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本日連続更新二話目です。
二人がラジオを満喫していると、突然、ラーゼの怒鳴り声がぶち壊した。
二人が完全無視を決め込んでいたので、ラジオを切られてしまったらしい。
ただでさえよく通る声なのに、直接耳に怒鳴られて、二人は頭を押さえてうなだれた。
「ぐ……あの野郎」
「い、イサ……もうワンチャンス、行くか?」
タケルは頭を抱えたまま、イサを振り返る。
同じように頭を押さえるイサは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
決勝戦が開始し、小惑星群の中での駆け引きの末、タケルは相手の背後につける。
だが、先ほどの準決勝のようにイサはすぐに撃とうとせず、まるでじわじわ追い詰めるかのように、敵のレイダーを追いかけていった。
「さっきに比べるとゆっくりだな。やばい、俺……寝そう」
副操縦席のイサが、あくび混じりにぼやく。
操縦をするタケルは、怒るどころか楽しそうに笑った。
「おら、もうそろそろ小惑星が消えるぞ」
「待ってました!」
副操縦席でだらけていたイサが、身体を起こしてトリガーに指をかけた。
小惑星群を抜けた敵レイダーは、準決勝のタケルのようにドームへ向けて飛んでいく。
タケルもそれを追いかけ、副操縦席のイサは、モニターをにらみながら照準を合わせる。
「こいこいこいこい……」
モニターに映る敵機が、ドームを回避して急上昇をはじめる。
その瞬間、イサはトリガーを引いた。
放たれたペイント弾は、急上昇する敵機をすんでの所で捉えきれず、そのまま――
そのまま、ドームへ、しかもラーゼに向けて飛んでいき、ガラスにぶつかって破裂した。
ラーゼを中心に、クルーコースの生徒が待機している辺りのガラスが黄色く染まる。
『タケル! イサ! お前たち、わざとやっただろ!』
ラーゼの怒鳴り声と、その背後で驚き戸惑う生徒たちの声が響いてくる。
タケルとイサは、「すいませーん」と言いながら、大笑いしていた。
「さっすが、イサ。百発百中だ」
「そっちこそ。うまく敵を誘導したじゃねぇか」
『おいコラ二人とも! やっぱりわざとじゃねぇか!』
「何の事でしょう?」
「試合中は話しかけないでください。集中が途切れます」
教官に聞かれないのをいいことに、二人はケラケラと笑いながら好きなことを言い、そんなことをしている間にもイサは敵レイダーに狙いを定め、また小惑星群に入られる前に仕留めてしまった。
「やった、優勝~」
「ラーゼ先輩、ご褒美ちょうだい」
『お前らっ、こういうときだけ後輩面するんじゃねぇよ!』
ラーゼの言葉を笑い飛ばしながら、二人はドームの上空を大きく旋回する。
さっさと格納庫へ戻ってもいいのだが、いわゆる、ウィニングフライトというヤツだ。
『二人とも、あとで憶えてろよ!』
ドームの中のラーゼが、タケルたちに向けて拳を振り上げて怒っている。
ここからだととても小さくて、なんだか滑稽だった。
「なぁ、イサ」
「ん?」
「お前が相棒でよかったよ」
「……俺も、お前でよかったよ」
ラーゼの怒鳴り声が響く通信を切って、またラジオに切り替える。
ノイズの混じったアコースティックギターの音色が、なんだかとても、優しい気持ちにさせた。
その後、ウェイトトレーニングや講義などを受け、レイダーコースの合宿二日目は終了する。
イサとタケルは夕飯を食べるために食堂へと歩き出した。
昨日と同じようにサキやユウイの仕事が終わるのを待っていたために、他のレイダーコースの生徒たちと時間がずれて、廊下にはほとんど人影が見えない。
「あのな、タケル。昨日のことだけどさ、ちょっと踏み込みすぎた、ゴメンな」
いつもと変わらない調子でイサは謝る。
準決勝での言葉といい、昨日のタケルの反応を見て、彼なりに、色々と考えてくれているのだろう。
イサの優しさが、痛い。
「……謝らないといけないのは俺の方だよ。急に怒鳴ったりして、ごめん」
「いや、たぶんあれは俺が悪い。誰だって、聞かれたくないことのひとつやふたつ、あるだろ」
タケルは何も答えず、うつむく。
イサは前を向いたまま、両手を頭の後ろで組んだ。
「全部話さないと友達じゃないなんてガキ臭いこといわないけどさ。いつか、話してくれると嬉しいってのは、本当だ」
「……うん」
「明日のシングル戦、本気でやってほしいけど、まぁ、今日勝ったからそれで我慢する」
「……どうしてお前が我慢するんだよ」
