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第8話 終わりは呆気ない

 夜。電話がかかってきた。


 電話を最初にとったのは母であった。


「竜生!電話よー」

 1階から母から俺を呼ぶ声が聞こえた。


 俺は1階へ下りて電話を受け取る。

「お電話代わりました。竜生です」

 俺がそう言うと、

「<もしもし、私、非営利団体『日本虐め対策団体』の園田そのだと申します>」

「え?あ、はい」

 おっと。まさかこんなに早く連絡が来るとは思わなかった。

「<詳しいお話をお伺いしたと思いますので、今はお時間よろしいでしょうか?>」

「はい。大丈夫です」

 俺はこうしてこの『日本虐め対策団体』の方と話をすることになった。


 電話越しでの話し合いの結果、明日俺と父が再び学校へ行くのに合わせて一緒に来てくれるとの事だった。

 どうやら『日本虐め対策団体』と知り合いのマスコミも来るらしいが、一緒に行くかはわからないそうだ。


 今日の行動でかなり事態は進展したと思う。


 明日が楽しみである。





 翌日。


 俺は戦いへ向かうため、準備をした。


 戦場は前田 竜生が通っている学校である。



 玄関には父と3人の知らない男性がそれぞれ話をしている。

 俺が出て行くと、父以外の3人はにこやかに話しかけてきた。

 この3人の内、2人は昨日の夜連絡をくれた『日本虐め対策団体』の人達である。園田さんも居る。


 もう1人は父が前々から相談をしていた人らしい。その事と内容を知って俺は驚いた。

 おそらく俺の中にいる竜生もこの事実に驚いているだろう。


 そのまま5人で学校へと向かう。





 学校へ入り出迎えてくれたのは、やはり担任の先生であった。


 先生は俺達の人数に驚いていたが、事情を説明すると校長に確認を取ってくる。と、言って校長に確認を取ってもらってきた。


 校長は嫌とは言わなかったらしい。


 俺達が担任の先生に案内されていくと、そこは校長室ではなく会議室であった。

 やはり校長室でこの人数は手狭なのかもしれない。そう思っていたが、なんと会議室には教師ではなさそうな人が複数居た。


 校長は俺の顔を見ると睨んできた。


「…さて。話し合いましょうか…」


 校長の言葉で話し合いが始まった。



 ここで俺と一緒に登校した人物と先に会議室に居た人物達について説明しておく。

 俺についてきた一人は弁護士。

 あの後、小岸議員が前田家へ住居無断進入と前田 竜生への暴行を行ったとして、俺と父が話し合い呼んだ人物だ。

 朝、父から説明を受けたが、実は前々から弁護士に俺が虐めを受けていたことを相談していたらしい。

 竜生の父親…。竜生を見捨てていなかったんだな。父が少し余裕に見えていたのはこの事があったからだろうか。


 後の2人は先程も説明したが、非営利団体の『日本虐め対策団体』の方々だ。


 最初にこの部屋に居た学校外の人たちは、皆マスコミや日本虐め対策団体の方々であった。

 驚いたことに父が呼んだ弁護士とは関係のない弁護士の方も居るらしい。

 後で話を聞いたところ、日本虐め対策団体の方が呼んだ弁護士だったらし。



 ようやく成果が実ったようだな。

 俺はそう思ってその光景に感動をしていた。


 一昨日から俺が準備していたのは、各マスコミや県の教育委員会へ手紙やメールを出し、この状況を作る目的があったからだ。

 本当はもっと時間がかかると思っていたが、まさかこれほど早くこの光景を見ることができるとは…。


 なぜ市の教育委員会ではなく県の教育委員会に連絡をしたか。それは小岸議員が市の教育委員会に根回しをしている可能性があったからだ。

 本人も言っていたしな。


 各マスコミや教育委員会へ送った手紙が入った封筒にはSDカードを添付してある。

 SDカードには、いじめの証拠集めのため録音した音声データが入っていた。竜生に教えてもらったボイスレコーダーを使って集めた音声である。もちろん昨日の校長との会話や小岸議員とのやり取りも入っている。


