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お題という名の一人遊び

時を越えた、君との約束

作者: 冥月 霜華

 いずれ体内の水分を全て使ってしまうのではないかと不安になるほど、彼女は長く泣いていた。

 なにがあったのかは知らない。

 聞けないし、聞いてもきっと彼女は答えてくれない。

 ただ、彼女の顔から笑顔が消えたことが寂しくて、もう笑ってくれないんじゃないかという不安が強すぎて……隣に座って、どうすれば良いのか、無い頭を必死に動かした。

 そして――


「俺さ、いつかタイムマシンを作るんだ」


 突拍子もない言葉を吐き出した。

 隣から、空気を読めという視線と、何を突然と不思議がる雰囲気が伝わってくる。

 紺色にも見える綺麗な夜空と煌く星、そして、子守唄のように聞こえる海の潮騒に背を押されて、今なら恥ずかしい台詞を吐いても許される気がして、「そしたら、君が泣く原因全部から、護ってあげられるだろ?」と笑ってみせた。

 何も知らない子供が言うような、夢物語。

 この手で守れるものなんて、あるようでないのに。

 それでも、そんな言葉で彼女は「期待しないで待っててあげる」と涙の残る瞳で笑うから、ああ、もう良いかと笑い返した。


 時が過ぎ、俺は学生から研究者になった。

 あの時一緒に笑った彼女は、もういない。

 

「タイムマシンの完成、楽しみにしてるから」


 最後にあった彼女は笑顔だった。

 なにがあったのかは分からない。

 ただ、あの細い体を病魔が蝕んでいたのだと聞いた。

 病名も、治す方法の有無も、彼女の最期も、誰も俺には教えてくれなかった。

 それが、彼女の遺言だからと……笑っている自分の姿だけを覚えておいて欲しいと彼女は俺に願っていると聞かされた時、俺は自分の無力さを思い知った。


 そこから俺は、がむしゃらにペンを走らせ、機械を組み立てた。

 子供じみた、でも、彼女が笑ってくれた、大切な、たった一つの約束を果たす為に。

 無理だと笑う奴らを、時間の無駄だと蔑む奴らを無視して、必死に、必死に、それこそ、己の体が悲鳴を上げても……ただ、ひたすらに何度も、何度も、何度も……。


「できた……」


 今にも消えそうな声で呟いた俺の目の前には、歪な機械の塊がある。

 むき出しの配線と駆動部は、今までにないほどの熱を放ち、あの日から長い年月を生きた体は、立っているのが限界だった。

 けれど、此処で歩みを止める訳にはいかない。


「頼む」


 身なりを整え、機械へと乗り込む。

 スイッチを入れれば、高い金属音のようなモノが耳を痛めつける。

 徐々に揺れが激しくなり、体が宙へと放り出されるような感覚に陥った。

 

 一度でいい……一度でいいから、俺をあの子の元に……!


 科学者にあるまじき神頼みとともに意識を手放す。

 目を瞑っていても分かる光。

 胃の内容物を吐き出したくなるような、叫びだしたくなるような、得も言われぬ感覚を享受した。

 その先――


「あの……大丈夫ですか?」


 酷い目眩と不快感を友に、ゆっくりと目を開ければ其処には、見慣れた海岸の景色と不安そうに俺を見る一人の少女の姿があった。


 間違いない。彼女だ!


 記憶の中の、あの時の彼女が目の前にいる。

 夢かもしれないと思いながら、今この場所の年と日付を彼女に問う。

「事故にあったせいで、記憶が飛んでいるかもしれない」というなんとも苦しい言い訳をして。


「えっと、今は……」


 案の定、不信感を抱きつつも問いに答えてくれる彼女。

 紡がれた言葉に安堵と喜びの感情が湧き上がる。

 けれど、同時に気づいたのは、この世界に長く入られないことだった。

 込み上げてくる不快感は、この世界が自分が本来いるべき場所ではないと知っている体が、本能がこの時代にあることを拒絶している証なのだ。

 此処で死んでもいいと思いながら、それでは彼女に迷惑を掛けるだけだという理性が、体を動かし始める。


「あの……」

「ああ、大丈夫だよ。お嬢さん、ありがとう」

「あ、いえ……あの……おじいさん、何処かで……」


 会ったことはありませんか? 知っている子に似ているんです。


 彼女の言葉に、つい自分の正体を明かしたくなる。

 けれど、そんなことをしても意味が無いことは分かっている。


 もう、あの時の子供ではないのだから


 必死に笑みを作り、「気のせいだよ」と呟けば、彼女の慌てた謝罪が鼓膜を震わせる。


「いやいや、気にしないで。ああ、そうだ」

「はい?」

「君のことを大切に思っている子からの伝言があった」

「え?」

「約束は……中途半端だけれど、守ったよ」


 何のことか分かっていない彼女に礼と別れを告げて、タイムマシンの元へ行き、再び不快感を友に、自分がいるべき世界へと戻った。


*****


「自分が犯した罪の大きさを、償う術を分かっているな」


 冷たく固い声に、頷く。

 目の前にあるのは、破壊されたタイムマシン。

 歴史の改ざん、偉人達の保護等、尤もらしい理由を付けて、彼らは俺を大犯罪者として捕らえた。

 そして、こうして彼らによって俺は裁かれた。

 けれど――


 悔いはない。

 再び会えた、言葉を交わせた。

 想いを伝えることなど出来はしなかったけれど、護ることなど出来はしなかったけれど……


 約束は守れた。


「さようなら」


 この世界に、別れを告げる。

 固く閉じた瞳に映ったのは、幸せそうに笑う彼女だった。


 ああ、もうそれだけで……幸せだ。

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