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クリストファー王  作者: ゆきんこ
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マリア


 王様はクッキーに手を伸ばし


「マリア、お前幾つになる?」


「僕ですか? 17ですけど」


 真っ白な磁器に紅茶は綺麗な赤い色で、いい匂いだ。

 王妃様も満更じゃなさそうに香り楽しまれている。


「そうか……それじゃあ18歳まですぐだな。そろそろ将来の事を決めないと」


 将来……?

 そんなに呆れなくても……そこまで僕は惚けた顔をしていたのかな。


「いつまでも人の言うことを聞いている訳にいかないだろ?」


 ……えっと、それって……


「まあ、早いものね。マリアがいらっしゃったのはついこの前のように感じますわ」


 早いってもう5年位前かな。

 そんなに懐かしまれる程昔ではないと思うけど、王妃様の微笑みは王様と違って平和だと感じる。


「マリアは将来どうしたいと思っているんだ?」


 頭を殴られたような衝撃って……これ、だよね。

 本当に殴られたわけでもないのに体の奥から震えてくる。

 手が震えてきそうになるのを必死に押さえて……

 でも、声の震えまでは押さえられなくて


「……それって、クビってこと……ですか?」


 なんで王様が驚くの?

 その手はティーカップに伸ばしたんでしょ。


「? なにを言って……」


「だって、そうでしょ?

突然将来の事をなんて言い出して」


 そんなはずない……

 だって……

 王様は気紛れだし……

 ……でも、やっぱり……ダメだ。

 これは言っちゃいけない。

 感謝をしても恨んだりする理由はないのに……

 だけど…… でも……

 僕は精一杯丁寧にティーポットを置いたけど、大きな音をたててしまった。

 もういいや。

 どうせクビになるなら


「王様の気紛れで罪人の子を拾って、気紛れで放り出すなんて……あんまりだ!!」


 言っちゃった……

 お二人とも吃驚されているじゃないか。


「……ははっ……」


 このままここに居られない。

 居たたまれない。

 もう、どうにでもなれ。

 不意に誰かにぶつかりそうになったけど構ってもいられず走った。



 僕は12歳の頃、罪人の子として処刑されそうになったところを視察で通りかかった王様に助けられた。

 あの日、父がどんな罪を犯して処刑されたのか僕は知らなかった。

 でも、息子の僕までが処刑台の上にいるのだからそれなりの罪を犯したのだろう。

 執行人が父の罪を話していたけど、僕の耳を素通りして覚えていなかったし、知りたいとも思っていなかった。

 首に掛けられた縄がちくちくとして、手錠がやけに重くて、牢にいる間に痛めつけられた傷が痛くて……

 僕はもう父を想うこともなかったし、殴られることもないことに安堵していた。


 ――早く楽になりたかった。


 処刑台の上は日影もなく、太陽の陽射しが暑くって、処刑台の下に群がる人々が異様に気持ち悪かった。


「おい、子供。名前はなんて言う?」


 ――突然だった。


 僕はあと少しの苦しみで最後だと思っていた。

 僕に陰るように立つその人の声に今さらなんだろうと顔を向けた。

 やけに眩しくて。

 でも目が離せないくらいキラキラとして。

 今自分に起こっていることはなんだろうかとわからなくて。

 惹き付けられる青くて深い色の薔薇のような瞳が僕を見据え、太陽を背に立つ王様の金色の髪の毛から光が零れていた。

 どう目をそらせばいいのかわからなかった。

 ただ僕を見る目は憐れみでなく、怒りでもなく、僕の中の凍った感情を解かすように暖かった。


「僕の名前は……」


 今ではもうその名前は覚えていない。


「そうか。お前は今日ここに死んだ。今からお前は『マリア』だ」


 その日その時から僕は『マリア』になった。


「マリア君!?」


 急に腕を捕まれた。


「泣きながら走って来て、どうした?」


「ダニエル様…」


 吃驚した顔をされた王様と同じ顔があった。

 髪は白く刈り込まれ、赤い瞳が王様とは別人だとわかる。

 王様じゃないことに安心する。


「……僕……クビになっぢゃいまじたぁ」


 泣きすがる僕にダニエル様は戸惑いを……少しは隠して欲しかった。


 ダニエル様は現国王陛下クリストファー様の従兄弟で今は王族としての籍を抹消され、騎士団治安警備隊の副団長を努めている。

 本来僕のようなものが口を利いてもらえるような方ではないけど、生い立ちが似ている?

