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第12講義








 なんだかんだでちょくちょく夜会に出席しているエルザである。たいてい、ルカの連れとしてだ。今日もそうで、今回はルカの姉フィオナの嫁ぎ先であるヴェルディ公爵家での夜会だ。フィオナとはエルザも面識があるので、避けられない夜会としてついていくことになったのだ。


「お久しぶりね、エルザ」


 フィオナが初めに声をかけたのは弟のルカではなくエルザの方だった。エルザはちらっとルカを見上げ、それからフィオナに向かって膝を折った。

「ご無沙汰しております、フィオナ様。このたびはお招き下さり、ありがとうございます」

「そんな他人行儀にしなくても。義妹になるんですもの」

「……」

 エルザは何と応えてよいかわからず、やっぱりルカを見上げた。ルカは何故か平然としていた。何故だ。

「姉上、お久しぶりです。お招きありがとうございます」

「はいはい。あなたも隅に置けないわね。まさか本当にエルザを捕まえてくるとは思わなかったわ」

 収まるべきところに収まってよかったわ、と聞いたことがあるようなことを言うフィオナだ。


「久しいな、ルカ。エルザ教授も、よくいらっしゃった」


 ヴェルディ公爵ベネデットとは、エルザも面識がある。彼は高名な法学者である。そのため、エルザもベネデットとは文通するくらいの仲ではある。それもあって、出席しないわけにはいかなかった。

 相変わらず教授と呼ばれるエルザである。正確には准教授であると主張したいところであるが、野暮なのでやめておいた。

「お招き下さり、ありがとうございます、公爵」

「ご無沙汰しております」

 ルカとエルザがそれぞれベネデットにあいさつをする。彼は「うむ」と微笑むと言った。

「大したもてなしもできないが、どうぞ楽しんでいってくれ」

 ルカとエルザがそれぞれ礼をとる。主催者である二人は忙しいのだ。

 ベネデットが法学者であるからだろうか。学会関係者も多く、エルザとしてもいつもよりは居心地がいい気がする。しかし、それでもルカと離れているときは壁の花になっているのは変わらない。

 壁際に寄せられたソファに腰かけ、ベネデットと話すルカを眺めるエルザである。そんな彼女に声がかかった。


「エルザ。何してるの?」

「ん、アレシアか」


 エルザは視線をアレシアに移して姿勢を直した。アレシアが隣に座りこんでくる。

「あ、イングラシア公爵を見てたのね」

「そうだよ。というかお前、旦那は?」

「うちの旦那も挨拶回り」

 アレシアは逃げてきたらしい。まあ、気持ちはわかる。エルザもできるなら意味のない挨拶回りなどしたくない。それでも一応、いってきたが。


「何々。イングラシア公爵に見とれてたの?」


 アレシアが話しを蒸し返す。エルザは再びルカの方に視線をやった。

「……そうだね。どうだろう。ねえ、私ってルカのことが好きなんだろうか」

「……そんなこと聞かれても困るんだけど」

 アレシアが困惑気味に、しかし、どこか楽しそうな様子でそう言った。

「エルザ、イングラシア公爵のことが好きかなって思うんだ?」

 アレシアに尋ねられ、エルザは相変わらずルカの方に視線を向けながら「んー」と間延びした返事をする。


「そうだね……好きか嫌いかで言われたら、好きだけど」


 ただ、この『好き』がどこに分類されるのかいまいちわからない。ただの親愛なのかもしれないし。

「はっきりしないわねぇ」

「アレシアは政略結婚だったな」

 エルザはふと思って尋ねた。姉のテレーザは恋愛結婚だったが、アレシアは政略結婚だ。貴族階級の者にとっては、これが普通である。もちろん、仲がこじれることも多いが、アレシアとマルキジオ侯爵ライモンドとうまくやっている。主に、無神経なライモンドにアレシアがツッコミを入れているのだが、妻に痛烈なツッコミを入れられても怒らないライモンドは、やはり心が広いのだろうと思う。

