補講1
番外編です。
結婚式は春に行う。それは決定事項で、事前にわかっていたことだった。それでも、ちょうど卒業試験と卒業論文のシーズンにかぶってしまっていたエルザは忙しかった。
通常の進級試験は六月ごろ行うものだが、卒業生だけ試験期間が早いのである。そのため、エルザは王都と大学を往復する生活を続けることになった。
「……せめて馬が使えれば」
とエルザは言ったのだが、却下された。まあ、普通に考えたら無理だろうと思っていたので、エルザも言ってみただけである。
馬車で往復しつつ、馬車の中で学生のレポート添削や講義の内容を考えたりする。人間、やれば結構何でもできる。
初めは式はしなくてもいいよね、なんて言っていたエルザとルカであるが、二人の両親が乗り気であったために最終的に参列者が増えてしまった。まあ、双方とも公爵家であるので、縁者だけでもかなりの人数になる。
「……エルザ教授、痩せましたか」
結婚式が明後日に迫るその日、ウエディングドレスの最終調整に来た仕立て屋の女性がドレスの背面のボタンを留めながら言った。確かに、腹部に余裕を感じる。
「まあそりゃあ、これだけ忙しければ痩せるよね……」
自分でもちょっとやつれた自覚のあるエルザだ。結婚式と言うたいていは一生に一度の晴れ舞台の前だろうと、エルザはエルザなのである。
エルザの返答を聞いた仕立て屋のご婦人はカッと目を見開いた。
「それはいけません! 花嫁の肌がぼろぼろでどうするのですか! せめて今日と明日はお肌のお手入れを入念に行うことをお勧めします。あと、ちゃんと寝てください」
別にいつも徹夜をしているわけではないのに、何故かみんなに寝ろと言われる。ちなみに、エルザは徹夜をしたことがない。そこまでの体力がないのだ。睡眠時間二時間、とかはたまにあるが。
「そうよエルザ。念入りに支度して、イングラシア公爵を悩殺すべし!」
「逆に引かれる気がするんだが」
ルカの女性恐怖症とエルザが二十九歳だと言うことをかんがみれば、どう考えても引かれるだろう。そう。エルザは年末で二十九歳になっていた。この国は秋から学校が始まるので、秋から次の年の夏までに生まれたものが同じ学年になる。ルカはエルザが生まれた次の年の春生まれだ。そろそろ誕生日である。
まあ、それはどうでもいい。悩殺云々はともかく、『念入りな支度』とやらはみんなに任せてある。エルザにやらせるととんでもない出来になるので。
「というか、何故お前がここにいるんだ、アレシア」
「エルザの結婚式に参列しようと思って」
即答だった。エルザの妹であるアレシアは、まだ社交シーズン前だと言うのに、すぐ上の姉の結婚式に参列するためにいみじくも領地から王都に出てきたらしい。もちろん、家族も一緒だ。寄宿学校に通っている長男以外は全員式に参列するらしい。
「いや、うん。それはありがとう。そうじゃなくて、なぜこの場にいるのかということなんだが」
ここはロンバルディーニ公爵家だ。アレシアは、息子と娘を連れてこの屋敷を訪れていた。いや、一応実家だし、来てもいいのだが、何故エルザのウエディングドレスの最終調整の場にいるのか。
「だって、お母様とロレーナ様がウエディングブーケを作成中だもの。だから、その間エルザを見ておいてくれって」
「……あ、そう」
どこまでエルザは信用されていないのか。いや、信用はされているが、デザイン芸術に関しては信用がない。エルザを一人にしてせっかくのウエディングドレスを台無しにしないようにするのがアレシアの役目のようだ。
ウエディングブーケは、最近は自分の手で作るのが流行であるらしい。しかし、エルザにはそんなことはできない。手先が不器用とか、そんな問題ではなく、デザイン性が皆無なのである。なので、実母と義理の母が代わりに作っているのである。まあ、楽しそうだからいいけど。
一応エルザの名誉のために言っておけば、彼女にないのはセンスだけである。手先は器用で図面さえあればその通りに刺繍などもできるし、ピアノやヴァイオリンを弾くことだってできる。本当に、ないのはセンスだけなのだ。
「エルザ、いいよね~。背が高くて細くて、うらやましい」
「私はアレシアの方がうらやましいけどな……」
あちこち調整のための針を刺されながら、エルザは言った。男気がある、などと言われるエルザであるが、やはりアレシアのような女性らしい体つきにあこがれる気持ちもある。もう三十歳手前なので、何をしようにも遅い気がするけど。
「でも、私みたいだと誰かとドレスがかぶっちゃったりすることもあるわけよ。エルザみたいに長身なら、かぶるってことも少なさそうじゃん」
確かにエルザはこの国の女性にしてはかなり長身の部類に入り、彼女に合わせて作ったドレスなどは、アレシアなどの平均的な身長の女性にはあまり似合わないだろう。エルザだから着られるというところがある。
