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第16講義:sideL

今回もルカ視点。









「ねえちょっとルカさん。イングラシア公爵? どういうこと?」


 レベッカに詰め寄られたルカは思わず身を引いた。椅子から立ち上がる。ちらっとエルザを見ると、すでに穏やかな寝息を立てていた。この分なら、明日にはだいぶ回復するだろう。

 だが、寝ていると言うことは、彼女からの援護は期待できないと言うことだ。自分がどれだけ彼女を頼っていたかと思うと、少し落ち込むルカである。


「ちょっと。聞いてるんだけど」


 レベッカは怒ったような声音だが、本当に怒っているわけではないだろう。なぜなら目が面白がっている。こうも興味津々に聞かれると、逆に答えづらい。

「……少し調子に乗ったら、しっぺ返しを食らっただけだ」

 詳細を省いて説明したが、レベッカは「やっぱりねぇ」と言わんばかりにうなずいた。

「病人にそんなことするからよ」

 いや、普通、病人はあんなことをしないだろう。

「というかお前、女性恐怖症なんだよな?」

 ガイウスが確認するように尋ねてきた。ルカはうなずいた。

「ああ。だが、エルザなら平気だ」

 そう言ってルカに背を向けるように眠っているエルザの髪をすくようになでる。レベッカとガイウスが形容しがたい表情になった。


「……私、今なら砂糖吐けそう」

「俺もだ」


 妙なことを言い出す二人に、ルカは怪訝そうな表情になった。


「人間は砂糖など吐けないぞ」


 至極まっとうなことを言うルカに、トラエッタ侯爵夫妻は「ああああああああっ」と叫んだ。

「そう言うことじゃないんだ。そう言うことじゃないんだ!」

「ほら、あるじゃない。砂糖を吐けそうなほど甘い空気だとか、言葉だとかっ」

 必死に訴えてくるガイウスとレベッカの説明に、さしものルカも「ああ」と声をあげた。

「今がそう言う状況なのか?」

「浮世離れし過ぎ!」

 レベッカから容赦のないツッコミが入った。エルザもそうだが、レベッカも結構言いたいことをずばずばと言う。だからルカはレベッカのこともある程度平気なのだ。

 ルカが一応の納得を示したからか、レベッカがため息をついて尋ねた。

「結局、ルカはエルザのことが好きなの?」

「ああ。まあ、そう言うことなのだろうな」

 その返答が気に入らなかったのか、レベッカは「この二人はどっちも……!」と腹立たしげな顔をする。


 こんこん、とノックがあった。レベッカが代表して「はぁい」と返事をする。

「失礼いたします」

 この屋敷の侍女長アーシアが顔をのぞかせた。今度は部屋の中に入ってきて、一礼する。

「エルザ様は……お眠りなのですね」

 アーシアはそれを確認すると、客人三人に向き直った。

「奥様が御三方とお茶でも、とおっしゃっています。いかがでしょうか」

 にっこりと笑ったアーシアに、何故か威圧感を覚えた。

 まあ、脅迫されなくてもロンバルディーニ公爵夫人パルミラの誘いを断るつもりはない。というわけで、三人は公爵夫人のサロンにいた。


「みなさんありがとう。エルザのお見舞いに来てくれて」


 パルミラがにこにこと言った。彼女は、あまりエルザと似ていない。エルザはどちらかというと父親に似ているのだ。

「いえいえ。どうせ暇ですし」

 と答えたのはレベッカだ。ちなみに、宮廷につかえるルカはいつでも暇なわけではなく、時間を見つけてきたのだ。だが、それを主張するつもりはない。ただの蛇足だ。

「まさかエルザが熱を出すとは思いませんでした」

 と、レベッカ。結構ひどい。それに笑って答えるパルミラ。


「本当よね。みんなが風邪を引いてもけろっとしているような子なのだけど。慣れないことをして疲れたのかしら」


 ……母親も結構ひどい。だがまあ、周囲のエルザに対する印象はおおむねこんな感じである。

「あのぉ~。母上」

 そろっとサロンに顔を出したのは、ロンバルディーニ公爵家の末っ子ダニエレだった。社交シーズンが開ければフィユール大学で学ぶことになると言う彼は、エルザにも少し分けてあげればいいのに、と思うくらいの美人である。いや、決してエルザが不器量なわけではなく、彼女も理知的な整った面差しをしている。だが、ダニエレのような派手さはないと言う話だ。

 まあ、少々派手さに欠けていても、むしろその方がルカとしては好ましい気もする。

「ああ、来たわね。いらっしゃい」

 パルミラが息子を手招きする。この二人は顔立ちが良く似ていると思う。


「お越しいただきありがとうございます。イングラシア公爵、トラエッタ侯爵ご夫妻」


 ダニエレが完璧な角度で礼をした。さすがはロンバルディーニ公爵家。マナーを完璧に叩き込んでいるようだ。確かに、あまり社交界に出ないはずのエルザも、所作に関しては完璧だった。性格その他はともかく。