 思えば、ルカもやや無神経、というか天然かつポンコツであるが、怒ったことはない気がする。いや、早く助けてくれ! とは言われたことはあるが、あれは怒っていると言うより懇願だった。

 彼の場合は怒らない、というよりは『そう言うものだ』と割り切っている感がある。エルザもルカのことをそうして割り切っている。互いを理解しているから、喧嘩にならないのかもしれない。

「まあね。うちの夫も大概だけど、イングラシア公爵も天然よね」

「ああ。残念だな。優秀な奴なんだが」

 アレシアの遠慮のない言葉に同意を示すエルザだ。アレシアは軽く笑う。


「私とライムンドは政略結婚だけど、ほら、エルザにあんなことがあった後だったでしょ? だから、お父様とお母様も私をそのまま結婚させるか迷ったらしいのよ」


 アレシアが結婚したとき、エルザは大学の寮で暮らしており、そのあたりの詳細を聞くのは初めてだった。

「そうだったのか」

 まあ、それが当然の反応なのかもしれない。父ディーノにとっては、一度、自分が決めた娘の婚約者に、大事な娘が裏切られているわけなのだから。


「でも、私がライムンドは大丈夫だからって説得して結婚したのよ」


 ということは、アレシアとライムンドの間には、当時すでに信頼関係が出来上がっていたと言うことである。エルザは、元婚約者と信頼関係を築こうとすらしなかった。

 エルザがそう言って反省を示すと、アレシアは首を左右に振った。


「あれはあっちが悪い」


 とのことだった。しかし、アレシアは「でも」と話を続けた。

「エルザって、さばさばっとした性格でしょ。まあ、うちの姉妹ってみんなそんなところがあるけど、エルザは特に。どちらかというと男前よね」

「それ、ルカにも言われた」

「はは。ある意味イングラシア公爵より男前かもしれないわよ」

 などと冗談を言ってアレシアは笑う。エルザはアレシアの方を見た。冗談を言ったわりには、彼女は真剣な顔をしていた。

「ねえエルザ。エルザは頭が良くて、昔から周りに男の人が多かったでしょ」

「……まあ、そうだね」

 特に否定する要素が見つからないので、エルザはとりあえずうなずいた。


「イングラシア公爵をはじめとして、エルザのまわりの男性は、あなたに理解があったのよ。なんと言えばいいのかしら。性別の壁がなかった、とでも言えばいいのかしら。エルザの頭は、その男性たちと張り合えるくらいのものだったから、みんな、あなたを仲間だと認めていたのだと思う」

「……」

「でも、マルクは違ったわ。あなたを女として見ていた。まあ、実際に女なんだけど。でも、確実にエルザはマルクより頭が良かったでしょ。彼はプライドが天より高いから、自分の妻が自分より聡明だなんて認めたくなかったのね。で、エルザはその性格でしょ。初めからうまく行くはずがなかったのよ」


 かといって私やほかの子でもうまく行くはずなかったでしょうけど、とアレシア。結構容赦ない。

「とにかく。マルクとうまく行かなかったのはエルザのせいじゃないわ。あんな男、まともな女ならだれでもうまく行かないわよ」

「……一応私はまともな方に入るんだ?」

「変人だけど、感性は普通でしょ」

「……そうだね」

 エルザは目を細めて口角をあげた。さすがのエルザも、アレシアが慰めてくれたのだとわかった。

「ありがとう。アレシア」

「うん。でさぁ」

「うん?」

 がらりと声の調子を変えたアレシアに、エルザは首をかしげた。


「あれ、放っておいて大丈夫?」


 そう言われ、アレシアが示す方を見ると、ルカが十代後半と思しき女性につかまっていた。その女性の顔は真っ赤で、胸を押し付けて精いっぱい誘惑しているのだとわかる。

「……なんか微笑ましいな」

「エルザ、学生の面倒を見過ぎだと思うの」

 アレシアからツッコミが入った。そこは一応恋人と言う立ち位置のルカが誘惑されているという事実に憤るところであって、決してルカを誘惑しようとしている少女を微笑ましく眺めるところではない。