うつむいたままイサを見上げると、彼はいたずらっぽく笑った。
「俺はお前の味方だからに決まってるじゃん。だからさ、どんな結果であれ、お前がお前らしくいられるのが一番だと思うよ」
「俺が……俺らしく?」
タケルは顔を上げ、目を見開く。
イサは大げさにうなずきながら、タケルにデコピンをした。
「我慢ばっかしてないでさ、辛いなら辛いって言えよ。子供が出来ることなんてたかがしれてるけど、一緒に考えるぐらいはできる」
イサは彼らしい大きな笑顔を見せる。
その笑顔が、タケルにはとても頼もしく見えた。
「……俺、いま女だったら、絶対イサに惚れたと思う」
「嬉しくねーっ!」
それはもう迷惑そうに顔をしかめたので、タケルは笑った。
イサも一緒になって笑い、夕食を終えて戻ってきた他の生徒たちが不審そうに見た。
だが、二人にはそんなこと全く気にならなかった。
一夜明け、合宿最終日。
今朝も昨日と同じように、早朝から食堂に出てユウイと朝食を食べた。
二人で取り留めもないことを話しながら、タケルは時折、辺りをきょろきょろと見渡した。
「エルちゃんならとっくに朝食済ませたわよ」
鋭い指摘に、タケルは動きを止める。
そんな彼へ、ユウイはうつむいたまま視線だけを向けた。
「今日はシングル戦だから、昨日の倍の数を整備しないといけないんですって。メカニックも大変ね」
「確かに、大変だな。でも、別に、俺はエルを探していたわけじゃないよ」
「あらそう。私の勘違いだったのね。よかったわ」
ユウイの視線を受け止めることができず、タケルは水を飲む振りをして顔をそらした。
朝食を終えてユウイと別れたタケルは、部屋へ戻ろうと廊下を歩き始める。
しかし、このまま部屋に戻っても時間を持て余すと思い、食堂の出入り口前にあるリラクゼーションフロアで時間を潰すことにした。
リラクゼーションフロアにはソファがいくつかと、ジューサーやコーヒーメーカー、ちょっとしたお菓子が置いてある。全て無料というところが、連邦軍と自衛隊の違いか。
タケルは二つの軍隊の格差を身に染みて感じながら、ソファに腰掛けてガラス張りの壁から空を見上げる。
朝であっても、この星に青空が拡がることはない。ほとんど真空なのだから、当然と言えば当然だが。
「一日中星が見えるから、これはこれでいいよな」
誰にも聞こえない声でつぶやいた。
星を観察していると、不思議と時間が過ぎるのが早くなる。
小さな頃から、それはずっと変わらなかった。
「あれ、タケルくん?」
自分の世界へ入り込んでいたタケルだが、声をかけられ、はっと我に返る。慌てて振り向くと、サキが廊下に立っていた。
「……おはようございます」
「おはよう、早いのね」
意外そうな表情を浮かべていたサキだが、軽く考えを巡らせて、「あぁ」と納得する。
「ユウイちゃんと一緒に朝食を食べていたのね。ちゃんと大切にしているのね、見直したわ」
「はぁ……どうも。サキさんは、イサと待ち合わせですか?」
「いいえ、これから起こしに行くの。あの子、朝が弱いから」
今度はタケルが納得する番だった。
イサの寝起きの悪さは、アグリス自衛隊合宿の時、身をもって知っている。
「……大変ですね」
心のそこからこみ上げた言葉だった。
サキは「そうね」と苦笑しつつ、すぐにイサのもとへ向かおうとしない。
「……なにか?」
「いや、その……一昨日の夜、イサと喧嘩した?」
タケルがぎくりと反応すると、サキは慌てて、「ごめんなさいっ、詮索とかはしないから、安心して」と続けた。
「あの日ね、イサが私の部屋に来て……とても落ち込んでいたから、ちょっと気になったの」
「……もう、仲直りはしましたよ」
「えぇ、知っているわ。だから今さらほじくり返すようなことしちゃいけないんだろうけど、でも、どうしても気になって……」
うつむくタケルへ、サキは「隣に座っていい?」と聞いた。
タケルがうなずくと、彼女は隣にちょこんと座り、自分の足下をじっと見つめながら話し出す。
「イサってね、ちょっと大人っぽいと言うか、子供らしくないところがあって、それで、仲がいいお友達っていなかったの。あまり人に感心を示さない分、一度受け入れると、とことんまで味方しようとするのよ。それで、踏み込みすぎてしまうの」
「……イサは、サキさんになんと言いましたか?」
サキはうなずいて、ひざのうえで両手をいじる。
「距離感を間違えたって……」
「距離感……」
その言葉が、タケルの胸にずんと重くのしかかった。
サキは心を落ち着かせるように大きく呼吸をしてから、タケルへと向き直る。
