セドリック・レコード
あのダニエル様が本当に騎士団入団してくるとは思わなかった。
しかも俺と同じ部屋って……
あの国王暗殺未遂事件の当事者とはいえ、王子様がどうして一般人騎士と同じ部屋なんだ?
どうしたって立場がちがうだろう。
貴族家出身でもない平民と王子とし国の中枢にいた人間を同じ扱いにするなよ。
なにを考えているんだ?
俺だって変な気使わなきゃで嫌だよ。
なにが泣かしくて王子様と同じ部屋にならなきゃいけないんだ。
王子様といっても元王子様だけど。
貴族の坊っちゃんと同じ部屋っていうのもアレだとは思うけど、大抵そういうのは手回してあるじゃん。
今回もそうなるんじゃなかったの?
近衛の騎士団長あたりはそういうこと気にする人じゃなかったけ?
ババを引かされた気分だ。
あの漆黒の貴公子ヴィンセント・フォックス様が甲斐甲斐しくダニエル様の世話をしていた。
本当に綺麗な人だ。
他に形容のしようがない。
黒い髪に真っ黒な切れ長の目、女じゃないかと思うほどの肌の綺麗さ……
巷にファンクラブがあるって噂も納得だ。
鍛練に参加されているクリストファー王子様を見たことがあるけど、ダニエル様はそっくりだ。
なにって、顔の作りが同じだ。
でも、王子様が凄い金髪なのに対してダニエル様は真っ白な髪をしている。
青白いっていうくらいに白い肌だし、王子様から色を抜いたらダニエル様になるのだろうってくらい似ている。
ただ……王子様は故郷の湖を思い起こさせるような青い目をしているのに、ダニエル様は真っ赤な血を連想させる気持ち悪い赤い目をしていた。
髪が長いのはやっぱり赤い目を気にしてなのか。
「ヴィンセント、もう大丈夫。なにも出来ない子供じゃないんだ」
ダニエル様は静かに微笑んでいた。
「そうですか。その髪の毛はどうされますか?」
ダニエル様は髪の毛に触れ、
「あと、これだけ頼みます」
はにかんだ顔は年下の少年だった。
俺と同い年じゃなかったか?
「あの、本当にいんですか?」
ダニエル様は俺に散髪をするように言った。
ちゃんとした美容師に頼んだ方がいいと思うんだが、ダニエル様は散髪代がないと言うんだ。
そのくらい城で出せよとか思うし、俺が肩代わりしてもいいんだが、ダニエル様がそれを許さなかった。
変なとこ頑固な方だな。
俺は散髪の技術なんてないから変な頭になってしまう気がして仕方がない。
散髪の失敗で投獄とかないよな…?
ヴィンセント様はもう用は済んだとばかりに散髪の準備をして帰っていった。
赤い目を気にする様子もなくダニエル様は髪を短くされた。
肩に届いていた長い髪をさっぱりとされて嬉しそうに見えるけど、俺の気のせいか?
ちょうど散髪を終えた頃にクリストファー王子様がダニエル様の様子を見にいらした。
お二人の様子は仲のいい兄弟ににしか見えなかった。
王子様がお帰りになった後はダニエル様の手伝いをした。
王子様として城の奥で生活されてきたため、世間知らず過ぎてこれからの生活に支障が出そうだった。
まず基本的な生活が出来ないんだ。
ボタンを掛けられないことから始まり、靴紐の結び方、掃除、物の片付け方などなどキリがない。
騎士団には当番制の料理番と洗濯番があるのでそれも教えなくてはいけない。
「セドリック、今日はありがとう」
淀みなく素直な笑顔を向ける人だ。
この人はよく笑う。
今だって笑っている。
赤い目でなければこんなにも気持ち悪いとか、怖いとか嫌なこと思わずに済むのに。
「僕のことはダニエルと呼んでくれ。もう王子じゃないんだ様はいらない」
そう言われても……
本当にいいのか?
だった昨日まで幽閉されていたといっても王子様だった人だぞ?
