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第17講義









 エルザが復活してしばらくたったころ、ロンバルディーニ公爵家で夜会が開かれた。例年は逃げるエルザであるが、今年はホスト側として家族に協力していた。もちろん、センスはないので会場の飾りつけなどではなく、招待客や使用人の名前と顔を一致させる、出す料理を確認する、などどちらかというと頭を使う作業だ。母パルミラに言わせれば、『その無駄にいい頭を使わなくてどうするの』ということになる。

 もちろんダニエレも巻き込み、家族四人で準備である。そしてつつがなく当日を迎えたのであるが、さすがは上から数えたほうが早いと言う家格のロンバルディーニ公爵家。招待客の人数が半端ではない。一通り挨拶を済ませたエルザは早々に二階に避難していた。


 二階の回廊から会場である広間を見下ろすが、あいにくエルザは今日も非眼鏡なので、顔までは認識できない。かろうじて親しい人間は感知できる。


「エルザ」


 手すりに寄りかかって階下を眺めていたエルザは、名を呼ばれて振り返った。一瞬誰かわからなかったが、さすがに身内だったのですぐに気が付いた。


「テレーザ」


 穏やかな笑みをたたえたテレーザが夫であるリオネロを連れて歩み寄ってきた。アクアフレスカ公爵夫妻が礼の形をとる。


「お招き下さりありがとうございます」

「お越しいただき光栄でございます」


 エルザもスカートをつまみ、礼をとる。この辺りの作法は叩き込まれているので、見た目だけなら優雅だ。

「暇そうね。イングラシア公爵がいないからかしら」

 ふふふ、と笑いながらテレーザが言った。リオネロも「仕事が長引いているようだね」とからかっているのか微妙な口調で言った。エルザは肩をすくめる。

「こういう時、どうやって過ごせばいいのかわからないだけですよ」

 おしゃべりにもダンスにも興味はない。音楽は美しいし、料理もおいしいが、エルザの興味を引くほどではない。

「あなた、昔から部屋で本を読んでいるような子だったものね」

「遺跡が出ないかと庭を掘り返したことを忘れているよ」

 エルザは昔からそう言う子供だったのだ。もう二十年も前のことだが、当時から変わっていたのだな、と自分でも思う。

「なるほど……私の領地に遺跡が出るんだが、掘りかえしてみるかい?」

 半分埋まってるんだけど、とリオネロ。この人、本当にいい人だと思う。

「……遺跡ツアーなら行きたいですね」

 と、ちょっとずれた回答をするエルザ。それでもこの二人はうふふと笑っている。穏やかを通り越してちょっと怖い。


「エルザ様」


 再び名を呼ばれた。今度は屋敷の使用人である。侍従がエルザとアクアフレスカ公爵夫妻から少し離れたところで立ち止まり、深々と頭を下げる。

「ご歓談中、失礼いたします。エルザ様。旦那様がお呼びです」

「そう」

 エルザは寄りかかっていた手すりから身を起こすと、姉夫婦に一礼する。

「御前、失礼いたします」

「ああ。ついて行くわよ。面白そうだから」

「……」

 エルザは嫌な予感しかしないが。


 階段を降り、父の元に行くと、見慣れた長身があった。

「ルカ?」

「エルザ。お前、どこにいたんだ?」

 いつの間にか到着していたルカがいた。エルザは「二階」とさっくり答える。それから、彼とともにいる一組の男女に向かって礼をした。

「お越しいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」

 微笑んで告げたのは男性の方……五十をいくらか過ぎたと思われる紳士だ。前イングラシア公爵にしてルカの父ジョットである。つまり、その隣にいる女性はジョットの妻にしてルカの母ロレーナと言うことである。

