第24講義
エルザとルカの結婚式は翌年春に行われることになった。理由は簡単で秋は社交シーズンが終わったばかりでみんな領地に戻っているし、先日マルティネスで地震があったばかりで当人であるルカとエルザが忙しい。さらに、冬に向かうこの時期は寒い。それよりも暖かくなってくる春にした方が良いだろうと言うことになった。そのころには二人とも落ち着いているだろうし、とのことだ。
当人二人の覚悟が決まれば後は話が早かった。主に式の準備を進めたのは二人の親である。イングラシア公爵はルカのはずなのだが、と思いつつも、こいつとエルザで進めたら「やらなくていいよね」という結論に達するので任せることにした。
エルザの父ディーノは文字通り泣きながら最後に残った娘の式の打ち合わせをしていた。他三人は楽しそう。そして、当人たちはほぼ蚊帳の外だが、エルザは一つ重要な仕事があった。
ウエディングドレスである。いくつか既存のデザインのものを着てみて、一番似合うものをアレンジしようと言うことになった。例によってセンスのないエルザは着たり脱いだりしているだけだ。
基本的に長身であるエルザは、既存のドレスだとやや裾が足りない。足首が見えてしまう。足元はハイヒールの予定だ。新郎であるルカが長身であるので。
ウエディングドレスの調整をしつつ、エルザは引っ越しの準備も進める。まあ、ほぼ大学の寮で暮らしているエルザなので、屋敷に置いてある本当に大切なもの以外は置いて行くことにした。結婚後に集め直したほうが早い。ルカも乗り気で、ドレスは自分に選ばせろと言ってきた。センスのないエルザとしてもありがたいので任せることにした。一応口ははさむけど。
「エルザ」
年を越えたころ、ルカが大学のエルザの研究室にやってきた。これはいつものことなのだが、最近はルカとエルザが結婚すると知れ渡っているので、冷やかされることもある。
ちなみに、ルカは結婚が決まってからというもの女子学生から声をかけられるらしい。先生をよろしくお願いしますと言う余計なお世話なものから、愛人にしてください! というおバカなものまでさまざまな声がかけられるらしい。まあ、女性恐怖症のルカはそのたびにびくびくしているという報告が入っているが。
「今大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
頬杖をついて学生のレポートを読んでいたエルザはレポートを片づけて立ち上がった。サビーナが空気を読んで研究室を出ていこうとする。そんな彼女をエルザが呼びとめた。
「サビーナ。これを事務局長に持って行って。賢者会議の報告書」
「……わかりました」
サビーナが報告書を受け取り、そそくさと研究室を出ていく。扉が閉まってからルカが首をかしげた。
「気を使わせたか?」
「そうだね。まあ、気にするほどじゃないと思うよ」
エルザは苦笑してルカにそう言った。気を使わせたのは確かだが、エルザでもこれくらいの気は使う。ルカはどうかわからないけど。
「それで、どうしたの。私、一週間後には賢者会議で王都に行くんだけど」
年を越えても賢者会議は断続的に続いている。今ではマルティネスもだいぶ復興の兆しを見せてきて、その報告と復興に問題がないかの確認だけだが。
一週間後にはまた宮殿で会うことができるのに、何故にわざわざやってきたのか。
「そうなんだが……その、宮殿や屋敷だとからかわれるかと思って」
「お前でもそう言うの気にするんだな」
エルザはさらっと失礼なセリフを言いながら彼の前にコーヒーの入ったマグカップを置いた。ソファに座っているルカに対し、エルザは椅子に座った。
「エルザ、こっち」
かなり省いた物言いだったが、ちゃんと意味は通じて、一度座ったエルザは立ちあがってルカの隣に座りなおした。
「それで、からかわれるようなこととは?」
大学でやっても、同じようにからかわれるだろうと言うのは言わないでおく。主に対象になるのはエルザで、彼女はそう言ったからかいを受け流してしまうから。ルカも良く来るのでからかわれる可能性はあるが、面白いので指摘しないでおく。
「手を出してくれ」
そう言われてエルザはルカと接している右手を出した。すると、そっちじゃない、と言われる。この辺りでもう何をされるのかわかった気がした。
右手をひっこめて左手を出す。ルカはその手をつかんで薬指に指輪を通した。シルバーのその指輪を見て、エルザは思わず笑みを浮かべた。
「これ、別に作ったの?」
つけたもらった指輪を眺めながらエルザは尋ねた。彼女が結婚式で使用する指輪は既に決まっていて、イングラシア公爵夫人が代々受け継ぐものだ。エルザも事前にロレーナから譲り受けていた。
尋ねると、ルカは「そうなんだが」と応える。確かにこれはからかわれそうだ。
「……私が自分で決めたものを、お前に付けてほしかった」
言うことがストレートである。ロレーナから譲られた指輪に比べてかなりシンプルなそれは、普段、仕事中にもつけられそうだ。何より、ルカがエルザのために選んでくれたと言うのがうれしい。
「……ありがとう」
素直に礼を言うと、ルカがほっとした顔をした。彼はエルザの前でよくこの表情をする気がする。
ルカがこのような表情を見せるのは、エルザに対してだけだ。そのことをうれしく感じながら、エルザはルカの手をそっと握った。少し遠慮気味である。ルカは『エルザなら大丈夫』と言っていたが、彼の女性恐怖症をおもんぱかった結果である。だが、それを知ってか知らずか、ルカはギュッとエルザの手を握った。
「エルザに出会えてよかった」
しみじみと言うルカに、エルザも苦笑を浮かべて言った。
「私もだよ」
もう腐れ縁と言ってもいいほどの付き合いであるが、会えてよかったと思う。それでも、面白いからどちらにしろ指輪をしていればからかわれるだろうということは言わないことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本編最終話でした。でも、このあとも番外編があるので、良ければ読んでやってください。




