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ROUTE  作者: 真紘
ACT.1再会
3/16

3

 二度の乗り換えとワープを繰り返し、タケルたちは目的地である惑星バラブレトに辿り着いた。

 バラブレトは連邦が所有する軍事惑星で、一般人はいない。

 星の表面は月に似た砂と岩の大地のみで水は存在せず、大気も薄くほとんど真空に近い。重力も月面と同程度しかない。


 バラブレトにはあまたの軍事施設が建設してあり、現役兵士の駐屯施設の他に、新兵器開発のための施設もある。

 アグリスとほぼ変わらない宇宙の辺境で、この辺りは小惑星が多く、よく軍事演習を行っている。

 ここで開発された新兵器は、近くに一般人の住む惑星がないことをいいことに、辺りを漂う小惑星に撃ち込んでその威力を試していた。

 今回、タケルたち軍学校の生徒が集まる施設も、そういった軍の施設のひとつである。


 軍学校の学科は、五つに分かれている。

 戦艦を操縦するブリッジでの作業を主に学ぶクルーコース。

 小型戦闘機レイダーのパイロットを養成するレイダーコース。

 戦艦やレイダーの整備、新兵器の開発などをするメカニックコース。

 傷ついた兵士の手当や健康管理などを行う医療コース。

 そして最後に、食事の用意や掃除、洗濯など、兵士たちの生活の基本を支える生活衛生コースだ。


 全宇宙の軍学校から、各学科の成績優秀者を集め、この施設で二泊三日の合宿を行う。

 施設の設備は兵士たちの駐屯施設とほぼ同じ。その中で、生活衛生の生徒たちは自分たちだけで他の演習参加者たちの生活を支え、レイダーコースはトーナメント形式の演習を繰り返し、メカニックコースは乗り終わったレイダーを整備する。けが人が出れば医療コースが対処し、クルーコースはグループに分かれ、様々な状況を想定した模擬演習を行う。

 演習を行うとき以外、教官が子供たちに指示を出すことはほとんどなく、基本的運営もクルーコースの生徒が行うことになる。

 そういった集団をまとめる力も、未来の艦長候補であるクルーコースの生徒たちには必要だからだ。


 タケルは窓をのぞくユウイの横から顔を出し、同じように外の様子を見る。

 灰色の大地は金属を多く含んでいるのか鈍く光り、その中で、辺りの景色になじむように灰色の、しかし、明らかに人工物と分かる無数の箱が張り付いている。

 最初は積み木のように小さく見えたが、近づくにつれ、それがとても大きいことが分かる。箱ひとつに、タケルの暮らす村がすっぽり入ってしまうだろう。それがいくつも星に張り付いているのだ。どれだけの軍人がここにいるのか、考えるだけで胸焼けがしそうだった。


