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ROUTE  作者: 真紘
ACT.1再会
5/16

5

 トーナメントを終え、ウェイトトレーニングなどをこなせばレイダーコースの本日の日程は終了した。このあとは生活衛生コースが用意した夕食を食べ、自由行動となる。


 開会式を行った集会場では、生活衛生コースの生徒がシートを敷き、テーブルセットを並べて即席の食堂を作りあげていた。

 入り口すぐの壁際に用意した料理を並べ、スープなどは鍋ごと持ってきてその場で取り分けている。食事にやってきた他の学科の生徒たちは、料理が並ぶカウンター沿いに一列に並び、トレイに乗せていく仕組みだ。

 準備を終えたものからテーブルについて自由に食べ始めていた。




 タケルたちはすぐには食堂へ向かわず、各自部屋で過ごしていた。

 というのも、タケルはユウイと、イサはサキと一緒に食事をするつもりだったからだ。

 別に示し合わせたつもりはないのだが、二人のPMへ、それぞれの相手から連絡があったのは同じタイミングだったらしく、廊下でばったり会った。


 二人は並んで廊下を歩く。もう既に食事を終えたレイダーコースの生徒が、ちらほらと戻ってきていた。

 とくに会話することなく歩いていた二人だったが、ちらちらとイサが視線を送ってくることに、タケルは気付いた。


「なんだよ」

「……いや、別に」


 そう言ってイサは顔をそらすものの、しばらくするとまた視線を送ってくる。

 タケルとしてはなんだか薄気味悪い。


「だからなんだって聞いてるんだよ!」


 こらえきれず、タケルは立ち止まった。

 イサも立ち止まったものの、「えっと……」と歯切れ悪く頬をかいている。


「気になるなら聞く。聞けないなら無視する。どっちかにしろ」

「気に、なる……から、聞く。あのな、タケル。さっきの演習――」

「タケル!」


 イサの言葉を、元気のいい声がかき消した。

 食堂の入り口から、エルが駆けて来ている。

 お約束のように、タケルの胸に飛び込んだ。


「タケルたちもいまから夕食? だったらさ、一緒に食べようよ。私たちもこれからなんだ」


 エルはタケルから離れて入り口に立つヤマトへと振り向く。

 エルが手を振ると、ヤマトは穏やかな笑顔と共にうなずいた。


「ほら、ヤマトもいいってさ。ね、ね、いいでしょ?」


 エルはタケルの両手をつかみ、ぶんぶんと左右に振り回す。

 期待に目を輝かせるエルになにも言えず、タケルは、黙ってイサへと視線を送った。


「……まぁ、いいんじゃないの? 八年ぶりの再会だし。ただ、ユウイにはお前から説明しろよ。彼女なんだから」

「え……彼女?」


 エルはピンと背筋を伸ばし、一歩、タケルから後ずさった。

 タケルとイサが不思議そうに彼女を見ると、エルは困ったように笑った。


「いや、彼女さんがいるなら、こうやってべたべたするのはだめかなって。そっか、タケル、彼女いるんだ。そうだよね、あれから八年経ってるんだもんね。色々あるよね」


 何度もうなずきながらひとり納得すると、エルは食堂の入り口で静かに待つヤマトのもとへと駆け出した。

 そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、「いい子だな」と、イサはもらす。

 タケルはため息混じりにうなずいた。