 さて、ここで場面を会議室に戻す。

 今は校長が悔しそうに反論をしているところであった。


「ですから、前田君が言っていることは全てデタラメなんです。証拠があるんですか?」

 悪あがきを…。校長はまさかこれほどまで大事になるとは思っていなかったのだろう。

「では、この証拠がデタラメという証拠があるのでしょうか?」

 一人のマスコミが手を上げ、俺に視線で合図を送ってきた。俺は静かに頷く。

「な、何があるというのかね!?」

 一人のマスコミがSDカードを取り出し、再生機に入れ込み中に入っていた音声データを流し始めた。

「!?」


 再生時間が進むにつれ校長の顔が青くなっていった。


 泉と朝川が言い放った暴言。


 生活指導の教師が言い放った言葉。


 校長が言い放った言葉。


 その全てが流し終えるのには1時間ほど時間が必要であった。


 ついでに小岸議員の暴言の記録を流そうとしたところ。


「もういい…やめてくれ…」

 と、校長が声を絞り出すように言った。




 校長はもはや何も言えない状態であった。

 顔は真っ青になり、口はだらしなく開き、目は虚ろ。完全に廃人であった。

 え?人間って追い詰められるとこんなふうになるのか!?



 マスコミからの質問、父が雇ってくれた弁護士からの質問にはあまりはっきりとは答えていなかった。


 要領を得ない回答にイラつきはしたが、既に目の前の廃人(校長)に未来が無いと思えば少しは同情しイラつきが収まってしまう。

 まぁ、竜生の意思がはっきりとしていた場合、それでも許せないと言うかも知れないが。



 こうして前田 竜生の2年間半、オーヴェンス・ゼルパ・スレード5日間の戦いは終わった。







「うん。おかしい」


 校長との対決をしたその日の夜。現在夢の中で竜生と話をしている。

 竜生は俺が見たもの聞いたものを知っているので、改めて説明する必要は無い。

 現在の竜生は今回の『日本虐め対策団体』の動きに疑問を感じているようだ。


「いや、早すぎるんだよ。行動が」


 そう言われてもわからない。


「オーヴェンス。この日本で虐めによる事件は一体何件あると思っているんだ?」


 そう言われてもわからない。


「俺も詳しい数は知らんけど、年間数千件はあるはずだぞ?しかもそれは発覚しているだけの件数だ。今回みたいにこんなに早くマスコミやら日本虐め対策団体だっけか?が、動くなんてとてもじゃないが信じられない。なにか裏があるんじゃないのか?」


 そう言われても…


「わかんないよな。すまんすまん。だけど、この世界の常識からすると…」


「思ったんだけど、俺もこの世界の常識からすると外れていることをしていないか?」

 俺がそう言うと、竜生はハッという顔をする。


「あ~…。ネットに録音した音声を流したり、結構な数のマスコミに連絡をしたからか?う~ん。それでもありえるのかな。こんなこと…」

 竜生はブツブツそう言いながら困惑した表情をしていた。


「とりあえず、作戦は成功したってことでいいかな?…大丈夫だよな?」

 ちょっと不安になった。


「ん?あ、あぁ。おそらくな」

 竜生は相槌を打ってくる。だが、その顔は不安そうだ。目がものすごい勢いで動いているぞ。


「し、仕方ないだろう!こんなに早く解決するなんて思っていなかったんだ!俺の3年間はなんだったんだよ!」

 竜生はいきなり大声を出してきた。

「まぁ、落ち着いて。とりあえず、今後のことも考えておこう。これからどうするのか。上手く事が運ばなかった場合、次の手をどうするか。とかな」

 俺は竜生を宥めながらそういうと、

「あぁ。うん…」

 と、竜生は落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうにそう言った。





 さて、夢の中では今後の対策は特に思いつかなかった。


 基本的に今世の常識を持つ竜生が考えることになったが、彼はなかなかといい案が思いつかないようだ。

 考えられる最悪な展開としては、今回の虐めの内容がもみ消されるということだが、次の日父が雇った弁護士と話をする機会があったため聞いてみたところ、そんなことにはならないだろう。との事だった。



