第5話 自分の家も平和な場所とは言えない
帰り道。二日連続で早退して、同じ道を母と歩いている。ただ、違う点としては母の様子だ。
「竜生。気付かなくてごめんねぇ…」
母はそう言って涙を流して俯きながら歩いていた。
そんな態度をとられてしまうと、なんだか悪い気がしてきてしまう。
「母さんが気にする必要はありません。今まで自分が隠していたこともこの事件を悪化させてしまった原因の一つなのです」
「…」
母は不思議そうな顔で俺を見ていた。
あれ?なにか間違えた?
「あなた…本当に竜生なの…?」
母は声を振り絞りながら言った。
「俺は俺だよ。母さん。昨日頭を打って少し混乱してしまっているけど、戦うって決めたんだ」
これで誤魔化せるか?
母はまた涙を流していた。
息子の頭がおかしくなってしまってなのか、息子が立派な決心をしたと歓喜してなのか、または先ほどと同じように自分自身に対して嘆いているのか。
残念ながら俺にはわからなかった。
夢の中の竜生ならばわかるかな?
俺は家に着くと部屋で休むことにした。
現在の時間は11時。
昼食の時間まで寝ることにしよう。
俺ってこんなに昼寝が大好きだっただろうか?この体になってから家に帰ったら寝ることを優先している気がする。
だが、この体になってからトラブル続きなのだ。休みたくなるのも当然だと思うぞ?
昼には母が起こしてくれるとの事なので、気兼ねなく休むとしよう。
―――――。
で、またこの空間である。
白い空間だ。
隣には薄暗い空間が広がっている。
まさか眠る度にこの空間にくるんじゃないよな?
そこは昨日の夜、竜生の精神と対話した空間であった。
やはり日陰に竜生が居た。その表情は困ったというような表情だ。
「いや、困ったっていうか困惑しているというか…。竹沢にまであんなセリフを言うとは…。すげぇ奴だよお前…。俺ならビビってあんな事言えねぇよ」
と、竜生は言った。
「竹沢?」
聞きなれぬ単語が出てきた。
誰かの名前だろうか?
「あぁ、竹沢は生徒指導室で怒鳴り散らしていたジャージ姿の教師だよ。ちなみにあいつだよ。俺のいじめ相談を無視した奴。生活指導員なのにひでぇよな」
竜生はそう言って乾いた笑いをした。
「そんなに酷かったのか?イジメは」
俺がそう質問をすると、
「最初は高校に入ってすぐだったな。最初は嫌がらせ程度だったが、次第に殴る蹴るなんて当たり前。カツアゲもされたし、もっと酷いことをされたよ。ちなみに抵抗したら先輩も加わってボコボコだ。ひどい時には1週間連続暴力の嵐だったよ。奴らは『サンドバック強化週間』とかほざいてたな」
と、竜生は答えた。
うわぁ。ゴミクズじゃん。
あれ?と、いうかそこまでされたなら、
「え?じゃぁ、あいつら殺した方がよかったんじゃないか??」
「え!?」
俺がそう言うと竜生は驚いた顔をする。
「いや、ごめん。竜生の人格がこの体を支配していた時の話じゃなく、俺が今日殺しておけばよかったんじゃないかという意味だ」
「いやいやいや、俺はそれに対して驚いたわけじゃないぞ!?」
竜生は慌てて否定をした。
「あ~…。思っていた以上に前世の常識にとらわれているな…」
と、竜生は呆れていた。
む?なんだ?まるで今世の常識が無いことを馬鹿にされているような気がするぞ?確かにこの世界の常識には疎いかもしれんが、そこまで大袈裟な態度をとられると気分がいいものではないぞ?
「いや、うん。そう思うのはもっともかもしれないが、言わせてもらうぞ。今日の状況で殺人を犯すと高確率で実刑をくらうぞ!?」
は?実刑って、罪になるのか!?なんで??
「それはおかしいだろう!暴行、脅迫、強盗だぞ!?盗賊行為だ!殺しても問題ないだろ!?よくて犯罪奴隷だ!」
「日本に奴隷制度はねーから!」
「じゃぁ殺すしか…」
「それが犯罪なんだよ!」
え?犯罪?犯罪は暴行、脅迫、強盗もだろう??
「まさかこの国は殺人のみ犯罪として扱われるのか??この国は俺から見ると犯罪者を野放しにしても良いという国家なのか!?」
「違う。違うんだ…。あぁ、なんて説明すればいいのか分かんなくなってきた…。とにかく、盗賊だからって正当防衛以外で人を殺すと、こっちが悪くなるんだ」
え?今日のは正当防衛には含まれないの?
