第38話 カトリーヌ襲来
「スレード隊の皆様は大使館のお部屋に誘導いたしますので、こちらへ」
と、大使館の職員が言ってきた。
「ちぇっ。まだ料理あんまり食べてねぇってのに!」
と、僅かに酔っ払ったトリットが文句を言っている。
そんな事を言っている場合じゃないぞ!
あ、トリットがグリゼアに睨まれて小さくなった。
「しばらくこちらへ待機をお願いいたします」
と、俺達は案内をされた。
部屋は妹のアリアと会った部屋の作りと大体同じだ。
10分後に意外な人物が姿を見せる。
「どうも。国防大臣に代わり皆様の案内役をさせていただく文部大臣のワイルー・ゼルパ・スレードです」
と、ワイルーが現れたのだ。
「あぁ、なぜ文部大臣殿がいらっしゃったかと思いましたが、そういえばスレード家の方でしたな」
と、鬼一郎さんが納得したように呟いていた。
なんかこのワイルーという人物はパーティー会場で睨んでいる姿を見てから印象が良くない。甥なのに。
「皆様には2時間程ここを動かないで頂きたいかと思います」
と、ワイルーが言った。
「えらく具体的だな。2時間後はどうするんだ?」
デルクロイがそう聞くと、
「2時間後にはこの国に攻める事ができなくなる程には敵の戦力は削れていると想定されていますので、予定通りの行動をしていただきたいと思います」
と、ワイルーが説明をした。
そんなに早く解決できるとは驚きだな。
「宇宙連邦という勢力になったおかげで、この国は随分力を付けたんだなぁ」
と、モリガンは考え深げに言った。
「それと…マリー・フー准将ならびにラゼルト・フー大佐、よろしいでしょうか?」
そうワイルーに声をかけられた二人は、
「なにかしら?」
「なんだ?」
と、聞き返す。
「お二人に敵の迎撃依頼がありました。是非ともリール国にご協力頂きたいかと思います」
「ん?ちょっと待て、ここに駐留してリール連邦地域軍部隊じゃ対応できない程なのか?」
そう言って訝しげな目でワイルーを見るラゼルト。
「どうやらヴァルカ残党軍が敵に紛れているようです。本来宣戦布告をしてきたあの三国は戦車や戦闘機等という武器はありませんでした。おそらくヴァルカ残党軍が関与しているかと…」
と、ワイルーが言うと、マリーとラゼルトの目の色が変わる。
「ちっ!やっぱこの惑星に来ていたのかあいつら!」
「やっぱり狙いはスレード隊なのかしらねぇ…」
二人の雰囲気は今までのものとは全く違い、まるで戦闘狂のような笑みを浮かべている。
「わかったわ。行きましょう」
と、マリーが椅子から立ち上がって言った。
「国防大臣の所まで案内いたします。その後、輸送機に乗って戦闘エリアへ行ってもらうようですが…」
「戦場までは飛んでいくからいいよ。とりあえず国防大臣のところまで案内してくれ」
と、ラゼルトは言った。
飛んでいくとはどういう意味だろうか?人間が空を飛ぶとでも言うのだろうか。あ、そういえばカトリーヌと愛理はジャンプして大気圏離脱したんだっけ?フー親子もできるのだろうか?