 たどり着いた施設の中は、大きな合宿所という印象だ。

 壁や床が白で統一されていて、あまり使わないのか床のワックスもくすんでおらず、むしろきれいすぎて落ち着かない。

 PMに送信された地図と部屋割りを頼りに、タケルは自分の部屋へと向かう。

 どうやら各コースごとにフロアが違うらしく、ここでユウイたちと別れ、イサと二人移動をはじめた。


「さっすが連邦軍、金持ってるな」


 イサは興味津々で辺りを見渡してつぶやき、タケルもうなずく。


「部屋も個室って、アグリスでの特別合宿では、六人ひと部屋だったじゃねぇか」

「しかも、雑魚寝だったな」

「あれはタケルが悪さしたからだろ!」

「言い出したのは俺だけど、一緒にやったイサも悪い。つーか、引き金を引いたのはお前だろ?」

「操縦したのはお前だ!」


 何をしたかというと、やたらと高圧的な教官に腹が立ったので、演習時、操縦をミスした振りをして教官へ向けペイント弾を発射したのだ。

 直撃こそしなかったが、破裂し飛び散ったペイントがかかったことは言うまでもない。


 二人はそのときのことを思い出し、腹を抱えて笑った。


「あのときの教官の青ざめた顔、忘れられないぜ」

「というか、青のペイント被っていたしな」


 ペイント弾をくらった教官は、怪我こそしなかったものの、ノイローゼになってしまったらしい。

 撃ち合いの戦いを演じるレイダーの教官にもかかわらず、弾が自分へ向けて飛んでくる恐怖に負けたというのだから、これ以上おかしな話はないだろう。


 笑いすぎて立っていることができず、イサはその場に座り込む。

 タケルも足から力が抜け、廊下の壁にもたれかかることで何とかこらえていた。


「ヤマトくん?」


 ふと、声をかけられ、タケルは表情を消して顔を上げる。

 見知らぬ少年――おそらく、背格好から年上と思われる――が、近くの部屋から出てきたところだった。

 彼はタケルへと手を振りながら、小走りに近寄ってくる。


「やっぱりヤマトくんだよね? 去年とずいぶん印象が変わっていたからびっくりしたよ。それにしても、今年も参加だなんて、君はこの演習の常連だね」


 見知らぬ少年は、タケルを羨望の眼差しで見つめながらぺらぺらと話している。

 タケルが何も答えられないでいると、静かに様子を見ていたイサが「タケル?」と声をかけた。


「え、タケル?」


 少年がきょとんとした表情で首をかしげる。

 相変わらず何も答えないタケルの腕をイサはつかみ、軽く揺さぶった。


「おい、タケル。大丈夫か?」

「……あ、あぁ。ちょっと驚いていただけだ」


 イサの言葉にタケルが返事をしたことで、少年は自分が人違いしていたのだと気づき、顔を赤くする。


「えっ、その……ごめん! まさか人違いだったなんて……でも、本当によく似て――」

「当然だよ。双子なんだから」


 タケルたちの背後から声がして、全員が視線を送る。

 そこには、タケルと全く同じ容姿をした、それでいて、少し上品な雰囲気を持つ少年、ヤマトが立っていた。


「ヤマト……」

「久しぶりだな、タケル。やっと演習に参加したか」

「……何の事だよ」

「僕が知らないと思っているのか? 一年から招集がかかっていただろう。参加者の名簿を見ればすぐに分かる」


 タケルは目を細めるように眉をひそめ、ヤマトへ背を向ける。


「ふんっ、八年ぶりに再会したってのに、早速お説教なんてするんじゃねぇよ。クソ兄貴」


 そう吐き捨てて、タケルは廊下を歩いて行く。

 その背中を、イサが追いかけた。


 最初に声をかけた見知らぬ少年は気まずそうにヤマトとタケルを交互に見つめ、ヤマトは黙ってタケルの背中を見つめていた。




 イサにとくに説明もせず、タケルは自分の部屋に逃げ込んだ。

 部屋の中にはベッドやテーブル、ソファなど、一般的なホテルと同等の設備があり、本当にアグリス自衛隊の特別合宿とは比べものにならないほど設備がいい。

 シャワー室も完備されていて、食事や演習以外は部屋から出なくても済みそうだ。


 タケルはソファへ自分の荷物を放り投げると、靴も脱がずにベッドへ倒れた。

 演習合宿の始まりを告げる集会まで、一時間ほど時間がある。それまで、この部屋にこもっていよう。

 もうひと眠りしようかと思ったとき、ノックの音が響いた。


「タケル。入っていいか?」


 扉越しに呼びかける声は、イサだ。

 タケルは少し迷ったものの、彼を部屋に招いた。

 入ってきたイサは、客人を迎え入れたにもかかわらずベッドにうつぶせに寝たままのタケルを見て、思わず顔をしかめた。


「何だよ。移動中さんざん寝ていただろ?」

「あんな狭い座席で、充分な睡眠がとれると思うか?」

「そういう問題じゃねぇと思うけど……」


 未だ布団に顔を埋めたまま、こちらを見ようとしないタケルに、イサは肩をすくませながら、ベッドに腰掛ける。

 あえてタケルに背を向けた状態で、扉を見つめながらイサは言った。


「さっきのヤマトって、双子の兄貴ってことか?」


 タケルは何も答えない。


「答えたくなければ無視していい。お前が演習に参加したがらなかった理由は、ヤマトか?」


 タケルは何も答えず、イサも黙ったまま扉を見つめている。

 二人の間に腰を据えてしまった沈黙を、突き放したのはタケルだった。


「……お前が人のことに口を挟むなんて珍しいな」


 イサはちらりとタケルを見る。彼はまだ顔を布団に埋めている。


「まぁ、一応親友のことだし?」


 軽く茶化してみる。だが、タケルが乗ってこないと判断すると、イサはヘタに引っ張ることはしなかった。


「なんつーかさ、お前の様子がちょっとばかしおかしかったんでな。心配しているわけよ、相棒として」


 イサが素直な心をさらしたので、タケルは顔を埋めるのをやめて、彼を見る。

 イサは優しく頬笑みながら、タケルを見ていた。

 タケルは観念するかのように大きく息を吐き、起き上がってイサの隣に座り直す。


「お前の言うとおりだよ。兄貴と一緒にいたくないんだ」

「双子の兄弟なのに?」

「双子であれ兄弟であれ、誰でもお前たち姉弟みたいに仲がいいとは限らないんだよ」

「あぁ、うん。確かに、俺たちの姉弟仲は自慢していいと思う」

「十分してるから安心しろ」


 視線を合わせ、お互いに納得すると、イサが「それは置いておいて」と身振り付きで話を戻す。


「どうしてそんなに一緒にいたくないんだよ。八年ぶりの再会だろ? 感動とかはないの?」

「なくはないけど……こういう場所で再会してもな。というか、一番避けたい場所だ」

「つまり、演習?」

「そゆこと」


 タケルは両手を広げ、肩をすくませる。その手を下ろすと、長い長いため息をついてうつむいた。


「こういう場所だと、比べられるだろ?」

「なに、我が校きっての秀才が、双子の兄貴には勝てないってか?」


 大げさに驚くイサをじっとりとにらんだあと、タケルは目を閉じてうなずく。


「まぁ、そんな感じだ。俺はあいつには勝てない」


 うつむくタケルの目には、深い陰りが宿っている。

 そんなタケルの頭の上に、イサは自分の手をぽんと乗せた。

 それはまるで、落ち込んだサキを慰めるときのようだった。


「お前にとってヤマトが越えられない壁だってことは、よぉーく分かった。けどさ、安心しろよ。今回は俺も一緒にいるんだ。俺たちがタッグを組めば、兄貴相手でも負けないって。安心しろよ、相棒」


