第一話 全ての終わりにしてはじまり
まだ朦朧とした意識の中でただ眩しいと感じ、窓から差し込むその光は人工のものではない、天然の朝日だとすぐにわかった。2012年10月16日の朝、布団の上で少し体を動かしてみると右の手足がじわりとしびれる。きっと妙な体勢で寝ていたのだろう。血行が悪くなっていたようだ。平日だが高校は休みなので今日一日はゆっくりできると思っていると携帯端末の着信に起こされる。目覚まし時計を止めるような要領で手を伸ばし端末のパネルに表示された《応答》をタッチすると、その声の相手は同級生のティアだった。
『あ、もしもし?サイト?起きてた?これから二層に出かけようと思ってるんだけど、一緒にどう?』
「あぁ、二層のどこ?場所が分かれば行くけど?」
AM10:21、俺にしては寝坊してしまったほうだ。まだ頭がよく働かない、起きたばかりなのだから。部屋の外では姉か妹のどちらかがバタバタと騒いでいる、この急ぎ様ではおそらく妹のクラスの方だろう、いや、よく耳を傾ければもう一人分の慌てた足音も聞こえる、ということは姉妹揃って何かしているのだろうか。
『え、一緒に行かないの?いまローレンツ家の前にいるんだけど・・・』
何?、今なんと言った?ローレンツ家の前にいる?それはつまり俺の家の前にいるということなのか?確認のため上体を起こしてカーテンを開け、窓のロックに手をかける。そして下を見ると我が家の門灯の前にティアはいた。さらに隣には同級生兼親友兼バイト仲間と呼べるリークもいる。
「やぁ」
いかにもな作り笑いでリークはこちらに手を振った。
これは一大事だという考えが浮かび、ちょっと待ってて!とだけ伝えてと通話を切る。そして愛用の上着を掴むと焦りながら部屋を出た。
外は最高の気象条件だった、快晴で涼しく、気圧と湿度は高め、こんな日に寝ているのは勿体無いというティアの考えも分かる。だが朝食が抜きというのは些か切ないものだった。
まだ家の近所なので景色は田舎町といったところだが、数分歩けば不思議と大都市に出る。いや、田舎町という例えはおかしいか、何せここからでも中央都市部の高層ビルだけは見えてしまうのだから。
と、姉妹二人を含めて総勢五人で路地を歩きながらそんなことを考えていると、姉のエレンが俺の方を向いて言った。
「地上も随分変わっちゃったわねぇ、私が高校通ってた頃より賑やかになったわ!」
そうだった、姉は一年前にひとつ上の層、第一層と呼ばれるプレートの上にある大学に進学し、最近は本家に帰ってくることも無かったが、昨晩いきなり帰ってきた時にはクラスと二人で開いた口がふさがらなかったのだった。
「第二層って私、まだ行ったこと無いんだよねぇ〜」
と、クラス。そこにティアが二年生になれば見学に行くわよ、と付け足した。クラスが昨年まで通っていた中学はこの地上よりも下、つまり下層と呼ばれる地下空間に造られた場所なのだからそれもそのはず。
「サイトもプライベートで行ったことは無いんだっけ?」
こういう、誰が何処に行ったかなんて頭の絡まる話の相手には最も役立つが最も使いづらい男、リークの出番だった。
「そうだな、個人では下層と第一層しか行ったことないよ、せっかくだから皆にこの島の全体像を話してやれよ」
「うん、特に皆、話題が無いならここは僕の独壇場ということでいいかな?」
五人とも、通行人の邪魔にならないように少しずつ隊形を変えながら第二層行きの最寄エレベーターに向かう途中の時間を有効に使おうとはせず、リークの持つ知識の鑑賞会に暇を充てた。
「まずは僕達がいるこの巨大な島、これが人類の英知を結集して造り上げた、その名も《オクスゾン第四島》1992年に国際会議で発表された'地球環境再生計画'と人口増加に対応するためにってわざわざ海の上に造ったんだね、そして二年前の2010年に稼動し始めたのさ。島の北から南までは約12㎞、東から西までは10㎞だったかな、そんな巨大な島がここ以外の場所でも、それこそ世界のあちこちで今も産声を上げているんだ、そして数ある人工島の中でもこのオクスゾン島群が特殊であることを世に知らしめたのが四層構造。通常の人工島は地上とプレート層の二層しか無いのに対してこのオクスゾン第一島から四島は全て地下、地上、第一層、第二層に分かれているんだよ、その間を繋ぐのが今向かってるエレベーター、エレベーターといってもそのへんにあるのとは比べ物にならないほど大きいのさ。さらに地上18.5㎞付近では《スヒア》と呼ばれる空中航行可能な巨大人工島が建造中だ、壮大な話だろう?」
皆、?マークが頭の上に浮かんでいた。
そろそろ「都会」と呼んでもバチがあたらない場所まで来ている。
