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作中でPMという、どう考えてもスマホだろ、という機器が出てきますが、執筆していた当時はまだiPhoneすら発売されていなかったんです。
ひきこもりだったので知らなかっただけかもしれませんが……。
どうか生暖かい眼差しでご覧くださいませ。
集合場所であるロビー中央のオブジェ前には、既にひとりの少年が立っていた。
タケルやイサよりも背が高く、体つきもしっかりしていて、上級生であることは確実だろう。
彼は歩いてくるタケルたちに気付くと、明るい笑顔と共に大きく手を振った。
「やぁ、全員お揃いのようだ。はい、これ今回の移動手順。一旦宇宙ステーションまで上がって、また別の宇宙ステージョンを経由して目的地に向かう。ま、辺境だから仕方ないけど、結構な大移動だ、覚悟した方がいい」
彼はズボンのポケットから取り出した掌サイズの液晶を操り、集まった四人の前に顔の大きさほどのスクリーンを映し出して今回の航路を説明した。
ざっと航路を確認し終わると、スクリーンを閉じ、タッチパネルを操作し始める。
同じように、タケルたちも自分たちの液晶を取りだした。
これはPMといって、掌サイズの薄い液晶ながら、様々な情報を大量に保存でき、また、お互いのPMをかざすだけでデータのやりとりができる。
記録媒体という役目の他に、携帯電話、移動施設の電子チケット、電子マネーなど、様々な用途に用いられる。それでいて、登録した人間しか使用できないロックシステムなど、セキュリティ面もきちんとしている。
一昔前は人体にチップを埋め込んで様々なデータを所持していたのだが、コンピューターウイルスの蔓延により、感染者の周囲のコンピューターが全て攻撃される事態が起こり、PMのように外部メモリーを持ち歩くという方式に統一された。
早速、少年は全員のPMへ航路データとチケットデータを送り始めた。
「えっと、君がユウイ・シェヌだね。生徒会で壇上に立っている姿を見ることはあっても、こうやって面と向かって会うのは初めてだ。やっぱり、近くで見るとずっときれいだね。それでいてお高くとまっていない感じが、男心をくすぐるよ」
すらすらとユウイを讃える少年に対し、彼女は特に照れる様子もなく、「ありがとう」とだけ答えた。
少年は「クールだねぇ」と苦笑しつつ、隣に立つタケルへとPMを差し出す。
「おっとぉ、君は我が校始まって以来の秀才と名高い、タケル・クレイじゃないか。授業のサボりっぷりも学年一位らしいね。いやはや、面白いよ、君は」
タケルはうんともすんとも答えず、黙ってPMの通信を終えると、もらったデータをスクリーンに映し出して確認し始めた。
無視された少年は怒り出すこともなく笑顔のまま、次なるイサへとPMを差し出した。
「君はイサ・イノバだね。タケルの影に隠れてはいるけれど、四年生にして招集がかかったれっきとした実力者。そして、サボりっぽりも互角だ」
イサは「それは光栄です」と笑い、PMをかざした。
少年はタッチパネルを操作しながら、ぺらぺらとさらなるイサの評価を述べる。
「総合力でタケルに劣るけど、スナイパーとしての腕は学年一、いや、我が校一かな? 操縦のタケル、狙撃のイサって呼ばれているらしいね、君たち二人が組めば、今回の演習でも負けなしだ」
「買いかぶりすぎですよ」と苦笑するイサを観察するようにじっと見つめたあと、またすぐにいつもの気さくな笑顔を浮かべ、次なる相手、サキへとPMを差し出す――前に、彼女を見るなり、少年は大きく驚いて見せた。
「これはこれは、我らがクルーコースのマドンナ、サキ・イノバじゃないか。これから当分君と寝食を共にできるのかと思うと、男の誉れだよ」
「……白々しいことばかり言ってるんじゃないわよっ、ラーゼ・フューラー!」
サキは腰に手を当て、指をさす代わりに、PMを少年――ラーゼへとつきだして怒鳴った。
相変わらずつんけんとしたサキの態度に、ラーゼはゆるい笑みを絶やすことなく、肩をすくませた。
「ずいぶんな挨拶だね、サキ。俺と一緒にいられて嬉しいとか思ってくれないのか?」
