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第22講義










 賢者会議二日目。エルザはあくびをかみ殺しつつ登城してきた。寝不足でやや顔色が悪いため、昨日より化粧が濃い。


「おはよう、エルザ殿」

「トリコリ教授、おはようございます。早いですね」


 昨日はエルザが一番乗りだったが、今日はトリコリ教授の方が早かった。彼は「早く目が覚めたのでね」と微笑む。

「やはりいらっしゃったか。よかった」

「陛下に選んでいただいた以上、最後までやり遂げますよ」

 本当はそれ以上にもっと大きな理由があるが、黙っておいた。この理由はエルザだけが知っていればいい。


「そのいきだ。若さとはすばらしい……そう言えば、結婚するそうだな。おめでとう」

「……はい?」


 何のことかわからず首をかしげたエルザであるが、ちょうど別の会議メンバーがやってきたので聞けずじまいだった。

 しれっと出席しているエルザに、何人かが顔をしかめたが、言葉には出さずにそのまま第二回会議が開催される。


 賢者会議はその筋の専門家たちが意見を出し合う場所であるが、何かが決まっても実際に動くのは官僚たちだ。そのために宰相がいる。そして、宰相に命を下すのは王だ。この賢者会議は、王が政策の参考にするために開かれるのである。

 そのため、賢者会議では知識人たちが意見をぶつけ合うのが望ましい。それらすべてが、政策の参考となるからだ。


「では、昨日の続きからですね。マルティネスの復興について」


 おそらく、福祉医療に関してはすでに話が進んでいるだろう。何しろ、昨日かなりの激論を交わしていた。エルザは蚊帳の外だったけど。

 話を聞きながらエルザは昨日と同じくメモを取る。彼女がおとなしくしている間は、誰も何も言わない。

「再度マルティネスの地質を調べましたが、過去にも地震が起こった形跡が何度か見られます。エルザ殿の言うとおり、数百年に一度の割合で地震が起きていたのでしょう」

 地質学者のトリコリ教授がそう言うのであれば、そうなのだろう。さりげなく話せ、とふられた気がしたエルザは口を開く。

「文献をさらにさかのぼりましたが、トリコリ教授の言うようにマルティネスでは過去に何度も地震が起きて街が崩壊しています。先のことを考えて復興した方が良いでしょう」

 かといって、全く新しい街づくりをされても困る。マルティネスはその歴史的風景も売りの保養地であるからだ。

「しかし、安全性を前面に出し過ぎると、あなたの言う『歴史的建造物』が無くなってしまうのでは?」

「ある程度は仕方がないと心得ております。しかし、元からある建造物をどう修復するか、なども建築家の方にとっては腕の見せ所なのでは?」

「……前例がない」


「私が今、ここに座っていることも前例がありません」


 エルザはきっぱりと言った。昨日、さすがに言い過ぎたと言う思いがあるからか、あからさまにエルザを蹴落としに来ることはないが、それでも良く思われていないことは明らかだ。

「陛下は前例がないことを承知で、私をこの会議に招集しました。前例がないからと言って踏みとどまるのは悪手です。常に変わりゆく世に対応するために、私たちも変えてゆかねばなりません」

 歴史学を学んでいると、それが良くわかる。朝令暮改と言っては言い過ぎであるが、新しい仕組みに対応するために古いしきたりを破り捨てるのはままあることだ。たいてい、王朝が変わった時がそうなる。まあ、これは極端な例であるが。


 現代、人々の生活や意識は急速に変わりつつある。それに対応しなくてどうするのか。十数年前にはいなかった女性の研究者や弁護士、官僚、軍人などがぽつぽつと現れ始めているのに、何故賢者会議に女が参加することに拒否を示すのか。

「私は歴史学者です。欲を言えば、マルティネスを徹底的に調べ上げ、元の通り復旧したいです。しかし、そうすると人々の暮らしが危なくなる。ならば、ある程度は切り捨てなければなりません。先祖の記憶も大切ですが、昨日ファロン教授がおっしゃったように、現在を生きる人々が安全に暮らせなければ意味がありませんから」

 こういうことは、合理的に判断すべき。でも、マルティネスの人々は自らが住む土地が歴史ある場所であると誇りを持っているから、全てを更地にするのは避けるべし。エルザはそう考えた。

