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第1講義

新連載です。サブタイトルは、ヒロインが大学の先生なので、そこから。







 その日、彼女の研究室に闖入者が現れた。


 その闖入者は、黒髪に涼やかなアイスブルーの瞳をした容姿端麗の男だった。長身で手足が長く、三十代手前と見える男性だ。クールそうな外見の彼は、目的の相手を見つけると、声の限りに叫んだ。



「頼むエルザ! 結婚してくれ!」



 エルザと呼ばれた女性はゆっくりと眼鏡のブリッジを押し上げ、言った。



「お前、帰れ」












 エルザ・ロンバルディーニ公爵令嬢は国立フィユール大学で歴史学を研究する研究員である。教鞭も取っており、『教授』と呼ばれることもあるが、准教授である。

 栗毛にグレーの瞳は知的な雰囲気で、銀縁眼鏡が彼女の理知的な容姿をひきたてている。顔立ちもそう悪くはないのだが、どことなく残念さが漂う女性である。

 年齢は二十八歳。完全なる嫁き遅れであるが、あまりの変人っぷりに周囲もあきらめている。


 一方、いきなり訳の分からないことを叫んだ闖入者の男性はルカ・イングラシア公爵である。二十五歳の時に爵位を継ぎ、その端麗な容姿で社交家の令嬢たちを騒がせてきた人物である。一応宮廷に官職があり、オフシーズンでも王都にいることは多かった。

 その彼は今、エルザの前にいた。今は冬の終わり、もしくは春の初めと言ってもいい季節。それはともかく、何やら頭がおかしいとしか思えないことを叫んでいた気がする。思わず突っ込んだけど。


「私は本気だ! お前が最後の頼りなんだ!」


 学生のレポートの添削を入れていたエルザは、赤ペンを置き、指を組んで肘を机についた。


「……悪いけど、もう一回言ってくれる?」

「私と結婚してくれ、エルザ!」

「やっぱり帰れお前。そして寝ろ。相当疲れているぞお前」

「私は正気だっ」


 そう言うやつほど正気ではないのは世の理であるが、そう言う相手ほど話が通じないのも世の理である。

 エルザはこの美貌の公爵を見てため息をつく。

「お前、眼は見えてる? 何を思ってトウの立った変人令嬢に結婚しようなんて言い出すわけ? お前にあこがれている年若いご令嬢たちが卒倒するぞ」

「そう! それが問題なんだ……!」

 と言いながらルカは勝手にソファに座る。文献が散らばっているが、慣れた様子でどけていた。つまり、この男が研究室に突撃をかけてくるのは初めてではないのである。このパターンは初めてではあるが。

 エルザとルカは初等学校時代からの腐れ縁である。素直に友人と言ってもいいが、友人、というには少々妙な関係でもある。


 エルザとルカは同い年。性別は違うとはいえ、二人とも頭が良く、学校で首席争いをしていた。そう言うとたいていは「仲悪かったでしょ」と言われるのだが、そんなことはなく、むしろ仲は良かっただろう。昔から研究者気質のエルザと、若干天然でありながら整然とした思考回路を持つルカは妙に気が合った。性別を超えた友情である。

 そして、何気に似た者同士であるらしい二人の交流は高等学校どころか大学を卒業してからも続き、二十八歳になる今、二人とも未婚である。


 とりあえずコーヒーでも出してやろうと思い、カップにコーヒーを注いだ。公爵令嬢がやることではないが、研究室にこもっていると、自分で自分のことはできるようになってくるのだ。いつもは助手がいるのだが、今は自分の研究に出かけていていない。

「父にそろそろ結婚しろと言われたんだ……」

「ずっと言われてるだろ」

 痛烈につっこむエルザ。二十八歳未婚女性であるエルザは、もう結婚は無理だろうと家族もほぼあきらめているが、同じ二十八歳でも女性と男性では違う。二十八歳の独身男性は引く手あまただろうに。


「いいじゃん。お前、顔はいいんだからより取り見取りだろ」


 うらやましい限りじゃないか、と適当に棒読みで言うと、ルカはコーヒーを一気に飲み干して言った。


「お前、私が女性恐怖症だと知って言ってるのか!?」

「じゃあ、私の目の前で性別女性の准教授と話している公爵様は一体誰なんだろうね」


 という茶々を入れつつ、エルザもコーヒーをすすった。ルカは顔をしかめる。

「エルザは友人だからな」

「お前、私に謝る気にはならない?」

「何故だ?」

 こいつ、駄目だ、と思った。エルザは「もういい」とあきれた様子で首を左右に振った。ルカがむっとする。

「なんだよ」

「何でもないよ。ああ、確かに私たちは友人だからね……」

 そこは間違っていない。そろそろ、この男が馬鹿なことを叫んだ理由に戻ろう。


「で、父親に結婚しろって言われたくらいであわてるお前じゃないだろ。何があったんだ」


 場合によっては今日のように巻き込まれてしまうので、問題は解決しておきたい。論文の作成中にでも巻き込まれようものなら、たまったものではない。

「実は……何度か見合いをしたんだが」

「ほう。気に入る娘はいたか?」

 興味津々で尋ねるエルザに、ルカは顔を両手で覆った。

「その……迫られた……」

「お前は女子かよ」

 いちいち反応にツッコミを入れるエルザである。普通お前はせまる側だろうが、ということだ。最近のご令嬢たちは肉食系らしい。

「それで、断ったんだろ?」

「当然だ! だが……先方があきらめてくれなくて、最近ちょっと社交の場に出ようものなら近づいてこられるんだ……」

 何とも贅沢な悩みであるが、ルカには死活問題らしい。それほど、ルカの条件はいいのだ。公爵で、金もあり、本人も若く顔も良い。ちなみに、彼の父は公爵位を息子に継がせて悠々自適、領地で妻と楽しく暮らしているとのこと。


