第3話 夢の中の前田竜生
模型を見た後、他にもいろいろと見ていると下の階から母親が俺を呼んだ。
もうこんなに時間が過ぎていたのか。
部屋を散策に熱中していたら結構な時間が経っていたらしい。
一階へと降りて、食卓へと移動する。
ここまでなんの迷いもなく来ることができた。
やはりこれは前田 竜生の体の記憶なのだろうか?
そもそも記憶を頭以外でするのかなんてわからないが、そう思わなくては納得できない事が多すぎる。
食堂に入ると2人の男が既に席に座っていた。
母はまだ台所で作業をしていた。
テーブルの上には食事が並べられており、東方人種が好んで食べているという米があった。
その他にも珍しい料理や食器の数々に目を奪われる。
「何を突っ立っているんだ?早く座りなさい」
父からそう言われて俺は自分の席に座った。
ん?父?まぁ、状況を見ればそうだろうな。
母が台所、年配の男は父親。俺の隣にいる俺より少し歳をとっている男は竜生の兄だろう。
「いただきます」
俺はそう言って食事を始めた。
あれ?『いただきます』ってなんだろう…。
うむ。料理はかなりおいしい。
ほほぅ。これはこんな味がするのか。
竜生の母親はかなりの腕前の料理人なのだろうか…。
ふむふむ。おいしいおいしい。
俺が食事を堪能していると、
「聞いたぞ、竜生。頭を怪我したんだってな?」
と、父親が聞いてきた。
「え?あぁ…気が付いたら倒れていて…。なんでこうなったか記憶がないんだよ」
この世界での記憶が全て無いんだ。というのは付け加えないで置こう。嘘はついていない。
「ハッ。大げさなんだよ竜生は…。くれぐれも問題を家に持ち込むなよ。学校の問題は学校で解決しろ」
と、俺の隣に居た兄が言った。
えぇぇぇ!?
おいおい、普通そんなをセリフ弟に言うか?
弟に恨みでもあるのか?
う~む、この竜生の兄という人物は面倒そうな人物のようなので、積極的に関わらない方がよさそうだな。
「あぁ、わかった…」
とりあえず返事だけはしておいた。
学校の事はもう解決した。首謀者と思わしき奴らは黙らせてきた。とはなぜか言ってはいけない気がした。
そんな様子を見てか父は兄の方を見ると、
「はぁ」
と、溜息をついた。
兄に対して溜息をつくぐらいならば、何か言えばいいのに。
「お母さん、竜生が久々に元気になっている姿を見れて良かったわ」
と、席に着いて自身も夕食を食べ始めた母は喜んでいた。
母にそう言われた事をなぜか無性にうれしく、少しだけ小っ恥ずかしく思った。
自分のことではないのになぜか自分が褒められた。そんな感じがしたから恥ずかしかったのだろうか?よくわからない感情が自分の中にある。
などと考えながら夕飯を食べ終えた。
それからは風呂に入り、歯を磨き、自分の部屋へと戻ってきた。
さて、俺はこれからどうすればよいのだろうか。
俺は目が覚めてからこんな事をずっと考えているが、無駄な事ではないだろう。
なぜ俺は竜生の体の中に入ったか。その理由を調べようにも資料が無い。明日、調べきれなければ前田 竜生の両親や兄に…兄はやめておこう。両親に相談してみよう。家族であるならば協力してくれそうであるが、頭がおかしくなったと病院へ連れて行かれる恐れがある。そうなると調べようにも調べる事ができなくなってしまう。
焦っても仕方が無いことだが、今日はもう休もう。頭も痛いことだし。
俺はその日、眠りにつくことにした。
ベッドへと入った俺は、数秒で眠気が来た。よほど疲れていたのだろうか。神経をとがらせすぎたようだ。
疲れたのかな。今までこんなにすぐ眠気が来ることは経験が無かった…。
そして俺はすぐに眠りについた。
俺は、何も無い空間に居た。
明るい空間だった。
目の前は白っぽい。第一印象はそんな感じだ。
どこだここ?
あぁ、わかったぞ。夢だなこれは。
俺はそう思った。
思えば最初から夢だったのかもしれない。
突然東方人種の国の町へ行き、別の誰かの体の中に入る。
非現実的な事である。
まぁ、夢ならば非現実的なのは当たり前か。
では、これは夢の続き。
嫌な夢を見ていたな。早くレイーヌや隊のみんなに会いたい。
どうせ見るならレイーヌ達の夢の方がいいな。
これは悪夢の部類だよ。
そう思って左を向く。
「え?」
左を向くとその先には薄暗い場所があった。
自分の今いる場所は日が当たった明るい場所とすれば、隣は日陰。そんな感じだ。真っ暗ではない。
怪しい…。
これ以上の厄介事はごめんだぞ。
あれ?よく見ると一人の人影か見えた。
よく目を凝らして見る。
「え?」
なんとそこには前田 竜生が居た。
鏡だろうか。そう思って近づくと、
「よう」
と、目の前の前田 竜生が言葉を話した。
「うぉ!?」
俺は間抜けな声を出して後ろへ仰け反る。
「おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろ?自分の顔なんだし」
目の前の前田 竜生はそう言ってニヤリと笑う。
鏡じゃない?
