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集会場は、奥の壇上や妙に高い天上など、どことなく学校の体育館に似ていた。
集会場の出入り口の真上、壇上と向かい合う位置に、整列する生徒達を背後から確認するためだろうか、二階の小部屋が作ってあった。集まった生徒達を見下ろせるようガラス張りになっているものの、全てマジックミラーで覆われていて下からでは誰がいるのか見えない。
集合時間五分前だが、まだ教官はおらず、集まった生徒たちはそれぞれ談笑している。
タケルもイサたちと共に壁際によって、適当に時間を潰していた。
「タケル!」
元気のいい声と共に、突然誰かがタケルの背中にしがみついた。
予想もしていなかったからタケルは驚いたが、声の主が誰なのか、すぐに気付いた。
相手がしがみついたまま離れないので、タケルは上半身を器用にひねって振り返る。
ボーイッシュなショートカットの少女が、上目遣いにタケルを見ていた。
「……エル?」
名を呼ぶと、エルは目をキラキラと輝かせながら大きくうなずいた。
「そうだよ、タケル! 八年ぶりなのにちゃんと分かってくれたんだね!」
エルが飛び跳ねるように離れたのでタケルがきちんと彼女へと向き直ると、エルはすぐさまその胸に無邪気に飛び込んだ。
タケルはいやがることもなく、彼女を両腕で受け入れる。
「ヤマトが教えてくれてね、探したんだよ」
「えっ、でも、どうしてエルがこんなところにいるの?」
戸惑いを隠せないタケルに、エルは胸に埋めていた顔を上げ、むっとした表情を作る。
「もぉ~、タケルってば忘れちゃったの? ヤマトとタケルがレイダーに乗って、私はそれを支えるんだよ」
「それじゃあ……」
エルはタケルから離れ、得意げに笑うと、PMを見せる。液晶には、メカニックコースの学生証が表示されていた。
目を丸くするタケルの後ろで、ラーゼやイサたちも学生証を見る。「女の子のメカニックか」と、驚きを隠せない様子だった。
「ちゃんと約束守ったよ、タケル。タケルもちゃんとレイダー乗りになるんだね。よかった!」
「そりゃあ、約束、だからな。でも、まさか本当にメカニックになるなんて……」
「むぅ、タケルまで女がメカに触るなとか言うの? 私はね、そんなことくらいで約束を違えたりしないんだから」
エルはつんと胸を張って宣言する。そんな彼女を見ていたら、自然と、タケルは笑みがこぼれた。
「相変わらず、エルはかっこいいな」
それはそれは幸せそうに、タケルは頬笑んだ。
「かっこいいって……十六才の乙女に対して使う言葉じゃない気がするけど、悪い気はしないからいいや」
えへへっと、まんざらでもない様子でエルは笑う。彼女らしい反応がとても懐かしくて、タケルはまた笑った。
エルはもっと色々話をしたい様子だったが、教官がやって来て整列の指示を出し始めたので、渋々、彼女は離れていった。
各コースごとに整列するらしく、サキとラーゼはクルーコースへ、ユウイは生活衛生コースへ、そしてタケルとイサはレイダーコースの列に並んだ。
二人一列で並び、レイダーコースはタケルたちを含めて十六人。
最後尾に立つタケルは、前から三番目のところに並ぶヤマトを見つけて、小さくため息をついた。
「おい」
隣に立つイサがひそひそと話しかけてきたので、タケルは視線を彼へ流す。
「さっきの子、お前のなに?」
「エルのことか? 別に、ただの幼なじみだよ」
タケルが素っ気なく答えると、イサは「ふぅん」と目を細めた。
「ただの幼なじみなら、ああいう風にべたべたくっつくのよくないんじゃない?」
「そう言われても……小さな頃からエルはあんな感じなんだよ」
「だとしてもさ、彼女の前じゃん」
タケルは前へ視線を戻し、「あー…」と苦々しく笑う。それを見たイサは、眉をひそめた。
「お前らさ、付き合ってんだよね?」
「まぁ、一応?」
「そこで疑問型になる意味が分からない」
イサはがっくりと頭を抱えた。
「そんな心配する必要なんてねぇよ。俺とエルはただの幼なじみ。むしろ何かあるとすれば、ヤマトとじゃないか?」
はぐらかすつもりだったが、あながち間違っていないかもしれないと思い、タケルは視線を落とした。
すぐに前を向いたので、イサに気付かれていないと思うが、彼は「そういう問題じゃなくて…」と、難しい表情をしている。