「……まあ、いってくるわ」

「早く助けてあげなさいよ……」

 妹に呆れられる始末である。エルザは人ごみの中でもわかる長身のルカを目指してゆっくりと歩く。ハイヒールにはだいぶ慣れたが、目が見えにくいと言うのはやはりつらい。


「おい、待てよ!」

「はい?」


 突然腕をつかまれ、エルザはさすがに驚いた。視界がぼやけているので思わず目を細めてしまう。

「なんだその顔は! また俺をコケにするつもりか!」

「は?」

 何だそれは、と言いかけたところで見覚えのある人物だと気付いた。確か、前に学会で発表していた人物だ。ということは学者。


「あの時は散々言いがかりをつけやがって……! ただですむと思ってんのか?」


 あー、この男酔ってるな、と思った。まともな神経の持ち主なら、エルザに真正面から絡んでこない。エルザの実家であるロンバルディーニ公爵家は貴族界の中でも上から数えたほうが早い家格であるし、一応今、エルザはイングラシア公爵と『付き合っている』ということになっている。イングラシア公爵家もロンバルディーニ公爵家と同格だ。

 つまり、絡めば逆につぶされる可能性が高い。

 ついでに言わせていただくなら、エルザは普通の指摘出しをしただけであり、別に言いがかりをつけたわけではない。

「だいたい女のくせに学会なんかに出てくるのが悪いんだよ! 女が男と張り合おうなんざ……!」

「い……っ」

 腕を強くつかまれ、エルザは思わず声をあげそうになった。この場で悲鳴を上げれば注目をあびる。それは避けたいと思った。


「失礼」


 腕が解放され、肩が後ろから引かれた。ぽすん、と背中がぶつかる。見上げるとルカがエルザを抱き寄せ、絡んできた男の腕をつかみあげていた。

「酔っているとはいえ、私の夜会で女性に手を上げるとは。トニー、悪いが今日はこれでお暇していただけるかな」

「な……っ、ヴェルディ公爵」

 男、トニーが現れたベネデットに驚いた表情になる。ベネデットは「うむ」とうなずく。


「エルザ教授は優秀な女性だ。以前の学会、私も公聴したが、エルザ教授の指摘はまっとうなものだったぞ? 言いがかりをつけているのは君の方だ。それに、彼女は私の義理の弟の連れだ。さて、出て行ってもらえるな?」


 今度は直接的に言った。トニーは何度か口を開閉したが、すぐに萎れて会場から出て行った。それを見送り、ベネデットは言った。

「すまんな、教授。彼は私の招待客だ」

「い、いえ。私は大丈夫です」

 ちょっとびっくりしたけど。エルザはルカから離れて自分で立とうとしたが、ルカが放さない。

「そんなこと言って、震えているが」

「……」

 言われてから自覚した。思ったより怖かったのだろうか。エルザは小刻みに肩を震わせていた。自分で自分にびっくりした。


「おお。ホントだ」


 声も震えていた。しかし、それでもいつもと変わりない調子で発言したエルザに、男性二人はちょっと呆れた様子になった。

「……ルカ。エルザ教授を連れて、部屋で休んできなさい」

「ありがとうございます、義兄上」

 ルカがエルザの肩を抱いたまま歩き出す。彼も慣れてきたのか、歩調はゆっくりだ。ゆっくりとホールを出て廊下を歩きながら、エルザはルカを見上げた。

「あのさ、ルカ」

「うん?」

「ありがとう」

 礼を言うと、ルカは笑って「どういたしまして」と言った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろ前半は終わりですかねぇ。

ヒロインの名前がエルザだかエルシェだかよくわからなくなってきました。



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