補講2
いつにも増して下らない感じ。
往々にして、カードゲームとは自分の手札を相手に読ませないことで、自分に有利に進めることができる。そう言う意味ではあまり感情が表に出ないエルザは、こうしたゲームをする場合、かなり有利である。
「はい、私の勝ち」
「なんで!?」
エルザの向かい側にいるレベッカがばん! とテーブルをたたいた。納得のいかない表情である。
「どうしてそんなにエルザのところにいいカードが集まるの!?」
カードゲームと言っても、所詮トランプだ。賭けもなにもしていない、ただの遊びである。
「別に集まってるわけじゃないさ。情報と確率論の問題」
「……エルザって歴史学者じゃなかった?」
「そうだね」
エルザは肩をすくめて手札を捨てた。その手札を見て、ガイウスが文句を言う。
「屑カードばっかじゃん!」
「でも、そっちが先に降りたから私の勝ちだ」
と、エルザは不敵に笑う。こういったゲームにエルザが強いのは昔からだ。
「ちょっとルカ。あなたの奥さん何とかしてよ」
「無理だ」
即答である。エルザの左隣、つまりガイウスの向かい側にいるルカは、自分も手札をテーブルに置いて即答した。レベッカがため息をつく。
「このゲームがそう言うゲームだって言うのは知ってるけど、実際にやられると腹が立つわねぇ」
「おいルカ。お前の嫁、詐欺師の才能があるぞ。お前、詐欺に引っかかってないか?」
レベッカもガイウスも言うことがひどい。まあ、いつものことであるが。
「エルザは確かに頭がいいけど、そんなことはしない。それに、私の方から申し込んだから詐欺に引っかかったと言うことはない」
「……」
三人は沈黙した。相変わらずまじめでストレートである。初めのころは動揺したが、今では慣れたのでスルーである。最も、動揺していたころも表情には現れていなかった。
「……お前も読めないけどな」
ガイウスが恨めしげにルカに言った。現在のイングラシア公爵夫妻は表情が読めないことで定評がある。
その後もいろいろゲームをしてみたが、頭脳がものをいう手のゲームはエルザが圧勝だ。運が必要になってくるものはさすがに彼女の計算力も当てにはならないが。
エルザとルカは、かつて学校で主席争いをしたことがあるほどの秀才同士である。しかし、エルザには、ルカは素直すぎるので『読みやすい』のである。反対にルカにはエルザが『読みにくい』らしく、この辺りの情報量の差でエルザがルカに勝っている状況だ。なので、普通に試験などの頭脳を競う場合はどうなるかわからない。
「エルザってさ。苦手なものないの?」
「おしゃれ」
「いや、そう言うことじゃないわよ」
レベッカがツッコミを入れた。エルザもそう言うことを聞かれているわけではないとわかっている。
「……何だろう。苦手なものをしたことがないからわからない。たぶん宮仕えはできないと思うけど」
「ああ、お前、出来なさそう」
ガイウスが妙に納得した様子でうなずいた。その手で言うのなら、公爵夫人と言うのも不得手であるのだが、結婚してしまったものは仕方がない。ルカも、エルザにそういったことを求めているわけではないだろう。
「エルザはあまりチェスは得意じゃないよな」
ルカがそんなことを言ったが、それはルカと比べての話である。
「戦術シミュレーションのことだろ。それはルカと比べるのが間違ってる」
エルザは冷静にツッコミを入れた。エルザは基本的に戦略的思考を必要とされないため、そのあたりは確かに苦手だ。ルカはその能力を求められるため、鍛えられている。
だから、エルザとルカがチェスと言うゲームで対戦した場合、ルカが勝つ確率が高い。エルザが統計を取ったところ、実際にルカの勝率は八割五分だ。
しかし、決してエルザがチェスが苦手と言うわけではない。むしろ、得意な方だ。大体の場合は勝てる。しかし、ルカが相手だと分が悪いことは認めざるを得ない。
「何このハイスペック夫婦!」
「まあ二人とも大卒だしな……」
荒ぶる妻に、ガイウスは呆れた感じでそう完結させた。二人とも心なしか遠い目である。
それでも納得いかないらしいレベッカは、ハンデ戦を主張してきた。
「ハンデって言っても、カードゲームでハンデ戦は難しくないか?」
エルザがツッコミを入れると、ならばと、レベッカは言った。
「勝った人が一杯ずつお酒飲んでいくっていうのはどう?」
「なるほど」
エルザはすぐに了承した。なぜなら彼女は酒豪だからだ。さすがに限界は存在するが、かなりの量を飲んでも平然としているタイプだ。さすがに思考力は鈍ってくるけど。