フー親子はそのままワイルーと一緒に部屋を出て行った。
さて、何をすればよいのやら…。
「オーヴェンス様」
と、隣に座っていたレイーヌから声をかけられた。
「ん?何かなレイーヌ」
「いえ、アリアちゃん…っと、今はちゃん付けしては失礼ですね。アリアさんはどうでした?」
と、家族の事を聞かれた。俺も気にしていたことだが実質俺よりも年上になってしまったアリアをどう呼ぶか迷っていた。
アリアは昔のように呼び捨てでかまわないと言ってくれていたし、ダルガーやワイルーも呼び捨てでかまわないと言っていた。さすがに心の中では呼び捨てにしているが、呼ぶ時にはさん付けしている。
「あ~。すっかり大人になってしまっていたよ。なんというか、貫禄が出ていた」
「ふふ。あのいつも私達の後を追っていたアリアちゃんがすごく立派になっちゃいましたね」
と、先ほど宣言した事を忘れて再びちゃん付けをしながらレイーヌは言った。その様子は少し寂しそうでもあった。
考えて見れば自分達は時の流れに取り残されてしまっているような状態だろう。この国に帰ってきてからまだ一度も『変わっていないもの』を近くで見ていないのだ。
昔自分の部屋で使っていた机はどうなったのだろう。そういえば屋敷の屋根裏にしまっていた学生時代に描いた風景画はどうなったのだろうか。
「あぁ、立派になったよ。そういえばレイーヌの兄上も元気そうだったな」
「えぇ、兄上も似合わないお髭を自慢していました。あれのどこがいいのやら」
あとハゲちゃってたね。
これは言えないな。
「くはは。昔から変に髭に執着していたからな。そこは50年経っても変わらないんだな」
こうして暇な時間を各自の思い出話をして過ごした。
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「あぁ~。こりゃどういうことだ?」
俺、ラゼルト・フーは目の前の状況に自身の目を疑った。
「ヴァルカ残党軍が居るっていう話はあったけど、ヴァルカ残党軍の宇宙戦闘艦があるなんてねぇ」
お袋のマリー准将がのん気な口調で言った。
「おいおい、旧ヴァルカ大戦時の艦船とかならまだ分かるが、何で現役のヴァルカ残党軍の艦船がこの惑星に複数居るんだよ!惑星警備隊は何してたんだ!?」
俺は職務怠慢では済まされないレベルの自体に空の上にあるはずの宇宙ステーションを見上げる。
「ま、とにかくカリカリしても仕方が無いし、さっさとあの艦隊も含めてあいつらを片づけちゃいましょ」
と、お袋は言った。
あいつらというのは当然カトリーヌやその他ヴァルカ残党軍の上級戦闘員だ。
しかし、この状況、リール国の国防大臣が助けを乞う訳だ。何せヴァルカ残党軍のBWまで姿を見せている。
確認すると、敵である『ガリオニア公国、ギセクション帝国、マルセーア共和国』も確かにBWは保有しているが、ヴァルカ軍程ではない。
宇宙連邦軍と比べてしまうと旧型ではあるが、敵3ヶ国が保有しているBW以上の性能は確実に持っているからだ。
「しかし、よくあんな旧型持っていたな…」
敵3ヶ国は50年前リール連邦が保有していた性能よりちょっと良い位のBWしか持っていようだった。
戦闘機や戦車、浮遊攻撃機(戦闘ヘリのようなもの)も多数持っているようだがやはりそれらも旧型。こりゃ、敵はこちらの戦力を正しく理解していないな。
「<敵部隊、攻撃開始しました>」
と、連絡が入るが、
「<迎撃開始、そのまま敵領土へ侵攻せよ!>」
と、指令が来る。
敵側から放たれた砲弾やミサイルはことごとく迎撃され、宇宙連邦側の軍が敵の領土へ侵攻していった。
「あ~…。敵はかなり混乱しているな…」
そう俺が呟くとお袋が、
「何々?どういうこと?」
と、聞いてきた。
「あ?あぁ、敵の通信を傍受してるんだ。俺も聞けるように融通してもらっただけ」
俺は音声データをそのままお袋に渡す。
「<ぜ、全弾防いだだと!?ミサイルだけではなく砲弾も迎撃したとでもいうのかぁぁあああ!?>」
「<敵の損害皆無!繰り返す、敵の損害皆無!>」
「<敵が攻めてきた!は、速い!?敵のBWはなんて機動力なんだ!?>」
「<い、一瞬で狙撃兵がやられたぞ!どうなっている??>」
「<隊長!たいちょぉぉぉおおお!!!>」
ものの見事に敵は混乱しているようだった。
「一回叩いただけでこの騒ぎよう…。よほど今回の戦いを楽観ししていたと見れるな…」
「まるで金持ちのボンボンの坊ちゃんが見下した相手に上をいかれまぐれだーとか騒いでいるみたいね」
お袋はそう言って冷ややかな目をしていた。そのよくわからない例えはなんなんだ?
