表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROUTE  作者: 真紘
ACT.3遭難
13/16

13

本日連続投稿二話目です。ご注意ください。

「いたっ……」


 ユウイに身体を預けて眠っていたタケルだが、突然、細い電流が走るような頭痛が起こり、声をもらして起き上がった。

 頭を押さえるタケルを、隣のユウイや、前の席のラーゼが心配し、声をかける。


「……ちょっと、頭痛が……」

「頭痛? ワープの影響かな?」


 ラーゼの言葉を聞いて、タケルは窓を見る。

 いつの間にかシャッターが閉じていて、外の様子が見えない。ワープ時の強い光は、目に悪影響を及ぼすので、コックピット意外はシャッターなどで光が入ってこないようになっているのだ。


「頭痛薬でも飲む? 一応、痛み止めを持ってきているわ」


 頭上の手荷物棚からカバンを降ろそうとするユウイを、タケルは止める。


「大丈夫だよ、もう、痛みは引いたから。それよりも、ワープ中にシートベルトを外しちゃだめだ。というか、ワープするなら起こしてくれよ。俺もシートベルトを締めないといけないんだからさ」


 渋るユウイの腕を引いて座り直させると、タケルはシートベルトをしっかり締めた。


「ラーゼも、ちゃんと座れ」


 未だ背もたれから身を乗り出したままのラーゼを注意すると、彼は肩をすくませた。


「ワープ中に何か起こるわけがないじゃないか。この技術が旅客期に普及して数十年、事故が起こったのなんて、最初の数年だけ……どわあぁっ!」


 唐突に、シャトルが大きく揺れる。

 まるで乱気流の中に入り込んだ飛行機のように、様々な方向へ絶え間なく揺れ続ける。

 乗客たちは悲鳴を上げ、シートベルトを外していたラーゼは、振り飛ばされないよう背もたれにしがみついた。


『乗客の皆様、本シャトルは航行中ワームホールに別ワームホールが干渉し、現在、航行予定だったワームホールを外れて航行しております』


 スピーカーから聞こえる操縦士の説明に、ラーゼは声をあげた。


「ワームホールを外れて航行って……そんなことあり得るのかよっ?」

「俺に言われても困る。けど、俺たちがこうやって存在しているってことは、別のワームホールに入り込んだってことだ!」


 タケルは肘置きにしがみつき、振動に耐える。

 ユウイが不安げに手を重ねてきたので、その手を握りしめた。


『間もなくワームホールを抜けます。乗客の皆様、状況が把握できるまで、シートベルトを外したり席を立たれないよう、お願いします』


 ワープを終えて宇宙空間に出たのか、一瞬揺れが収まる。

 この隙に、ラーゼは席についてシートベルトを締めた。

 この判断は正しく、ほっとしたのもつかの間、さっきとは比べものにならない衝撃と轟音がシャトル全体を襲った。

 さっきまでがシャトルを振り回すような衝撃なら、今回はシャトルが何か壁に叩きつけられた、そんな衝撃だった。

 地面が削られるような低い轟音と、がたがたと細かい揺れがタケルたちを包み、次第にその勢いは収まっていき、ようやっと音も衝撃も止まった。

 衝撃で消えていた照明がともり、タケルたちは、とりあえず生きていることを確認する。

 進行方向から見て、左側に傾いだシャトル。

 傾いていると感じるということは、つまり、ここがどこかの星の重力の中という事だ。


「タケル……無事か?」


 ふたつ隣の席のイサが、声をかけてくる。

 がっくりと首を垂れていたタケルは、顔を上げてイサへと振り向いた。


「一応、生きてる。そっちも大丈夫か?」

「あぁ、ちょっとシートベルトが腹に食い込んだけど、吐くほどじゃない」


 この状況でも軽く冗談を挟むイサに、タケルは安堵してしまった。

 ユウイやラーゼ、サキもとくに怪我をすることもなく、コックピットから出てきた操縦士が確認した結果、誰ひとりとして怪我はしなかった。


 全員の無事を確かめたところで、操縦士の男は状況を説明した。

 ワープ中、航行していたワームホールに穴が空き、別のワームホールに引きずり込まれてしまったらしい。

 宇宙空間に出たと思ったら、そこは既に見知らぬ惑星の大気圏の中で、機体を立て直す暇もなく地面に不時着した。


「シャトルの状態は?」


 ラーゼの質問に、中年の操縦士はおどおどとうつむき、少々心許ない頭をなでながら答えた。


「不時着時の衝撃で、動力計の回路が壊れてしまいました。これ以上の航行は、不可能です。この惑星の重力を振り払うだけの燃料も残っていません」


 つまり、この星から出られないということだ。

 ほかの生徒たちが不安から騒ぎ出す中、ラーゼが声をかけて混乱を防ぐ。


「みんな落ち着いてくれ。俺たちがいまこうやって生きているということは、環境系の回路は生きているってことだ。状況を打破し、生還するために、知恵を絞るだけの時間はある」