「お邪魔しています。ダニエレ」

 何となく微笑ましい気持ちになりつつ、ルカが代表してあいさつをした。この中ではルカが一番身分が高いことになるので。

「息子を同席させてもいいかしら。この子、今年が本格的な社交界デビューになるから」

「ええ。構いません」

 ルカはうなずいた。貴族の子女が社交界デビューを果たすのはだいたい十五歳から十六歳にかけてであるが、その後、高等教育に進むものは、あまり社交界に出なくなる。そのため、高等教育が終了する十八歳以降が社交界デビューとなることが多かった。


「トラエッタ侯爵。お父様はお元気?」


 パルミラがガイウスに尋ねた。ガイウスもさすがにロンバルディーニ公爵夫人に前では猫をかぶっている。

「ええ。母を亡くしたときは意気消沈して私に爵位を譲ったほどですが、今では『早まったかもしれん』なんて言ってますよ」

「元気になられたのならよかったわ。奥様と仲が良かったから、引退なさると聞いたときはちょっと心配だったの」

「パルミラ様も公爵と仲がいいですよね」

「ふふふ。どうかしら」

 駄目だ。ふふふ、と楽しげに笑うパルミラの腹の底が読めない。これが年の功と言うやつか。


「レベッカさん、御子さんはお元気……よね」

「ええ。とても元気ですよ。しつけが悪いんでしょうか」

 レベッカがなぜか真剣な顔で相談を始めている。パルミラは笑って答えた。

「子供は遊ぶのも仕事のうちよ」

 さすがは六人の子の母。強い。


「イングラシア公爵。ご両親はお元気かしら」


 そろそろ自分の順番が回ってくると思ったが、本当に来た。ルカはとりあえずうなずく。

「ええ。父と母で領地で悠々自適に暮らしているそうです」

 という報告があったのだ。ルカ自身はあまり領地に帰らないのでわからないのだが。

「そうなの……今年も社交界にはいらっしゃらないのかしら」

「……すみません。両親の行動は自分にも予測不能で」

 宮廷から帰ってきたらいたり、帰ってきたらもう領地に向かっていたりとか、いろいろなのだ。出ると言っていなかったのに、夜会に参加していたこともあった。

「そうなのね……今度うちでも夜会を開くから、来ていただけないかと思ったのだけど」

 パルミラがため息をついた。ルカは何となく嫌な予感がした。だが、それが何か具体的には説明できなかったので黙っていた。

 さすがに、王都からイングラシア公爵領は距離がある。ルカもすでに招待状はもらっているが、今から出発しても間に合うように来られるかは微妙なところだ。


「まあ、それは次の機会に」


 とルカは無難に答えたが、パルミラは「今年が良かったのよね」と言った。

 ちなみに、その間レベッカとガイウスはダニエレと楽しげに会話をしていた。
















 エルザも回復しそうでほっとしたので、ルカは王都のイングラシア公爵邸に戻ってきた。そして、すぐになんだか屋敷の中が騒がしいことに気が付いた。


「どうかしたのか?」


 たまたま通りかかったクラリッサを呼びとめると、彼女は「あ、旦那様お帰りなのですね」とどうでもよさそうに言った。前から思っていたが、この屋敷、主に対する扱いがひどい気がする。

「実はですね――――」

「ああ。帰ったのね、ルカ」

 厳格そうな声が聞こえ、ルカは階段の上を見た。先ほど会っていたロンバルディーニ公爵夫人パルミラと同世代に見える女性が威厳を醸し出しながら立っていた。

「は、母上」

「ロンバルディーニ公爵家に行っていたと聞いたわ。粗相はしていないでしょうね?」

「ええ……というか、母上はなぜここに」

「お父様も一緒よ」

 しれっと母ロレーナが言った。すらりとした体格の女性である。見た目通り厳格な女性であるが、愛情あふれた母でもある。


「……領地で悠々自適に暮らしているのでは?」


 少なくとも、ルカが最後に聞いたときはそう言っていた気がする。ロレーナはうなずいた。


「ええ。だけど、女性が怖くて一向に結婚する気配のない息子が、女性と付き合っていると言うじゃない」


 ルカがエルザと『付き合って』いることはそんなところにまで広まっていたのかと、ルカがびっくりである。いや、本当にびっくりした。

 気になっていたところに、折よくロンバルディーニ公爵家からの夜会の招待状が届いたので、参上したまでらしい。パルミラ、すでに手を打った後だった。

「ロンバルディーニ公爵の次女エルザね。大学で教鞭をとり、学会に論文を提出できるほどの才媛。少々年は取っているけど、しっかり者だし、それくらいの方があなたにはちょうどいいのかもね」

「……まるで私がしっかりしていないみたいな」

「していると言うの?」

「……」


 まあ、エルザの方がしっかりしているかもしれない。というかちょっと待て。


「ということは、母上と父上もロンバルディーニ公爵家の夜会に?」

「もちろん」

 ロレーナがしっかりうなずいたので、ルカは頭を抱えそうになった。自分で蒔いた種だが、外堀を埋められている気がした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルカが確信犯なのか天然なのか。天然だけど(笑)


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