VIRUS
ある小国が隣国の大国と戦争状態にありました。その小国は非常に優れた科学技術を持っていたので、何倍もの兵力で攻めて来る大国とは互角に戦っていました。初戦こそは小国の、優れた技術で作った武器で敵軍の進行を食い止めていましたが、戦闘が長期化して兵器を消耗してくると大国に押されぎみにりました。
そんな中、ある研究所で科学者が生物兵器の研究を進めていました。もちろん敵軍を倒すためでした。政府から潤沢な支援を受けて、最高の設備と環境を整えた研究所で科学者は不眠不休で研究をしていました。
「完成まであと一歩だ。これで大挙して攻めてくる敵軍を殲滅できる!」
科学者はそんなことを呟きながら、実験用のラットやサルにウイルスの入った溶媒を注射していきました。それから科学者は観察を助手に任せると、一休みすることにしました。
実験の結果は上々でした。全ての実験動物は一日以上生きてはいませんでした。
「いよいよウイルスが完成した!」
科学者は手をあげて喜びました、しかし助手の表情はそうではありませんでした。
「実戦に投入なさるおつもりですか?下手をすれば自国まで滅びかねません」
「今更なにを言うんだ!もう他に残された道はないのだよ」
「しかし、危険すぎます」
「君は私に逆らうつもりかね?」
「いえ…そういうわけでは、しかしリスクが大きすぎます!」
おもわず助手は声を大きくして言いました。
「何事にもリスクは付きものだよ」
それから科学者は部屋のインターフォンに向かって何やら呟くと、しばらくしないうちに部屋へ黒服の警備員が入ってきました。
「彼を当局に引き渡してやってくれ」
科学者の一声で助手は警備員に取り押さえられました。
「は、博士!これはどういうことです?」
「残念だよ。君の発言のリスクは大きかったな。君は優秀な助手だったのに…」
助手が部屋から連れ出された後、博士は報告書と資料を急いでまとめると将軍のもとに出かけました。
「将軍、いかがですか?資料をご覧になって?」
「うむ。上出来だ!これはすぐにでも配備できるかね?」
小国の軍の将軍は満足そうな表情でした。
「もちろんですとも!」
「しかしだな…、これは味方にも被害は出たりしないのだろうか?」
「散布する地点が味方から遠ければ、その点は大丈夫です。ワクチンもあります」
「そうか…ならば、遠距離爆撃機の用意が要るな。それから敵は今にも大攻勢をかけようとしている。すぐさまそのウイルス兵器の増産にかかってくれたまえ」
「承知いたしました。我が国の勝利は確実なものになるでしょう」
すぐさま小国の科学者が開発した生物兵器は増産されました。そして爆弾と一緒に爆撃機に詰め込まれ、敵軍の上空へ投下すべく飛び立ちました。
「これで勝利は我が国のものだ」
しかし、その後の偵察部隊の報告では敵の情勢に変化が見られませんでした。
「なぜだ。なぜ効果が現れない…」
そうしているうちに大国は部隊を調えて大攻勢をかけてきました。小国はなけなしの兵力で防衛線を張っていましたが、大挙して押し寄せてくる大国の軍隊には敵いませんでした。不思議なことに科学者の作った生物兵器はほとんど敵に効果を発揮していないようでした。そして小国の首都は占領され、ついには降伏しました。
それから参謀や軍人たちと並んで小国の科学者も戦争犯罪人として逮捕されました。そんななか、小国の科学者のもとに大国の科学者がやってきて言いました。
「貴方が生物兵器製造の指揮を執っていた方ですか?」
「ああ、そうだ…」
小国の科学者は力なく答えました。
「あのウイルスが恐ろしいものであることに違いはなかったと思います。私の私見ですがね」
大国の科学者は淡々とした様子で言いました。
「だったらどうして平気だったんだ」
大国の科学者はゆっくりと語句を区切るように話した。
「残念なことです。貴方の作ったウイルスは、確かに、動物に対しては強力な殺傷能力があるようでした。しかし、もともとこの大気中に浮かんでいる、我々人間にとっては何てことの無い、無害な細菌やウイルスに対しては非常に繊細だったようなのです」
その報告のに小国の科学者は俯いたままでした。