もう混乱してきてわけがわからない!
「落ち着けって。相手がオーヴェンスを殺そうとした時に殺せば正当防衛になるんじゃない?知らんけどな」
つまり同じレベルの攻撃であれば正当性が認められるのか?
「はぁ…、まぁそう思ってくれればいいよ。あ、そうだ」
竜生は溜息をついた後、何かを思いついたようだ。
「オーヴェンスの世界では盗賊には人権無いようだけど、貴族が強盗をするとその場で死刑なのか?」
と、竜生は質問をしてきた。
「いや、然るべき場で裁きを受ける」
貴族の場合はどんな重罪を犯してもその場で死刑というわけにはいかない。リール連邦では必ず裁判をしていた。
「そう、それだよ!」
と、竜生は勢いよく俺を指さしながら言った。
「まさか、あいつら貴族なのか?」
貴族にしては品が無いな。
「違う違う。そもそもこの国に貴族いないから」
え?貴族いないの??どういうこと?
「簡単に言うと、貴族制度は廃止されて、四民平等…みんな同じ立場になったんだ。つまり、貴族でもないし奴隷でもない。ようは法律で貴族のように犯罪を犯したやつは然るべき場所で裁きを受けなきゃいけないの」
「なるほど、そういうことだったのか…」
今の竜生の説明はとてもわかりやすかった。
なんだ。それならばわかりやすい。
「ようやく理解してくれたか。良かったよ。オーヴェンスが殺人犯になる前に教えることができて…」
そう竜生は疲れたように笑いながら言った。
あ、そうだ。聞いておきたい事があったんだ。ちょうどいいから聞いておこう。
「そうだそうだ。聞きたいことがいくつかあるんだ」
俺がそういうと、
「なんだ?」
と、竜生が疲れたような表情で答えた。
なんだか失礼だな…。
「昨日インターネットがどうこう言っていたが、あれは何だ?結局学校であいつらに絡まれたから調べることができなったんだよ」
結局竜生の助言を実行できなかったのだ。せっかくヒントを貰ったのに、ヒントの意味すらわからない。
「ははっ。自分がどう退学処分されるか決まる前にインターネットの心配か…」
と、竜生は笑った。
退学処分?そんな事を心配しているのか?
「あの竹沢とかいう教師とのやり取りを見ていたならば知っているだろ?あいつがもしこちらの意にそぐわない回答をした場合、適切な処置をする。とな…」
もし竹沢が公平な目で裁かないのであれば、俺は全力で動こう。
「ははっ。すげぇな。具体的にどうするかは知らねぇが、すげぇ自信だな。本当に俺なのか?しかし、思考を読み取る事ができないって、オーヴェンスは俺に隠し事ができるんだな!ハハッ。これじゃぁまるで別人だ」
竜生はまた笑っていた。
ん?俺は隠し事なんてしていないぞ?どういうことだ??
「いや、まぁいいや。オーヴェンスの思考を完全に読み取れると思っていたのは俺の勘違いかもしれん。で、インターネットだけど、俺の家でも仕えるし、俺の部屋にもあるんだが…。使い方がわからんよね」
と、言って俺のたまに手を添えた。
「使い方教えるよ。それともう一つ、もしかしたら役立つかもしれに道具の情報も渡すよ…一応前々から計画していたんだが、実行する勇気はなかったんだ」
そう言って俺の頭の中に竜生は情報を流した。
滝を流れる水のように勢いよく情報が頭を満たす。
こ、これは!?
あ、―――ナニコレスゴイ。
世界ガ広ルゥゥゥゥゥ。
――――――。
――――――――――。
ハッと目が覚めた。
瞬時に頭の中にパソコンやインターネットの使い方が思い浮かぶ。
寝起きのはずだがなぜか目が冴えていた。
時間を見てもまだ30分位しか経っていない。後30分いろいろと調べることができるだろう。
自分の部屋にあるノートパソコンを見た。
昨日は何だかわからなかった物体が、今はわかる。不思議な気持ちだ。
早速ノートパソコンを開き、電源を入れ、パスワードを入力する。
初めて見たはずのデスクトップであるが、どこに何があるのか把握していた。
俺は迷わずブラウザを立ち上げる。
ここに検索する単語を入れれば出てくるはずだ。
『レイーヌ』
まずはその単語を入れてみた。
結果は沢山出てきた。
ただ、それは人物名だけでなかった。建物の名前であったり、物語の登場人物だったりしていた。
レイーヌのフルネームを入れてみたが、これは0件だった。
なぜだぁぁあああ!!
