第三話 歴史の闇に潜む
オクスゾン島群の遥か上空にそびえる建造途中の人工島 《スヒア》
一辺の距離が約8.9㎞の巨大な正方形は頂角の部分からさらに空高く伸びる7.2㎞の大型フロートウィングがその壮観をさらに印象付ける。
居住区画の面積は約14㎢、完成すれば大気圏内での自由な航行が可能になることから、公式には『人類初の空中都市』と銘打っているが、実態は違う。その真実を知るごく一部の人間を乗せた国際連合軍、UNFの特務部隊が駆る大艦隊と民間軍事団体が派遣した《汎用機動戦艦アナザーフロンティア》を加えた最強の一行が雲すら見下ろす空の上に柱一本で浮かぶ島の、さらに上空から接近していた。
「現在10:51、艦長、攻撃予定時刻まで500を切りました」「ウェンツェル大尉の収容を確認、乗組員全員の収容が完了しました」「乗員用タラップを上げます」「戦闘配備につき、隔壁を閉鎖」
オペレーター勢の報告が飛交う中、一際目立つ報告も。
「ユニオン所属、アナザーフロンティアが合流後、陣の右に着きます」
UNF艦隊の旗艦 《バリシンスハイト》のブリッジでは戦闘配備が布かれ、各員が持ち場に就いて暗い内装に幾つかのパネルが光を放ち、それを食い入るように見つめるスタッフが数名確認できる。中二階のような造りになった席の最上部には艦長のダムロア・グーナが座り、蓄えた白い髭と深被りの仕官帽が貫禄を感じさせる。その口で先ほど報告を行った通信士に問いかけた。
「下の状況はどうなっている?」
オペレーティングの声とシステム音、時折響く動力炉の振動、それを制するように一人の仕官がその場全員に聞こえるように報告を行った。
「現在、目標対象護送中だったバルウィン隊との通信は途絶中、最後に送られてきた通信内容は、正体不明のPAFの襲撃を受け護送対象積載のコードアウルム3は自己の判断で逃走、敵PAFとの交戦に入る。と」
「護送対象の保護を優先するように、とだけ打っておけ」
「了解」
「最終勧告は行ったな?」
「はい、全て拒否されました」
ダムロアは小さく溜息をつき、別のオペレーターに話しかけた。
「アナザーフロンティアへ通信を繋げ」
ブリッジの正面やや上に設置されたモニターに発信のマークが表示され、数秒後に応答が許可されたサインが響く。アナザーフロンティアとの通信が開いた。だがそこには一人の少女が映し出される。
バリシンスハイトのブリッジクルーは全員呆気に取られたような表情を浮かべ、モニターを見つめたが、艦長は落ち着きをはらい、少女に問いた。
「君は誰だ?」
お互い驚いただろう、何せ初対面の人物同士がお互いよく分からない場所で会話をしているのだから。だが驚きというより興味に近い雰囲気で第一声を持ち込んだのは少女のほうだった。
「えっと、あたし一応、このアナザーフロンティアの艦長なんですけど・・・あ、申し送れました、わたくしエストルニア・ロア・シュッテといいます、お見知りおきを」
確かに着ているのは艦長服に見えなくもない、被っているのも艦長帽だろう、だが如何せん幼すぎる。通信相手の第一声にブリッジ内は騒然とするが沈黙を殺して返したのは艦長だ。
「私はこの艦隊の司令官を勤めるダムロア・グーナだ、本作戦ではよろしく頼む」
ダムロアの返答にモニター越しの少女は完全無視で画面外の方向を向き、こそこそと誰かに話しかけている。
(あのさあのさ、あいさつって今の感じでよかったよね!?けっこう大人っぽく見えたよね!?)
(知るか!それよりあっちの艦長、何か言ってるぞ?)
「え!、あ!、すみませんちょっと取り込んでまして、あはは、で?作戦内容を教えていただきたいんですけど・・・」
最早呆れたと言わんばかりにダムロアは、スヒアの制圧、と話し出した時だった。
「わっかりましたぁー!!行って参ります!!」
と声を大にして小さな艦長は敬礼し、通信を閉じた。
「何!?ちょっと待て!」
慌てたダムロアに女性オペレーターが報告する。
「通信、中断されました」
「・・・もう一度アクセスしろ」
「了解」
女性オペレーターがアナザーフロンティアの回線にアクセスを試みているとブリッジ後方のドアが開き、アリアン・ウェンツェルが入ってきた。数年前の紛争でPAFを駆り、テロリストの拠点を壊滅させたエース、今回の任務に呼ばれる理由はそれだ。
「申し訳有りません、すぐに出撃準備に取り掛かります」
アリアンの弁解を遮るように女性オペレーターが口を開いた。
「回線復旧、映像と音声、出ます」
映し出されたアナザーフロンティアブリッジの映像と音声を見たアリアンはモニター越しにお互いを見つめう目を脳内で処理し、ワンテンポ置き、画面に移る青年と同時に叫んだ。
「何でお前がそこにいる!?」
「何でお前がそこにいる!?」
大袈裟な反応ではない、心からの驚愕をアレだコレだと騒ぐ二人を見て艦長が制する。
「・・・ゴホン!・・・二人はどういう関係なんだ?」
先に返したのはアリアンだった。
「気にしないで下さい、古い戦友であります」
渋々と答えたアリアンを見て、艦長がモニターに話しかける。
「君、ウェンツェル大尉の発言に誤りはないかね?」
「・・・はい、無いです。では失礼します」
映ったのは一瞬だったが、アリアンと同時に叫んだ青年は全身真っ黒の楽な格好で身を包み、とても戦闘が出来るとは思えない性格に見えた。
「待ちたまえ!!」
慌てたダムロアに女性オペレーターが報告する。
「通信、中断されました」
「はぁ、なんということだ、これでは期待の援軍どころか、まともな連携すら出来んぞ・・・PAFの出撃準備はどうなっている?」
「全機発進準備完了です」
アリアンがすかさず会話に入る。
「艦長、単独で出ます!」
もうこの瞬間、ダムロアはアナザーフロンティアの存在は頼らないと心に決めたことだろう。
「・・・いいだろう、よし!砲撃準備!出ればすぐにスヒアの防衛システムに狙われるぞ!援軍はあてにするな!各員気を引き締めてかかれ!」
「了解!」
総員が動き出し、各部署との連絡を取りはじめた。
雲を引き裂いてその全貌が見えた島、軍が兵器に転用するフロート技術をその膨大な面積に敷き詰めた島は最早、要塞と呼ぶほうが違和感が少ない。