ってか、この戦闘本当に俺達が必要だったのか?
すると、
「<緊急連絡、ヴァルガ残党軍と見られる敵Aランク戦闘員が現れたと情報がありました。至急マリー・フー准将及びラゼルト・フー大佐は援護をお願いいたします>」
「おやおや?目標人物のご登場かしら?」
と、お袋は一目散に飛んでいった。
「ちょっ!先行し過ぎだ!クソッ」
俺は悪態を吐きつつお袋を追って行った。
「うわぁ…。人が単体であんなに早く飛ぶなんて…」
「宇宙って広いんだなぁ…」
と、俺達の姿を見た友軍兵士から声が上がっていたが気にしない。
「あの地球人か!」
「なぁ~んだ。カトリーヌじゃないのかぁ~」
お袋はそう残念そうな声を出していたが、俺にとっては仲間の仇である『小岸 愛理』に出会った事は願ってもないチャンスであった。ってか、Aランクって言ってただろう!あいつ確かAランクにそこそこ近いBランクじゃんかったか?いよいよ俺も耳が遠くなってきてしまったのだろうか…。
しかし、こんなに早く出会えるとは思わなかった。この惑星に現れたという事はやはりスレード隊に関係があるのか?
「あれ?誰かと思ったら地球を出発した後直ぐに出会った魔法使いじゃん。また邪魔しに来たの?呆れたものね…」
と、まだ結構距離があるはずなのに愛理から発しられた声は良く聞こえた。
これは単純に俺に対し魔力で増幅させた声量で声をぶつけてきただけだろう。
「呆れたとはひでぇ言い様だな。そっちこそ相変わらず犯罪行為かよ」
と、愛理の周りを見ながら言った。
既に愛理の使い魔3体が周辺の友軍に被害与えていた。
「犯罪ですって!?私に対して攻撃してきたこいつらが悪いんでしょ!?」
と、自分本位な意見を言い放ち、
「もういいわ!今度こそ貴方を殺してあげる。皆!やっちゃって!」
愛理がそう言うと、今まで黒い霧のようなものを纏っていた3体の使い魔は、霧を体から散らせて姿を現した。
「霧の状態からでも想定できたがやはり人間型か…」
そう俺が呟くと、
「あれ?どっかで見たことある顔ね」
と、お袋が首をかしげて使い魔3体を見ていた。
すると、それぞれの使い魔が言葉を話す。
「王たる余の娘に逆らうとはな…分をわきまえよ!」
「ッヨーッヨーッア゛ーッア゛ー」
「前田くぅ~ん」
何だろうすごく頭のおかしそうな使い魔が現れた。
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「<緊急速報です。今回敵側のガリオニア公国、ギセクション帝国、マルセーア共和国にヴァルカ残党軍が関わっているとの情報がありました。戦場では既にヴァルカ残党軍の宇宙艦船が見受けられ、更に敵の高ランク戦闘員も配備されていることが確認できました>」
俺達は壁にかけられていたテレビから流れるニュースを見ていた。
「大変な事になったなぁ…」
輝明さんがそう言うと、
「一応は想定されていた事態ですぞ?」
と、鬼一郎さんは言った。
「やはりヴァルカ残党軍とやらは関わっているようだな」
そう言ったデルクロイも予想はつけていたみたいだ。
「大方リール連邦に技術供与していたようにあの3ヶ国にも兵器を与えていたのでしょうな」
グリゼアもあまり驚いてはいないようであった。だが、自身の膝に息子の一之を乗せてしっかりと抱きしめている。
「どうでもいいけどここ大丈夫なのか?俺達はいいとしても、みんなの親兄弟この建物の中に居るんじゃねぇの?」
と、トリットは心配している。
「ここは以前と見た目は違っても首都ど真ん中ですわぁ。戦場は遥か先だから、もしここまで攻めてきたとしたらリール連邦自体の危機ですわよ?」
そうリズリーが言うと、
「え?いや、でもやっぱ城壁内に入っていた方が安全じゃないか?ここ、城壁の外だろ?」