「あのね、タケルくん。今回の事、あの子が悪かったのは分かってる。でも、イサはイサなりに、タケルくんのことを大切に思ってしたことなの。それだけは、分かってほしい」
真剣な眼差しでタケルの目を見つめた。
まじめなのはいつもと変わらないが、いまの彼女には、優しさが強くにじみ出ている。
その想いは、タケルの中で何かを溶かした。
「大丈夫ですよ。イサは、俺にとってもかけがえのない親友です」
正直な言葉と共に、タケルは笑みをこぼす。
その表情は、エルに見せたときと同じような、心を許したときに見せる顔。
サキは安堵の表情を浮かべ、大きく息を吐いた。
「そう……よかった。タケルくんには、ずっとずっとイサの友達でいてほしかったから」
「……不真面目な奴が友達で、いいんですか?」
突っ込んでみると、サキははっとして、その後、困った表情で考え込んだ。
「確かに不真面目なのはいただけないわ。けれど、イサがあなたはいい奴だって言っているから、私はそれを信じます」
タケルをにらむように見つめて、大きくうなずく。
表情や仕草がころころ変わるので、見ていて飽きなかった。
「イサのこと、信じてるんですね」
「当然でしょう。だって弟だもの。あの子の目は、確かだわ」
「すげぇ、身内びいき」
タケルが苦笑すると、サキはふふんと胸を張った。そして、立ち上がる。
「それじゃあ、私はもう行くわね。あなたも、こんなところでだらだらしていないで、少しは勉強でもしたら?」
「はぁ…、前向きに考えま――いつっ……」
突然、タケルはこめかみを押さえてうつむいた。サキが心配して声をかけてくる。
「ちょっと、頭痛が……」
「頭痛? だったら、医務室へ向かう? それとも、動けないなら誰か呼んでくるけれど……」
「だ、大丈夫です。もう止まりました。たぶん、疲れがたまってるんだと思います」
顔を上げて微笑んでみせると、サキはまだ心配そうだったが、静かに引き下がった。
「……分かったわ。だったら、早く部屋に戻ってゆっくりしなさい。まだ集合まで時間がある」
「そうですね、もうちょっと、ここで休んでから部屋に向かいます」
「そう……痛むようだったら、我慢せずに看てもらうのよ」
「はい」
タケルの返事を聞いて、サキはイサの部屋へと向かう。廊下へ出たとき、ちらりとこちらを振り返ったので、タケルは笑顔で手を振った。
サキが壁の向こうに消えてから、タケルはソファに座り直し、頭を抱えてうなだれる。
もう痛みはないが、一瞬、電流が走るような痛みがあった。痛みが引いても、頭の中で何かがうずくような、不思議な感覚は消えていない。
「ほんとに、疲れたのかも……」
ため息混じりにつぶやいて、頭を押さえたまま立ち上がり、部屋へ向かおうと歩き出した。
『……ヤマト…』
頭の奥に声が響いて、タケルは顔を上げた。
辺りをきょろきょろと見渡し、後ろを振り返る。
ガラスの向こう、灰色の地平線を、一隻の戦艦が漂っていた。
「すげぇ! 軍の新型だ!」
リラクゼーションフロアにいた他の生徒がそう叫んで窓際に立つと、フロアにいる他の生徒や、食堂の入り口辺りにいた生徒たちが集まってきた。
立ち尽くしたままのタケルは、そんな彼らに何度かぶつかられながらも、戦艦から視線をそらすことはできない。
地平線の上を静かに漂う戦艦は、太陽の光で黄色の船体が金色に輝いて見えた。
直線が目立つ船体には、レーザー砲や機関砲がいくつも取り付けてあり、中央のブリッジを挟むように、レイダーの滑走路が二本延びている。
格納庫の大きさから、相当数のレイダーが搭載されているのが分かった。
こんな形の戦艦に見覚えはない。
ここがバラブレトであることを考えるに、開発中の新艦だろう。
「テスト飛行か何かかな? こんな近くで見られるなんて、感激だよ!」
他の生徒たちは窓に張り付き、戦艦を食い入るように見つめている。
はしゃぎ騒ぐ彼らの声がフロアに響き渡っているのに、タケルの頭の奥では、全く別の声が聞こえていた。
『俺の声が聞こえるんだね? ははっ、すごいすごい、すごいよ! いままで誰も気付かなかったのに』
他の生徒たちは戦艦に夢中で、タケルのように声を聞いているものはいない。
こんなにもはっきり聞こえているというのに。
タケルは困惑を隠せず後ろへ後ずさる。
足がソファにぶつかり、バランスを崩してソファに腰掛けてしまった。
そんな彼を、見えない誰かが笑う。
『そんなに慌てなくたって大丈夫だよ。なにもしない。俺はヤマトのいやがることはしないよ』
ふいに、背中に何かが覆い被さるような感覚がタケルを襲った。