 厳格そうなロレーナに対し、ジョットは穏やかそうだ。たぶん、ルカは父親に似たのだな、と思った。

「お久しぶりね、エルザさん」

「はい、ロレーナ様」

 さしものエルザも、ロレーナに話しかけられて緊張した。自分の母のようにのほほんとした雰囲気ではないので、どうしてもしゃべりが硬くなってしまう。


「うちの息子がご迷惑をおかけしていないかしら。どうもぼけーっとしているところがあるから」

「あら、うちの娘こそ。昔からどこか変わっているところがあったので、迷惑をかけていないか心配だわ」


 ふふふ、と笑う双方の母が怖い。そして、母親の言葉を否定できない子供(二十八歳)。

「息子が女性と付き合っていると言う話を聞いたときは何の天変地異の前触れかと思ったが、エルザさんなら納得だな。安心して息子を任せられる」

 ジョットもそんなことを言い出すので、エルザは「失礼」と言ってルカを少し離れたところまで連れて行った。

「わかってたけど、これ、顔合わせだよな。いわゆる」

「だろうねぇ」

「回避しなかった私もアレだけどさ。外堀埋められてるぞ。いいのか?」

「私はエルザとなら構わない。だから私も気づいてたけど、何もしなかったしな。エルザは嫌か?」

「……そんなことはないけど」

 基本的に、好意を寄せられて嫌がる人間はいない。ルカに対して「お前……」

と呆れることはあっても、嫌だと思ったことはない。

 そもそも、嫌なら最初の恋人役を頼まれた時点で断っている。

「なら私に止める理由はない。エルザが嫌だと言うのは自由だけどな……」

「……そんなすがるような目をしなくても。私もここまで来て嫌だ、勘違いだなんて駄々をこねたりしないさ」

 心もちうるうるとした目で見つめられ、エルザは思わず背伸びしてよしよしとルカの頭を撫でてしまった。ルカにキョトンとされ、

「あ、ごめん」

「……いや。もっと撫でててほしいくらいだ」

「それは嫌」

 エルザは即答すると、ルカの腕をつかんで二家族が集結している場所に戻った。エルザとルカで作戦会議をしている間になんだかまた人数が増えている。ルカの姉フィオナの夫婦と、エルザの妹アレシアの夫婦が合流していた。


「まあ、仲がいいのは良いことだけれど、二人とも、ほどほどにね」


 などと言ってきたのはロレーナだ。つまりは公衆の面前でいちゃつくな、ということなのだろうが、どのあたりが『いちゃついていた』のかわからないエルザとルカだった。しかし、アレシアとパルミラがにやついているので、エルザたちの認識の方がおかしいのかもしれない。

「それにしてもお会いできてよかったわ、ジョット様、ロレーナさん。お二人とも、領地に戻られてからめったに王都においでにならないでしょう?」

「うちの息子が懇意にしている女性がいると聞いてあわてて飛び出てきたの。今度、一緒にお食事でもいかが? ねえ、あなた」

「ああ……」

「まあっ。それはいいわね。ぜひ伺いましょうね、ディーノ」

「そうだな……」

「その時はぜひ王都のイングラシア公爵家に。この子ったら夜会は開かない、なんて言うのよ」

 サクサクと母親同士の間で話が進んでいる。ちなみに、途中で相槌を打っているのはそれぞれの夫である。

「エルザさんにはぜひイングラシア公爵領にも来ていただきたいけれど、それはまたおいおい」

「ええ。おいおい」

 にっこりと母親同士が笑いあった。パルミラも何かたくらんでいるように見えるが、面差しが厳格そうなロレーナもなかなかの貫録である。


 夜会でいつまでも同じ人と話しているわけにはいかない。特に主催側はそうだ。頃合いを見てお開きとなったが、これは本当に食事会が開かれそうだ。もちろん、エルザも連れて行かれるだろう。

「というか、母上がほとんど決めていたけど、父上的にはよかったの?」

 エルザが念のため聞いてみると、母に押されているだけだと思っていた父ディーノは何故か泣きそうな顔になった。

「え、なんで泣きそうなの」

「いや……お前も嫁に行くのかと思うと……っ」

 感極まったらしい。とりあえず、言ってくれようか。

「まだ嫁に行くわけじゃないだろ。もしかしたらいかないかもしれないし」

「そう? でも、エルザはイングラシア公爵のことが好きなんでしょう?」

 アレシアが茶々を入れてくる。エルザはまさか否定することもできず、「まあそうだね」とうなずく。アレシアはあっけらかんと言った。

「ならいいじゃん。テレーザと同じ恋愛結婚」

「身分も釣り合うし話も合う。お互いのこともわかっている。いいことずくめね」

 テレーザまで乗ってくるので、エルザはどうツッコミを入れるべきか迷った。というか、二人とも旦那はどこに置いてきたのだろうか。


「とにかくエルザ」

「あ、はい」


 突然家長であるディーノにまじめくさった顔で話しかけられ、エルザもとっさにかしこまる。ディーノは真剣な表情と口調で言った。


「私はエルザが決めたことなら反対しない。正直、お前が十六の時に縁談が破談になって、それからお前は大学に行って学者になるわ論文を書いて学会で発表するわで、結婚しないのかもしれん、でも強く言えんと思っていたからな。そんなわけで、父はうれしいのだ……」

「……ああ、そう」


 そのせいで泣きそうだったらしい。言っていることが若干筋道が通っていない気がしたが、意味は分かるので指摘しないことにした。何となく、エルザも悪かったかな、と罪悪感を覚えたので。

「とりあえずエルザ。イングラシア公爵様とお食事をしましょうね」

「言われると思ったよ!」

 にっこり笑って告げたパルミラに、エルザはやはり本気だったか、と思ったしだいである。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エルザはルカにいろいろ言ってますが、けっこういい勝負だと思う。


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