「知恵を絞るって言ったって、シャトルが飛べなきゃ帰れないじゃないか」


 生徒のひとりが反論すると、ラーゼは手をかざしてうなずく。


「焦る気持ちは分かる。でも、冷静さを失ったところで、状況は悪化するだけだ。俺たちに残されている時間は決まっている。なら、少しでも生き残れるよう、時間は有効に使いたい」


 ラーゼの説得で他の生徒たちが押し黙る中、サキが一歩前に出る。


「船体の状況を詳しく調べてみましょう。コックピットに案内してもらえますか?」

「そうだな、サキが見た方が早いだろう。ついでに、外の環境も調べてほしい。ある程度外の状況が分かったら、一度出て調べてみる」


 ラーゼの指示にうなずくと、サキは呆けている操縦士を引っ張るようにしてコックピットへ入っていった。

 しばらくして、スピーカーから『シャッターを開けます』というサキの声が届き、窓を閉ざしていたシャッターが開いた。


 窓の向こうに拡がったのは、鉄くずの山。


「廃棄惑星か……」


 ラーゼの言葉の通り、窓の外に拡がる山は、役目を終えた戦艦やシャトル、レイダーがうずたかく積み上げられていた。

 バラブレトに似た鈍く輝く灰色の大地に、転がる鉄くず。

 風になびいて舞い上がる砂が、視界をぼんやりとかすませている。


「サキ、外の大気は?」

『大気は存在していますが、酸素量は少なく、宇宙服なしでは外に出ることは不可能です。重力は地球とほぼ同じです』

「船体の破損状況は?」

『四つのエンジンのうち二つが大破。左主翼破損。また、不時着時のダメージで、一部回路が麻痺しています。酸素循環システム等は生きているので、シャトル内にいる限りは安全です』