「あなたとこれから何日も一緒かと思うと、いまから頭が重いわ。どうしてあなたみたいな不真面目な人間を、軍は呼んだのかしら?」
「お言葉だけど、俺は君の弟たちみたいに授業はサボっちゃいないよ。ま、態度がいいとはお世辞にも言えないがね」
ユウイに続いてラーゼにまで痛いところを突かれ、サキはぐっと口ごもる。しかし、通信を終えたPMのアラーム音ではっと我に返り、大げさに彼から顔を背け、もらったデータを確認する。
映し出されるスクリーンでチケットデータが軍から支給されたものと確認するなり、サキはふてくされた表情を浮かべた。
「何か言いたそうだね」
「……どうしてあなたがこのデータを持っているの?」
じっとりと睨むサキの視線を、ラーゼはさらりと受け流す。
「愚問だ、軍から支給されたからに決まってるじゃないか」
「茶化さないで! 私が言いたいのは、どうして軍があなたにこのデータを渡したのかと聞いているの」
指をさす代わりに、PMをラーゼの顔に突きつけた。
スクリーン投影を閉じた液晶には、チケットデータが表示されている。
「さぁね。俺には軍人の考えることは分からないよ。ただ単に、俺がクルーコースだからじゃないの?」
「私もクルーコースです」
「じゃ、最高学年だから」
「私たちは同じ学年でしょ!」
「まぁまぁ、ねーちゃん。そんなカッカしないで。二分の一の確立じゃん。たまたまだよ」
興奮するサキの両肩に手を添え、イサが下がらせた。サキはまだ憤慨さめやらぬ様子だったが、必死になだめようとするイサを見て、しゅんと視線を落として引き下がる。
その様子を見ていたラーゼが、ひゅ~っと、口笛を吹いた。
「へぇ、すごいね。サキがおとなしく引き下がる姿なんて初めて見たよ。潔癖のマドンナも、弟の言葉には弱いって……」
唐突に、イサがラーゼののど元に人差し指を立てた。それはまるで、銃を突きつけるかのように。
「あんたも、いい加減にしてくれるか?」
ラーゼを見つめるイサの目は、とてもとても冷たい。長く一緒にいるタケルでさえ、彼のこんな表情を見ることは珍しい。
イサの変化にラーゼも気付いているらしく、ずっと絶やさなかった笑顔を崩し、彼の射貫くような視線を受け止めている。
いや、射貫かれて反らせないでいる、と言った方が当たっているかもしれない。
「姉貴はうちの家族の中でも有望株なんでね。あんたのくだらない揺さぶりで調子を崩して欲しくないんだ。おとなしく引き下がらないと、撃ち抜くよ?」
「……武器は持っていないだろ?」
「いまは、ね。でも、演習中に事故が起こるかもしれないじゃん?」
冷たい眼差しのまま、にやりとイサは笑う。
生唾を呑み込むラーゼを見かねて、サキがイサの腕にしがみついた。
「イサ、私のために変なことはしないで」
イサは手をかざしたままサキへと視線を送る。
サキがうつむいたまましがみつく手に力を込めると、イサはふっと笑みをこぼして突きつけていた手を下ろした。
「大丈夫だよ、ねーちゃん。そんなことする度胸は、俺にはないって。しっかり者のねーちゃんがいないと、何にもできない奴だよ?」
その声や笑顔はいつものイサで、サキは安堵の笑みを浮かべながらうなずく。
「そう……そうね。イサは、私がいないとだめだもんね」
「そゆこと! じゃ、搭乗口へ行こうか」
足下に降ろしていた二人の荷物を担ぎ直し、イサは搭乗ゲートへ向かおうとする。それを、サキが慌てて腕をつかむことで止めた。
「ちょっと、イサ。搭乗前に受け付けカウンターで手続きしなくちゃだめよ!」
「そうだっけ?」ととぼけるイサを、「しっかりしなさい!」とサキがたしなめる。
サキが先導する形で、二人は歩き出し、しかし数歩歩いたところでイサが静かに振り返った。
そして、ほっと胸をなで下ろしていたラーゼに向け、イサは不敵な笑みを浮かべながら中指を立てた。
サキにばれないよう、すぐに前へ向き直ってしまったが、さっきと同じ見るものの背筋を凍らせるイサの視線は、ラーゼに苦い表情を浮かべるのに充分な破壊力があった。
「……姉貴の前では猫被ってるってことか? てか、そこまで言われるようなことしていないよね?」