前田 竜生の反応に驚いたが、これは夢である。少々恐怖を感じたため早く目覚めたいが、とりあえず話しをしておくべきか?
「前田 竜生なのか?」
「あぁ。そうだよオーヴェンス・ゼルパ・スレード」
前田 竜生は俺の本名を知っていた。
「竜生でいいよ。お前は途中自分でも気が付いていないかもしれなかったが、俺のこと苗字を含めて呼んだり名前だけで呼んだりでメチャクチャだったぞ」
そうなのか?そう言われればそうだったかもしれない。
「ま、どうでもいいけどな」
どうでもいいんだ…。
「はぁ…俺はお前がパニックになるのを必死で抑えていて大変だったんだぞ?必死にこの世界の常識をお前に流し込んでいたんだからな」
え?じゃぁ、俺がこの世界で冷静さを保ってられたのは竜生のおかげだったんだな?
「まぁ、そういう事だな。だけど、無理もないかぁ…。いきなり別の体になったんだ。パニックになるのも当然だよな」
そう言ってくれるとありがたい。ってか、常識を流し込むってそんな妙な芸当ができるんだな竜生は…。
「いや、俺もこんな状態になってから、ただできるって理解しているだけだからな?なんでできるのかわかんないし、仕組みを聞かれてもわからん。むしろ教えて欲しいくらいだ」
はぁ、なるほど。要約すると、竜生は見えないところでいろいろと気を使ってくれていたってことだな。うん、ありがとう。
「どういたしまして…」
…う~ん。竜生の顔色は優れない。日陰にいるからかも知れないが、どうも表情が暗いのだ。
…いや、そりゃそうだよな。だって俺、竜生の体を好き勝手に使っているんだもんな!
「あ~。その…。俺、竜生殿の体を好き勝手使ってしまったようで、申し訳ない。だが、俺もどういう状況なのかよくわからないんだ」
と、謝罪をする。夢なのだが、一応謝っておこう。
「竜生って呼び捨てでいいよ。俺もお前のことをオーヴェンスって呼ぶから。あ~。それとな、勘違いしているから言っておくが、たぶん自分の体だから問題ないんじゃないか?」
何を言っているかわからない。
「だろうな。俺もわかる範囲で言わせてもらうと、たぶんお前は転生で蘇ったんだと思う」
え?俺転生したのか!?
ん?それにちょっと待て、俺は何か竜生に話したか?さっきからちょくちょく、まるで俺が思ったことに対して返事をしてくれたようだが…。
「あー…パニックになるなよオーヴェンス。制御に苦労する…」
そんな事言われたって、そんなの驚くに決まって…。あれ?さっきまでの焦りがなくなったような…。
「制御しただけだよ…マジ疲れるし…」
「す、すまん…」
「もういいよ。それと、さっきの答えだが、全く以てその通りだオーヴェンス。俺とお前は一心同体。文字通りな。お前が心に思ったことは全て俺に伝わる。わかりやすく言うと二重人格だ。オーヴェンスは前世の記憶を濃く残したが、今世の記憶は薄い人格。俺はオーヴェンスの前世の記憶がかなりある今世の人格だ。ハハッ。まったく、不公平だよな」
俺は言葉を失った。一連の問題を迷っていたら竜生が答えを教えてくれた。だが、その答えが衝撃的過ぎた。
「だから言ったろ?驚くのも無理はないよ。俺だってまだ整理がついてないし…」
なるほど。目の前の竜生は今世の人格。だが、俺は前世の人格。
今表立って意識があるのは前世である俺だ。と、なると、俺は結構申し訳ないことをしているのか?
「いや、だからそれは気にしなくていいよ。オーヴェンスのおかげで面白いものが見れたしな」
そう言うと目の前の竜生はケタケタと笑う。
「面白いもの…?」
俺は何か面白い事をしただろうか?
「あぁ、泉と朝川をボコボコにしただろ?前世の俺すげぇな。まさか軍人で人型ロボットのパイロットだったとはな。まるでアニメのバトルドールのパイロットだ」
竜生はそう言ってニヤリと笑う。あの情けない顔の泉には笑っちまったと愉快そうに竜生は言った。
「泉…とその朝川か?そいつらとはどんな関係なんだ?」
と、俺はとりあえず聞いてみた。よほど恨みが強い人間関係なのか?
