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第10講義











 学会から解放された翌日、エルザは王都に繰り出していた。レベッカとのお出かけの約束である。ルカやガイウスにも仕事があるので休みが合う日を検討した結果、この日になったのだ。

 つばの広い帽子をかぶったエルザと、パラソルをさしたレベッカ。二人が先を歩き、男性二人がついて言っている状況だ。というか、高位貴族とは思えないデート方法であるが、四人とも気にしていないので彼女ら的にはどうでもよいことなのだろう。


 一応女性二人が先を歩いているが、主に引っ張っているのはレベッカだ。レベッカは後ろの男たちのことなど気にせず、服飾店に入っていく。

「ああ、こういうの久しぶり。というか、エルザにおしゃれさせるのって結構腕がなるわね。元は悪くないんだし、どうとでもなるわね」

「……」

 妹アレシアにも似たようなことを言われた経験のあるエルザは黙っていた。彼女には、この店がハイセンスすぎてすでに何がいいのかわからない状況だった。


「ねえねえ。ルカはエルザにどんな感じの恰好をしてほしい?」


 レベッカに尋ねられ、ルカはエルザを見た。エルザも彼を見つめ返した。一応、民間に溶け込めるような格好はしているが、それでもルカは無駄に気品があった。中身は残念なのに。

「……そうだな……」

 ルカがさっと商品に目を走らせる。いい店ではあるが、ここでは夜会に来ていくようなドレスは買えない。普段着、外出用のドレスとなるだろう。それくらいはエルザにもわかる。


「これとか」


 と、ルカが示したのは赤いドレスだった。レベッカが「ふむ」とそれを手に取る。

「ルカって、実はエルザより趣味がいいよね」

「いや、ルカが私より趣味がいいのは認めるけど、私は着ないからね。赤はせめて夜会用のドレスにしてくれ」

「あら残念」

 レベッカがそう言ってドレスを返す。彼女は再びルカに意見を求めた。

「じゃあこれ以外では、どう?」

「……と、言われてもなぁ」

 ルカはエルザとドレスを見比べて、結構真剣に選んでいる。最初に戦力外通告がなされているエルザとガイウスは黙ってその様子を見ていた。

「……楽しそうだな、レベッカ」

「何よりじゃないか」

 ガイウスとエルザが覇気のない声で言った。ルカの表情は無駄に真剣なので、楽しげなのはレベッカである。ちなみに、一緒に選んではいるが、女性恐怖症のルカはレベッカから微妙に距離をとっている。


「なあエルザ。実際のところ、お前らホントに付き合ってんの?」


 ガイウスが核心をつくようなことを小声で尋ねてきたが、エルザは表情を変えずに「さて」とはぐらかす。


「どう思う?」


 エルザは唇の片端を吊り上げて笑う。その顔をガイウスがじっと見たが、何も読み取れなかったらしくため息をついた。

「お前もルカも、表情が読めないからなぁ」

「良く言われるよ」

「じゃあ、お前、ルカのどの辺が好きなの?」

 別の質問をされて、エルザは少し考えた。考えて、言った。

「ちょっと抜けてるところ」

「俺にはお前が苦労する未来しか見えない」

 ガイウスに言いきられ、エルザは肩をすくめた。

「エルザ。ちょっと」

「ん」

 レベッカに呼ばれ、エルザは腰かけていた椅子から立ち上がった。レベッカに近寄ると、彼女はかけられた二着のドレスを示して言った。


「どっちがいい? ルカが買ってくれるって」

「……」


 なんだか貢がれている気分だが、そもそも始まりがパトロン契約であるので今更であるが。


 エルザは並べられたドレスを見た。向かって右手が鮮やかな青のドレスだ。夏ようなのでそれなりにデコルテが開いているが、最近はやりだと言う胸元を見せるほどは開いていない。まあ、開いていても見せるものがないが。

 パニエが入らないのでひだのあるスカートだ。指色が黒なので、落ち着いた印象を与える。

 向かって左手も落ち着いた印象だ。まあ、エルザの雰囲気を考えれば仕方のない話であるが。緑が主で、スカートは白い。こちらもスカート部分はひだになっているが、上の部分が首元まで覆われ袖がなかった。上からボレロを羽織るタイプなのだろう。

 エルザは数秒迷ってから言った。


「こっち」


 エルザが示したのは左手の緑のドレスだった。レベッカが「よっしゃあ!」と声をあげた。隣で、ルカがうなだれている。どうやら青の方がルカが選んだものだったらしい。

「……やっぱり最初の赤のやつが良かったな……」

「夜会用だったらいいって言ってるでしょ。……いや、だから、なんかごめんて」

 何となくしゅんとして見えたので思わず慰めてしまうエルザだった。この男、基本的にポンコツである。

「……ねえエルザ。エルザはルカのどこが良かったの?」

「それ、ガイウスにも聞かれたよ……」

 本当にルカにドレスを買ってもらい、ロンバルディーニ公爵邸へ送ってもらうように手続し、服飾店を出たエルザは、レベッカに彼女の旦那に聞かれたことと同じことを聞かれていた。