 タケルはうつむいたまま、視線だけでイサを見る。

 イサは大きく笑って、タケルの頭をぐらぐらと揺さぶった。


「……だぁー、もうっ、うっとうしい!」


 あまりに激しく揺さぶるので、タケルがイサの手を振り払う。

 すると、待っていましたとばかりにイサがタケルの頭をわしづかんだ。


「はっ、はっ、はっ、俺から簡単に逃げられると思うなよ!」


 高笑いをしながらイサがさらに激しく揺さぶろうとしてきたので、タケルは払い退けようとイサの手首をつかむ。

 だが、向こうも離れまいと力を込めているので、なかなか自由になれない。


「うっとうしいっつってんだろ!」

「だったら自分の力で逃げてみるがいい。言っておくが、俺は狙った獲物は逃がさないぜ!」

「男相手に気持ち悪いわ!」


 二人は力比べをしているうちにバランスを崩し、ベッドの上に倒れ込む。

 二人のじゃれ合いは静まることなくヒートアップし、力比べからくすぐり合いへと発展していった。

 イサが上にまたがってタケルの脇をくすぐったかと思えば、一瞬の隙を突いてタケルがイサを押し倒し、反撃する。

 激しさを増す二人の戦いを止めたのは――


「恋人である私を放って、親友とばかりじゃれ合うのはいただけないわね」


 ユウイの冷めた言葉だった。


 タケルとイサは、お互いの服を引っ張り合っていた状態で固まり、呆然と彼女を見る。

 ユウイは部屋の入り口のすぐ前で、壁にもたれながら片足に体重をかけて両腕を組んでいる。

 その目は、相変わらず仲のよい二人に呆れているようだった。


「先に言っておくけれど、一応ノックはしたのよ。でも返事がないうえ、あなたたちの馬鹿笑いが廊下まで聞こえていたから、入ることにしたの」

「……あ、そう」


 タケルとイサは暴れすぎてめちゃくちゃになってしまったベッドの上で座り直し、お互いの顔を見合う。見るも無惨なもさもさ頭のお互いを見て、ぶふっと噴き出した。

 また腹を抱えて笑い出す二人を、ユウイは壁をノックすることで止める。


「合宿を楽しむのは勝手だけれど、そろそろ落ち着いてくれるかしら? 集会の始まる時間よ。最初からサボるなんて、お姉さんが許さないんじゃなくって?」


 タケルは起き上がって枕元の時計を見る。いつの間にか集合時間十分前を過ぎていた。

 なるほど、心配したユウイが部屋にやってきてもおかしくはない。

 状況を理解した二人は、ぽんと身軽にベッドから飛び降りると、洗面所の鏡で軽く髪型を直してからユウイを連れて部屋から出た。


「あ、イサ、いた!」


 廊下にイサが姿を現すなり、呼ぶ声が響いた。

 見ると、二つ隣の部屋――イサの部屋の前にサキとラーゼがいた。

 サキはイサのそばへと走り、そんな彼女を、イサは両腕で包むように受け入れる。


「いつまで経っても集会場へやってこないから、迎えに来たの。そうしたら部屋にいないんだもの……」

「ごめん、ねーちゃん。ちょっとタケルとじゃれてた」


 相変わらずなイサに、サキは呆れて小さくため息をつく。

 そんな彼女の肩に、ラーゼが手を置いた。


「だから言っただろ? イサとタケルは大抵一緒にいるってさ」


「確かにそうだけど……」とサキが振り返ったそのとき、イサは視線だけでラーゼの手を確認する。


「ま、いいじゃん。ちゃんと合流できたわけだし。それじゃあ、さっさと集会場へ行こうか!」


 サキの肩を抱くときにさりげなくラーゼの手を払い退け、イサはさっさと彼女と共に歩き出す。

 しかし、数歩進んだところでイサはまたこっそり振り返り、行き場のない手を持て余していたラーゼへ向け、あかんべえをした。


「あ、あんの弟ぉ……そこまで嫌われることを俺はしていないと思うんだが!」


 ラーゼは持て余していた手をぎゅっと握りしめ、とても不本意そうにタケルへ振り向く。


「自分の胸に手を当ててじっくり考えてください、独りで」


 タケルの冷ややかな反応に、ラーゼはくじけそうになりながらユウイへとすがる。


「客観的に見て、俺は理不尽な敵意を向けられていると思うよね、ユウイちゃん!」

「火のないところに煙は立たないと昔から言いますよ、ラーゼさん」


 ユウイはにっこりと曇りない笑顔で答えると、タケルと共にイサたちのあとを追いかけていった。


「なんだかなー…」


 ひとり取り残されたラーゼは、しょんぼりと背中を丸めてつぶやいた。


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