「なんだよ」
「いや、そのだな……」
「言い出しといてなんだよ。気持ち悪いだろう」
タケルが詰め寄ると、イサは視線を泳がせてからタケルを見る。その目は、本当に言っていいのか問いかけているようだった。
「エルって子の前でさ、笑っただろ?」
「笑うって、お前と一緒の時の方がよく笑ってるだろ」
「いや、そうじゃなくてさ、なんつーか、安心しきった顔というか……ああいう表情って、俺もほとんど見たことないっつーか、正直、お前でもあんな顔するんだ……みたいな?」
意を決して感じたことを正直に述べたイサだったが、最後はタケルの様子をうかがってしまった。
タケルが押し黙ると、慌ててイサは謝る。
「ちょっと首を突っ込みすぎたな。忘れてくれ」
「……いや、いいよ。お前が言うってことは、よっぽどだったんだろ」
タケルは眉を上げて長い息を吐く。
タケルの視線の先には、教官の話に耳を傾けるヤマトの背中が見える。
「八年ぶりって言ったろ。八年前に両親が離婚して、俺は母さんと、ヤマトは父さんと生きてきたんだ。今でこそアグリスに落ち着いているけど、四年くらいはいろんな星を渡ったんだ」
「四年って……軍学校に入学する直前じゃん。お前、それ以前の教育は?」
「転校を繰り返していたけどちゃんと受けてるよ。じゃなきゃ軍学校に入学出来ない」
「まぁ、確かにな。でも、どうしてまたそんな転々としていたんだ?」
「……ちょっと、ね。母さんがノイローゼ気味でさ。ひとつのところに落ち着けなかったんだ。アグリスに落ち着いたのも、母さんが病気になって動けなかっただけだし。あと、俺が軍学校に入学したから、かな」
その母も、二年前に亡くなってしまった。
それからタケルは、父を頼るわけでもなく、ひとり生きている。
「なんにしてもさ……」と、イサが腕に触れたことで、タケルは無意識にうつむいていたことに気付き、慌てて彼へと振り向く。
「そうやって渡り歩いた結果アグリスに落ち着いて、それで俺たちが友達になれたんだから、いいんじゃねぇ?」
ニカッと、イサは気さくな笑みを浮かべた。
「……自分で言うなっつの」
そう言いながら、タケルはつられて笑顔になった。
これから三日間行われる演習の日程を説明し終わると、そこからは各コース担当の教官による説明が行われる。
レイダーコースは三日間、トーナメント形式の模擬栓を行うらしい。
一日目の今日は分かりやすくシングル戦を行い、二日目はレイダーに二人搭乗し、操縦と狙撃に別れて戦うツイン戦を行う。そして最後に、またシングル戦をして終了。
最終日の閉会式では、全てのコースの中で一番優秀な働きをした生徒に対し、賞を贈るらしい。
卒業後、軍に引き抜いてもらいたければ、ここで結果を残せということだろう。
ここにいるのは仲間ではない。ライバルだけだ。
一通りの説明が終わり、一時解散を教官が告げる。
この瞬間から、教官たちは傍観者に徹する。
トーナメントの指揮は執るが、それ以外のことはクルーコースの生徒が担当する。演習に使うレイダーを準備するのもメカニックコースの生徒たちだ。
ここはいわば戦艦の中、現場に放り込まれたようなもの。大人を頼ることは許されない。
タケルとイサは、パイロットスーツに着替えるため、自分たちの部屋へと移動をはじめた。
それぞれの仕事に就くため、集会場から去っていく子供たちの姿を、二階の小部屋から観察する人物がいた。
オールバックにした髪には白髪が目立ち、角張った印象を与えるのはやせ気味で頬がこけているからだろう。閉じた口は横に伸び、口角が下がっているのは生まれつきだ。そのせいで、口周りのしわがとくに目立つ。
彼は連邦軍の新兵器研究開発部の研究員、ハヤセ・クレイだ。
自分の研究所を持つほどの実力者で、彼が開発した兵器はほとんどが実践導入されている。研究員でありながら、軍での影響力は強い。
彼のそばに立つ助手が、口元に手を当ててハヤセへと身を寄せ、控えめに発言する。
「ご子息にお声をかけなくてよいのですか?」
ハヤセはちらりと、集会場から出て行くヤマトとタケルを見る。そして、くだらないとばかりに鼻を鳴らした。
「ヤマトなぞ、ルーチェとまともに交信することすらできん、役立たずだ」
