ロボット? 幽霊?
女性の胸に顔をうずめるという体験に、心臓がドキドキと高鳴るはずだったが、いつまで経っても心臓の鼓動を感じることはない。不思議に思って左手を左胸に当ててみる。すると、心臓が動いていなかった。それどころか、体は冷たく、硬い。
「な、なんですか、これ!」
三郎田はあまりの驚きに、女性の胸から離れた。そして、体を見ると全身が銀色の金属に覆われている。腕も、足もロボットのように銀色の金属で出来ていた。手で顔を触ってみると、硬い感触が返ってくる。頭を軽く叩くと、金属音がした。
三郎田は混乱していた。一体何がどうなったのだろうか。最近はサイボーグ技術が発展してきていとは聞いていたが、まさか自分がサイボーグになってしまうとは思わなかった。
本当にこの機械の手が自分のものか信用できない三郎田は、手を動かして確認する。あの耳障りなモーター音は、実は自分の体から発せらていることに気が付いた。
何度も手を動かすが、その手は三郎田の思い通りに動く。間違いなく、三郎田の体そのものだった。
「どういう事です! どうして俺がサイボーグなんかに……」
血の気はないはずなのに、血の引く感じがした。三郎田は訳が分からず、全身を眺める。間接は防水のためか、ゴムで塞がれているがそれ以外は、間違いなく金属で光沢のある銀色に輝いていた。
呆然としている三郎田に、女性が声をかけてくる。
「ふふふ、あなたにいい事を教えてあげる。あなたはサイボーグなんてちゃちな代物じゃないわ!」
白衣の女性は妙にテンションが高く、人差し指を突きつけてくる。
「人を指差すなんて、常識を知らないんですか?」
三郎田は、自分体より女性の態度が気に入らなかった。
「ふふふ、ごめんなさい。ちょっと興奮してしまったわね。私らしくもない……」
そう言って、突きつけていた人差し指を下げた。妙に高いテンションに三郎田はついていけない。
「あなたは自立型二足歩行ロボット。通称、『電人』よ!」
この人、TVとかの見すぎではないだろうかと、疑ってしまうほど常識的な発言ではなかった。
デンジン。確か目の前の女性が何度も口にしていた言葉だ。口ぶりからして、自分はデンジンという物になってしまったらしい。
「簡単に言えばアンドロイドね」
何のリアクションもとらない三郎田に、女性は理解しやすいように言い直す。
目の前にいる白衣の女性が言っている事が理解できない。アンドロイドと言えば、人間を基にしない完全なロボットだ。だが、三郎田は人間で、決してロボットではない。そんな自分がどうやったらアンドロイドになってしまうのだろうか。
「な、何言ってるんですか。あんたが俺をサイボーグにしたんですよね? アンドロイドなんて冗談は止めて下さい……」
自分がサイボーグになったとしても相当ショックなのに、アンドロイドになってしまうなんて、考えられない。それなら、人間だった三郎田はどこに行ってしまったのだろうか。
「何を言っているのかしら。どうして、自分がサイボーグなんて思っているのかしら。あなたは電人よ。間違えたら駄目よ」
どうにも、二人の話が噛み合わない。三郎田は人間のはずだ。決してアンドロイドなんかじゃない。だが、目の前の女性は三郎田の事をアンドロイドだと言う。決定的に何かがずれている。
「待って下さい、じゃあ、俺は誰なんですか……」
三郎田は自分に自信がなくなってきた。自分の体は機械になっているし、サイボーグでもないと言われる。そもそも、何が起きたのかまるで解らない。
「そうねぇ、突然電人が動くなんて変だわ。あなたは誰かしら?」
白衣の女性は単刀直入に訊いてきた。
「俺は、波佐間、波佐間 三郎田です」
三郎田が自分の名前を口にすると、女性の眉毛がピクリと反応した。
「……それを証明する証拠は?」
「両親と一緒に中山田市内で暮らしています。通っている高校は県立中山田高等学校。所属クラスは二年二組。友人は……」
三郎田は自分の証明となるような事柄を口にする。とにかく、思いつく事を次から次へ話していった。
「……嘘よねぇ。私を怖がらせようったって、そうはいかないわ……」
女性の顔は妙に青ざめており、心なしか体が小刻みに震えている。三郎田はその様子を訝しんだ。
「嘘じゃない。本当の事ですよ」
そう言うと、目の前の女性は突然、手を合わせて念仏を唱え始めた。その行動の意味がまるで分からない。
「念仏なんて唱えないで下さい、縁起が悪いじゃないですか。俺はまだ死んでないですよ」
その言葉を聞いて、今度は女性が呆然とする。そして、恐る恐る口を開いた。
「波佐間 三郎田。うちのトラックが轢き殺した高校生の名前よねぇ。どういう事? もしかしてお化け? 幽霊?」
明らかに女性は誤解をしている。しかし、これで、先程女性が念仏を唱えた理由が分かった。つまり、トラックがひき殺した人物の名前が、アンドロイドの口から出てきたという状況なのだ。
「って、嘘! トラックが轢き殺したの? 波佐間 三郎田を?」
女性は何度も頷く。
「待って下さい! 俺は、波佐間 三郎田は、ここにこうして生きてるんですよ。勝手に死んだなんて決め付けないで下さい」
三郎田の必死の叫びも、白衣の女性には届かない。女性は怖がって怯えている。見た目は大人の女性だというのに、この怯えようを見ると、まるで年下に見えて、自分の悲劇がどうでもよく感じてしまう。
「何でもいいから、そう怯えないで。俺は正真正銘、生きた波佐間 三郎田です。何があったか話してくれると助かるんですけど」
女性は怯えながらこちらを見つめてくる。
「……つまり、あなたは、本当の波佐間 三郎田なのね? お化けでも幽霊でもなく、今まで生きていたと、そう言うのね?」
三郎田は頷く。やはり、モーター音が聞こえた。
幽霊でないと分かると、女性の態度が急変した。胸を張り高圧的な態度をとってくる。それはそれで、腹が立つ。