第15講義
あけましておめでとうございます!
『女性恐怖症の公爵と~』の今年初投稿です。よろしくお願いします。
だるい。熱いけど寒い。起き上がれない。のどが痛い。
風邪だ。完全に風邪だ。熱もある。
「ああ……学会が……」
つぶやいてみるが声がかすれているし、さらに咳き込んだ。あ~、と声が漏れる。
ヴェルディ公爵家の夜会から三日後、エルザは熱を出して寝込んでいた。ルカの風邪がうつったか? とも思うものの、それを思い出すとちょっといらないことまで思い出してしまうので考えないようにする。
エルザが熱を出したと聞いて、家族は「知恵熱?」などと言うので結構失礼である。知恵熱なわけあるか。
とは思うものの、言い返せない体のだるさ。エルザはベッドの中で息を吐いた。まだ先とはいえ、何かと忙しいので学会の準備は早めに少しずつしておきたいのに。
だが、今やっても絶対にはかどらない。あとで目を通して「何やってんだ自分」ってなるパターンである。なので、おとなしく寝ていることにした。
「エルザ様。イングラシア公爵がおいでですが」
「……追い返せ」
ひょっこり顔を出したアーシアの言葉に、エルザはにべもなく言った。しかしアーシアはさらっとむししてルカを通した。アーシア曰く、「旦那様の許可は出ていますので」とのことである。この屋敷はロンバルディーニ公爵家なので、父ディーノの言うことが絶対である。当たり前だけど。
「邪魔するぞ」
「……」
いつも突然やってくるルカは、今日も突然やってきた。ルカを通したアーシアは「ご用があればお呼びください」と言って出て行った。
「大丈夫か?」
ルカがベッドに近づいてきてエルザに声をかけた。椅子を引き寄せて腰かける。
「学会の準備で夜更かしし過ぎたのか?」
言うことが結構ひどいが否定できない。そのせいで寝不足になっていたことは否定できないからだ。
「それとも私のがうつったか?」
「……風邪はうつるけど、熱はうつらないって聞いたことあるんだけど」
自分でもルカのがうつったのか? と思ったが、少なくともエルザは熱が出ている状況なので、風邪ではない。なので、うつったわけではなく自分で勝手に発熱しているわけだ。
……自分で言っていてむなしくなってきた。
「熱があってもエルザはエルザだなぁ」
ルカが笑って言った。わしわしとやや乱暴にエルザの頭を撫でた。それから「熱いな」などと言う。相変わらず失礼だ。エルザも人のことは言えないけど。
ルカが熱を出した時、彼はエルザの手が触れるとその手が気持ちいいと言った。その気持ちが少しわかる気がした。絶対に言わないけど。
「……おとなしいエルザと言うのも貴重だ」
反駁がないからだろうか、ルカがそんなことを言った。まあ、確かにエルザ自身もいつもツッコミを入れているような気はする。
「……というか、何しに来たの?」
「……いや、普通に見舞いなんだが」
今更過ぎる問いかけに、ルカが困惑気味に言った。エルザは「ああ、そう。ありがとう」と小さな声で言った。
「見舞いに果物を持ってきたぞ」
「ああ……本当に見舞いなんだね」
持ってくるものが見舞い的過ぎた。食欲はないが、薬を飲む前に何かを腹に入れねばなるまい。
ボーっとしながらも、エルザは身を起こした。ルカが手を伸ばして、その肩を支えた。
「ひとつ、わかったことがある」
「……何」
熱っぽくうるんだ目でルカを見つめ返すと、彼はまじめな表情で言った。
「私にとってお前は、どうやら特別らしいと言うことだ」
「……それ、ツッコみいれたほうがいい?」
なんだか一気に熱が下がったような気もする。いや、さがってないか。やっぱりルカの手の方が冷たいし。
「私はまじめだ」
「真顔で天然ボケをかますからなお前は……」
ため息をついて体の力を抜くと、ルカに抱き寄せられる。いや、支えてくれるのはありがたいんだが。
「ルカ、女性恐怖症じゃなかった? 私にこんなことして大丈夫なわけ?」
とか言いながらも寄りかかっていると楽なのでルカに体を預けているエルザである。
「エルザはエルザだろ」
きょとんといつものように言われ、エルザは再びため息をつきそうになった。ホントにこいつ、一回殴ってもいいだろうか?