だが、なにも見えない。
けれどしっかりと感じるのだ。誰かがタケルの背後から首に腕を回すようにして抱きついているのを。
『すごいね。俺の存在もちゃんと感じるんだ。だったらさ、俺に姿をちょうだい。昔、ルーチェにやったみたいに』
「……っ!」
タケルは勢いよく立ち上がると、逃げるようにフロアから出た。
廊下をしばらく歩いて立ち止まり、壁に手をついて頭を押さえる。
「タケル?」
声と共に背中を叩かれ、勢いよく振り返った。
「わっ、びっくりした」
すぐ真後ろに立っていたエルが、ぴょんと後ろへ飛び退く。
タケルが大げさに反応したので驚いたようだが、すぐに彼の様子がおかしいことに気付き、表情を曇らせた。
「どうかしたの? 顔色が悪いけど……」
「な、なんでもないよ」
タケルはごまかそうと顔を背ける。
するとエルは彼の両頬を両手で包んで振り向かせた。
「やっぱり、顔色が悪いよ」
心配そうなエルの顔がぐっと近づいてきた。
タケルは思わず下がろうとするが、顔をつかまれているので動けない。
ぐんぐん近づいてくるエルは、唇――ではなく、額を合わせた。
「うーん、熱はないみたいだけど……」
視界いっぱいにエルの顔が映っている。
エルとしては幼なじみの気安さでやっていることなのだろうが、タケルとしては、気が気でない。
「……だから、なんでもないってば」などと、必死に自分を取り繕ってタケルが答えると、エルはやっとタケルから離れ、首をかしげて口をとがらせた。
「ほんとに大丈夫? 最終日で疲れてるのかな」
「……まぁ、そんなとこだろ」
「一応医務室行ってみる? 付き添いするよ?」
「大丈夫だって。自分のことぐらいちゃんとできるよ。もう子供じゃないんだから。それよりも、エルはどうしてこんなところにいるんだ? レイダーの整備は?」
タケルが話題をそらすと、エルははっとした表情を浮かべて口に手を添えた。
「そうだった。整備が終わったから、教官のチェックを受けようと思って、呼びに来たんだよ」
「そっか、だったら急いで行ってこい。足止めして悪かったな」
「ううん、気にしないで。それよりタケルも、無理しちゃだめだからね!」
最後にびしっと指をさして忠告してから、エルはタケルに背を向ける。
『あれ? もう行っちゃうの?』
ふと、あの声が響いた。
目の前のエルは、走り出す。
『だめだよ。ヤマトは君から離れることを望んでいない』
走りながらエルは振り返り、笑顔でタケルに手を振る。
その背後で、リラクゼーションフロアのジューサーが、淡い光りに包まれるのが見えた。
「エルっ、止まれ!」
「え?」
エルが走ることをやめ、こちらへ向き直る。
刹那。
ジューサーが音を立てて爆発した。
「きゃあぁっ!」
「エル!」
その場に座り込んだエルのもとへ、タケルは駆け寄る。
呼び止めたおかげで爆発に直接巻き込まれなかったが、ジュースをかき混ぜていたガラス部分が砕け、飛び散った破片が彼女の足に傷をつけていた。
タケルはズボンの裾を折りあげて患部を見る。
破片が刺さっているということはないが、エルの足には無数の切り傷が走り、一部深いものが血を溢れさせている。
「いっ……つぅ…」
「動いちゃだめだ。すぐに医務室へ行こう!」
起き上がろうとするエルを押さえ、タケルは彼女を抱き上げる。
「え……タケル? 大丈夫だよ、自分で歩けるから……」
「だめだ! 小さな破片が残っているかもしれない。いいからエルは俺につかまって」
突然のタケルの行動にエルは戸惑っていたようだが、おずおずと、彼の首に両腕を回してしがみつく。
エルがきちんとしがみついたのを確認してから、タケルは医務室へ向け、走り出した。
「おいっ、タケル! どうしたんだよっ?」
騒動を聞きつけて駆けつけたイサとサキに遭遇する。
二人はエルの足が血まみれになっているのを見て、眉をひそめた。
「サキさん、エルの部屋から着替えを持ってきてくれませんか?」
タケルの声で我に返ったサキは、大きくうなずく。
イサには教官にエルのことを報告してもらうよう頼んで、タケルはまた走り出した。
「エル、すぐに手当てすれば大丈夫だからな」
「タケル……」
「ごめん、エル。ごめんな」
「どうしてタケルが謝るの? タケルは悪くないよ。私の怪我も、そんなにひどくないから、大丈夫だよ」
エルは身体を起こしてさらに腕を回し、タケルに抱きつく。
まるでタケルを、慰めるかのように。
タケルも彼女の身体を自分に引き寄せるように、腕に力を込めた。
『よかったね、ヤマト』
頭の中で響く声は、何度も何度もそう言った。