先ほどまでの田舎風景とは打って変わり、高いガラス張りのビルが立ち並び、車が行き来する歩道付きの道まで出た。
「因みに今は日が低い朝だからいいけど、これが昼になるとプレートの影になる地区が第一層と地上に出てくるね、ここに光を当てるために開発されたのがプレートの下に人工の太陽を投影する技術さ」
「あ、それ、私が通ってた地下にもありました!」
「というか地下は年中無休で日光が届かないからいつも時計通りに外の空を投影してるんだけどね」
珍しくリークの博識ぶりが遺憾なく発揮された瞬間だ。
「クラスは閉所恐怖症だからそういうシステムがないと学校行けなかっただろうな、そういえば、第二層は人工じゃなくて本物の太陽が当たるのか・・・」
「えぇ~?サイトが日焼けの心配?」
話を逸らしたのはティアだった、からかうような表情でこちらをのぞきこんでくる。
俺が日焼けなんて気にする訳ないだろう・・・。もう一度話を逸らし返すことにする。
「あ、姉ちゃん高所恐怖症だっけ?なぁリーク、二層ってどのくらいの高度なんだ?」
「いい質問だね、人工島のプレート層は建造する上での基準があってね、人が自由に家を建てていい高度の限界から400m以上に設置しなければいけないんだ。」
ティアは軽く頬を膨らまして抗議したようだった。
「つまり一層につき400だから、それが二階層分で、どんなに低くても地上から800m以上はあるところに向かってるってことか、大丈夫かな?」
エレンは少々怯んだようにも見えたが、すぐにトレードマークの眼鏡を持ち上げ直して。
「舐めるなよ、私はブリッジを渡ってきた女だぞ?」
と反論、それに瞬時に反応したのはリークだった。
「おっといけない!!僕としたことが橋の説明をしてなかった、俗にブリッジと呼ばれる海上に架けられた巨大な橋は横幅80mを誇る国境横断用の高速道路だね、今第四島と繋がっているのは第一から三島とアメリカ、カナダ、そして建造途中の新型巨大人工島、メデントルムだね、メデントルムにまだ人は住んでいないけど、完成すれば世界最大の人工島になること間違いなしさ。オクスゾン島群全体で見れば、アラスカ、ロシア、ニホン、オーストラリアと、世界の半分とは繋がってるからその気になれば地球半周はあっという間に出来るね」
リークの冗談めいた雑学が面白かったのか、皆時間が経つのを忘れていたらしい、気づけばエレベーターまであと数分というところまで来ていた。
「あれがエレベーターだね、約418mの間、最大七十人を一分十一秒で結ぶこれまた最先端テクノロジーの結晶さ、使われてるのはニホンの技術だったかな」
他にも傍から見れば下らないいつもの話、だれでも簡単に想像がつく会話、そんな日常の時間の進みを早める魔法は俺達に疲れを忘れさせ、エレベーター前まで到着させた。通勤中だろうか、沢山の人の波に押されながらも乗り込み、出発を待つ。エレベーターと呼ばれる乗り物の中では格段に広い、その部屋の中で俺はふと思った。
家を出て、ここまで来るのにすれ違った名前も知らない人たち、聞こえてきた音、車の音もあったし、人の歩く音も、巨大なモニターからひっきりなしに流れる企業のコマーシャルソングもあった、目に飛び込んできた風景は朝日と、リークの言葉を借りるなら最先端テクノロジーの結晶で建てられた構造物の数々。
そんなことはどうでもいい、今閃きかけたこと。
思い出せ!と心の中で叫んだ時、エレベーターが動いた、その重力が体にかかる。
人類が生まれた地上を離れて、自らの手で作り出した新しい地面で住むようになった、きっといつかはこの無機質な地表が地球を完全に覆う日だって来るかもしれない。
やっと思い出せた。
きっとこの世界とは違う、人類の歴史の中で最も有名な人物。彼から始まった西の暦はもう一つの立体的に交わった時間軸を越えた世界の人々が使っているのだと。星暦、2012年10月16日。人類の分岐していった歴史のもう一つの道をたどることで突き当たるその日。星の暦は俺をまきこんでいるのだと。
体に感じた重力は無くなっていた。
「ところで、なんで俺まで付いて来てるんだ?」
誰でもよかった、とにかく他人を感じたくて発した質問にティアは微笑み、答えてくれた。
「荷物持ちでしょ?」
まずは読んでいただいた御礼を。
さて、作者本人が言うのもなんですが、この一話だけを見ても意味不明な部分も多いと思います。
とりあえず今後書いていく予定のサブタイトル「日付変更直前」までを読んでいただければそこで一段落しますので、そこまでお付き合い下さい。
感想、ポイント評価、レビュー、また誤字脱字の指摘などなど大歓迎ですのでよろしくお願いします。