 サキの説明を聞いて、ラーゼは考え込む。


「……客室に影響なく外に出る方法は?」

『客室奥の非常口から貨物室に降りて、左手奥の床に格納庫へ通じるハッチがあります。そこで外気循環に切り替えてから、扉のロックをこちらで解除します』

「わかった。おい、誰か俺と一緒に外へ出てくれる奴はいないか?」


 ラーゼは周りの生徒たちへ声をかける。

 生徒の数は、コックピットにいるサキを含めて十二人。男子八人に女子四人。そのうち、タケル、イサ、ヤマトが手をあげた。


「俺たちは動きやすいパイロットスーツを持っているし、出るよ」


 タケルとイサは顔を見合わせ、うなずく。

 タケルがユウイの前を通って通路に出ようとすると、それを、ユウイはしがみつくことで止めた。


「待って、タケル。私、怖い……行かないで!」


 不安に震えるユウイの肩を抱き、タケルは優しく離れる。


「不安なのは分かる。でも、誰かが外へ行って何か打開策を見つけないと……」

「だからって……タケルが行く必要なんてないじゃない!」


 ユウイの言葉で、場の雰囲気が一気に悪くなる。見かねたラーゼが割って入った。


「俺の他に、イサやヤマトがいるんだ。三人いれば、充分だよ。タケルはユウイのそばにいてやれ」


 ラーゼの提案に、しかしタケルは頭を振った。


「行きます。ちょっと、気になることがあって……」


 タケルはユウイの両肩をつかみ、いまにも泣き出しそうな彼女を見つめる。


「ユウイ、辺りを調べたら、すぐに戻ってくるから。少しだけ待っていてほしいんだ」


 困惑する彼女を落ち着かせるように、とても穏やかな声で語りかける。

 取り乱し、泣き出してしまいそうだった彼女は、ぐっと涙をこらえ、タケルに抱きついた。


「危ないと思ったらすぐに戻ってきて。お願いだから、危ないことはしないでね」


 タケルも彼女を両腕で包んで、髪を優しくなでてうなずく。


「相棒も一緒なんだ。大丈夫だよ」


 タケルから離れたユウイがイサへと視線を移すと、イサは頼もしい笑顔を見せて、「任せとけ」とタケルと手を打ちつけ合った。

 話がまとまったところで、ラーゼが指示を送る。


「……よし、それじゃあ、準備に取りかかるぞ。サキ、宇宙服は貨物室か?」

『貨物室に、二十人分の宇宙服がしまってあります。降りればすぐに分かると思います』

「わかった。俺たちが出て行ったあと、みんなも貨物室に降りてそれぞれ自分の分の宇宙服を確保しておいてくれ」

「あの……」


 ふいに、エルが手をあげてヤマトの隣に顔を出す。


「ヤマトたちが外の調査をしている間に、シャトルが修復可能か調べてみてもいいですか?」


 エルの申し出を、ヤマトとタケルが声をそろえて却下した。


「外の状況が分からないんだ。そんな危ないことはするな」

「そうだよ、エル。サキさんの報告で、シャトルの現状は分かっているんだ。いまさら外に出て調べる必要なんてないよ」


 まくし立てるように反対する二人に、エルはふてくされた表情を浮かべつつも、引き下がらなかった。


「直せるかどうかは分からないでしょ? メカニックが直接見た方が確実だよ」

「直そうにも、そのための道具はなにもないじゃないか!」


 ヤマトが声を強める。

 ここまでヤマトが強くものを言うのは珍しいことなので、思わずエルは口ごもる。

 すると、シャトル前方の席から、別の人物が声を出した。


「彼女の意見に、賛成します。けど、彼女ひとりってのは反対で、僕も一緒に行きます。僕も、メカニックだから」


 自分を指さし、歯を見せて笑った少年がいた。

 ラーゼと同じくらいの長身で、短い茶色の巻き毛と、たれ目が印象的だ。話し方からも、彼の穏やかな人柄が見て取れた。

 彼を見るなり、エルは「あぁっ!」と指をさした。


「ラウルさん! そっか、シャトルに乗っていたんですね!」


 ヤマトとタケルが視線でエルに説明を求める。

 エルは奥に引っ込んだままの少年の腕を引っ張り、タケルたちの前まで連れてきた。


「この人は、ラウル・アイマールさん。三年生からこの合宿の常連で、メカニックコースの中でも知らない人はいないってくらい有名な人なの。学年はラーゼさんたちと同じ六年生だよ」


 ラウル・アイマールと聞いて、ラーゼが手をついて納得する。


「そうか、君がラウル・アイマール! レイダーや戦艦のみならず、ありとあらゆる機械に精通する知識を持っていて、一度見た設計図は忘れないっていわれてる……」


 ラーゼの称賛に、ラウルは照れくさそうに頭をかいた。


「そういう君も、十分有名だよ、ラーゼ・フューラー。飄々とした態度で無関心そうに見えて、様々な情報をきちんと収集、整理する人物だってね。情報を集めるための人脈の広さは、天性のカリスマとも言える。本当だったね」


 滅多にないほめ言葉に、ラーゼが気恥ずかしそうに喜ぶと、その後ろでタケルとイサが「ええー」と不満の声をもらした。


「情報収集がうまいっていうより、ゴシップネタが好きなだけだろ」

「人脈が広いんじゃなくて、馴れ馴れしく話しかけてくるだけだよ。どっちかっつーと、迷惑人物だよな」

「お前らっ、たまには俺にも華を持たせろよ!」

「無ぅ理ぃ~」

「日頃の行い、悪いもん」


 さんざんな二人の評価に、ラーゼは言い返すことが微妙にできない。

 そんな三人を、ラウルが笑った。


「君たちはタケル・クレイとイサ・イノバだね。あと、そっちの彼がヤマト・クレイ。さっきのサキ・イノバといい、このシャトルの面々は本当に豪華だ」


 ラウルが自分たちのことまで知っていたので、タケルとイサは顔を見合わせた。


「僕とエルちゃんでシャトルが修復できるか見てみるよ。彼女を危ない目に遭わせないと約束するから、君たちは安心して辺りの調査へいってくれ」


 穏やかな声ながら、そこには強い意志がこもっている。

 嘘ではないと理解したヤマトとタケルは、エルが外に出ることを認めた。


 六人は客席後方の非常口から降り、タケルたちは自分たちの荷物から、ラーゼたちは格納庫横の専用棚からそれぞれ宇宙服を出し、着替える。

 そのとき、PMを胸元の内ポケットに入れ、ヘルメットに内蔵されている外部接続コードとつなぐ。

 六人はシャトルの通信機と自分たちのPMの周波数を合わせ、お互いに通信できるようにした。


「サキ、俺の声が届いているか?」


 ヘルメットを被り、PMを使ってコックピットのサキへ話しかける。

 全員がきちんと繋がっていることを確認してから、タケルたちは貨物室から格納庫へ降りた。

 格納庫の壁には、荷物を搬入するときの大きな扉がついており、そこから降りる手はずになっている。


『外気循環に切り替えます』


 格納庫の照明が赤ランプに変わる。

 赤く染まった格納庫で数十秒ほど待機したあと、サキから『ハッチロックを解除しました』と連絡が入った。

 すると、大きな扉は外へ飛び出し、横へスライドして開いた。


 風が吹きつけ、銀色の砂粒が格納庫へ入ってくる。

 かすむ視界の中、積み上がる瓦礫の山が、なにか得体の知れない生物のように見えた。


『みんな、気を付けてね』


 サキの心からの言葉に無言でうなずいて、六人は、シャトルから飛び降りる。

 地球とほぼ同じといっても、少し重いらしい。着地の衝撃が予想より強かった。


 シャトルの調査をエルたちに任せ、タケルたち四人は、手分けして辺りを調べることにした。

 相変わらず吹きつける風で視界は悪いが、サキがレーダーで四人の位置を把握している。

 こまめに位置を確認するようラーゼが支持を出し、四人は別れた。


「ヤマト」


 そのとき、タケルはヤマトの腕をつかんで引き留める。

 そして、ヘルメットのガラス部分を重ね合い、小さな声で問いかけた。


「お前、頭痛はしないか?」


 ヤマトは眉をひそめたあと、首を横に振る。


「……そうか。なら、いい」


 何かを聞き返される前に、タケルはヤマトから離れ、そのまま辺りの調査を始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