電人? 三郎田?
「あなたの言い分をまとめると、何故だか知らないけど、私の電人に波佐間 三郎田の意識と記憶が乗り移ってしまった。と言うわけ?」
「よくわからないんですが、そうなんじゃないですか」
白衣の女性は腕を胸の前で組み、考え始めた。女性が腕を組むと、その豊満な胸が腕の上に乗り、より強調される。三郎田はついごくりと、息を飲むような動作をしてしまう。だが、当然、息など飲めない。
女性は三郎田の肩に手を置いてきた。
「何だか解らないけど、とにかくお化けや幽霊じゃないわけね。ならよし。理由はわからないけど、私の電人がこんなにも人間らしく動くなんて、感動だわぁ」
今までの怯えははどこに行ったのか、白衣の女性は小躍りするほどの勢いで喜んでいる。そして、再び三郎田に抱きついてくる。
胸の柔らかさに三郎田は気を失いそうだった。
「私は、電人プロジェクトの責任者の山野 柘榴っていうの。あなたの生みの親になるわ」
柘榴と名乗った白衣を纏った女性は、三郎田から離れると姿勢を正した。三郎田は急に元気になった柘榴を訝しんで、身構える。
「あんたは、不思議に思わないんですか? その電人が俺に乗っ取られてしまったんですよ?」
「いいの、いいの。どんな理由であれ、私の電人が動いて、喋ってるんだから、問題にする事なんて何にもないわねぇ。機嫌がいいから、三郎田君が知りたい事を出来る限り教えてあげるわ」
今までこちらを怖がっていたのに、自分に害がないとわかったら、百八十度態度を変えたこの白衣の女性を、三郎田は信じる事が出来なかった。しかし、聞きたいことには答えてくれると言うのだから、聞くべき事は訊いておいたほうが利口といえるだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて訊かせてもらいます。えっと……」
「柘榴博士よ」
「え?」
「私を呼ぶときは柘榴博士と呼びなさい。あなたは私の物なんだから、言うことは聞きなさい」
柘榴の物になるのはまっぴらごめんだったが、今は無視して話を進めようと思った。
「それじゃあ、柘榴博士。俺が死んだって話は本当なんですか?」
三郎田はどうしてもこれだけは、はっきりさせておきたかった。自分の末路をこうして聞くなんて、普通の人生ではあり得ない珍しい体験なので聞いておきたかった。
「ええ、本当よ。電人を輸送中のトレーラーに轢かれて、亡くなったわねぇ。私は電人プロジェクトの責任者という立場で、葬式と火葬に参加したから、この目であなたの死体が火葬されるのを見たわ。間違いなく、あなたは死んでいたわねぇ」
三郎田は理解しているつもりでも、こうもはっきりと言い切られて、目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。
「そう……、なんだ」
「随分と動揺しているみたいね。私が嘘をついていると密かに期待していたのかしら? 残念だったわね。もうこの事実は変えようがないわ」
三郎田の金属に覆われた機械の顔は表情が変わることなく、何を思っているのかまるでわからない。しかし、その心が穏やかではない事が柘榴には容易に想像できた。
「こちらに非があるとは言っても、大変だったのはあなただけではないのよねぇ。こちらでも、あなたを死なせてしまった事による慰謝料に、本社からの電人プロジェクト縮小の知らせで、プロジェクトに使える予算がすでに底をつきそうなのよ」
柘榴の言う事の意図が掴みきれない三郎田は、つい聞き返していた。
「それが、何だって言うんですか……」
柘榴は小さく息を吐く。
「これからの事よ。波佐間 三郎田は死んだわ。でもね、あなたは電人として生きているの。なら、これからどうやって生きていくかという事は、とても大切な事だと思うのだけど?」
やはり、柘榴の意図がわからない三郎田は少し怯えながら口を開いた。
「つまり、これからのことですか?」
「理解が早くて助かるねぇ。あなたは電人、あなたの体を維持するのもお金が掛かる。予算が尽きて、プロジェクトの継続が困難になれば、あなた自身が破棄される可能性だって捨てきれないわねぇ?」
ここまで言われて、三郎田はようやく理解した。目の前の白衣を羽織った女性は、自分の敵ではなく、自分を生かしてくれる味方なのだと。波佐間 三郎田が死んでしまった今、三郎田が頼れるのは彼女の他はいないのだ。
