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ROUTE  作者: 真紘
ACT.3遭難
12/16

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本日連続投稿、一話目です。

 タケルたちをのせたシャトルは無事にバラブレトの重力圏から離脱する。

 船内の重力発生装置が作動し、シートベルト装着ランプが消えたので、タケルたちはシートベルトを外してそれぞれ楽な格好をとった。


 タケルたちが乗るのは行きと同じ十六人乗りシャトルだ。

 席順も行きと同じで、相変わらず、ひとりあぶれたラーゼが顔を出しては話しかけてきてうっとうしい。

 いっそのこと寝てしまおうか、と思ったとき、エルとヤマトがやって来た。


「ねぇねぇ、タケル。タケルはこのままアグリスに帰るんだよね?」

「そりゃ、アグリスから来たんだから、当然帰るだろ」


 タケルのひねくれた答え方に、エルは「言い方悪ーい」と頬を膨らませた。

 機嫌を悪くしたエルの代わりに、ヤマトが話し出す。


「せっかく再会できたんだし、ゆっくり話がしたいと思ってね。宇宙ステーションで一泊とか、しないのか?」

「奨学金とバイトで何とか生活している貧乏学生に、宇宙ステーションで一泊なんて余裕があると思うか?」


 ヤマトとエルは、「奨学金?」と眉をひそめた。


「お前、奨学金とバイトって、そんなに生活が苦しいのか? だって、母さんは?」


 母と聞いて、タケルは静かに立ち上がる。

 イサとユウイが、はっと表情を変えた。


「ヤマト……お前、いまの言葉、本気で言っているのか?」


 タケルの変化に気付いていないヤマトとエルは、首をかしげる。


「本気って、当然だろ? だってお前、母さんと一緒に家を出たじゃないか。母さんと一緒に暮らして――」

「母さんなら死んだよ、二年前に」


 ヤマトは目をむいて、言葉に詰まる。

 タケルはそんなヤマトを見て乾いた笑みを浮かべ、頭を抱えた。


「あぁ……なるほど。どうりで、この二年間誰も来なかったわけだ」


 へらへらと笑うタケルの胸ぐらをヤマトがつかむ。


「おいっ、いったいどういうことだよ! 母さんが死んだって……どうして知らせなかった!」


 いまにも殴りかかりそうなヤマトを、タケルは冷たい目で見つめた。


「ちゃんと伝えたさ。昔の住所へ手紙を送った。父さんの仕事場にも連絡したよ。でも、来なかったじゃないか!」

「タケル、落ち着けっ」


 二人の間にイサが割ってはいる。

 呆然とするヤマトを引き離し、タケルを席に戻してあとをユウイに任せると、イサはエルとヤマトの腕をつかんで連れて行った。




 イサは二人の席すら通り越し、客室の一番手前、コックピットへ繋がる扉前の、小さなスペースまでやって来た。


「悪いけど、タケルに対して母親のことは触れないでほしい」

「でも……」


 渋るヤマトの視線の前に手をかざし、言葉を無理矢理止める。


「お前にとっても母親だから気になるのは分かる。でもな、タケルは母親とずっと二人で生きてきたんだよ」


 ヤマトは怯えるように表情をゆがめた。

 そんな彼を、イサは静かににらむ。


「俺は、お前たちの間に何があったか知らないし、知るつもりもない。だが、母親が死んだとき、あいつが相当やばい状態になったのは知ってる。だから、触れるな」


 ヤマトが無言で引き下がったので、イサは自分の席へ戻ろうとする。

 それを、エルがイサの腕をつかんで止めた。


「あなたの言いたいことは分かった。でも、ヤマトはどうやって母親の最後を知ればいいの? ヤマトにとっても、たったひとりの母親なんだよ? 知る権利はあるはずだよ」

「エル……」


 顔を上げたヤマトへエルは振り向き、優しく頬笑む。そのあと、イサを強い眼差しで見つめた。

 引き下がるつもりはないと悟ったイサは、「確かにな……」と納得した。


「お前には知る権利がある。知りたいなら、アグリスへ来い。タケルは話せないけど、そのときの事情は、フィルさんが知ってるだろうから」

「フィルさん?」

「タケルの近所に住むご夫婦だよ。身寄りのないタケルの面倒を見てくれている。俺のPMを教えるから、旅行がてら来ればいい。どうせ父親から自由に使える金をもらってんだろ?」