 こうして3日が過ぎた。




 その後の結果をまとめようと思う。

 まずは校長。


 校長はあの事件のせいで学校から去るようだった。

 新聞にも大きく取り上げられており、ニュースにもなってしまった。

 定年間近だったらしいが、仕方が無いことだろう。


 生活指導の教員は、1ヶ月自宅謹慎の後、減給して転勤するらしい。転勤先でも減給とのこと。

 転勤ぐらいで済んだので、彼にとってはあまりダメージは無いだろう。

 だが、ネットに名前と年齢が流出してしまったので、どこへ行っても白い目で見られ続けることだろう。


担任の教師は…。こちらは1週間自宅謹慎を申し付けられた。減給ももちろんされたが転勤は無いらしい。

 俺は担任の教師に罪はないと思ったが、虐めの事実を追求しなかった事が問題だったらしい。


 泉は退学、朝川は転校らしい。

 両者とも名前がインターネットに載ってしまった。

 これからの人生考えると彼らは悲惨かもしれない。


 小岸議員は議員の椅子を降ろされたらしい。

 実は小岸議員関係が一番大事になったらしく、教育委員会の人事、交友があり今回の事件に圧力を小岸議員と一緒にかけた議員もまとめて役職から追われた。

 総勢8名にも及んだらしい。

 市議会や市役所に蔓延る闇。と、ワイドショーを賑わせた。


 俺はというと既に退学処分がされていたが、取り消された。

 といっても、様々な団体から同じ学校に留まる必要は無いという話になり、3年の中途半端な時期に俺は市内の私立へ転校をすることになった。

 入学金などが必要になるのではないか。と考えたが、どうやら必要は無いらしい。

 かなりの儲けものと考えてもいいだろう…。


 母には泣かれたが、

「よかったね」

 と、涙ながらに喜んでくれていた。

 これで母の悩みの種は少しは解消するだろう。






 そして、一通り竜生を蔑ろに扱っていた人物の処分が決まった夜、久しぶりに竜生と夢の中で話をした。




「そうか…あいつら…そういう結末になったんだな…ククク」


 竜生は笑っていた。

 悪魔のような笑み。そう表現するのがぴったりというような顔を彼はしていた。もしかして俺もあんな風に笑っていたのではないだろうか。少し心配だ…。

「おい、失礼だな。前にも言ったと思うけど、お前の考えている事俺にもわかるんだからな?」

 そう言えばそうだった。

「まぁ、とにかく感謝してもしきれない程お前には恩ができたな」

「自分自身に感謝…か?」

 竜生は俺と一心同体とか言っていたからな。

「ん?あぁ。そう言うと変な感じだな…」

「そもそも俺も助けられたんだぞ。目が覚めたら見も知らない場所に居て、それを夢の中で助けてくれたのは竜生じゃないか」

「いや…、まぁそうだけどさ…」

 竜生は恥ずかしそうにしている。

「それと、これからどうする?」

「ん?これから…?あぁ…」

 不意に俺がそう問いかけると、一瞬竜生は不思議そうな顔をしたが、一瞬で理解したようだった。繋がっていないように見えて繋がっているという感じだな。


「戻らないよ…。今戻ったら、お前の…オーヴェンスの居場所がこの場所だ」


 そういって竜生は今自分が立っている薄暗くなっている場所を指差す。

 え?そうなの?


「いや、この薄暗い場所じゃなく、何もない空間ってこと。多分だけどな」

 それはちょっと寂しいな。

「だろ?」

 だけど、そうなると竜生も寂しい所にずっといることになる。


「意識を融合したらどうなんだ?」

「それもやめておいた方がいい。俺みたいな根暗な奴の感情。そっち側に入れても得は無いだろう…」

「根暗なのか?」

「根暗だよ…」

 そう言うと竜生は近くに居た犬を撫で始めた。


 そういえば、前々から竜生が触っている犬が気になっていたんだ。

「前も思ったんだが…その犬も俺の人格か?」

 犬の人格って…。一体前田 竜生はどういう人生を送っていたのだろうか…。


「いやいや、違うって。これは俺が飼っていた犬だよ。雌でな。名前は『レイーヌ』だ」


 おい!わざわざ俺の婚約者を『犬』とは失礼だぞ!


「いやいや、本当にこいつの名前なんだって。多分なんだけど、俺も昔からお前の記憶が少し入っていたんだろうな…。守ってやれなかった…」


 ん?守ってやれなかった?


「どういうことだ?死んだのか?」

 なら、ここに居るのは幽霊か?