 関係で目をかけて頂いていた。



 ダニエル様の煎れてくれたお茶から緑色の爽やかな香りが広がり、気持ちを穏やかにしてくれる。


「どうしてクビだと思うんだ?将来の話を聞かれただけだろ?」


 そうだけど……


「でも、僕は罪人の子。王様の気紛れで拾われて……いつ捨てられてもおかしくないから」


 悔しくて、やるせなくて、両手を握り締める。

 あの日から僕は王様のため、この城で誰かの役に立ちたいと思って生きてきた。

 それはこれからも変わらないと思っていた。


「陛下はそんなに気紛れな人じゃないし、マリア君をクビにするわけないと思うけどけど。

ん~……それだったら僕の方が……なにせ国家転覆罪だから側に置いて置く方がどうかしている」


 王様がダニエル様を離すわけがないし、僕は本当にクビに……苦い笑みを無理に浮かべなくていいですよ。


「でも、それは公爵様が……」


 7年前、王様と王妃様の婚礼を利用し、隣国との戦争を仕掛け、前国王様の暗殺をダニエル様のお父様が企て失敗した。


 ダニエル様の罪はお父上であったリリー公爵様が企てたもので、ダニエル様は関係ないと聞いている。

 僕が城に来る前の事だから詳しく知っているわけではないけど……何度か噂話し程度にきいてはいた。


「なにも知らないと言っても僕はあの事件の一端に組み込まれていたし、今だっていつ糾弾されてもおかしくはないからね」


 ダニエル様は両手で包むように湯呑みを持ちお茶を一口飲んだ。


「マリア君はいつだって真っ直ぐだから……悪いことじゃないけど、もう少し多角的に見られるようになるといいかなって思うよ」


 ダニエル様はお茶を手の中で転がすように回し


「……ねえ、マリア君。君にとって陛下はどんな人? 気紛れな人? わがままな人? 自分勝手な人? 命の恩人? 尊敬する人??」


 僕の眼を覗きこむように見据え、微笑んだ。


「僕にとって陛下は優しい憧れのお兄ちゃんだったよ」


「……ダニエル様?」


 なにを突然言い出して……?

 王様が年上の従兄弟なんだし、そりゃ幼い頃から側にいればお兄ちゃんでしょ。

 幼い頃はダニエル様も城で暮らしていたって聞いたし、今だって王様と一緒にいると仲のいい兄弟にしか見えないもん。


「マリア君は陛下に裏切られたって感じているのかなって思ったけど?」


 ……そうなのかな?

 僕はずっと城で……王様の側で働いていくんだと思っていた。

 側に置いてもらえた時から僕には他の選択肢なんてないんだと、先の事なんて考えもしなかった。

 先の事を望む事はわがままだと思ってさえいた。

 でもまさか王様に捨てられることになるとは思いもしなかった。

 さっきのことを思い出したらまた涙が滲んでくる。


「マリア君が知る陛下と僕が知る陛下は違うってことはわかる?」


 え……?

 なにが違う?

 王様は王様じゃないのかな? もう一人王様がいるわけじゃないし。


「そんなに意外かな?」


 ダニエル様は手にしていたお茶を置き


「マリア君は陛下を知らなすぎる。もっと陛下の事を知った方がいいと思うよ」


 王様と同じ顔でイタズラに微笑む。

 別人だとわかっていても、その表情は王様じゃないかと勘違いさせる。

 赤い目が王様じゃないと教えてくれるけど、王様と対峙しているようだった。

 王様の瞳は青いのにどうしてだろう?

 ただ同じ顔ってだけなのに……

 髪型も、髪の色も、肌の色も、話し方も違うのに。


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