負け惜しみをぶつけられたタケルは、「さぁ?」とラーゼから大きく視線をそらす。
「俺はイサの親友なんで」
「ユウイちゃんは生徒会としてどう思っているの?」
「私は、生徒会役員である前にタケルの彼女ですから」
笑顔でさらりと突き放すユウイに、ラーゼは言葉を失う。そんな彼を放って、タケルとユウイも受け付けカウンターへと歩き出した。
「四面楚歌かっ……!」
それはそれは悔しそうにぼやきながら、ラーゼも四人に続いた。
タケルたちが宇宙船でアグリスをあとにした頃、アグリスから遠く離れた場所、人類が三番目に開拓した惑星、ゴンドラのスペースターミナルから、星が輝く空を見つめる少年がいた。
彼は、ヤマト・クレイと呼ばれている。
その容姿はタケルとうり二つ。
身長も体つきも、髪や瞳の色も、顔つきさえ全く同じ。唯一違うところは、髪型だ。
タケルは少し長めの髪をラフにはねさせているが、彼の場合は髪をきちんと切りそろえ、育ちの良さやおとなしそうな雰囲気がにじみ出ている。
「ヤマト、お待たせ」
背後から声をかけられ、ガラス張りの壁の向こうへと注いでいた視線を、声の主へと送る。
ヤマトに声をかけたのは、エル・サフィール。ショートカットの髪や、ショートパンツから与える印象通り、とても活発な少女だ。
「トイレが結構混んでてさ、時間がかかってごめんね」
「気にすることないよ。空を見てると、時間が過ぎるのが早いから」
優しく頬笑むヤマトに、エルは安堵の笑みを浮かべながら、彼の隣に立ち、窓ガラスの向こうの星空を見つめる。
ゴンドラでは、いまは深夜一時、このスペースターミナルが陸地の遠い孤島にぽつんと建てられていることもあり、空を白く照らす光は少なく、まばゆいばかりに星々が輝いていた。
「ヤマトって、昔から星を見るのが好きだったよね」
「……まぁね。やっぱり、父さんの影響かな」
ヤマトの言葉を聞いて、エルは思い出し笑いを浮かべる。
「そういえば、レイダー乗りになるって言い出したのも、おじさんの仕事場へ遊びに行ってからだよね」
「あぁ、自分の頭の上をレイダーが飛んでいくんだ。あの瞬間は、いまでもはっきり憶えてるよ。あいつと……タケルと二人で、身を寄せ合ってさ。すごいねって、いつか乗りたいねって話したんだ」
タケルと聞いて、エルの笑顔が若干曇る。だが、ヤマトの表情を見て、すぐに明るく笑った。
「タケルもさ、どこかでレイダー乗りを目指してるよ。あの子は負けん気が強いもの。もしかして、今回の演習に呼ばれているかもしれないよ?」
うつむきがちなヤマトの顔をのぞき込み、上目遣いにエルは笑う。
彼女らしい暖かな笑みに、ヤマトは陰りを帯びていた表情を振り払って微笑んだ。
「確かに、あいつは優秀だからな」
「や~だ~。一年生からずっと常連の天才が言うこと? どうせ私は四年生でやっと声がかかりましたよ~だ」
エルはぴょんと飛び跳ねるようにヤマトから離れ、すねるようにそっぽを向いた。慌てて、ヤマトがフォローに入る。
「そんなことないよ。四年生で呼ばれることだって珍しいんだから。しかもメカニックコース初めての女生徒が選ばれたんだ。これ以上ないすばらしいことだと思う」
そっぽを向いたまま目を閉じていたエルだが、ヤマトの称賛を聞いて、ちらりと視線を彼へと送る。
「僕たちが空へ飛んで、エルがそれを支える。ちゃんと約束を守ろうとしてくれるエルは、すごいなー」
拍手までして褒めそやすヤマトに、エルは気分をよくし、「えへん」と胸を張って見せた。
「女がメカを触るんじゃないとかいろいろ言われてきたけどね。でも、そんなことぐらいで約束を諦めたりしないエルさんなのです!」
「おぉ~、すごい! きっとタケルも喜んでいると思うよ」
さっきまでふてくされていたのが嘘のように、エルは目を輝かせながら身を乗り出す。
「そっかな? そっかな? タケルもちゃんと、約束憶えてくれているかな?」
「大丈夫だよ。少なくとも、レイダーコースに進学するくらいはしてるんじゃないかな」
「そっか、双子のヤマトが言うんだもん、絶対だね! よし、じゃあ、演習頑張って、メカニックになるぞぉ!」