今だってダニエル様には見張りなのか、護衛の騎士が付いている。
そんな特別な人を呼び捨て出来るわけがない。
返事に戸惑っている俺を見てダニエル様は淋しそうに苦笑いを浮かべた。
ダニエル様には驚かされるばかりだった。
正式に騎士団への配属が決まり、鍛練にも参加するようになると剣が全く使えなかった。
騎士団へ志願したと聞いていたから剣の覚えがあるのかと思っていたし、体力も致命的になかった。
体が弱いらしいので仕方がないとはいえ、町にいる子供達よりないのではないだろうか。
あまりの酷さに部隊長は頭を抱えていた。
これが平民上がりや、ただの貴族ならば除隊や厳しい訓練を課せば済むのだが、相手がダニエル様だ。
心配してクリストファー王子様も頻繁に来るし、本人のやる気が大きいのだ。
なによりもクリストファー王子様の剣の腕が凄すぎるせいでダニエル様への期待が大きすぎたこともある。
「ダニエル、獲物はこっちだろう?」
部隊長の剣に扱かれているダニエル様にクリストファー王子様が槍を投げて渡した。
ダニエル様が槍を構えると様になった。
クリストファー王子様は満足そうに頷いている。
槍を手にしたダニエル様は違った。
部隊長はあっという間に伸されてしまった。
ダニエル様の槍の噂はあっという間に騎士団の中に広まった。
でもそれ以外は本当に全てダメだった。
ルームメイトという立場から俺がダニエル様の体力作りに付き合う羽目になった。
まるで俺はダニエル様の世話係りじゃないか。
団長にルームメイトとして、先輩とし宜しく頼むと言われてしまった為無下に断ることも出来ない。
護衛だか、見張りの騎士にさせればいいのに。
彼らは俺よりも階級が上なのだから文句を言っても仕方ない。
久々の非番の日までダニエル様と一緒だ。
息抜きの王都までダニエル様は付いて来た。
これじゃ仕事をしているのと大して変わらないじゃないか。
なにを俺はイラついているのだろうか?
街案内をしていたはずなのにいつの間にかダニエル様は居なくなっていた。
元王子様を迷子にさせてしまったからなのか、勝手にウロウロと側を離れて行ったことになのか、見つければ楽しそうに茶飲み友達を作っていたことにか、俺は気持ちのぶつけ所をなくしていた。
「ああ、セドリック。こちらにおいでよ」
本当に人の気も知らずに……
この自由さはクリストファー王子様に通じる所があるんじゃないか?
どれだけ探したと思っているだろうか。
「あの、ダニエル様の側にいる者に気をつけろ」
誰かが俺に耳打ちをした。
気をつけるってなんだ?
気の良さそうな男だが、なにか裏でもあるのか?
ダニエル様は男と楽しそうにしていた。
ダニエル様の護衛兼見張りの騎士は遠巻きに様子を伺っていた。
俺に耳打ちをしたのもそんな騎士の一人なのだろう。
ダニエル様と茶を飲んでいた男は俺に軽く頭を下げると去っていった。
ここで初めてあった男と意気投合したと楽しそうにダニエル様は俺に話してくれた。
俺は心配して町中を走り回っていたというのに。
その日を境にダニエル様は街に一人で出くわすようになった。
あの茶飲み男と遊んでいるようだ。
問題もあった。
茶飲み男と一緒にいると護衛兼見張りの騎士がダニエル様を見失ってしまうことがあるのだ。
始めは只の偶然と、騎士の怠慢と思われていたがあまりに頻発するので偶然だと片付けられなくったようだ。
ダニエル様に反逆の懸念があると俺に任務が回ってきた。
ダニエル様を見張り、捕まえろなんて……
ルームメイトであるからダニエル様の動向を詳しく知っているだろうと俺に回されてきたのだろうけど、俺にはダニエル様が反逆を考えているようには見えなかった。
いつだってクリストファー王子様を尊敬しているし、自由になった自身の身は国の為に使うものだと懺悔の祈りを欠かせずにしていた。
ただの杞憂だとしか思えなかった。
生活力に乏しいところもあるが、基本的に良い人だ。
もっと国に対して、クリストファー王子様に文句を愚痴を言っている者もいるじゃないか。
確かに最近ダニエル様からクリストファー王子様の話が減ってきてはいるが、それは他に話題が出来たってことだと思う。
心配して街でのことをそれとなく話してみたが、ダニエル様は意に介する様子はなかった。
ある晩だった。
その日もいつもと変わらず仕事を終え床に付いて幾らかすると、ダニエル様が部屋を出て行った。
わざわざ寝間着から着替えてどこへ行くのだろうか?
月のある晩で助かった。
星明かりだけでの尾行は苦手だ。
こんな夜も深まる時間にどこへ行くのだろうか?
ダニエル様に着いていた騎士達はどうしたのだろうか?
一人も姿が見ない。
こんなことは初めてだ。
ダニエル様に気が付かれないように後を追うも、こちらが迷子になりそうなくらい角を曲がった。
大通りを通り、脇道を抜け、小道に入り、また脇道を抜ける。
一体何処へ向かっているのだろうか?
こんな地下道があるなんて知らなかった。
「お兄さん」
体が強ばった。
自分の首元にナイフが当てられていた。
俺……騎士だよな?