「ほら、このウエディングドレスだってそんなすっきりしたデザイン、私、着られないもの」
そう言われてエルザは自分が着ているドレスを見る。あまり白は好きではないのだが、こちらも最近の流行でドレスは白。ウエディングドレスなので当たり前であるが、トレーンが長い。アレシアはすっきりしたデザインと言ったが、どちらかというとぴったりしたデザインであるとエルザは思う。
人に丸投げしたのがいけなかったのか、エルザのウエディングドレスはいわゆるマーメイドラインと言うやつである。彼女としては同じく候補に挙がっていたエンパイアラインの方がよかったのだが、こちらの方が似合うと言われたのである。
体の前は首元まで布で覆われているが、背中はこれでもかと言うほど開いている。まあ、ベールで見えなくなるからいいけど。
「ちなみにそれ、誰の趣味?」
「ルカ」
「だろうと思った」
アレシアが納得して肩をすくめた。エルザの母パルミラがいくつか仕立て屋にデッサンしてもらったものを見せたところ、ルカはこれがいい、と言ったらしい。白が流行でなければ、ドレスの色も赤になっていただろう。
「なんていうか、公爵はエルザに似合うものを良くわかってるわよね」
「もう少しおとなしいデザインだといいんだけどね」
エルザがそう言ったとき、仕立て屋のご婦人が「終わりましたよ」と言った。エルザはそそくさとドレスを脱ぐ。
「あとは刺繍も確認しておきます。合わせるベールとグローブ、靴も確認しておきますのでご安心ください」
「……お願いします」
としか言いようのないエルザである。
ドレスから解放されてぐっと伸びをしたエルザに、アレシアがえいっと抱き着いた。
「エルザ。言ってなかったけど、おめでとう」
唐突な言葉にエルザは面食らったが、すぐに微笑んだ。年子であるエルザとアレシアは仲の良い姉妹だった。アレシアも、エルザのことを心配してくれていたのだろう。だから、エルザは温かい気持ちで「ありがとう」と応えることができた。
「じゃーん。どう?」
そう言ってパルミラが見せてきたのはブーケだ。白い花が長く垂れ下がっている。薄い青や紫の花も見られるが、全体的に淡い色合いで、なんというか。
「かわいらしいな」
「でしょう」
と、パルミラは得意げ。作ってもらった立場であるエルザは何も言えず「ありがとう」と言うにとどめた。パルミラと一緒にブーケを作っていたロレーナはブーケを受け取ったエルザの手を握る。
「エルザさん。ルカをよろしくお願いします」
「……精一杯努力はします」
ルカを散々ポンコツだ、などと言ってきたエルザだが、自分も浮世離れしている自覚はあったので、確約はできなかった。
△
結婚式当日は春の陽気だった。日差しが温かく、王都でも古い歴史を持つ教会で行われる結婚式を、天気も祝福しているようだった。
「うわぁ。すごい人だわ」
式が始まる前、チャペルを覗き込んだエルザが辟易して言った。いつの間にこんなに大きな式になったのか。参列者は軽く百人は越えていると思われた。
「まあ、みんな祝福してくれているんだから、文句は言うな」
背後から聞こえた声に振り返ると、グレーのタキシードを着たルカがエルザと同じようにチャペルを覗き込んでいた。二人とも相変わらずである。
「ルカ、相変わらずの美形っぷりでなにより」
「……エルザにそう言ってもらえるとは思わなかった」
何故そこで照れる。
「エルザも良く似合っている……が、がっつり化粧されたな」
「顔色が悪いって言われたんだよ……」
エルザはこれでもか、というほど化粧をされていた。それでも自然に見えるのだから、プロはすごい。
よく食べてちゃんと寝て、さらに侍女たちに容赦なくお肌の手入れをされてむしろいつもより調子が良いくらいだったのだが、それでも顔色が悪く見えたらしい。
「式が終わったらすぐに落とす」
「そうだな。私もいつものエルザの方がいい」
今のもきれいだけど、とルカは言った。こいつは天然でこんなことを言ってくるから困る。
エルザはルカを見上げた。わかっていたことだがハイヒールを履いているエルザよりも、やっぱりルカの方が視線が高かった。
「それで、ルカ。私、今日も眼鏡がなくて良く見えないからよろしく頼む」
「承知した」
ルカは笑って承諾し、エルザの頤に指をかけて上向かせた。そのまま口づけようとしてきたので、エルザは手をあげてルカの口をふさぐ。
「化粧が崩れるからダメって言われた」
「どうせあとでするんだから同じじゃないか?」
確かに。式が始まる寸前までいつもの調子でやり取りをしていた二人であるが、式の最中はさすがに司教の言葉に従っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
番外編はいつものごとく下らない感じで行こうと思ったのですが、補講1の方が最終話っぽい……。