「……それ何気に私に不利だよな?」
指摘を出したのはルカだ。彼は酒に弱いわけではないのだが、強くはない。普通だ。
普通に考えてエルザがアルコールで酔ってきたら、ルカが勝つようになってくる。そうなると、ルカが酒を飲むことになる。エルザはかなり持つだろうが、ルカはすぐにつぶれるだろう。
「大丈夫よ。私もそんなに強くないもの」
提案者のレベッカがにっこり笑って言った。ガイウスもそう強い方ではないが、この二人はエルザとルカが争っている限り関係ない。
とはいえ、ルカは蒸留酒を出してきた。今更だが、ここはイングラシア公爵邸である。
エルザがショットグラスに蒸留酒をそそぐ。ふとエルザは思い出して尋ねた。
「そう言えば、ショットグラスをチェスの駒に見立てたゲームがあるらしいよな。駒をとったらその蒸留酒を飲み干すっていうやつ。ルカ、今度やってみようか」
発想がレベッカと同じであるが、この方法なら勝てるかもしれない。
「……考えとく」
ルカが消極的な反応をした。エルザは肩を竦め、レベッカが配った手札を手に取った。
結局、酒が入ってもエルザは十連勝した。だが、強い蒸留酒を十回連続で飲みほしたエルザは、さすがに思考力が鈍ってきたらしく、勝てなくなってきた。そうなると、やはりルカが蒸留酒を飲み干すことになる。
十杯持ったエルザとは違い、ルカは二杯目でダウンした。そうなると、再びエルザが飲み干す事になった。さらに連続五杯飲みほしたエルザだが、さすがにそこで限界に達し、飲み干す役目はレベッカに移った。レベッカとガイウスは元からいい勝負だったので、交互に飲み干していく……。
と、四人はすっかり出来上がっていた。一番平然としているのはレベッカだ。レベッカとガイウスは同じくらい飲んだはずなので、レベッカの方が強いのかもしれない。
最終的に十五杯を飲みほしたエルザよりも二杯しか飲んでいないはずのルカの方がややボーっとしていた。エルザも少しほわほわしているが、ルカの肩をたたく。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
選んだ蒸留酒が強すぎたようだ。しかし、選んだのはルカ自身なので、自業自得ともいえる。
「ルカもアレだけど、エルザもアレだよな。強いよな……」
ガイウスが言った。顔に出ていないだけで、エルザもかなり酔っている。
「ルカ~。今日泊まっていってもいい?」
「はじめから泊まっていくつもりだっただろう……」
レベッカの要求にルカは割としっかりツッコミを入れた。レベッカとガイウスのトラエッタ侯爵夫妻は、友人であるイングラシア公爵夫妻に夕食に招かれ、その後、ゲームに興じることとなったのである。
「何をしているのですかあなた方はもう……」
呆れてツッコミを入れたのはクラリッサだ。他の侍女たちも苦笑を浮かべながら片づけをしてる。レベッカとガイウスは客室へと案内されていったが、ルカはそこのソファで伸びているし、エルザは片づけを手伝おうとカードを手に取った。
「ああ! もう、奥様ったらこっちはいいですからあっちを何とかしてください」
カティヤがエルザからカードを取り上げる。さすがに飲み過ぎたか頭がボーっとしているエルザはそのままカードをとられてしまった。
それから、カティヤが「そっち」と言った方を見た。ソファで伸びているルカのことを示している。
エルザは言われたとおりルカの側に行ってソファに伸びている彼の足もとに座った。
「ルカ。起きなよ。寝室行くよ」
揺さぶってはまずい気がしたので、エルザはルカの肩をたたいた。ルカはうっすらと目を開く。前にもこんなようなことあったなあと思いながら起き上がらないルカの頬を引っ張ってみる。
「ほらほら。頑張って。こんなところで寝たら余計に気持ち悪くなるよ」
「ああ……」
ルカが身を起こしたのでほっとしたエルザだが、そのまま抱きしめられてルカの上に乗っかる形となった。
「ちょっと! クラリッサ!」
クラリッサに助けを求めたエルザであるが、クラリッサはちらっとこちらを見て「……仲がよろしいですね」とだけ言った。助けてくれるつもりはないらしい。
エルザも暴れすぎて酔いが回ってきた。あきらめてルカの上に突っ伏す。
朝起きた時には毛布が掛けられていた。ついでに、変な体勢で寝ていたため体が痛かった。使用人たちは、誰も起こしてくれなかった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、エルザがでれる。




