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電人と博士の関係  作者: 鮎太郎
第一章 誕生! 電人サブロウタ
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蘇った男

 三郎田は気が付くと、見覚えのない天井が視界に入ってきた。一体何が起こったのかまるで理解できなかったが、骨の折れる嫌な感触が残っている。きっとここは病院なのだろうと、勝手に理解した。


 とりあえず、体が動くか試してみる。だが、なかなか体が動かない。いや、動かないという表現は正しくなかった。体が重い。まるで誰かに押さえつけられているかのように、体が思うように動かなかった。体に痛みがない事を考えると、麻酔か何かが効いているのだろうと判断しする。


 今度は耳に意識を集中してみる。すると、女性の澄んだ声が聞こえてきた。だが、その声には覇気がなく、何かを悲観しているようにも聞こえた。看護師か誰かだろうと、思った三郎田は女性の声に耳を傾ける。


「はぁ、どうしてこんな事になったのかねぇ……」


 どうやら、女性は何かに困っているようだった。何があったのだろうと、気になった三郎田は女性の言う事を聞き取ろうとする。


「本社ビルから地方への左遷に始まって、電人プロジェクトの縮小、その次は人身事故、遺族への慰謝料の支払いで、研究費は殆ど底をつくに至るなんてね。まるで冗談のようにしか思えないわ。愚痴を言っても仕方ないわ。仕事、仕事って言っても、ハードウェア的には完成してるのに、ソフトウェアがまだまだ未完成なのよね。そもそも、私はソフトウェアの専門じゃないっての……」


 何だかよくわからないが、仕事について何かトラブルがあったらしい。病室でそんな話をわざわざしなくてもいいのにと、三郎田は思った。


「落ち込んでいても仕方ないわね。早いところ作業を進めましょうか。エレン、コンピュータの電源をつけて頂戴」


「了解しました」


 女性が誰かに話しかけると、機械的な声で返答が帰ってきた。機械的な声だが、どこか女性を連想させる高めの声だった。


「ねぇ、エレン。たったこれだけの予算で、ソフトウェアの開発は出来ると思う?」


「現実的な予算ではないと判断します。上に掛け合って予算を上げてもらうしかないと判断します」


 がさがさと何かを漁る音がしたあと、女性は何かを口の中に放り込んだようで、それ以降の声はくぐもって聞こえた。


「そうよねぇ。解りきってる事なのにねぇ……」


 女性は、はぁと大きく息を吐く。どうやら、金銭面で苦労しているようだった。

 だが、そんな事は三郎田には関係ない。今、自分がどのような立場いるか話が出てくると思ったが、そんな事はなかった。

 現状を把握したい三郎田は女性に声をかけようと喋りかけた。


「……(あの、すみません)」


 だが、声も出ない。いや、出たかもしれないが、あまりにも小さくて自分ですら聞こえないほどであった。事故の際に喉をやられてしまったのか、声が非常に出にくい。

 三郎田に出来る事は、見知らぬ天井を眺めることと、女性が叩いているであろうキーボードの音を聞くことしか出来なかった。

 せめて体が動いてくれれば、そう思って体に力を入れてみると腕が少し動いた。麻酔が切れてきたのかもしれない。そのまま腕を動かして、上体を起こす事に成功する。その度に聞き慣れないモーター音が聞こえたのを、不思議に思った。


 体を起こすと、椅子に座った女性の背中を確認する事が出来た。白衣を羽織っていて、地面につきそうなほどの長い黒い髪をしていた。彼女は誰かと話していたようだったが、部屋にはその女性一人しかいなかった。

 辺りを見回すと、病室だと思っていた部屋はどうも違う事に気が付いた。見たことも無い電子機器が置かれており、そこから様々なコードが延びている。床はコードに覆われていて、とてもじゃないが病室には見えない。その辺りに置かれている物を見ると、ドラバーや、半田ごて、ハンドドリルが置かれていて、病室というより工作室という呼び方のほうがしっくりくる。


 自分がどんな状況なのかさらにわからなくなった三郎田は、女性に聞くしかないという結論にたどり着いた。


「すみません……」


 大きな声で叫んだつもりだったが、ひび割れた小声が出ただけだった。それにしても、声がまるで自分の物ではないように聞こえる。きっと、麻酔か、事故の影響だろう。三郎田はそう決め付けた。

「すみません、すみません! 聞こえませんか」


 先程より大きな声を出すと、ようやくそれなりの声を出す事が出来たが、相変わらずひび割れており、とても自分の声だとは思えなかった。

 女性にも声が聞こえたのか、キーボードを叩く音が止まった。そして、女性は長い髪を揺らして、左右を確認する。三郎田を無視しているのか、気が付いていないのか、三郎田を見ようとはしない。


「おかしいわねぇ、誰かに呼ばれたような気がしたんだけど……、気のせいかしら?」


 女性は困惑していた。三郎田には何故彼女が困惑しているのか、理解できなかった。この部屋には自分と、彼女の二人しかいないというのに。


「ねぇ、エレン。あなた、私に何か話しかけたりした?」


 女性は誰もいない場所に向かって話しかけた。話しかけた場所には何かの端末があったが、あれは通信機か何かだろうか。『えれん』というのは一体誰のことなのだろうと、三郎田は不思議でならない。


「否定。こちらからは話しかけていません」


 女性は首を捻っている。あくまでも自分を無視するその姿勢に三郎田は腹が立ってきた。


「こっちです、無視しないで下さい」


 喋る事になれてきたのか、今度は大きな声を出す事が出来た。さすがに、女性も三郎田に気が付いたのか、振り返って三郎田の方を見る。

 しかし、すぐに女性は前を向いてしまった。


「エレン。電人に電源を入れるように指示した覚えはないのだけど?」


「否定。こちらでは電人に対する操作は行っておりません」


 女性は再び首を捻った。


「おかしいわねぇ。確か電人は寝かせてあったはずなのにねぇ……」


 女性は椅子から立ち上がり、三郎田に近づいてくる。女性を正面から見ると、白衣の下は胸が大きく膨らんだブラウスに、黒いミニスカート、ヒールの高い靴という格好にドキドキしてしまう。少し屈んだら、スカートの中が見えてしまいそうだった。


 それ以上に、日本人離れした端麗な顔つきは、とても美しい。三郎田が今まで生きてきて、これほど美しい人に出会ったのは初めてかもしれない。だが、口から棒のような物が出ているのが気になった。

 女性はさすがに三郎田の存在に気が付いたようだった。


「やっと気が付いてくれた……」


 三郎田がそう言うと、ピタリと女性の動きが止まる。女性はありえないものを見るような顔で、三郎田を見ていた。口は半開きになり、口の中から棒がついたキャンディーが零れ落ちて、地面に落ちる。口から出ていた棒は、キャンディーの棒だったようだ。

 ピクリともしない女性に向かって、三郎田は右手を振ってみた。すると、また耳障りなモーターの音が聞こえた。


「キャー! 嘘! やったわよー!」


 突然、女性は叫んで、三郎田を抱きしめた。三郎田の顔がちょうど女性の胸に埋まるような格好になる。三郎田の顔に未知の柔らかい感触が伝わってきて、とても気持ちが良い。

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