諦めず続いて他のメンバーを検索して見る。本名では0件。
うん…。探しようがないな。
まぁ、必ずしも俺と同じように転生しているとは限らないしな…。
そうなると…少し寂しいな…。
では、気を取り直してリール連邦やバトルワーカーのことについて…。
当然検索結果は0件だった。
それじゃぁ、転生についてはどうだ!?
などといろいろとインターネットを使って調べていると、あっという間に30分過ぎてしまった。
学校で昼食用に用意していた弁当を食べた後、再度夕食まで調べる。しばらくはこれの繰り返しかな…。
―――――。
結局転生については物語以外では発見できなかった。
探し方が悪いのかな?
夕食までまだ時間はあるか?と思っていたら、母が呼びに来た。
今は…もう夜の7時か…。
夕飯かと思って下まで行くと、やはり昨日と同じく父と兄が椅子に座っていた。ただ昨日と違う部分は机の上に食事が置かれていないという点だった。
「座りなさい」
昨日と同じく父に促されて自分の席へと座った。
父は重々しい雰囲気を出していた。隣にいる兄は蔑んだ目で俺を見ている。何かあったとすれば今日の出来事だ。
だが、今日の出来事が伝わった経路としては母しかいない。しかし、母には事情を説明しているので、俺の味方になっているはずだ。更には父や兄には竜生がいじめられている事は伝えられているはずだ。
だとしたらこの状況はなんだろうか。
沈黙を破ったのは兄であった。
「竜生。お前、学校での出来事を家に持ち込むな。と、言っただろ」
と、兄は言った。
なるほど。そういう事か。よほど問題ごとを家に入れたくないらしい。例えそれが兄弟の身体に関わる事でもだ。
「すみません。次からバレないようにトイレなどに誘い込んで仕留めるように致します」
俺はそう言って頭を下げた。
なるほど、確かに泉と朝川の言うとおり人気のない場所で事を済ませばこういうこともないわけだ。
俺の出生は上級貴族の中でも立場が上だったため、こういう事は経験してこなかった。俺に手を出せば必ず俺が被害者になる。まぁ、そうは言っても自分は学生時代つまらないいじめなどしていないがな…。
「そういう問題ではない」
と、父親から言われた。おや?俺が考えていた答えと違うのか。
「暴力を振るったことが問題なんだ」
「なるほど」
非暴力主義。というところだろうか。もしくは単純に戦争以外にて暴力というものが許せないのか…。
「確かに。ですが、あの場合私が一方的に暴力を振るわれていたことになります。昨日彼らが私に暴行を加えた事を考えれば容易に想像がつきますが…」
「言い訳はいいんだよ!おまえがやった今回の問題で母さんが学校へ行く手間が発生したんだぞ!それにお前が暴力を振るった事によって怪我人が出たんだぞ!?学校からはとりあえず今回の件はお互い様ってことになったが…」
ん!?今兄が変なことを言わなかったか??
「ちょっと待って下さい。お互い様ってなんですか!?」
兄の言葉が信じられなかった。お互い様ってことは、こちらは確かに暴力を振るったが、相手と同等の罪として扱われたという事じゃないか!?
「先ほど学校から連絡があった。とりあえずお前が怪我をさせた二人には謝りに行かなくてもよいという話になったよ。行くべきだろうがな」
父もおかしなことを言っている。
「と、なると、家にも謝りに来るという話は無くていい。と話したんですか?」
そう俺が言うと、
「はぁ…」
と、兄がため息を付き、
「なんでこっちが謝られる立場なんだよ…」
そう言った。
「え?もしかして聞いてませんでしたか?私も先ほど言ったと思うのですが、私も怪我をさせられたんですよ?しかも最初に…」
「うるさいんだよ!いいかげんにしろよ!お前一人が我慢すればいいだけだったんだろ!?こんなに大事にして何がしたいんだお前は!」
兄はいきなり気が狂ったように叫んだ。また俺一人が我慢か…。あの竹沢とかいう教師もそうだが、何を俺にそんなに過度な期待を寄せているんだ?そんな我慢なんて嫌だし言い出した奴がすればいい。それに何がしたいかなんて決まっている。
「私がしたいことと言えば、平和に学校へ通いたいだけですね。それに我慢我慢って、言い出した兄さんが私がやったことに対して我慢をすれば良いのでは?なぜ私がこんなことで我慢などしなくてはならないのです?」
言ってやった。さて、同反応する?