「死んだというか、殺された。ある日泉と朝川に呼び出されて夜の公園の滑り台の下に行ったら、ナイフが突き刺さって死んでいたんだよ…」


 え…?ということはあいつ等が殺したってことか?おいおい、俺が思っていた以上に危ない奴らだったのか泉と朝川は。



「そうだあいつらに殺されたんだ!だからあの時、泉と朝川をオーヴェンスがボコボコにした日に俺は礼を言ったんだ!クヒャヒャ!あいつらそのあと退学、転校?フグフフフ!あひゃひゃ、転校した先でも無駄だよな!もうネットに名前乗っちゃってるもん!名前変えなきゃなぁ、あいつら!もう人生転落コース突入しました!終わりです!残念だったなぁ!ひゃははっ」



「…」

 突如狂ったように笑い出した竜生に対し、俺は黙って彼の話を聞いている事しかできなかった。

 同時に俺の中にも冷たい感情が流れ込んできた。

 絶望や憎しみ。


 俺が前世の最期に経験したような心の痛みだ。



「俺な?レイーヌが死んだその日、家に帰ってきたらレイーヌが犬小屋から居なくなっていてな?いつもは俺の帰りを待っていて、尻尾を振って出迎えてくれるんだ。それなのにその日に限って居なくなってて…。母さんが散歩に連れて行ったのかと思ったけど、母さん俺のすぐ後に買い物から帰ってきて…。俺必死で近所を探し回ってな。そしたら携帯が鳴って、泉の名前があって…。もしやと思って出てみたら公園に来いって…。頭の中が真っ白になって、すぐに公園に行ったけど…レイーヌが滑り台の下で死んでいたんだ!最終的に心臓にナイフが刺さっていた!何度も何度も刺した跡があった!足が折られて逃げられなかったのに!老犬だったからそんなに抵抗なんてしなかっただろうに!苦しかっただろうに!怖かっただろうに…悲しかっただろうに…。警察にも届けたけど、泉の奴電話はしたけど呼び出していないって言いやがった!学校も泉がそんなことをするはずがないって守りやがった!ごめんなぁ…レイーヌ…ごめんなぁ…」



 聞き入ってしまった。いや、体が動かなくて聞くことを強制されているようであった。


 竜生の話を…。


 竜生は俺に必要以上の感情や記憶を渡さないと言っていたが、おそらく感情をコントロールできなかったのだろう。竜生が犬のレイーヌを必死に探し、探し当てた先で夜の公園にも関わらず大声で泣いていた記憶が俺の中に流れてきた。


「…」

「…」


 俺達は黙った。


 気付けば俺も涙を流していた。


 竜生は犬のレイーヌを撫で続けていた。


 そして竜生はポツリと、

「これは…ここに居るレイーヌは俺の記憶だよ…。記憶の中のレイーヌ…。俺がこの場所で作り上げたレイーヌの幻だよ…。俺の精神世界?でいいのかわからんが、まさかこの場所でレイーヌを作ることができるなんて思っていなかった。偽物だってわかっているよ!だって本物は庭の花壇の隅で眠っているから…」



「そうか…」


「都合のいい話かもしれないけど、もしオーヴェンスの状況が安定してきたら俺と少しずつ融合していってほしい。記憶や行動はオーヴェンス優先でいい。ただ、今はまだ少しだけレイーヌと一緒に居させて欲しい…」

「わかった。だが、俺は竜生を拒むことはしない。いつでも融合しようと思ったらしてほしい。あ、でも戦闘中とかには勘弁してほしいかな。混乱するといけないから」

「ははっ。現代日本で戦闘が起きることの方が難しいよ。だけどわかった。近いうちに融合。しようか…」

 竜生はそう言い終わると、犬のレイーヌに顔をうずめて黙ってしまった。

 犬のレイーヌはそんな飼い主を見たまま尻尾を振っていた。


 泉と朝川は犬畜生以下…。そんな言葉が頭をよぎった。

 当たり前だが、竜生の中では大切な犬のレイーヌをあの二人に殺された事によってあの二人を人間として見れなくなったようだ。


 ゴミ、屑。言い方は沢山あるが、あの二人はすぐにでも消してしまいたい存在だったのだろう…。


 願いは叶った。俺という存在。普通ではありえない異質な存在。


 だが、竜生は受け入れてくれた。

 しかも意識を俺に全て任せてくれた。


 これが竜生の感謝の印だと思う。

 俺は竜生と違い相手の感情を読むことはできないが、多分そうだと思う。


 今はそっとしておこう。


 竜生が立ち直った時、また一つの意識として行動すればいい。


 何も俺が死ぬわけではない。


 前田 竜生は単純に前世の記憶を持った人間。ただそれだけの人物になるのだから。



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