 イサの嫌味に、エルは文句を言おうとしたが、それをヤマトが抑えた。そして、ポケットからPMを出す。


「……母さんが死んだとき、タケルはどんな様子だった?」

「荒れたよ。前から学校は休みがちだったけど、あのときは全く来なかった。葬式が終わってから、家にも帰ってなかったらしい」


 ヤマトはいまにも泣き出しそうな表情を浮かべ、PMを握りしめる手で顔を隠した。


「……離婚したときの母さんは、精神的に不安定になってたんだ。だから俺は……」

「ヤマト?」


 エルが心配して声をかけると、ヤマトははっと我に返り、PMの操作を再開する。

 お互いのデータを交換したあと、うつむいたまま、イサへ言った。


「正直に言うと、母さんのことは僕もうまく受け止められない。最後に会った母さんは、本当に……ひどい状態だったから。だから、タケルがどれだけ苦労したのかも分かってる。けど、いつか、ちゃんと受け止めるためにもアグリスへ行くよ。そのときは、案内を頼む」

「……分かった。そのときには、タケルも一緒に向き合えるようになっていればいいけど……まぁ、無理だったとしても、俺が責任を持って案内するよ」


 握りしめるPMをかざし、イサはぎこちないながらも笑みを見せる。

 そんなイサへ、エルがおずおずと質問した。


「あの……フィルさんご夫婦は、優しい人たちなの?」


 イサは、今度はおおらかな笑顔と共にうなずく。


「タケルを家族のように大切にしてくれる、とてもいい人たちだよ」


 その言葉を聞いたエルは、心底安心したように、優しい優しい笑みをこぼした。






 二人と別れたイサは、自分の席へ向けて通路を歩く。

 タケルの様子が気になったイサは、通路を歩きながらタケルの席を遠目に窺う。タケルはユウイと席を替わり、誰にも顔を見られないよう、窓から宇宙を見つめていた。

 タケルがとりあえず落ち着いていることに安堵していると、ふとユウイと目が合った。イサとユウイはうなずきあい、そのまま言葉を交わすことなくイサは自分の席へ向かう。


 座席では、不安げなサキが待っていた。イサは「大丈夫だよ」と笑って彼女の手を握った。






 いろんな思いが頭の中を巡り、押し黙っていたタケルだが、時間が経つにつれ冷静になっていく。

 すると今度は、自分のせいでみんなの会話がなくなってしまったことに気付き、ひどい自己嫌悪に襲われた。

 ため息をこぼし、ちらりと、みんなの様子をうかがう。ユウイと目が合った。


「落ち着いた?」

「……悪い」


 暗い表情のまま謝ると、ユウイは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。


「気にすることはないわ、タケル。ちゃんと、私たちは分かっているから」


 ユウイはタケルの髪をなでる。タケルはその手をつかみ、目を閉じて頬を寄せた。

 こうすればユウイの体温を感じやすい。

 彼女の暖かさは、不思議とタケルを落ち着かせた。


「きっと、色々あって疲れているのよ。少し休んではどう?」

「そうだな、ちょっと、休む」


 ユウイはうなずいて席から立つと、天井に取り付けてある手荷物入れの棚を開く。

 備品の毛布を取り出して、タケルにかけた。


「……なぁ、ユウイ」

「なぁに?」

「ちょっと、もたれかかってもいいか?」


 立場が逆だとか何とか、小言を言われるかと思ったが、ユウイはは快く受け入れてくれた。

 お互いに身を寄せると、タケルは彼女の肩に頭を乗せた。


「お休みなさい、タケル」

「あぁ、お休み」


 タケルの頬を、ユウイは優しくなでる。

 タケルは彼女の暖かさを感じながら目を閉じ、しばらくと経たずに眠りについた。







 両親が離婚して、ヤマトからタケルに名を変えてから、タケルは、自分がヤマトであることが母にばれないよう、演技し続けなくてはならなかった。


 花壇に咲く小さな花を見つければ踏みつぶし、道ばたでのんきに眠る猫を見つければ石を投げつけた。

 母はそんな彼を叱ったが、その目は少し安堵しているように見えた。


 この子は、タケルなのだと。


 母は悪さをしたタケルを叱りつけたあと、優しく抱きしめて、呪文のようにこう言った。


『あなたは、ヤマトのようにならないで。ずっとずっと、お母さんのそばにいてね』


 母は代々連邦軍の高官職につく由緒正しい家系のひとり娘だった。

 働いたこともない生粋のお嬢様だった母が、慣れない仕事を続け、少ない収入の中でタケルを育てていたのだ。

 当然、まともな家に暮らせるはずもなく、狭くて臭い、朽ちかけたアパートで、満足な寝具もなく身を寄せ合って眠った。


 そんな生活を一ヶ月ほど過ごした頃だった。

 突然、マンションに来客が来た。

 母は感覚の鋭い人で、扉をノックするのがいったい誰なのか、確認せずとも気配で気付いてしまった。

 