「あぁ、俺をいじめてた奴らだよ。理由は良くわからんけど、いじめやすかったんじゃないか?最初は抵抗したけど、力じゃ奴らにかなわなかったし、なぜか教師達に相談しても相手にされなかったよ。いや、なぜかはわかるな。教師もあいつらが怖いんだ」
諦め。という感情が竜生の顔から判断できた。
「教師が学生に対して恐怖している?父親や母親、お兄さんには相談しなかったのか?」
「ハッ!」
俺の言葉で竜生は笑い飛ばした。
「親父や兄貴に相談しても『我慢しろ』だの『学校に相談しろ』だの『お前にも原因があるんじゃないか?』とかで全然話になんねぇよ!」
と、俺を睨みつけながら竜生は言った。
あぁ、まぁあの兄であれば相談はできないだろうな。その点は同意しよう。
「それに…母さんはあんな性格だから…相談できない」
と、今度はボソッと消え入りそうな声で竜生は言った。
「…そうか…」
こういった場合は何を言えばいいのかわからなかった。
「慰めなんかいらないよ…。自分で自分を慰めるような状態ってのはなんか変だからな」
と竜生の方から言われてしまった。
「ハハッ。しっかし魔法か。俺の体も随分ファンタジーな能力を使えるんだな」
竜生は手を振りながら言った。ん?魔法を飛ばす真似か?魔法は発動していないようだが…。
「あぁ、そうそう。普通魔法なんてもの地球人は使えないぞ。俺も今まで使ってなかったんだし」
はい?
なんだって?
俺には今、とんでもない事を竜生が言ったように聞こえたぞ?
「いや、だから魔法なんてものは地球では…この世界ではないんだよ。あるとすれば御伽噺ぐらいなもんさ」
いやいや、嘘だろ?魔法が無い世界なんてありえない!じゃぁ、どうやって生活しているんだ??
ん?いや待て、おかしいぞ?
「は?魔法が無い!?そんな馬鹿な。俺は使えたぞ!」
魔法が無いなんてありえない。この体にはこんなに魔力量があるのに!
それに俺は問題なく使えたじゃないか!
「うん。その魔力量ってのがわからない。どうやって感じ取るんだ?」
竜生は何を言っているんだ?それに本当に魔法が無い世界なら、こんなに文明が発達するわけがない。
常に光る照明に、馬がなくても動く馬車。そういえば病院で自動で開く扉があったな。
「いやいや、本当だよ。逆に言えば魔法が無いから人は物を作ることに技術を費やしたんだ。この世界は火をつけることですら魔法に頼らず様々な道具を駆使して着火させ続けたんだぞ」
なんて世界だ…。
それが本当であれば魔法というのは文明を遅らせる要因になるのか?
「いやいや、そんなの一概に言えないよ。だって、竜生の国では地球でも存在しなかったバトルワーカーだっけか?あんなものを作り出したんだし」
うぅん。そうなのだろうか…?あれ?でも竜生の部屋に兵器の模型あったよな。見た目BWと一緒のやつ。
「あぁ、あれは空想の産物だから。あんなものはこの世界には無い」
なんだ…。夢が壊れたな。
「ま、派手な魔法を使うのは控えておいた方がいいぞ」
と、竜生は忠告してくれた。
「むしろ、今後何かあった場合は身体強化だけ使えば周りにバレずに済むかもな。それにしても安心したよ。竜生の身体強化の魔法はあの二人と戦っても全く問題ない位の強さだからな。今後もあいつらにこの体を痛めつけられる事が無いとわかった時点で清々しい気分さ」
竜生は満面の笑みを浮かべながら言った。
その表情は少し怖い。
しかし、この国の国民性は破綻していないか?竜生がこうなっているのに我慢を強いたり無視したりするとは。
「くはは。国民性が破綻か…。オーヴェンスは面白いことを言うなぁ」
竜生はそう言って笑っていた。無理をして笑っているように見えた。とても見ていられない。
「あ…あぁ。しかし、なぜこんなことになったんだろうなぁ。どうすればいいんだか…」
話題を変えることにした。過去のことより自分達のこれからだ。
「ま、前世の記憶が今更出てきたってのは、考えられるとしたら泉と朝川に突き飛ばされて頭を打ったことが原因じゃね?あ、オーヴェンスにわかりやすく言うと、泉がお前に最初にちょっかいかけた奴で、朝川がニヤニヤしてた奴」
「やはりあの二人だったのか?俺の頭にコブを作った原因は」
「あぁ。あいつらさんざん殴って俺を突き飛ばした後、笑いながら去って行ったよ」
忌々しいという表情で竜生は顔をゆがませていた。
「これからは…。そうだな。なるべく目立たず、おとなしくすごせばいい。言語力については問題なさそうだし、今度あのゴミ二人が突っかかってきても無視すればいいんだ」
「そうか…」
「そうだ。この世界の常識についてはまだちょっと心配なところはあるけど、そんときゃまたアドバイスってか、ちょっと手助けするよ」
と、竜生は言った。
「ちょっと待て。それならいっそうのこと俺と入れ替わればいいんじゃないか?」
そうすればいちいち今日のようにあいつ誰だ。あそこに行くにはどうすればいいんだ?なんて考えなくてすむ。
「無理だった」
と、竜生は無表情で言った。
「無理?」
思わず俺は聞き返す。
「あぁ、無理だった。何回も俺の意識にしようと試したさ。だけどできなかった」
そういった竜生は別に残念そうというわけではない。ちょっと試したけどできなかった。できなければまぁいっか。というような感じだった。
「多分、あの時…突き飛ばされて頭を打った時死ぬんだなぁと思ったんだ。敵機にやられてなお生きようとしたお前とゴミ屑にやられて諦めた俺。お前の命として優先されたんだとしたらなんの不思議も無い」
やけにあっけないな。自分の意思でもう何もできないかもしれないんだぞ?