 食堂へ入ると、既にサキがラーゼと共に席をとって待っていた。

 しかも、五人分ではなく、ヤマトとエルを含めた七人分だった。

 ヤマトとエルも一緒にやって来たのを見て、ラーゼは得意げに笑った。


「ほぉ~らな、言っただろ? サキ」

「うるさいわねぇ。これぐらいのことでいちいち勝ち誇らないでくれる?」


 相変わらずサキとラーゼの仲はうまくいっていないようだ。

 むしろラーゼはサキをけしかけて楽しんでいるようにも見える。

 隣り合って座る二人を引き離すように、イサがサキの腕をつかんで立たせた。


「ねーちゃんお待たせ。じゃ、ご飯とりにいこっか」


「んじゃ、俺も……」と立とうとしたラーゼの肩を、イサはがっちりとつかんで押し戻し、椅子に座り直させる。


「あんたは、この席が取られないよう留守番しててくれ」

「……いいけど、当然俺の分の食事を持ってきてくれるよな」

「それは無理だな」

「どうしてだよ! トレイくらい片手で持てるだろ」

「俺の両手は、ねーちゃんの分と俺の分で埋まっている」


 ご丁寧にイサは両手の平を見せつけて宣言した。

 ラーゼは負けじと、タケルへ視線を送る。


「俺も、ユウイと自分の分でいっぱいだ。手は二つしかないんでね」


 イサと同じように、タケルは両手をかざして言った。

 ラーゼは悔しそうに顔をしかめる。見かねて、サキが持ってくることを提案した。

 が、しかし――


「ねーちゃんには水を持ってきて欲しいんだ。六つ」

「おいっ、俺の分を入れて七つだ!」

「そっか、そうね、分かったわ。私は水当番ね」

「ちょっと待て、サキ! ちゃんと七つ用意してくれよ」


 ラーゼの必死に主張に返事もせず、いそいそとサキは水を用意しに行ってしまった。

 その後ろ姿を、絶望の眼差しでラーゼは見つめ、そんな彼を、イサとタケルは意地悪い笑みを浮かべながら堪能した。


「だったら、私が持ってこようか?」


 さんざんな扱いを受けるラーゼに救いの手を差しのべたのは、エルだった。

 ラーゼは目を輝かせ、「ありがとう!」と叫びながらエルに抱きつこうとする――が、タケルが顔をつかんで阻止した。


「馴れ馴れしくくっつくな」


 静かながら、迫力たっぷりの声で脅し、顔を潰すように押してタケルはラーゼを座り直させる。


「タケル、あんまり乱暴しちゃだめって、昔っから言ってるでしょ」


 エルに注意され、タケルは顔をしかめる。

 すかさずラーゼが「そうだ、そうだ」と加勢しようとしたが、イサとタケルのひとにらみによってしぼんだ。


「……わかった。俺がラーゼの分を持ってくる。エルは、俺の分を用意してよ」

「え? でもそれって、意味なくない?」

「いいの! とにかく、エルがラーゼに何かしてやる義理はない」


 タケルのひどい言いぐさに、イサも「ま、俺たちにもないがな」と乗っかる。

 ラーゼは「お前ら、俺に対して遠慮の欠片もないな」と苦々しく笑った。

 全員が納得したということで、タケルたちはラーゼを置いて料理を取りに行こうとした。しかし、それを今度はヤマトが止めた。


「タケル、エルは俺たちが乗り回したレイダーの整備で疲れているんだ。お前の分の食事は僕が運ぶよ。食事が終わってからも、まだ続くみたいだし」

「大丈夫だよ? トレイなんて軽いじゃん」

「だめだよ。せっかくつかんだチャンスなんだ。エルは自分のことだけ考えて欲しい」


 エルの心配をするヤマトを、タケルは鼻で笑い、背を向ける。