トリットがそう言うと、
「それが何かぁ?」
と、不思議そうな顔をリズリーはする。
「ん?…あ!そうか…城壁なんて意味ねぇもんな…」
トリットは自身で答えを見つけたようだ。
どうやらトリットは前世の常識や感覚の方が色濃く現れているようだ。
今世において戦闘機や空中を移動できるBWや軍艦が存在するので、城壁はまるで意味を成さないのだ。だって空から侵入できるし。
「敵が強力になったら制圧する時間も多くかかりますよね?ヴァルカ残党軍も出てきたようですし…」
と、レイーヌが俺に声をかけてきた。
「まぁ、そうだろうね」
そう俺が答えると、
「え?じゃぁ、2時間この部屋で待機するってお話も延びるんですかぁ?」
と、ミューイは不満そうな口調でそう言った。
俺は戻ってきていたワイルーを見ると、
「え?えぇ…。それは少し検討させていただく必要がありますね…」
予想外の事態に少し戸惑いを見せつつワイルがそう答えた。
ただ待っているだけに嫌気がさしたのか、
「はぁ~。つっまんねぇな」
そうトリットが言った。すると、
「そんじゃぁ、トリット。お前転送妨害とかの魔術この建物にかけてろよ。今戦時体制なんだから問題ねぇだろ?」
と、モリガンがニヤつきながら言った。
「はぁ?え、いや、大使館ならば魔法転送妨害の陣とか普通にありますよね?ね?」
トリットは面倒な事をしたくないせいかワイルーに「あると言え!」と、圧力をかける。
「はぁ、一応はありますが、確かに防御を固める点では二重、三重にかけておくと安心ですね」
と、空気が読めないワイルーが僅かに期待の眼差しをトリットに向ける。トリットは一瞬で嫌そうな顔をするが、
「暇なんだろ?ヤレよ」
と、モリガンにすごまれる。
「うむ。それはいいかもしれんな!やってくれると、皆安心できるぞ」
そう言ってデルクロイも賛成し、
「早速やってくれ」
と、グリゼアも言い出す。
「た、隊長…」
トリットは俺に助けを求めたが、プイッと視線を逸らす。
「ひっでぇ…」
トリットの顔は絶望に染まった。
ま、当然だな。この一大事につまんねぇとか言うやからは少しお灸を添える必要がある。
「うぐぅ…」
トリットは諦めて転送妨害の魔法を使用した。この建物全体に。
輝明さんと鬼一郎さんはそんなやり取りを見て苦笑いしている。
「くっそ。余計な事言わなきゃ良かった」
そうトリットは愚痴をこぼしていたが、全く持ってその通りである。
「この建物だけとは言わず、首都全体にかけてみたらどうだ?」
と、モリガンが無茶振りをする。完全にいじめて楽しんでいるようだ。
イジメヨクナイ。
「無茶言うんじゃねぇ!」
と、トリットから文句が出た。
「あん?…あれ?」
不意にトリットが顔をしかめる。
「あひっ!?」
トリットは次に体をビクつかせて目を見開いた。
「ん?なんだ?どうしたんだ?」
と、デルクロイ。
「転送してくる!?」
そう顔を青くして叫ぶトリット。
「は?お前、今転送妨害しているんだろ?」
何を言っているんだと、呆れた表情をするモリガン。
「ヤベェ!ヤベェ!何だこれ!?妨害できない!」
と、なおも騒ぎ続けるトリット。これはただ事ではないな?と、俺が立ち上がろうとした時、
「<あらぁ、このタイミングで転送妨害の魔法を使うなんて、スレード隊は思ったよりも優秀なのねぇ>」
という声が部屋の中を響いた。
一瞬誰の声か分からなかったが、その答えは直ぐに出た。
「流石、リール連邦の英雄達といったところかしら?」
現れたのは長い紫髪の女だった。
空間を捻じ曲げ、明らかに転送してきた女は興味深そうに俺達を見ながら言った。
間違いない、この女はカトリーヌとかいう奴だ!