エルはヤマトに預けていた巨大なリュックサックを受け取ると、ひょいと背中に担ぎ、いざ出陣とばかりに手を突き上げて歩いて行った。背負うリュックサックのあまりの大きさに、彼女の華奢な後ろ姿が覆い隠されている。
ヤマトとしては、荷物を預かってあげたいと思うのだが、彼女はそういう気遣いに全く気付かない。
結局、苦々しく笑いながら、彼女のあとについて行くのだった。
ヤマトは最後にもう一度星空を見る。一筋の流れ星が、空の闇に溶けた。
「あ、流れ星」
窓際に座るユウイが、シャトルの窓から宇宙を指さしてつぶやいた。
隣に座るタケルにも見せようと服を引っ張ってきたが、彼は見ることもなくため息混じりに答えた。
「流れ星が真空の宇宙空間で見えるはずがないだろう。どこかの宇宙船がワープしたのさ」
冷めた彼の言葉に、ユウイはきゅっと口をすぼめた。
「そんなこと、分かっているわ。けれど、遠くから見れば流れ星みたいできれいよと言っているの」
「ユウイはロマンチストだな」
「女はみんなロマンチストよ。タケルは現実主義ね」
「まぁ……な。というかそもそも、どうしてずっと星を見ていられるのか分からない。飽きないか?」
タケルの意見に、ユウイは目を丸くして言葉に詰まる。
そこへ、前の席に座っていたラーゼが顔をひょっこりと出した。
「意外なことを言うね。タケルは星空が嫌いなのか?」
勝手に話へ入ってくるラーゼへ、タケルは黙って視線を送り、うなずく。
「だったらどうしてレイダー乗りになろうとしたんだ?」
「まぁ、ちょっと、片割れとの約束があって」
歯切れ悪く答えるタケルへ、ラーゼは「片割れ?」と話を掘り下げようとする。タケルはそんなラーゼを不快感を乗せて睨んだが、彼はにっこりと気のいい笑顔を見せるだけだった。
「ちょっと、他の乗客もいるんだから、ちゃんと席に座りなさい。ラーゼ・フューラー」
サキの注意を受け、ラーゼはわざとらしくびくつきながら彼女を見る。
鬼神のごとき形相でにらみつけるサキに気圧され、おとなしく引っ込んでいった。
五人が乗るシャトルは十六人乗りで、中央に通路を挟んだ四席を、八列並べている。
通路を挟んでタケルの隣にイサが、そして、さらに隣、窓際の席にサキが座っている。
ただひとりあぶれたラーゼがユウイの前の席に座っているわけなのだが、よほど暇なのか、ことあるごとに振り向いては話しだし、その後、サキに注意されていた。
いちいちうるさいラーゼが消えて、タケルは小さくため息をつく。
すると、ユウイが誰にも聞こえないよう耳打ちをした。
「片割れって、誰のことかしら?」
「さぁ? 誰のことだろうね」
タケルも同じように小さな声でわざとらしくとぼけてみると、ユウイは不愉快そうに目を細め、また耳元でささやく。
「『ヤマト』じゃなくて?」
タケルは黙ってユウイを見つめる。その視線に、拒絶をにじませながら。
けれどユウイはうろたえることもなく、余裕たっぷりに微笑んだ。
「タケルは、昔のことは何も話してくれないのね」
「それはお互い様だろ」
ユウイは何も答えず、潮が引いていくかのように、すうっとタケルから離れ、また窓の向こうを見つめ始めた。
「おや、彼女さんを怒らせたみたいだよ。何を言ったんだい?」
いつの間にか顔を出していたラーゼが、背を向けてしまったユウイを横目に、タケルへと話しかけてくる。
睨んでも笑顔を返してくるだけの彼に、いい加減うんざりしていたタケルは、ため息と共に座席のポケットに収納してあるアイマスクをつかんだ。
「あれ、寝ちゃうの?」
「あんたと違って、俺は田舎からバスに乗ってやって来たんでね」
ラーゼが何か言い出す前に、タケルはアイマスクをつけて座席を倒した。
しばらくとせずに、誰かが毛布をかぶせてくれたので、ほんの少しだけアイマスクをずらす。ユウイだった。
彼女はラーゼがもう顔を出していないことを確認してから、タケルの頬にお休みのキスをする。
「さっきは、意地悪してごめんなさい」
唇が頬から離れた瞬間、二人にしか聞こえない小さな声で、彼女はささやいた。タケルはその言葉に何も答えず、すぐにアイマスクで視界を閉ざす。
けれど毛布の下で、二人は手を握り合っていた。