「さっすが、天才の言うことは違うな。あんたの納得いくようにすればいいだろ。俺は別に、どうでもいいね」


 ヤマトやエルの返事も聞かず、タケルはさっさと歩き出した。

 そのあとを、傍観を決めていたイサが、ちらりとヤマトたちへ視線を送ってから、小走りに追いかける。

 エルとヤマトも遅れて続き、微妙に距離がある四人の背中を見つめながら、ラーゼは低くうなった。




 結局、タケルはユウイとラーゼの分を、イサは自分とサキの分を、ヤマトが自分とタケルの分を運んできた。

 そしてお約束のように、サキは水を六つ用意してきた。


「ちょおっ、サキ、どうして俺の分を持ってきてくれなかったんだ!」

「え? だって、六人って……あ!」


 どうやら、サキはわざとではなく、本当に六つで事足りると思ったらしい。

 仕方なく、ラーゼが自分の分を取りに行こうとしたとき、仕事を終えて合流したユウイが、全て分かっていましたとばかりに自分の分の水を用意してやって来た。


「……よく分かったな」

「えぇ、あなたたちのいままでの行動を振り返れば、だいたい予想がつくわ」


 ふふんと勝ち誇るようにユウイは頬笑んで、タケルの隣に腰掛ける。

 机を挟んで、ユウイ、タケル、ラーゼの三人と、エル、ヤマト、イサ、サキの四人に別れて座った。

 ユウイが席に落ち着くなり、向かいに座るエルが声をかける。


「あの、初めまして。タケルの彼女さんって、あなたですよね。私、エルです。よろしく」

「初めまして、エルさん。私はユウイ。よろしくね」


 にっこりと上品に笑うユウイに、エルは「ほぅ…」と息をもらして見とれた。


「すごいね、タケル。こんな美人な彼女ができるなんて」

「あら、その言い方だと、八年前のタケルはそんなにさえない子供だったの? いまではモテモテなのにね」


 同意を求めてくるユウイをタケルは無視し、野菜スープのにんじんを口にした。


「あれ? タケルってば、にんじん食べられるようになったんだ」


 エルの何気ない言葉に、タケルとヤマトの動きが止まった。


「……あ、あぁ。好き嫌いなんて、子供じみたこと言わないって」

「ふぅん。ヤマトもね、嫌いだったピーマン、いつの間にか食べられるようになったんだよ」

「どんなに嫌いなものでも、死ぬ気で口に放り込んでいけば、いつかは慣れるさ」


「そういうもの?」と不思議がるエルを、「そういうものだよ」とヤマトは優しく諭す。

 タケルも「確かにね」と同意した。

 しばらく各自黙々と食べることに集中していたが、いち早く食べ終わったラーゼが、わざわざトレイを横に退けてヤマトたちへと身を乗り出す。


「ねぇ、まだ自己紹介していなかったよね。俺、ラーゼ・フューラー。クルーコースだ」


 エルがスプーンを置いて名乗ろうとしたが、その前に「エル・サフィールでしょ?」と、ラーゼがフルネームを言い当てる。

 不思議そうに目を丸くするエルへ、ラーゼは気のいい笑顔を見せた。


「この合宿に初めて招集された女性メカニックだもの。有名だよ。そして君がヤマト・クレイ。我らがタケル・クレイの双子の兄で、弟と負けず劣らず秀才。もちろん一年からこの演習の常連さん」


「……よくご存じですね」と、静かにうなずくヤマトへ、ラーゼは「有名だもの」と答える。


「今日のトーナメント、優勝したらしいね。君たち双子の戦いは他の生徒たちと別次元だったって、立ち会ったクルーコースの生徒が話していたよ。俺もちょっと、見てみたかったな」