「お前がお前である限り、私はエルザのことが好きだ」
「……あー、はいはい。私も好きだよ」
おそらく大真面目なルカにエルザは適当に返事をした。その返答が気に入らなかったのかどうか、付き合いの長いエルザにも良くわからなかったが、ルカは謎の行動に出た。すなわち、エルザにキスをしたのだ。
二日前、熱を出したルカは、エルザにやはりキスをしてきた。その時は寝ぼけているのかと思ったが、少なくとも今は意識がはっきりしているはずである。
二日前は受け流せた行為だ。今回も受け流せ……なかった。今回病人なのはエルザの方で、なんというか、苦しい。
思わずエルザは、自分の唇を食んでくるものに自分の歯を立てた。
「っ!」
唇をかまれたルカはさすがに驚いたかエルザを解放した。エルザは荒く息をする。
「く、苦しかった……」
訴えると、切れて血を流す自分の唇をなめ、ルカが「ああ」と思い出したようにうなずいた。
「熱があったな。すまん」
「……」
もはやどこからツッコミを入れていいのかわからない。そんなエルザの唇にルカの指が触れた。強めにこすられ、唇についた血をぬぐわれた。それからベッドに寝かされる。
「……いつもお嬢様たちに迫られて半泣きになっているくせに……」
枕と友達になりつつ恨みがましく言うと、ルカはしれっと言った。
「エルザはあんなことをしないとわかっているからな。お前には触られたりしても大丈夫」
「それはようございました」
適当なエルザの返答にめげず、ルカは「それに」と続けた。
「自分から触るのは平気だと気付いた」
「何それ理不尽」
「でも、それもエルザだけだけど」
「……」
エルザがツッコミのいれかたに迷った時、タイミングを見計らったようにノックがあった。アーシアが顔をのぞかせる。
「エルザ様。トラエッタ侯爵ご夫妻がお越しです」
「……ん」
ルカを入れているのに追い返せとも言えず、エルザはあいまいな返答をする。もともとアーシアはエルザの言うことを聞く気はなかったのか、すぐにレベッカたちが入ってきた。
「ごきげんよう、エルザ。本当に熱があるのね。知恵熱?」
「いや、夜更かしのし過ぎかもしれん」
レベッカもガイウスも相変わらずである。何故みんな、最初に聞くことがそれなのだ。エルザは返答せずに黙り込んだ。レベッカが苦笑する。
「ごめんって。冗談よ。というか、ルカも来てたのね……あなた、それどうしたの?」
レベッカがいつもの調子でルカに話しかけ、それから不思議そうに言った。エルザが眼をやると、レベッカはルカの切れた口の端を示していた。ああ、とルカはこともなげに言う。
「かまれた」
「何に?」
「エルザ」
「……」
基本的に物おじしないレベッカが動揺していた。エルザはもう知らん、とばかりにシーツをかぶり目を閉じた。あ、目を閉じたらすぐに眠れそう。
「え、何どういうこと? そこをかまれる状況ってどういうこと!?」
本当にすぐに落ちそうだったのに、ガイウスの声がでかい。エルザは目を開いて言った。
「ガイウス、うるさい」
「いや、寝ようとするなよ当事者!」
「当事者はそこにいるから、そっちに聞け。私病人なんだけど」
エルザはぼそぼそと訴える。せっかく心地よい眠りに就こうと思っていたのに、そこから呼び戻されて不機嫌なのだ。何故かルカも驚いた顔になる。
「え、エルザこの状況で寝るのか」
「……何度も言うが私は病人だ。自分のやったことくらい、自分で説明しろ。じゃ、お休み」
それだけ言って、エルザは再び目を閉じた。今度こそ寝るつもりだ。少し疲れた。
「ねえちょっとルカさん。イングラシア公爵? どういうこと?」
レベッカの問い詰める声が聞こえたが、エルザは今度は目を開かず、本当に眠りの淵に落ちて行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たぶん、エルザの中ではなかったことになる(笑)