ケルベロス
アリスの側にいるケルベロスは金色の魔王の創った7体の魔王の一つ
王は悩みを抱えている
悩む必要など一つもないのに
その悩みは我々にとって喜ばしいものだ
誰にも言えない闇の悩み、それを王は我だけに話して下さる
時には涙を流し、自らを傷つけ苦悶する
己が忌むべき存在へと変わりつつあることを王は自覚された
だからこそ悩んでおられる
「ケルベロス…今日も俺の側に居てくれるのか?」
言葉を隠した我に王はなんでも話して下さる
アリスといるよりも本当はずっと王の側に居たかった
王の側は心地良い
他の者にこの役目渡したくない
王が再びこの地に現れたと知った時は本当に喜んだ
それが人の子としてでも王は王である
我らが魔王…本当に側に居られることは喜びだ
王をお慰めするために足元に寄り添う
王は我を抱き上げその膝に乗せ、王は我の披毛を撫で下ろした
「俺はどうなってしまうのだろうか」
王は王となるだけ
今までがおかしかったのだ
そのまま委ねてしまえば全ては解決する
アリスの…勇者の魂の側にいたことが悪かった
だからここまで時間がかかり、今そのような悩みを抱えてしまっているのだ
早々にアリスを始末してしまえばよかった
ゆっくりと蝕む病を植え付けたが、ここまで遅いとは思わなかった
さすが勇者なだけはある
王の覚醒が先かアリスの死が先か、楽しみだ
「俺はアリスに無理をさせていたのだろうな」
今の王にとってアリスはただの側近ではない
幼い頃から共に育ってきたせいで友でもあり兄弟なのであろう
アリスの病が発病してから王は鬱ぐようになった
その前から自身の変化には気がついておられたようだが、アリスの病がきっかけでより覚醒が進んでいる
ああ、楽しみだ
覚醒し、全てを思いだし、その力を振るわれるその日がくることが
「アリスの側に居なくてもいいのか?」
なんと…我はアリスの側よりも王の側に居たいのだ
いや…もうアリスは放っておいても勝手に死ぬ
それよりも王の側でその覚醒を手伝う方が大事なのだ
やっとここまで来たのだから王の覚醒時に付き添いたいじゃないか
絶対に他の者には譲りたくはない
誰だってそう思うはずだ
この役目は我のものだ
アリスに感づかれることなく病を植え付け、王に力の使い方を教え、覚醒を促してきた
楽しみだ
本当に楽しみだ
王は深く息を吐いた
王の金色に輝く髪はかつて魔王となる前のなごりであろう
悪魔でさえも魅了するその黄金の髪は本当に美しい
王の青く光る瞳は幼き頃から魔王の片鱗を覗かせており、王の感情に合わせその青い瞳は妖しく光りそれは恐ろしかった
今も昔もそれは変わることがなかった
王は我をその膝から降ろし、天を仰いだ
「なにも失いたくない…アリスもおまえも…皆…」
王は目を押さえ涙を隠された
「俺は怖い…自分の抑えが効かなくなることがある」
抑える必要などないのだ
そのまま力を解放すればいいだけだ
「俺は俺であるためにどうしたらいいのか」
委ねてしまえばいい
ああ、王はいつまで悩んでいるのだ!
我は…我々は王と共に居たいのだ
この世を蹂躙し、王が目覚める日を待ち望んでいるだけだ
早く人の殻を破り我らが王と目覚めて欲しいものだ
「ケルベロス、おまえを側に置くべきではなかった」
またか
王は我との契約を悔やんでいるようだが、あの時契約を結んではいない
契約を結ぶ必要などなかったしな
契約など結ばなくとも我は王に従う
呼び出された時は喜び驚いた
王がそこにいて勇者がいるのだから
…歓喜の方が大きかったな
再び王に必要とされる
こんなに名誉なことはないだろう
「契約にしたがっているだけのおまえに話しても仕様がないな」
好きなだけ我に話されたらいい
好きなだけ我を罵ればいい
それで王の気がすむならいくらでも構わない
王は嗚咽を溢し
「俺は俺でありたい。変わりたくない。なにも失いたくない…」
両手を握りしめ額を乗せ
「…俺は欲張りなのだろうか?」
王はなにに縋り付いているのだろうか?
まさかあのいけ好かない神だかろうか?
早くそのお力、記憶取り戻して欲しいものだな
王はいつだって王なのだ
そんな小さき悩み、いつまで引きずっておられるのだ
早く全てを委ねて欲しい
我らはずっと王の復活を待ち望んでいるのだ
待ち遠しくて仕方がない
王はいつも一人だ
王はいつも孤独だ
我は王の孤独を慰めて差し上げることは出来ない
王の悩みはそんな小さなものではないはずだ
覚醒さえしてしまえば全てを思い出せるのに
いつまで抗っているのだ
早く
早く
早く
もうすぐだ
もう間もなくだ
「俺は…クリストファーだ。他の何者でもない。」
王から金色の輝きが増す
青く妖しい煌めきが立ち上る
そうだ
それが我らが王の力
我の気持ちが昂る
今まで焦らされてきた分余計に待ち通しい
待っていた王がこの力を覚醒させる日を
我慢ならなくなり王に近づく
王は我の存在に気がつくと微笑んだ
微笑み我の披毛を撫で下ろし泣いた
なぜ…
なぜそこで力が引いていくんだ
金色が引き、青が小さくなる
今日もまた、王は覚醒しなかった
また焦らされた…
王が抱えるその小さな悩みも全て覚醒すれば解決するというのに
我らが悲願も成せるというのに