「お…お前ぇ!竜生!」
突然兄が殴りかかってきた。
流石に驚いた。もしかしたら兄は気が短いとかではなく頭が悪いのかもしれない。
だが、兄の拳を片手で受け止める。
まったく、この"クソ兄貴"は…。
「な…!?」
兄は驚いていた。
「学校で暴力の事を問題視しているのにも関わらず、家では随分簡単に暴力を振るうのですねぇ」
俺は呆れたように言うと、兄は顔を真っ赤にして拳に力を入れてきた。無駄だよ。魔法で身体強化しているからね。
「いいかげんにしろ!竜也!」
父が怒鳴った。すると兄はハッっとして腕を引っ込め座り直す。なるほど、この兄は竜也という名前なのか。
「お前の言い分はわかった。だがな竜生。お前は今回の騒動、回避するようにはできなかったのか?」
確かに父の言うことはもっともだ。兄に比べて理性的に話しているが、どうも放任主義的な様子がひっかかる。だが、ここでこの話は終わりにしたい。
「わかりました。では、今後は極力回避するように心がけます。ただし、回避に徹した結果何が起きたとしても私は責任を負いかねます。私は学校に人間関係の問題を解決するためではなく学問を学びに行っていますので」
と、締めくくる。釘を刺しておくのも忘れずに。
「…いいだろう」
父は納得したようだが、
「チッ」
兄の竜也は納得していないようだった。
この兄は何故か竜生に突っかかってくるな。兄としての威厳を保ちたいのか…。それとも自分より優秀な弟を疎んでいるのだろうか…?
「それと…」
父が再度口を開いた。
「その喋り方はなんだ…?」
「え?」
どうやら俺は普段父や兄に対してこのような口調ではなかったらしい。
マズイな。前世での父との会話では敬語だったので、普通に家族内の目上の人物に対しては敬語を使ってしまった。
これは夜竜生に会った時に確認をとらないとな。
「もういい夕飯の時間だ」
父のその一言で夕飯を食べた。
なんだかイライラして飯が不味い。
その後は食事をとり、風呂に入り、ベッドへと戻った。
さて、しばらくはインターネットで人探しを中心にしていくか。そう考えながら眠りについた。
―――――。
「親父と兄貴との会話の仕方か…?」
あぁ。やはりこの場所に着いたか。
昼寝をした時と同じく、俺は真っ白い空間に、竜生は薄暗い空間に居た。
「しかし、親父の前で兄貴を怒らすなんてやるじゃん」
と、竜生は俺を褒めた。
「喧嘩を誘発させたのだ。あまり褒められたことではないよ。というか、君の兄上は少々性格に難があるのではないか?」
と、質問をしてみる。
「ははっ。まったくもってその通りだ。最初は兄貴や親父に敬語を話していたからイライラしていて文句を言おうと思ってたら、今回の騒動。文句じゃなくて礼を言うよ」
「よほど良い感情を父親や兄に抱いていないようだな…」
「当然。親父や兄貴には話し方は兄貴を見ていればいいよ。あんな感じだ。でも、兄貴は元々こんな感じじゃなかったんだぜ?2年くらい前かなぁ。急に俺に対してぶっきらぼうな態度になりやがったんだ。理由はわからん」
「そうか…。というか、この世界の常識とか、この前のようなインターネットの使い方みたいに教えてくれたら良かったんじゃないか?」
俺はそう言って竜生を見た。困っている表情だ。
「そうした場合、お前はお前じゃなくなって、今のような立ち振る舞いができなくなるかもな。いじめを受け入れ、傷ついていくぞ。俺もどこまで情報を与えていいか判断がつかないんだ。自分が落ちぶれていく姿なんかもう見たくはない…」
なるほど。竜生の記憶を全て受け取れば俺が思うように動けなくなるかもしれないということか…。
「俺もお前の全ての記憶を持っているわけじゃないしな」
おっと。こ…れは意外だったな。てっきり全て持っているかと思っていたが…。
「…」
ん?竜生が黙ってしまった。
「いや、お前にカッコつけててもしょうがないな…」
竜生は口を開くと頭をポリポリと掻く。
「俺の記憶とお前の記憶、両方入れたらどうなるか…。わからなかったから怖かったんだ」
「そうか…」
それもそうだろう。自分が自分ではなくなる可能性が大きいんだ。怖ければ必要最低限の情報のみ頭にいれておけばいいだけだ。
「そろそろ朝かな…。学校、頑張れよ」
と、竜生が言った。
「あぁ、もうそんな時間なのか。ありがとう」
そんな言葉でこの夢は締め括られた。