第20講義
知識が中途半端なのでおかしいところもありますが、生暖かく見守ってください!
そんなわけで賢者会議一日目。朝から妙に気合の入ったアーシアがエルザの身支度を手伝ってくれたが、別に夜会に行くわけでもないのでエルザはほぼいつも通りの恰好である。ブラウスに青のベストとスカートだ。その上から女性用のジャケットを着る。
賢者会議は御前会議の面もある。つまり、国王が臨席するのである。国王、宰相が同席するので、十四人は確実にいるらしい。書記官などを含めれば十六人くらいか。
エルザは初めての出席なので、とりあえずはおとなしくしているつもりである。出席者の顔触れにもよるが、目立ち過ぎは良くない。
賢者会議の出席者は、行ってみるまでわからない。早めに王宮に到着したエルザは、控室で昨日サビーナがかき集めてくれたマルティネスの被害状況を確認していた。今日の会議で、被害状況がもう少し詳しくわかるだろう。
「エルザ様。会議室に入ることができる刻限となりましたが、いかがなさいますか」
若い文官がやってきてエルザにそう告げた。ならば、とエルザは立ちあがる。
「それでは、会議室に入っています」
「かしこまりました」
文官は微笑んでエルザを廊下に通した。そのまま会議室まで案内される。
「それでは、中でお待ちください」
あまりにも早く来すぎたのだろうか。エルザが一番乗りだった。テーブルは円卓であるが、席にプレートが置かれている。初参加で二十八歳であるエルザは末席で、一番扉に近いところだった。
誰も来ないことを確認してテーブルのプレートを見て回る。なるほど。名の知れた学者や知識人ばかりだった。一人だけ、エルザと同じくフィユール大学から教授が参加するらしい。
「これはお早いですな、お嬢さん」
会議室に男性の声が響き、会議室の奥まで来ていたエルザは内心焦ってそちらを見た。それからほっとする。
「トリコリ教授こそ、お早いですね」
エルザはそう言って部屋の奥から入口に戻ってきた。彼女がトリコリ教授と呼んだ男性は微笑む。
「久々の賢者会議ですからな。エルザ殿もいらっしゃるとは思わなかったが」
「自分でもびっくりです」
エルザが真顔でそう言うと、トリコリ教授はさも面白そうに笑った。
「いやいや。君の実力を考えれば当然のこと。賢者会議に若い女性がいると言うのも良い」
「いや、別に若くはありませんが……」
「それは私に対する嫌味かな?」
トリコリ教授がからかうようにそう言ったので、エルザは肩をすくめた。他に誰がいるかわからないが、おそらくエルザは今回の賢者会議の中でも最年少だろう。
トリコリ教授は、フィユール大学で地質学を教える教授だ。年齢は六十ほどだったと思うが、かくしゃくとした人でちょっとおちゃめでもある。その地質学という分野から、エルザも面識があり、常々お世話になっている人であった。彼の席は宰相の隣だった。ちなみに。
トリコリ教授がやってきてからぱらぱらと人が集まってきた。みんな、入り口付近にいるエルザを見て驚き、顔をしかめていった。だが、誰も『何故ここにいるのか』とは聞かなかった。ロンバルディーニ家の次女が学者であることは、その筋では有名なのである。
十二人全員そろうまで、それほどかからなかった。エルザの隣は三十代前半の男性で、経済学の権威だ。やはりエルザが最年少だった。
国王の入室は全員が立ち上がって出迎えた。ジャン・カルロ王は三十代後半の長身の男性である。当たり前であるが、エルザの姉テレーザの夫の兄である。当たり前だけど。
「皆様、よくお集まりくださいました」
宰相が声を張り上げる。それぞれの席に着いた参加者たちが宰相の方を見る。
「今回の賢者会議は緊急であるため、一日以内に王都に参じることができる方の中から選ばせていただきました」
宰相の説明に、自分が選ばれた理由を何となく理解したエルザであった。
「今回の議案は、先日、地震に見舞われた王家直轄地マルティネスの復興についてです。座長はトリコリ教授にお任せしてよろしいでしょうか」
「私は構いません」
「皆様もよろしいでしょうか」
宰相が確認をとったが、反対意見は上がらなかったのでそのままトリコリ教授が座長となる。この中で彼が最年長なのだ。
「それでは教授、よろしくお願いいたします」
宰相がトリコリ教授に進行を譲った。エルザは初めての参加であるが、本当に各界の著名人が集まっている。