「そんな話、していたっけ?」


 サキがいぶかしむと、ラーゼは肩をすくませた。


「おおっぴらにはしてないよ。レイダーコースの演習に立ち会った生徒のところへ、俺が直接聞きに行ったんだ」

「……どうしてわざわざそんなことを?」

「だって、現状の戦力はきちんと把握しておきたいじゃないか」


 さらりと言ってのけたラーゼの言葉に、サキは目を大きく見開いて固まったが、すぐに考え込む。

 そんなサキの隣で、珍しくイサも考え込んでいた。


「あ、そういえばさー」


 エルの明るい声が、イサとサキを含めた全員の注目を集める。


「演習って、小惑星群の中で行われるでしょう。だから、どうしてもレイダーに細かい傷とかついちゃうのね。最悪、思い切りぶつけてへこんじゃうとか」


 全員が、エルの言葉に静かにうなずく。


「ところが、三機だけ、無傷で還ってきたんだよ。誰のだと思う?」


 ほんの少し考えたあと、それぞれ、顔を見合わせる。エルは満面の笑みでうなずいた。


「ここにいる三人だよ。すごいね!」

「へぇ。双子ならまだしも、イサも無傷だったなんて。操縦は不得意なんて言いながら、実はうまいんじゃないの?」


 褒めそやすラーゼを、「たまたまだよ」と軽くイサは流す。


「そうでもないよ。イサは空間把握能力が高い。だから狙撃力も高いし、障害物を避けるのもうまいんだ。もっと本気になれば、操縦だってうまくなるよ」

「普段やる気なく過ごしているタケルに言われてもねぇ」


 タケルはちらりとイサを見て、またすっと視線を外した。

 なんだか微妙な空気が流れたが、すっと、ユウイが立ち上がる。


「そろそろ私は仕事に戻るわ」


 既に食事を終えていたタケルも、一緒に立ち上がる。


「この片付けが終わったら今日は上がりか?」

「えぇ。あとで部屋へ行くわね」

「……明日早いんだろ?」

「あら、恋人が会いたいって言っているのよ。素直に受け入れたらどう?」


 ユウイに茶化しつつも非難され、タケルは苦笑するしかなかった。


「了解。ちゃんと待ってるよ」

「いい返事。次からは一番に聞きたいわ」


 タケルが肩をすくませると、ユウイは満足そうに頬笑んだ。

 そして二人は、イサたちへ軽く挨拶をして、席をあとにした。


 二人並んで返却ワゴンへ歩いて行く。その背中を見つめながら、ラーゼはひゅ~っと口笛を鳴らす。


「なんだかんだ言って、結局あの二人はラブラブってわけか。やっぱ、学校一の有名カップルは違うねぇ」

「……タケルとユウイさんって、有名なんですか?」


 エルが首をかしげる。すると、ラーゼは「モチロンだよ」と身を乗り出した。


「ユウイちゃんは生徒会役員でよく全校生徒の前に立つんだ。あのきれいな顔と、上品な立ち居振る舞い。どんなときも微笑を絶やさない冷静さ。全てにおいて生徒たちの憧れさ」


「うんうん、確かに。女の私も見とれちゃうくらい、きれいな人ですよね」とエルが相づちを打つと、ラーゼは「だろ?」とさらに話し出す。


「タケルはタケルで、一年の時から成績首位の座を譲ったことがないんだ。それでいて、授業態度は悪く、サボりっぷりも学校一。あんまり社交的ではないけれど、あいつも十分男前だ。だから、女子人気は高かったわけ」

「ほおほお、なるほど」

「そんな二人が付き合うことになってさ、学校中の注目を浴びても、何ら不思議じゃないだろ?」


 納得するエルとは正反対に、サキは頭を抱えた。


「あなたは、どうしてそういうゴシップ的な話題ばかり詳しいのよ」

「えぇ~、ひどいな。俺は別にゴシップが好きなわけじゃないよ。あの二人のことぐらい、サキだって知っているだろう?」

「……まぁ、確かにそうだけど……でも、あんまり人の事を調べ回るのはよくないわ。そう思うでしょ、イサ」


 サキが隣のイサへと声をかける。

 だが、イサは何かを深く考え込んでいるらしく、空になった食器を見つめたままなにも答えない。


「イサ?」


 もう一度声をかけて、やっとイサは振り向いた。

 しかし、サキの問いに答えることもなく席を立つ。


「俺、ちょっと部屋に帰るわ。ねーちゃんも、ラーゼなんかと無駄話していないで、明日に備えて早く休んでね」

「え、ちょっと、イサ?」


 サキの呼びかけに振り向くことなく、大慌てでイサは食堂から去っていった。

 置いて行かれたサキは、呆然と、ラーゼを見る。


「俺の扱い、どんどんひどくなっていくなぁ……」


 目を細めて、ラーゼはぼやいた。


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