なにも出来ずにこれって……
不覚だ。
俺は首にナイフを当てられたままダニエル様が入って行った扉を潜ることになった。
そこには決して品の良いとは言えない男達がいた。
元王子様が付き合うには柄が悪すぎると思う。
「ダニエル様。気を付けるように言ったじゃないですか」
俺にナイフを当てていた男はあの時ダニエル様に声を掛けていた男だった。
ダニエル様は俺を見ても表情一つ変えなかった。
いつもと同じ優しそう……いや、なにを考えているのか分からない表情をしていた。
こんなダニエル様を見るのは初めてだ。
「まさかセドリックが着いてくるとは思わなかった」
俺の知らないダニエル様がいた。
ダニエル様を恐いと感じた。
わからない。
どうしてダニエル様を怖いなんて……
だっていつもは仔犬のように人の後をくっついて、まるで尻尾を振ってるんじゃないかってくらいクリストファー王子様のことを嬉しそうに話しているんだ。
あの赤い目だって気にならないくらい表情をコロコロと変える方なのに……
男は俺の腕を後ろに縛り、乱暴に俺を突き飛ばした。
「ダニエル様。これは一体?」
答えてもらえるとは思わなかったが、聞かずにはいられない。
悪知恵を働かせるような人じゃなかったはずだ。
もっと、こう……素直な人だ。
「うるさい!」
体制を整える前に男に腹を蹴られた。
息が詰まり、情けない声が漏れ、咳き込んだ。
「ダニエル様。こいつはどうします?」
男は俺の顔を踏みつけた。
「……どうもしない。僕が決めることじゃない」
それは……
俺の身はこいつらに委ねられたということか?
「残念だったな」
男は楽しそうに俺を蹴った。
うぐっ……
「以外にダニエル様って冷たいのね。まるでクリスみたい」
この女性の声は確か……
「どこから入ってきた?!」
男達は突然現れた女性に驚愕していた。
赤茶けた長い髪に、黒い小犬が付き従い、その真っ赤な軍服は……
アリス様?
深紅の淑女と名高いクリストファー様の護衛騎士だ。
どうして彼女がここに?
まさか俺以外にもダニエル様を尾行していた?
「それは褒め言葉ですよ」
あ……
嬉しそうに微笑むいつものダニエル様だ。
「アリス、国王暗殺未遂の残党はこれで全部です」
一体なんの話しをしているんだ……?
残党って……
「ごめん。セドリック」
ダニエル様ははにかみながら俺の腕を解いてくれた。
「ダニエル様……裏切ったのか?」
男は掠れた声で問う。
「ダニエルは裏切らないよ」
フードを目深に被っていた男……クリストファー王子様?!
なんでいるんだ?
「どうして貴様がここにいるんだ?!」
本当だよ。
なんで王子様がこんなとこに?
アリス様がいるだけでも驚きなのに。
「決まっているだろ?犯罪者の掃討だ」
青い目が光った。
そんなことあるわけないのに。
背中に嫌な汗が流れる。
なんだこの……奥から沸き上がってくる恐怖は?
初めて感じる命の危機……
いや、命だけじゃない。
魂そのものを奪われそうな……
男達も強ばった、恐怖の表情を浮かべていた。
アリス様がいつも連れている黒い小犬が鳴き、部屋の中を稲妻が走り、男達は倒れた。
「君を巻き込む気は無かったんだ」
ダニエル様は俺に手を翳し治癒魔術を構築していく。
その手を俺は弾いた。
なんだよ……ソレ……
俺は……ダニエル様のこと……
「俺、心配してたんですよ?」
ダニエル様は苦笑いを浮かべていた。
アリス様の黒い小犬が俺の側に寄って来た。
「悪いな。全部俺の指示だ。ダニエルには囮になって貰っていたんだ」
クリストファー王子様が俺の頭に手をおいた。
屈託のない笑顔が逆に怖いんですけど?
あれ?
体が軽く……これは治癒魔術?
クリストファー王子様って魔術が使えたのか?
そんなこと聞いたことがなかった。
この王子様はなんでも出来るんだな……
最強過ぎないか?
「僕の初めてのお仕事だったんですよ」
ダニエル様は素直な笑顔を向けてくる。
「でも、ダメですね。関係ない人を巻き込んでしまいました」
「俺、ダニエル様が初めて侮れないと思いましたよ」
溜め息と漏れる言葉にダニエル様は俺にいつもの笑みで嬉しそうに謝っていた。
ダニエル様が無条件で尊敬するクリストファー王子様は最も逆らってはいけない……あの青い目の恐怖を忘れてはいけないと感じた。
誰だよ、ダニエル様の赤い目が気持ち悪いなんて言った奴は?
クリストファー王子様の青い目の方が何倍も気持ち悪く、恐ろしいじゃないか。