 賢者会議は意見の出し合い。ここで大体の方針は決まるが、決めるのは結局国王ジャン・カルロだ。この方が、どう思うかによってマルティネスの復興は変わってくるだろう。


 その後、さらなる激論を交わす専門家たちに、エルザは復興前に一度、マルティネスの崩れた神殿や古城などを確認しておきたい、と告げた。その後はやはりメモに走る。

 見る方向が違うと、こんなにも考え方が違ってくるものなのか、と感心する。


 二日目の会議は一日目よりやや穏やかに終了した。それでも口論はすさまじかったが。なまじそろいもそろって頭のいい人間なので、口論が果てしないのである。

「そう言えばエルザ教授は結婚するとのことだな。おめでとう」

「は? はあ……」

 退室際に国王がそんなことを言うので、忘れていたことを思い出した。エルザはトリコリ教授を捕まえる。

「教授。お疲れ様です」

「ああ。お疲れ様」

 ニコリと笑ったトリコリ教授に、エルザは尋ねた。

「私が結婚するって、どういうことです?」

「しないのかい?」

「少なくとも私は初めて聞いたのですが」

 なのに何故国王にまで知れ渡っているのか。意味が分からない。


「昨日、イングラシア公爵からプロポーズされたと聞いたが」

「……」


 それは思い当たることがある。つまり、あの場面を昨日誰かが見ていたと言うことで。ということは、エルザが泣いていたところも見られたのか。不覚である。


「……まあ、確かにされましたけど……」


 エルザには返事をした覚えがない。あれ? したっけ? というのがエルザの心情である。なのに、『結婚する』という情報だけ先走っている。

 しかも、何故こんなに早く広がるのか。


「頑として結婚しなかったイングラシア公爵と、女性初の賢者会議招集者であるエルザ殿だからね。話が広まるのは早いだろうな」


 にこにことトリコリ教授が言った。エルザはため息をつく。

「何故みんな、こういったことに興味を示すのでしょう」

「楽しいからね」

 さっくりと答えたトリコリ教授は、やはりおちゃめだ。

 教授と別れたエルザは、ルカを探していた。いらないときに出てくるくせに、探すと見つからない。宰相の執務室にも行ったが、宰相しかいなかった。ちなみに、やっぱり『結婚おめでとう』と言われた。情報が先走り過ぎている。


「あ、いた」


 やっと発見したルカは、王宮の侍女につかまっていた。下級貴族の令嬢は、行儀見習いとして王宮に侍女として上がることが多いのだ。

 相変わらず十歳近く年下の少女たちにたじたじとなっているルカに、エルザは声をかけた。


「ルカ。何してるの」

「あ、ああ、エルザ」


 ルカがエルザを見て安心した表情になる。対照的に侍女はエルザを睨み付けた。ということは、この侍女はエルザの顔を知っているのだ。彼女は肩を竦め、「話があるんだけど」と声をかけた。ルカはエルザの方に行こうとしたが、侍女が「お待ちください!」と声をかける。あ、ルカがびくっとした。

「……マルティネスの復興について確認したいんだけど」

「ああ。わかった」

 ルカはそそくさと侍女から離れ、エルザの側に来た。会議について、と言ってしまえば侍女は口をはさめない。しばらくエルザを睨んでいたが、すぐに自分の仕事に戻っていった。彼女はため息をつく。

「かわいらしい子じゃないか。きっとお前のことが好きなんだろ」

「いや、あの手の女性は私ではなく、私の地位を見ている可能性が高い」

「お、ルカにしては鋭い洞察」

 などと、相変わらずエルザはひどい。だが、ルカも天然でかましてくるのでいい勝負だとエルザは思っている。

「マルティネスの復興のことなら、私より宰相に聞いた方が……」

「違うって。それはお前と話すための方便」

 そんな気はしていたが、ルカはエルザが本当にマルティネスのことで話があると思ったのだろうか。このちょっとずれている感じが、ルカらしく、少しいとおしい。


 すると、ルカは少し情けないともいえる顔で笑った。

「あ、そうなのか。私の自惚れだったらどうしようと思った」

「……お前、せっかくの男前が台無しだけど」

 歩いていた二人は、廊下の端によって立ち止った。エルザはルカを見上げる。

「私、今日登城してから『結婚おめでとう』って言われたんだけど」

「あ、それ、私も宰相に言われたぞ」

「私は陛下にも言われた」

 確実に宮殿中に知れ渡っていると思われた。だが、エルザはひとつ気になることがあるのだ。

「たぶん、昨日のが見られてたんだと思うんだけど……」

 そう言うと、ルカも「ああ」とうなずいた。

「私の気持ちは変わらない」

「それはわかったって……そうじゃなくて、私って返事したっけ?」

 自分でも定かではないので、一応ルカに確認を取りたいと思っていたのだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作中では言ってませんが、エルザはルカの期待に応えるために頑張ります。

このリア充どもめ……。


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