第1話 目覚めた場所は異国だった
な…何が…どうなった―――――?
……。
―――――うっすらと意識が戻ってきた。
“俺”は確かガリオニア公国の平原で戦っていたはずだ。
うっ!あ、頭が痛い。
あの戦いで負傷したのだろうか…?いや、負傷していないはずはない。
思い出してきた。
確かガリオニア公国の平原に現れたBWに攻撃をされて…。部隊が全滅して…。レイーヌが…。
うっすらと目を開けた。
目に入り込んできた光景は、日陰にある緑の植物だ。自分が座っている場所は石畳にしては継目が無い綺麗な作りの道だった。
おかしい。ここは戦場ではないのか?
戦場にしては静かであり、周りの風景も綺麗過ぎる。
何なんだ。いったい…。
俺は壁から背中を離す。
俺は建物に寄りかかっていたようだ。
そしてここは何かの建物。目の前は庭だろうか。日があまり照らさない場所なのだろうか。苔も見える。
ここはどこだ?
「ん?」
グニャっと右手に柔らかい感触があった。
背筋がヒヤリとした。
ここが戦場ならば、このグニャリとしたものは…。
ゆっくりと首を横に向けると、そこには食材が俺の手によって潰されていた。
なんだ…。少し安堵した。
「弁当…?」
どうやら弁当箱がなにかの拍子に転がり、中身が出て俺の手によって潰されてしまったようだ。
弁当の持ち主は俺なのだろうか?パルクスが作ってくれたものか?
周囲を見回したが、周りには人がいないので確かめようがない。
何が起きたかわからない。
状況から判断するに、俺は弁当をもって倒れて後頭部を打ったようだ。頭が痛いのはそれが原因だろう。
だとしたらガリオニア公国との戦いは…?呑気に一人で弁当をもってふらついていたとなると、今まで夢を見ていたのだろうか。
考えてみればおかしなことだらけであった。
平和主義を謳っていたリール連邦。力が弱かった王国や帝国、共和国などが共に分かち合おうとしてできた国。王族や皇族、力の強い貴族は残り、政治に平等に参加していた。その結果確かに領土、人口、技術共に強大な国家となったが、いきなり高度な巨大魔導人形であるBWや魔導式の戦闘車両を5年で開発、量産し、周辺国を圧倒的な速さで攻めるなんて出来るわけない。
そんなことは普通ありえない。上級貴族の父も不思議がっていた。
そうだ。悪い夢だったのだ。俺やレイーヌ達は皆生きている。さっさとこの場を移動してレイーヌに会いたい。
俺は頭の痛さを我慢し立ち上がった。
だが、ここはどこだろう。
とりあえず落としてしまったであろう弁当を片付け、俺はあたりを見回した。
本当にどこだ?見たことが無い建築物だ。それに自分が今着ている服。なんだこの服は?このような服を持っていた記憶もない。ただ、作りを見ると非常によく出来ており、高級そうな服である。
まずは人に会わなくてはいけない。人がいる場所に移動して、ここがどこか聞いてみよう。
それにしてもこれは結構重症なのか。頭の他に腹部や足が痛い。血は出ている様子はない。だが、記憶があやふやだ。なにせここがどこだかわからない。
すると、鐘の音のような高い音が辺りに響く。
キーンコーンカーンコーン―――…
なんだ?何の知らせだ?
キョロキョロと見回すと通路のようなものを発見した。構造的には建物から別の建物へ移動するための通路だ。屋根が付いていて雨に濡れないように工夫がされている。
そこには一人の上下青い服を着た男が歩いていた。
とにかくあの人に話しかけてみよう。
「あぁ…。すまん、ここはどこだったかな?頭を打って怪我をしてしまったようで、記憶があやふやなんだ」
そう声をかけてみる。
だが、自分の言葉に何か違和感があった。なんだろう。この感じ。
「あ?おい、授業のチャイムが聞こえなかったのか?って、前田か…。早く自分の教室へ戻れ!」
「!?」
男はいきなり不機嫌そうな口調で言葉を返してきた。失礼な態度だな…。礼儀というものを知らないのか?