「さてねぇ。どこが良かったんだろうねぇ」

 答えるのが面倒でエルザは適当にはぐらかした。レベッカはじっとエルザを見上げて言った。

「エルザって、駄目男を好きになるタイプよね……」

「そう?」

 しっかり者の女性はちょっと駄目な男性に引かれる傾向がある、というのは聞いたことがあるが、自分がそれに当てはまるのかはよくわからない。ルカは確かにポンコツだけど。


「おーい、エルザ。こいつ何とかしてくれ」


 後ろから呼びかけられ、エルザは振り返った。ガイウスがルカを示している。どうやら彼の相手に難儀しているようだ。エルザはため息をつき、ルカの相手をガイウスから変わった。


「ルカ、いつまですねてるの。いい年した大人の男でしょ、まったくもう」


 エルザが容赦なく言うが、ルカはため息をついた。いや、エルザもついてるけど。

「私はレベッカよりお前のことを知らないのかと思うと……!」

「いや、そう言う問題じゃないだろ。そもそもお前と買い物きたの、初めてじゃん。また今度選んでよ」

 ね、と言うと、ルカは震えながらうなずいた。何故彼はこう……こうなのだろう。エルザは子供の世話をしている気分である。学校の先生か。いや、実際に先生だけど。


「せんせー! エルザ先生!」


 心の中で独白していたからか、先生と呼ばれる幻聴が聞こえた気がした。と思ったが、実際に聞こえていた。

 きゃーと騒いでいたのは、エルザが大学で教えている女子学生たちだった。一応、彼女たちも貴族令嬢なのだが、お構いなしに出歩いているらしい。いつも仲良しの二人組だ。

「ロザリア、イラリア、久しぶりだね。ショッピング?」

「はい。先生は……デートですか?」

 近づいてきたエルザの背後をちらっと見て、やや落ち着いている方の女子学生、イラリアが尋ねた。エルザは「まあ、そんなところ」とあいまいに答える。

「へええっ。先生、何気にやるよねぇ。今日のドレスも似合ってます! いつもそれくらいおしゃれすればいいのに」

 などと結構ひどいことを言ってのけるのはロザリアだ。やや派手目の少女であるが、頭は良いのだ。

「私自身のセンスが壊滅的だから、それはちょっと無理だね」

 TPOをわきまえた服装、などならできるのだが、自分に似合う服装、になると途端にダメになるエルザだった。

 しばらく楽しく話をしていたのだが、イラリアがちらっとエルザの背後を見て言った。


「先生……あの、彼氏さん、逆ナンされてますけど大丈夫ですか?」


 そう言われてエルザはルカの方を見た。なるほど。押しの強そうな女性二人に逆ナンされていた。ルカは引き気味に戸惑い、蒼ざめている。

「……なるほど。面白いからしばらく見物してようか」

「先生、サディストって言われません?」

 ロザリアにつっこまれた。エルザは肩をすくめた。

「じゃあ、ちょっと救出に行ってくるわ。二人とも、遊ぶのは結構。社交界でいい人を見つけるのも結構。だが、課題はやれよ。期限は延ばさないからな」

「はーい。いいひと見つけとかないと、先生みたいになっちゃうもんね」

「ロザリア、課題増やすぞ」

「えー」

 ロザリアが笑って不満げな声をあげた。ロザリアも、エルザが怒らないとわかっているからそんなことを言うのだ。

 ロザリアとイラリアがばいばーい、とばかりに手を振る。先生としていまいち敬意を払われていない気もするが、慕われているのはわかるので悪い気はしない。少し微笑んで彼女らに手を振り返してから、エルザはルカの救出に行った。


「ちょっと。何してるの」

「あ、ああ。エルザ」


 ルカに話しかけると彼はほっとしたような顔になった。彼に声をかけていた女性たちは『なんだ、彼女もちか』というような表情になる。いや、どちらかというと『既婚者か』が正しいのか? エルザの年齢を考えると。

「おなかがすいたから、何か食べに行こう」

「そうだな……」

 やや強引に救出するが、軟派女子たちは何も言わなかった。見たところ、二十歳くらいの女性だったが、やや年増であるエルザを見て『これなら勝てる!』と強引に来ることはなかった。ちょっと不思議である。

 何故ならルカのクールそうな外見とエルザの理知的な容姿が釣り合っているため、『お似合い』に見えているからなのだが、そんなことは自分の服すらまともに決められないエルザにはわからない。


「エルザァっ! 前に次はもっと早く助けるって言ったよな!?」


 半泣きで詰め寄られ、エルザは鬱陶しげに言った。

「お前も毎度毎度ナンパされるなよ。ていうか、こう、もっとスマートに振り払えないわけ?」

「それができたら女性恐怖症になってない!」

「……」


 確かに。


「二人とも、何してるのよ」

 少し離れたところで待っていたレベッカとガイウスが言い争っている二人を見て言った。ガイウスも苦笑する。

「変わらんなぁ。お前らは」

 何となく微笑ましそうに見られている気がするのは気のせいだろうか。

「さてさて。小腹がすいたから何か食べて帰りましょうよ」

「賛成」

 レベッカにエルザが同意したので、四人はそのまま喫茶店に入っていった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エルザ、やっぱり面白がってみてた(笑)


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