チャーリー・ピンター ①
昨日王子は視察よりお戻りなるはずだったのに、いつ戻っていらっしゃるんだ?
時間通り戻ってくるとは思ってはいないが、日を跨ぐことだけはやめて欲しいものだ
おかげで昨夜は家に帰れなかった
仕事だから仕方がないが、家で寝たいと思うことは普通のことだろう
王子のせいで昨夜帰れなかった者も他にいるんだ
だからあんなにも沢山の噂を立てられるんだ
自業自得というやつじゃないか
幼い頃から自分勝手に振る舞っているからいけないんだ
もう少しこの国の次期国王だという自覚を持っていただきたいものだ
…それは王子の世話係りをしている私がいけないのか?
もう何度、執務長に小言を言われてきたことだろうか
仕方がない
あの王子を枠に嵌めようという方がいけないんだ
幼い頃から見ていればわかるもんだ
王様や王妃様達だって噂を信じてはいない
噂を信じているのはちゃんとあの王子を見ていない者達だ
王子の青い目はとても澄んでいる
青い目を見れば沢山のあの噂が嘘だと分かるはずなのに
私は王子のあの青い目が好きだ
大概の人はあの金髪に憧れを抱くようだが、私はいつも綺麗に輝き澄んでいるあの青い目に惹かれている
「チャーリーいるか?」
ああ王子が帰ってきた
先に王様達にちゃんと挨拶を済ませたのだろうか?
せめてものマナーだけでもちゃんとしていただきたい
王子の方へ振り向くと王子とアリス様、そして子供がいた
子供の身なりはとても汚かった
ボサボサに伸びた髪
手首、足首を繋いだいたような痣
あれは、首輪痕か?
王子は奴隷の子でも買ってきたのだろうか?
「これはマリアだ」
マリアってこの子は男の子じゃないか
アリス様は首を横に振った
名前については王子になにを言っても無駄ってことか
それにしても小汚いな
どうしてそんな子供を連れて来たんだ?
「マリアを頼む。途中で水浴びはさせたけど汚いからね」
この子供の面倒を見ろってことか?
冗談じゃない
どうして私が?
そもそも子供は苦手なんだ
王子のせいで子供が苦手になったんじゃないかと思っているくらいなんだが…
「それじゃあ俺たちは父様のとこに帰還の挨拶に行ってきます」
マリアと呼んでいる子供を置いてった
子供はここに来てからじっと前だけを見ていた
普通は城に来たら浮かれると思うのだが、子供にその様子はなく緊張しているように見えた
水浴びをしたと言ってせいか小汚いわりに臭いはそこまでしなかった
まずは風呂からだな
「…マリア、本当の名前はなんて言うんだ?」
マリアなんて女の子みたいな名前で呼ばれるのは嫌だろう
あの王子の事だ
勝手にこの子供をマリアと呼んでいるだけだろう
せめて王子以外の者はちゃんと子供の名前を呼んでやった方がいいだろう
「マリア」
子供は小さな声で答えた
王子にそう言うように言われたのだろうか
「…クリスに助けてもらってから僕はマリアだ」
「王子を呼び捨てにするな。いくら子供でも許されないぞ」
小さな声で返事をした
助けてもらったって、王子は視察ではなかったのか?
まったく何をしてきたのだろうか?
この子もこれからずっとその名前で呼ばれることをわかっているのだろうか?
今ならまだ訂正が利くはずだ
どんなに名前を聞いても子供はマリアであることを譲らなかった
風呂に連れて行き、服装を改めてみればそれなりに見えるもんだな
流石に子供服の用意がなく、王子の子供の頃の服を着せた
王子の、王族の着た服を着られることが大変な名誉であることをマリアはわかっているのだろうか
奴隷であったのであれば分からないかもしれないな
マリアの体には首輪痕以外にも沢山の傷があった
ムチの痕や火傷の痕、きちんと手当てをされていなかったようだ
こんな子供にこんなに沢山の怪我の痕…かわいそうに
同情してしてしまう
奴隷だとすれば名前も本当はなかったのかもしれない
あとは髪の毛を整えて…
腹の音がした
マリアは恥ずかしそうに俯いた
「お腹空いたのか?」
マリアは小さく頷いた
恥を知っているということは少しは教養があるみたいだ
小さく見えるがマリアは一体いくつなのだろうか?
「12才」
12歳?10を過ぎた位だと思っていた
成長が遅いのか、栄養が足りてないのか、今からでも大きくなるだろう
王子も子供の頃は体が小さい方だったしな
マリアは用意させた食事を美味しそうに、精一杯、一生懸命食べている
そんなに慌てなくても大丈夫だというのに
王子はマリアをどうするつもりなのだろうか?
傷が目立たなくなった頃にどこかの貴族の養子にでもだすのか、12歳で奴隷でなければ基礎学校は出ているはずだから城の外へだすのか、まさか、このままここに居させるつもりなのだろうか
王子は食事中のマリアの頭を乱暴に撫でた
「食べらるようになって安心したよ」
マリアは邪魔だというように王子の手を払い除けた
それを王子は驚き、笑った
「やっぱりチャーリーに任せて良かったよ」
それはどういうことだ?
私はマリアを風呂に入れ、着替えをさせただけだ
「マリアの後見人をマチルダに頼んできた」
さらりととんでもないことを王子は言った
王子の結婚相手であるマチルダ様に後見人を頼むということは、王子はマリアを側に置くつもりだろうか
王子自身が後見人にならなかっただけマシなのだろう
マリアはなにもわかってない様子で食事を続けていた
「剣はアリスに、勉強はヴィンセントに任せることにした」
ただの子供になんという厚待遇なんだ
どこかの貴族の子だたりするのか?
それとも、この二人を師に付けるほど凄い能力があるのか?
「仕事はチャーリーに頼む」
絶句だ
私は王子のお世話だけで手一杯だ
どれだけ大変なのかこの王子にわかってもらいたい
これ以上は私の手に余るし、子供は苦手なんだ
誰か他の者に任せられないだろうか
「僕は、本当にここにいてもいいの?」
マリアははじめて怯えた様子をみせた
この厚待遇に気後れしたのだろうか
「罪人の子でもお城で働いてもいいの?」
罪人の子?
だからあの首輪痕にムチの痕か…
いや、王子は何を考えているんだ?
罪人の子をわざわざ側に置く必要はないし、そんな危険な者を側に許される訳がない
王子は優しくマリアを撫でて笑顔を向ける
「もちろんだ。マリアは俺のモノだ」
安心した様子ではじめてマリアの笑顔を見た
ぎこちないものだったが、それでも子供の笑顔は良いものだな
子供は笑っている方がいいけれど…
罪人の子をそんな簡単に王子の側に置けるわけがないんだが…
「チャーリー、そんな渋い顔するな。マリアは只の子供だ」
それでもだ
ただでさえ変な噂の多い王子の側に罪人の子がいるってことも問題なんだ
また変な噂を立てられてしまう
執務長の小言が増えるじゃないか
「えっと、これからよろしくお願いします」
マリアは席を立ち、しっかりと頭を下げた
「子供に頭を下げられて嫌なんて大人気ないこと言わないよな」
これはもう何を言おうともマリアを面倒を見ることは決まりなのか
王子の我が儘に振り回されるのはいつも周りの者達だ