『いやよ、いや……あいつにあげない。この子は、私が守るの……』


 タケルを胸に抱いて口を手で塞ぎ、部屋の隅で身を縮めると、カタカタと身を震わせながら、自分を保つようにつぶやいていた。

 やがて扉の向こうの人物が諦めて去っていくと、母は荷物をまとめてその家を出た。

 タケルの手を引いて、急いでと何度も繰り返す。


『早くしないと、あなたもヤマトのように連れて行かれるわっ』


 そうして、タケルと母はゴンドラのいろんな町を転々とした。

 都会に住むこともあれば、広い自然に囲まれた小さな辺境の村に暮らすこともあった。

 けれど、一ヶ月もすればすぐに彼らが追いついてくる。

 ハヤセがタケルを連れ去ろうとしていると思い込んでいる母は、ついに、ゴンドラから出ることを決めた。


 スペースターミナルでシャトルに乗ろうとしたとき、タケルは立ち止まって母に言った。


『だめだよ母さん。シャトルの中に、あいつらがいる。捕まっちゃうよ』


 ただ、必死に逃げ延びようとする母を助けたかっただけ。

 しかし、その言葉を聞いた母はみるみる顔が青ざめて、次の瞬間には、苦悩から顔をゆがめだ。


『だめ……だめよ、タケル。その力を使ってはだめ』


 目に涙をためて、震える身体でタケルを抱きしめる。


『お願いだからヤマトみたいなことは言わないでっ。あなたにはなにも見えない、聞こえない。あいつの声なんて、聞こえないのよ!』


 タケルの顔を両手で包んで、その目を見つめて必死に言い聞かせる。


『タケルは、ヤマトみたいにならないで! お願いだからっ……』


 乗るはずだったシャトルをキャンセルし、強引に離陸間際のシャトルに乗り込み、二人はゴンドラをあとにした。


 新しい惑星での穏やかな生活。

 だが、一年もするとまた追っ手がやってくる。

 そのたびに、二人は新天地を求めて宇宙をさすらった。


 そして最後に、辺境の惑星アグリスに辿り着く。

 アグリスの中でもとくに田舎と呼ばれる村で、フィル夫婦の農園に住み込みで働き始めた。

 アグリスは農業を行うためだけに開拓した星ゆえ、それ以外の情報流通は遅く、科学進歩もいまいち遅い。

 そのおかげで、一年経っても追っ手がやってくることはなく、やっと穏やかな生活が送れるのだと思った。


 そんなときだ。母が倒れたのは。


 長い長い漂流生活は、か弱い彼女の心身をぼろぼろにしていた。

 フィル夫婦の援助で入院するも、手遅れだと言われ、結局、退院して家で余生を過ごすことにした。


 最後の数週間、彼女は意識を失ったままだった。

 もうこのまま目を覚ますこともないんだろうかと思いながら、来る日も来る日も、タケルは母に話しかけていた。

 そしてあの日、母は、どれくらいぶりかも分からないほど久しぶりに、その目を開き、タケルを見た。

 彼女はタケルを見ると、優しく頬笑んで、骨と皮しかない細く青白い手を伸ばした。

 タケルはその手を取って、顔をのぞき込む。


『……ごめん、ね……』

『母さん?』


 母は涙をぽろぽろと流しながら、かすれた声で、でも、必死にタケルに話しかける。


『守って、あげられなくて……ごめんね、タケル……』

『母さん、なに言ってるの? 俺はちゃんとここにいるよ。母さんが守ってくれたから、父さんの研究に巻き込まれなかったよ』


 タケルの言葉に、母は頭を振る。


『こんな力、なければよかった……私のせいで、あなたたちに辛い思いをさせる。ごめんなさい、許して……ヤマト』


 タケルは、息を止めた。

 愕然としている間に、握りしめる母の手から力が抜け、そのまま、彼女は帰らぬ人となった。


 フィル夫婦に手助けしてもらいながら、粛々と、母の葬式が執り行われた。

 タケルは訃報を伝える手紙を昔の家に送り、それだけでなく、父の職場へ連絡もした。


 葬式を終え、母の遺骨を墓に埋め、母の遺品を整理して。

 ひとつひとつの作業を終えるたび、自分の中から、全てが消え去っていくような、そんな虚無感に襲われた。


 空っぽになっていく自分の中で、思い浮かぶのは疑問。


 いつから、母はヤマトだと気付いていたのだろう。


 ゴンドラを出るとき? それとも、最初からだろうか。


 よくよく考えればすぐ分かるようなことだ。

 だって、タケルの中にあるこの鋭すぎる感覚は、全て、母から受け継いだのだから。

 扉の向こうにいる人物が、声を聞かずとも誰か分かるように、目の前にいる子供が、ヤマトなのかタケルなのか、彼女には一目で分かったことだろう。


 二人が入れ替わったと気付いたとき、母はなにを思っただろう。

 自分から父の元に残ったタケルを、どう思っただろう。

 必死にタケルの振りをする自分を見て、なにを感じたのだろう。

 どんな想いで、『ヤマトのようにならないで』と言ったのだろう。


 ひとつ、またひとつ、母の痕跡を片付けながら。


 タケルは『タケル』である意味を、なくした。



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