「もう、殺されるのはごめんなんですけど?」
三郎田の言葉に柘榴が少し口の端を上げた。まるで、三郎田がそう言うのを待っていたかのような顔をしている。
「追加予算を貰えればいいわけよ。電人の稼動データを本社に提出すれば、追加予算も出る。ただし、それにはあなたの協力が必要不可欠。つまり、あなたは電人として生きていきなさいってことね。私の言いなりで」
三郎田は自分が随分と厄介な相手に出くわしてしまった事を感じた。だが、今の自分はどうするべきかわからない。もし生きていく事を決めるのなら、柘榴の言うとおりにする事が正しいのだろう。
「俺は、家に帰ったり、友達と遊んだり、学校に行く事は出来るんですか?」
三郎田の言動には不安を感じる。まるで、迷子の子供のように帰るべき場所を探しているかのようだった。
「それは無理ねぇ」
柘榴は無慈悲に言い放つ。
「波佐間 三郎田は死んだの。あなたはAMT社の電人プロジェクトの電人として生きていくしかないのよねぇ。あなたが電人として生きていく事を了承すれば、私はあなたを全力でサポートする。逆に波佐間 三郎田であろうとするのなら、あなたを破壊するしかないわね、残念な事に……」
三郎田に生きる道は一つしか用意されていなかった。一つでも道があることは幸福なことだが、今まで無限の道があった人間に対しては不幸と言うべきなのかもしれない。
「もう一つ教えて欲しい事があるんですけど、いいですか?」
「何かしら?」
柘榴は腕を組んで、堂々とした態度で三郎田の質問に備える。
「結局、『電人』って何なんです? とりあえず、アンドロイドって事ぐらいしか分からないんですけど……」
柘榴の瞳の色が変わったように三郎田は感じた。水を得た魚といった感じだろうか、あまり触れてはいけない事のように思える。
「そこまで言われたら仕方がないわね。私が電人とは何なのか教えてあげるわ」
声の質が今までより明らかに違う。少し声が高くなっているような気がした。人が自分の趣味について語る時の声によく似ている。
柘榴は鼻息を荒くして話し始めた。
「一〇〇パーセント機械で作られた体に、意思を持った人間と同程度の性能を持つアンドロイドの事を『電人』と我が社では呼んでいるわ」
「そんなもの作って、何のメリットがあるんですか」
三郎田は確かに凄いと思うと同時に、人間と同程度なら意味はないのではないかと考える。作るなら、人間を超えた能力を付与するべきだ。
「それは我が社のサイボーグ技術が、いかに優れているかを示すためのものよ。今の時代、アンドロイドを完成させれば、それだけで凄い技術があると認知されるでしょ?」
確かにそうかもしれない。会社にとって技術力を示す事は大切な事だ。
聞きたい事を全て聞き終わった三郎田は決断する。
「わかりました。俺は電人として生きていきます」
「そう。あなたとは長い付き合いになりそうね。改めてよろしくお願いね、三郎田君」
柘榴はそう言うと、右手を差し出してきた。三郎田は何も言わずその手を握り返した。
「協力を感謝するわ。これからあなたはAMT社所有の電人になるわ。ここらに住んでいたなら知ってると思うけど、AMT『Advanced Medical Technology(アドバンスド メディカル テクノロジー)』、先進医療技術社。あなたは今日からここの社員同然。そして、私は電人プロジェクトのリーダーだから、私の命令には絶対服従。分かったわね?」
何となくこの先が不安になるような言葉が含まれていたが、とりあえずは頷くことにした。それ以外に道は無いのだから。
「よしよし、なかなか物分かりが良いわね。先ずはあなたの身体能力のデータ測定を行う事になると思うけど、やれるかしら?」
柘榴はにやりと笑う。
「何でもやってやりますよ」
三郎田はそう答えてから、部屋の窓から外を見た。外は真っ暗で、夜である事にようやく気が付く。黒いガラスには自分の姿が映っていた。飛行機の翼のようなアンテナが耳のところについている。
そして、目に当たる部分は黒いゴーグルで覆われている。まるで、戦争ロボットアニメの量産機のような姿だった。それが自分だと今でも信じられないが、事実なのだから受け入れるしかない。