ん?と、いうか珍しい人種だな。確か東の民に似ている風貌だ。
「おい、なにボーっとしてるんだ。早く自分の教室に戻れ!」
「自分の教室?ここは学校か?俺が所属する教室はどこだ?」
教室とか授業とか、先ほどから学校の教師みたいな事を言っている男だ。と、いうかここは学校なのか?俺は学生なのだろうか。学校は既に卒業したはずだ。
「お前…。ふざけているのか?お前のクラスは3年5組だろ!さっさと行け!」
男はそう言うと、機嫌が悪そうに去っていった。なんなんだ…。
とりあえず3年5組という場所に行ってみよう。そこで治療ができる場所を聞き出し、全身の痛みを緩和してもらおう。ここが学校であれば治癒術が低級でも仕える人材はいるはずだ。
「3年5組…。ここの階は無いな…」
1階の標識には全て3年とは関係のないものが書かれた標識ばかりであった。しかし、書かれていた文字に違和感がある。さっきから何なんだろうな。この感覚。
まぁ、それはいい。今は自分が所属する教室を探さなければ…。これはさらに上の階に上がる階段か…。
俺は階段を発見し上がる。足が痛い。もしかしてBWが爆発して吹き飛ばされてきたんじゃないかという馬鹿な想像までしてしまう。
「3年5組…3年5組…あった」
俺はようやく自分が所属しているという3年5組に到着した。ここで医務室の場所を聞き出そう。自分が治癒魔法をできない事は嘆いてもしょうがない。
「失礼します」
そう言って教室の扉を開けた。
そこでは既に授業が始まっていたようで、皆席に着いており、目の前の黒板を見ていた。
だが、自分が入ってきたことにより、注目の的が黒板から俺へと変わる。
「あ~前田君?何やってるの?授業はもう始まっているのよ!」
呆れたように年配の女性が俺に向かって講義をした。というか、先ほどの上下青色の服を着た男も言っていたが、前田っていうのは俺のことだろうか?誰だそれ?もしや俺自身名前を忘れてしまったのか?
いやいや、俺の名前はオーヴェンス・ゼルパ・スレードだ。はっきりとそれは分かっている。
…ごちゃごちゃ考えても仕方が無い。とりあえず話を合わせておくか…?
「すみません。気絶をしていたようで、先ほど目を覚ましました…」
俺がそう言うと、女性教師は露骨に嫌な顔をして、
「だったら早く席に座りなさい!」
と、空席を指さした。そこが俺の席なのだろうか。
「あの。すみません。医務室に行きたいのですが…」
とりあえず頭の傷みを治したいので、そう俺が言うと、
「またぁ?いい加減にしなさい!どうしてもっていうなら授業が終わってからにして!」
と、女性教師はとんでもなことを言った。
なんなんだ?俺はしょっちゅうこのような怪我をする人物だったのだろうか。思い出せない。学生生活は確かリーム連邦の首都の学校だったはず。そこでは魔法や剣術の訓練でも滅多に怪我をしなかったが…。
そう思いながら俺はとりあえず女性教師から指さされた机へと行き、椅子へ座った。
一体なんなのだろうか…。
コツンッ。
机に座ると同時に軽い何かが頭に当たる。痛い!そこは怪我をしている箇所だぞ!
「?」
振り向いて自分に当たった物を確認すると、丸めた紙だった。
中を開いてみても特になにも書かれていない。
後ろから投げられたものである為、後ろを見てみると、ニヤつく男子学生が2人。
不思議に思いながら、とりあえず前を向いて教師が説明する内容に集中することにした。授業内容からここがどういう施設かわかるかも知れない。軍事的な授業か、魔術の授業か…。
だが、再度後ろから同じように紙くずが投げられる。今度は背中に当たった。
面倒だ。もう拾わないでおこう…。
しかし、よくよく見ると、周りはやはり人種がリール連邦人とは違う。全員が異国の民であった。
再度紙くずが投げつけられた。なんとなくわかったぞ。これはやはり嫌がらせの一種だろう。人種差別からくるいじめ。うむ、東方人種と呼ばれる彼らは北方人種と呼ばれる私に対してよく思っていないのだろう。嘆かわしいことだが、リール連邦でもよくある話だ。
そう思いながら授業が終わるのを待つ。
しかし、なぜかこの授業では食べ物の栄養の事について説明をしているようだ。なんだこの授業は…。
もはや何がなんだかわからなかったが、授業は終わった。
「先生、医務室の場所を教えていただけますか?」
とりあえず、約束通り授業が終わってから教師に医務室の場所を聞いた。
「はぁ。何を言い出すかと思えば…。1階にあるじゃない…」
何故か呆れたように先生は言った。
「1階のどこですか?」
漠然とした答えに俺は不快感を示す。
「あのねぇ、1階の玄関の近くにあるでしょ?ふざけてないで、行くならさっさと行ってきなさい!」
何故あの女教師はあれほど怪訝な態度をしていたのかは不明だが、とにかく言われた通り行くことにした。
女教師が教室から去り、俺も教室を出ようとした。
「おい、前田!」
後ろからそんな声が聞こえたが、俺は構わず出ていこうとする。が、
「おい!」
急に肩を掴まれ、俺が教室から出ていく行為を阻害された。そうか、そう言えば俺は『前田』とかいう呼ばれ方をしていたのだった。
「無視すんじゃねぇよ。面貸せ」
と、声をかけてきた男子生徒は、もう一人と一緒に俺を教室の外へと連れていく。何事か?
