが。珍しいな。お嬢ちゃんくらいの年の娘は見栄えを気にして嫌がるものだが」

「お嬢ちゃん……」


 ルカがエルザをちら見してつぶやいている。いや、確かにエルザもそこは引っかかったけど。

「私はそう言うの気にしないから」

 この辺りがエルザのセンスの悪さに影響している。なお、この時期はまだそんなにひどい恰好ではない。それでもシンプルなブラウスにワンピースだけど。さすがに色の反発などはわかるので、合わない色は合わせない。エルザが割と何色でも着こなせるのが救いだ。

「見えれば何でもいい」

「……せめてフレームくらい選べ」

 ルカからツッコミが入った。せっかくついてきたのだから、彼にフレームを選んでもらおう。

「じゃあ選んで」

「……なんだい。二人は恋人かい」

「違う」

 二人して即否定である。店主はため息をついた。

「そうかい。じゃあ、視力測るからお嬢ちゃん……お嬢ちゃん、名前は?」

「エルザ」

 尋ねられたので正直に答える。お嬢ちゃん、と言われるのが何となく居心地が悪かったので、これで名前で呼んでもらえるかと思った。


「じゃあエルザ嬢ちゃん。こっちに座ってくれ」


 店主が手招きしてエルザを呼びよせる。やっぱり『嬢ちゃん』呼びは外せないらしい。

「兄ちゃんはその辺でフレーム選んでてくれ。カタログがあるから」

「……私はルカだ」

 ルカは生真面目に名乗った。店主は「そうかい」とやはり対応が雑である。

「すぐに済むからな」

 もう反論する気も起きない。

 店主に視力を測られ、その間にルカはフレームを選んでいた。結構真剣に選んでいて、エルザはちょっと引いた。


「エルザなら銀縁か……?」

「人の顔を見るなり何なんだお前は」


 とっさにツッコミを入れてしまうエルザだった。店主は「仲がいいな」と言いながらルカの向かい側に座る。エルザはルカの左隣に座った。

「視力はだいたいわかった。あとはデザインだが」

「ルカに任せる」

 自分のことであるが、ルカに選ばせた方が手堅い気がした。

「じゃあこれで」

 と、ルカはデザインの一つを指さす。レンズは幅広で縦が細いタイプだ。特に文句はなかったのでエルザも「それでいい」とうなずく。

「一か月ありゃあ出来上がる。代金は商品と交換だ。ざっとこれくらいの金額だな」

 と店主が価格を提示する。何とか予算内なので、エルザは「わかった」とうなずいた。

「それじゃ、今後もごひいきに」

 店主が店を出るエルザとルカにひらひらと手を振る。外に出てからエルザは言った。

「不思議な店主だったな」

「否定はしないが、最後まで名前で呼ばれなかった……」

「私も嬢ちゃん呼びだったしね」

 何となく脱力し、二人はそのままレストランに夕食をとりに行った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


こうしてエルザは眼鏡となった……。


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