ロイド・マグワイア ②
「なにかわかったか?」
なにも掴めていなかった
そもそも暗殺の噂などこの騎士からしか聞いていない
どう調べたらいいのかもよくわかってはいないのだが…
「ダニエル様が御咎めなしなのもクリストファー陛下の御進言らしいぞ」
あの事件に関わりのあるダニエル様の処遇は不思議なものだった
わずか1年足らずの幽閉生活の上、王族としての籍抹消に騎士団への入団
今でもダニエル様へ糾弾する声はあるが、過ぎたことだと思う
大体今回の暗殺の噂とダニエル様は関係ないのではないか?
この騎士は陛下を悪者にしたいのだろうか?
いいや
騎士である者がそのように考えるはずもないだろう
陛下が椅子の背もたれにすっかり体を預け静かに寝息を立てていた
珍しく執務室の椅子でうたた寝をしている
余程お疲れなのであろう
ここ最近いつもに増して仕事の量が増えていたようだし、少しでも休まることが出来ればいいのだが
金色の髪が陛下の寝息にあわせて揺れていた
机の上に目がいった
それから目が離せなかった
信じていた
信じたかった
知りたくなかった
知らなければよかった
自分は机の上にあった書類を手にしていた
「なにをしている?」
いつの間にか陛下は目を覚まされていた
勝手に陛下に近づき、勝手に机の上の物に手をつけた
どんな言い訳も通用しない
今ここで首をはねられても仕方がない
それでも問い質さずにはいられなかった
「これは…なんですか?」
「これとは?」
陛下は腕を組み静かに聞かれた
青い目だけが全てを語っているような気がした
「暗殺とは、本当ですか?」
「それがおまえとなにか関係あるのか?」
静かな声が恐ろしく響く
聞きたくない
聞かなくてはいけない
何も言わないで欲しい
全てを話して欲しい
自分は騎士としてどうすればいいのか…
このままクリストファー陛下に従えばいいのか
前国王暗殺を咎めたらいいのか
どうしたら…
そこへ宰相のオルコット公爵が入ってこられた
オルコット公爵がなにか言う前に陛下が制された
「その書類が随分と気になるようだが、なにかあるのか?ロイド?」
陛下が自分の名前を覚えてくださっていた
「この暗殺とはなんですか?」
「それがどうした?近衛騎士であるおまえに関係はないだろう」
そんなことはない
前国王への暗殺が本当なら近衛騎士として恥だ
お守りすることができなかった恥がある
知ってしまった以上どうすることもできない…
なぜ陛下はご自身の御父上を暗殺なんて…
なにもしなくても国王となられる立場にありながらどうして…
「暗殺がそんなに気になるのか?」
「そうか。そなたが…衛兵よ」
オルコット公爵が兵を呼んだ
自分が囚われてしまった事など些細なことにしか思えないくらい暗殺のことが気になった
信じていたかった…
なぜ自分は拷問を受けているのだろうか?
どうも話しが噛み合っていない気がする
間者とはなんだ?
なぜ自分が間者の疑いを掛けられているのだ?
あの書類…暗殺と書かれた一文しか読んでいない
一体何が書かれていたんだ?
前国王を陛下が暗殺したという噂を調べていただけだ
…自分はどこで間違えた?
あの書類はなんだった?
体の痛みで頭がぼーとする
陛下を信じたい思いだけで行動していたはずだ
だって陛下のなにを疑うんだ?
あの噂の多さがいけないんだ
いいものも悪いものも自分は全部信じてしまっていたのだろうか?
どんなにムチを打たれても冷水を掛けられても自分からはなにも出てこないぞ
自分はあの書類を見ただけ
間者だと疑われても違うのだから
自分を証明することがこんなにも難しいとは知らなかった
自分はこの国に、クリストファー国王陛下に忠誠を誓った騎士だぞ
なんとも不名誉な疑いを掛けられたものだ
陛下に仕えることが出来る自分は幸せ者だろうと思っていた
この国はクリストファー王によって更なる発展が
あるのだと信じていた
信じているからこそ暗殺の噂が許せなかった
許せないからこそ噂の真相を知りたかった
もう何日こうしていただろうか?
毎日にように同じ質問を受け、ムチを受け、自問自答したのだろか?
「こいつを知っている?」
アリス様が連れて来たのはあの騎士だった
前国王暗殺の噂をしていた騎士だった
なんだか雰囲気が違う気がする
でも、あの騎士だ
間違いない
「ロイド…あなたを信じてもいいの?それとも…」
「アリス様!私を信じてください!」
騎士はアリス様にすがった
アリス様はなんと冷たい目で騎士を見るのだろうか
まるでフォックス様のようだ
あんなアリス様は見たことがない
「暗殺の噂、他の人から聞いたことがあるの?」
なかった
この騎士以外はそんな噂があることも知らないようだった
自分はなにを信じて動いていたんだ?
自由を許された自分は陛下の前にいた
拷問による傷も魔術医により癒され、服も新しい物を着せられていた
「勤め、御苦労だった」
陛下の顔をまともに見られなかった
どうして見られるというのだ
陛下に忠誠を誓っていながら陛下を信じてはいなかったのだから
言い訳が出来るわけでもなく、許しを乞うこともできない
陛下に労いの言葉を掛けられても自分にはもったいなさすぎた
自分はこのまま陛下にお仕えしてもいいのだろうか?
ダメだろう
許されるわけがない
騎士を辞め里に帰ろうと思う
こんな自分が側にいては陛下にご迷惑を掛けるだけだ
敬愛する陛下に疑いを少しでも持った自分が許せるわけがない
新たな地位を下さるというが辞退した
自分には持ったいなさ過ぎるものだ
また陛下を少しでも疑うことがあってはもう…
もうこれ以上あの青い目を見ることは出来ない
見られることも耐えられそうになかった
陛下の青い目はきっと全てを見透かしている