考えているうちに、俺は一つの部屋をくぐり、教室とは違う場所へやってきた。一目見て分かる。ここはお手洗い場だ。
「おいコラ、何保健室行こうとしてんだ?コラ」
部屋に入るやいなやいきなり俺に絡んできた。なんだ?何か悪いことでもしたか?
「要件が有るならば、手短に願おう」
俺がそう言うと、二人はキョトンとした顔になる。
その後、二人は顔を見合わせ、再度俺の方へと顔を向ける。
「てめぇ、ふざけてんのか?おい!」
先ほどから何をこの男は怒っているのか。もう一人はニヤニヤとしている。面白いのか怒っているのかこの場の雰囲気を統一できていない二人である。そう俺は感じた。
「てめぇ、保健室で余計な事言うんじゃねぇだろうな?あ?」
そう言って俺の腹を殴ってきた。
「うっ!何をする。別に俺は君たちの人種にとやかく言うつもりはない。ただ、このまま俺をいたぶるようであれば国際問題になりかねんぞ?」
一応俺の家はリール連邦の上級貴族であり、父親は文部大臣。文化や人種差別に人一倍嘆いておられる父によく他国の者と交流させられていた。
俺の記憶が現在定かではないが、状況を見るに俺は東方人種の国に留学をしているのだろう。
父上は円満な国交を目指していた。息子である俺に様々な国を見学させ、文化交流、更にはこの国の人と交流を経て、俺自身の人間性向上を図ろうとしているのだろう。
一応身分としては安全を保障されている身であるが、この国は少々特殊らしい。ほとんどの国は他国の貴族の子供を邪険に扱う事が全く無いわけではない。だが、いきなり腹を殴るような暴挙を行おうとしている国は珍しい。そしてそのような教育現場は文部大臣である父が許すことはない。
野蛮な国。
彼らを見るとそういう印象になった。
「んっだてめ、コラ!」
機嫌を悪くしたか、再度俺の腹を殴りにかかる男子生徒、もう一方はやはりニヤついているだけだ。
だが、俺は素早く反応し、相手の腕を掴んで勢いを止め…ることはできなかった。男子生徒には予想以上に力があった。
仕方がないので、おれはその攻撃を受け流す。
きれいに攻撃は避けた。
「あ!?てっめぇ!ふざけんなおい!」
男子生徒は大声で威嚇し、少し下がって連続で殴りかかってきた。今度は腹では無い。顔を狙ってきた。
こいつは本当に馬鹿なのだろうか。それともこの国の権力者の子供なのだろうか。
だが、こいつの拳は速度が遅い。余裕で回避するが、なんだかおかしい。
体が思うように動かない。
軍ではこのような白兵戦の訓練は十分積んできたつもりだった。だが、なぜか体が思うようにうまく動くことができず、回避のタイミングが危うかった。
もちろん殴りかかられてばかりでは一向に敵の攻撃は止む事がないであろう。そのため、俺はこちらからも抵抗するため、攻撃を開始した。
とりあえず相手の顔面に一発殴る。
おかしい、パンチが軽い??
「んっお?」
相手は怯んだ。隙がありすぎる。そのまま相手の足の脛を蹴り、回避できないようにして勢いを付けて腹を殴る。
「ぐおぉぉ?」
相手は腹を抱えて倒れ込む。力加減ができなかった。最初の一撃で思った以上に力が出せなかったので、最後の一撃を調節しながら放ったのだが、力を入れ間違えたらしい。ゲーゲーと昼に食べた物を吐き散らしていた。
俺の腕もダメージを受けていた。痛い…。
「こっのぉ!」
ニヤついていたもう一人の男子生徒も殴りかかってくるが、素早くよけ蹴り飛ばす。個室まで勢いよくよろけて行ったそいつは、思いっきり顔面から壁に叩きつけられていた。
「ちっ」
俺は舌打ちをした。この程度の実力なら平民だろう。いきがって他国籍の留学生を寄ってたかって暴力を加えようとするとは…。この国のモラルもあまり良いとは言えないな。もっともよそ様の国の事情をとやかく言えるほど自分の国が良いとは言えないが。
ジワリという痛みが右の拳から感じた。
見ると少し拳が赤くなっていた。最初の奴の腹を殴ったからだろうか…。俺の体弱すぎだろ…。もしかして、身体強化の魔法を使ってなかったからこうなったのか?それにしてもこれはない。
仕方が無いので手洗い場で流水にて一応洗い流しておく。
ふと鏡を見てみる。
ん?
誰だこいつ、新手か?
いや、でもこれ鏡だよな??
そう思っていると、ゲーゲー吐いていた奴が殴りかかってきたが、適当に蹴り飛ばしておく。
うん、鏡に映っていたから後ろから殴りかかられても気付くことができた。…が、奴が映り込んでいたのでこれは完全に鏡だ。
鏡の中には、近くに転がっている二人の男子学生と同じ人種と思われる気の弱そうな男子生徒が映っていた。