「言っただろ?もう諦めたって。もう俺の人生は終わって、『オーヴェンス・ゼルパ・スレード』の新しい人生がスタートしたんだよ」
竜生はそう言って笑っていた。乾いた笑いであった。もうこの先どうでもいいというような…。
「そんなわけだ。この後の楽しみとすりゃぁ、オーヴェンスがどうやってこの世界を生き抜いていくか。だ」
この世界でどう生き抜くか。
どんな世界かわからないのにどのように生きるかなんて決めることはできない。
だいたいなんで俺だけ転生なんて…。
あれ?
俺だけ?
「レイーヌ…。そうだ!レイーヌはどうなったかわかるか!?」
俺はそう言って竜生に詰め寄る。
そうだよ。俺が転生してきているならば、レイーヌだって!
「おいおい。感情的になるな。こっちにも響く…。………はぁ、俺はお前と一心同体。お前が前世の世界の出来事で知らない事は俺にもわからんよ。俺の婚約者…いや、オーヴェンスの婚約者のレイーヌが俺と同じように転生していたとしても、前世の記憶があるかなんていうのもわからんしな」
と、竜生は言った。
それもそうだな。確かに竜生の言う通りだな。
「お前も生きる意味がなくなったか?」
と、竜生はつまらなそうに聞いてきた。
「わからん。ただ、少しだけ希望を持って、もう少し生きて見ようかと思う…。どうしたらいいかなんて、まだ判断できない」
俺がそういうと、
「そうか、そうか…」
と、竜生は横に居る犬の頭を撫でながら言った。
ん?いつの間に犬なんて出てきたんだ?きれいな柴犬だな。あれ?柴犬ってなんだ?
「あぁ、柴犬ってのはこの犬の犬種さ。可愛いだろ?」
「確かに人懐っこい顔をしているな。そういえば、今更だけどここって夢の世界なのか?」
ほんと、今更であるが聞いてみた。
「わかんねぇ」
と、なんとも情けない回答を竜生からされた。。
「いやいや、俺もこんな事初めての体験なんだぞ?俺の予想では多分、脳内で二つの人格が会話できる機会ってのが夢なら可能だから、こんな事になったんじゃないのか?」
うーん。そうなのかなぁ。
「まぁ、もう一つの人格と会話した。なんて証拠どうやって証明すればいいのかなんてわかんないしなぁ。おっと、もうすぐ目が覚める時間だな。んじゃ、まぁがんばれよ。なんかあったらまたアドバイスするさ」
もう朝か…。
「あ、そうそう」
竜生は思い出したかのように手を叩き、
「もし婚約者探すなら、インターネット使って見れば?あ、これって俺と会話した証拠になるよな?インターネットが実在すれば夢の中で本当に会話したっていう。じゃぁ、オーヴェンスにはインターネットを探してもらおう」
なんか勝手に決まっていくぞ。
「そうそう、あと仇討ってくれてありがとな」
そう言って竜生は手を振った。
インターネット?敵討ち?何のことだ?
なんて思っていると、目が覚めた。
…。
……。
目に入る光景は、昨日寝る前に見た部屋だった。
これは夢ではなく現実だ。頭のコブだけではなく、体中が痛い。
それにしてもあれは本当に夢だったのだろうか?
確かめる為にインターネットとかいう何かを使えって言っていたが…。
とりあえず学校へ行こう…。