地質学のトリコリ教授、地震学のアントーニ氏、都市計画学のファロン教授、建築学のゾフ氏とガスマン氏、社会福祉学に詳しいダキーラ教授、医学博士ローディ教授、心理学のマッツェイ教授、栄養学者バルディーニ氏、法学者テスタ教授、経済学者のクローチェ氏、そして、歴史学者のエルザである。女は一人だし、二十代もエルザ一人だ。
はっきり言って浮きまくりであるが、表面上は冷静にエルザは出された水を飲みつつ進行するトリコリ教授の言葉を聞く。
初めは被害状況の確認と住民をどうするかなどの話し合いだったので、どちらにしろエルザはずっと聞き役だ。歴史学者であるエルザに口をはさむ余地などない。
しかし、知識者たちの話を聞くのはよい。勉強になる。話が復興に関することに移ってもエルザは話を聞くままだった。
王家の直轄地の復興とあってみんな真剣である。建築学のゾフ氏とガスマン氏は最新の建築様式を使うことを提案していた。だが、地震学のアントーニ氏と都市計画学のファロン教授は最新様式は再び地震があった場合、建物が耐え切れないと警鐘。地質学のトリコリ教授もまた揺れる可能性は高いと結論づけた。
「エルザ殿はどう思われますか」
書記官張りに会話をメモしていたエルザは話をふられて少し考えた。トリコリ教授は、賢者会議に出席しながら発言しないエルザを気遣ってくれたのだと思う。
「……過去の記録を見る限り、マルティネスでは数百年に一度は地震が起こっています。私は建築に関しては専門外なので何とも言えませんが、再び地震が起こることを想定して計画を立てたほうがよろしいかと」
「……マルティネスで地震が起きたのは百五十年ぶりだ。次また起こるとは限らないだろう」
ゾフ氏が不快気にそう反論したが、エルザは淡々と言葉を発する。
「可能性の問題です。この王都ゾラもそうですが、マルティネスの建築物のほとんどは建てられてから百年以上経っているものです。半数は以前の地震で壊れ、再建したものですが、残り半数はその地震以前から残っていたものです。耐震性が高かったのでしょうね」
エルザのとりとめないとも言える話に、ファロン教授が「何を言いたい」と言いだした。
「かつてマルティネスの建造物を作った人たちは、この土地が地震の起こりやすい場所だとわかっていたと言うことです。私は都市造形にも建築にも詳しくないので、そのあたりはお任せしますが」
「ならば口を挟まなければよかろう!」
「マルティネスは歴史都市です。歴史学者としてはそのあたりも考えて復興していただきたいと言うことです」
「歴史都市だろうが何だろうが、今の人間に住みよい場所にするのが我らの仕事だ」
「そうでしょうね。ですから、私は事実提供を行っているだけです」
しれっとしたエルザが気にくわないのかもしれない。隣のクローチェ氏が机をばん、とたたいた。さしものエルザもびくっとした。
「小賢しいんだよ、お前! 女のくせにでしゃばってくるな!」
ほかの参加者なら、ここまで言わないだろう。この会議でエルザの次に若いのがこのクローチェ氏だ。他の人なら、思っていても口にはしないはずだ。実際、エルザを非難しながらも誰もここまでは言わなかった。
しかし、ほとんどのものが彼と同じ気持ちだっただろう。いくら鈍いエルザでもそれくらいはわかる。
エルザだって伊達に男性ばかりの大学で何年も過ごしてきたわけではない。眼を細めクローチェ氏に言い返そうとしたが、その前に宰相が口を開いた。
「陛下からのお言葉である」
十二人の視線がそちらを向いた。すると、宰相ではなくジャン・カルロ王自身が口を開いた。
「この会議に集められた十二人は全員、私がこれは、と思って集めた者たちだ。仲良くしろとは言わんが、せめて私の前でそのような発言はしないでほしいものだな」
「……失礼いたしました」
クローチェ氏がジャン・カルロ王に頭をさげる。その後一瞬、エルザを睨んだ。
「……私はこの場にいる全員の知識が必要だと思った。だからこの十二人を選んだ。それを忘れないように」
「光栄にございます」
トリコリ教授がおっとりと言った。ジャン・カルロ王が一つうなずく。
「今日の会議はこれにて終了とする。明日また、同じ時間に集まるように」
「かしこまりまして」
やはり代表してトリコリ教授が言った。ジャン・カルロ王と宰相が退席する。それを待ってから、会議参加者たちも立ち上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
賢者会議編でした。そろそろルカが出てきます。