「はぁ、ですが……タケル様もいらっしゃいます。八年ぶりにお顔を合わせるというのも……」
「いらん。リヒトを造り上げたいま、あの双子に利用価値などない」
「お言葉ですが……血を分けたご子息ですよ?」
おずおずとながら親の情を見せないことを責める助手へ、ハヤセはぎろりと突き刺すような視線を送る。
「だからなんだというのだ。あやつらが生まれるとき、私の細胞がもとになったというだけ。生物学的に何ら不思議なことはない。まったく、無駄な時間を過ごした。戻らせてもらうぞ」
白衣をマントのようになびかせて背を向けると、ハヤセは足早に部屋をあとにした。
レイダー演習は屋外の演習場で行われた。
自分の出番を待つ生徒は、演習場中央のガラス張りのドームから教官と共にライバルたちの奮闘を見る。また、合宿施設とは地下通路で繋がっているので、他の学科の生徒が見学に来ることもあった。
実弾は使わずペイント弾を五発装填してあり、先にペイント弾を当てた方が勝ちだが、どちらも全ての弾を使い終わった場合、弾を補充してから延長戦を行う。
とくに延長戦までもつれることもなく、順調にトーナメントは進んでいく。
イサは奮闘虚しく二回戦で敗退したが、タケルは順調に決勝まで勝ち進んだ。
そして、同じように決勝戦へ勝ち上がってきたのは、ヤマトだった。
それぞれが乗るレイダーが、教官や他の生徒たちが見上げるドームを挟んで、空中で向かい合う。
「因縁の兄弟対決か……」
他の生徒に混じって二つの機体を見上げるイサが、つぶやく。
ドームの中央に立つ教官が、右手を漆黒の空へとのばした。
「決勝戦、はじめ!」
その手を振り下ろし、ふたりの戦いは始まった。
二つの機体はお互いへ向けて直進し、ドーム上でクロスするように駆け抜け、宇宙へと昇る。
バラブレトの存在を隠さんと無数に散らばる小惑星たちの中を、縦横無尽に飛び回り、徐々にお互いの距離を詰めていく。
最初にどちらが背後をとるのか、ドームから見つめる人々は、青白く輝く軌跡を目で追いかけた。
最初に後ろをとったのは、ヤマトだった。
タケルの駆るレイダーの背後にぴったりとついて、狙い撃つタイミングを計っている。対するタケルも、小惑星や岩くずを避けながら、照準を合わされないようラインを変えて飛んでいく。
「密集する岩の中を、あれだけのスピードで飛び回るなんて、二人は恐怖心というものがないのか?」
見学する生徒のひとりがぼやき、他の生徒たちもうなずく。
だが、イサは何ら不思議に思わなかった。
タケルの操縦技術なら、漂う小惑星たちは全く苦に思わないだろう。それどころか、小惑星をうまく味方につけている。
むしろヤマトの方が、小惑星を避けることに精一杯で、狙撃まで手が回っていないように感じた。
「これは、もしかしたらもしかするぞ」
はははっと、イサは思わず笑みがこぼれた。
そのとき、タケルの機体が急上昇をはじめた。
ヤマトもすぐにこれを追いかけるが、小惑星を避けながら旋回するタケルの動きについていけず、彼の軌道から外れて直進していった。
レイダーの機動性をフルに生かして見事な円を描いたタケルが、ヤマトの背後につける。
「よっしゃぁ!」
イサは自分のことのように喜び、ぐっとこぶしを握った。
それぞれの位置を変えて、二つの機体はまるで戯れるように二重の軌跡を描いていく。
卓越した二人の操縦技術に、教官を含めた全員が言葉を失って見入る。
そんな中、イサはただひとり、不安を感じた。
ペアを組んで一緒に飛ぶイサは、タケルがどれだけ強いのか、身をもって知っている。
彼の実力を持ってすれば、背後につけたが最後、数秒とかからずに一発で仕留めてしまうだろう。
それなのに、タケルは背後につけたにもかかわらず仕留めようとしない。
イサの不安は的中する。
ヤマトは機体に隠れるほど小さな岩をぎりぎりで避け、あとを追いかけるタケルは予期せずライン上に障害物が現れたためにヤマトの背後から外れてしまう。
二つの機体は間を開けて併走し、小惑星群を抜けてドーム上空まで戻ってくる頃には、またヤマトが背後につけていた。
障害物もなにもない宙域で、ヤマトが仕留め損なうはずもなく、試合が決するのに時間はかからなかった。
因縁の兄弟対決は、接戦の末、ヤマトが制する。
見学をしていた人々は、二人の健闘を拍手と共に讃えた。
イサをのぞいた、全員が。