「話しかけられたり、ダンスに誘われたりくらいならまだいい! だが、あからさまに胸を押し付けられたり、意味ありげに触られたりするんだぞ……!」

「何度も言うが、お前、女子か」


 どの言葉をとっても、ルカの反応は女性が取るべき反応である。しかし、賭けてもいいが、エルザは男性に似たようなことをされてもしれっとしているだろう。この二人、生まれる性別を間違えているかもしれない。


「そこで私は考えた。私に恋人が居ればこの状況を打破できるのではないかと」


 真剣な表情で言ったルカに、エルザは一瞬言葉を詰まらせた。

「……余計にこじれる気もするけど、どうぞ、続けて」

「それで、それを頼めるのはエルザしかいないと思った」

「そもそもお前、女友達私くらいだしね」

 相変わらず冷静にツッコミを入れながら、エルザは納得してうなずいた。

「とりあえず、お前が何故あんなことを言ったのかは理解できた」

「では!」

「だが断る!」

「何故!?」

 双方二十八歳とは思えない会話を繰り広げつつ、エルザは立ち上がった。棚からクッキーをだし、茶菓子とした。


「要するに偽装恋愛だろ。結婚までは行かなくていいから。私が相手では力不足だろ。もっと若くてきれいな、話の分かる子を捕まえてこい」


 話を聞く限り、エルザでは対抗馬として見劣りする。ルカにもう少し詳しく聞いたところ、お見合い相手は十人近くいて、全員が二十歳そこそこ。三十歳近いエルザでは、彼女らをけん制できるとは思えなかった。


「エルザはきれいだろ。それに、お前くらい落ち着いてる方が私はいいんだが」


 ルカはどうも、女子特有のきゃぴきゃぴした感じが苦手らしい。いや、エルザも苦手だけど。

「とりあえずありがとうと言っておけばいいのかな。でもまあ、発想としてまあ悪くないと思うけど、本気でお前の心を射止めたい人間は、恋人や奥さんがいたところであきらめないだろ」

「いや、でも、エルザを連れてれば『私は彼女のような人が好みです』って喧伝できるかと」

「要するに、変人で年齢のいったご婦人が好きだと言いたいわけだ」

「別に、お前がお前なら、私はお前が年上だろうが年下だろうが頼みに来た」

 これは誇っていいのかわからないところである。ルカは至って真剣なのだろうが、言っていることはちょっとひどい。

「後生だから、頼む! 何なら本当に結婚してくれるとありがたい」

「もう少しまともなプロポーズを考えてから言いに来い」

 バッサリと斬り捨てたエルザだ。ちょっと口説かれているかのような言葉もあったが、それ以外がひどいのだ。


「もしくは、私のメリットを提示しろ。私は、善意だけで協力するほどお人よしじゃないからな」


 エルザも暇ではないのである。ただで協力するほど彼女は優しくない。女を捨てている、などと散々に言われているらしいが、彼女的にはこれはこれで幸せに暮らしているので、問題ないのである。

 プロポーズは厳しいかもしれないが、メリットの提示くらいはできるだろう。それくらいのうまみがなければエルザも助けようとは思わない。逆に言えば、メリットさえあれば手伝う現金な女でもある。お前、本当に公爵令嬢か? と言われることもある。余計なお世話だ。


「よし、わかった」


 考え込んでいたルカが声をあげた。休憩がてらのんびりクッキーを食していたエルザがルカの方を見た。ルカが手を伸ばし、彼女の口の端についていたクッキーのかすをぬぐってやる。


「私に協力してくれれば、お前の研究資金を好きなだけ出してやろう」

「……マジで?」


 研究と言うのは、なまじ金がかかる。エルザは歴史学をメインとしているが、他にも法学や数学などを学んでおり、弁護士として活躍することも家庭教師をすることもある。もちろん、大学で教えてもるが、やはり研究には金がかかる。

 この辺が『変人』と言われるところであるが、エルザは給金のほとんどを研究に費やしている。一応、生活するための金くらいはとって置くくらいの良識はあったが、それ以外はほとんどを費やしていると言っていい。

 今のままでもなんとかなっているが、さらに資金を出してくれるのなら、ほしいところだ。


「わかった。私でいいなら協力してやる」


 よって、エルザの返答は早かった。ルカが「ありがとう、助かった……」などと言っているが、要するにこれはパトロン契約のようなものであると、二人とも気づいていなかった。常識的に大丈夫か、この二人。

 ちょっと不安になる組み合わせが出来上がったのだが、エルザとルカは力強く握手を交わしたのだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルカの天然と言うかポンコツっぷりは書いてて結構楽しいんですよね……。


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