電人のメンテナンス
今日一日の授業が終わって、三郎田は校舎のすぐ近くに停められているメンテナンスカーの中にいる。
メンテナンスカーは電人を修理したり、データを取ったりする最低必要限の機器が搭載されたトラックである。以前、三郎田を轢いたトラックとは同型車であった。
荷物を運ぶ時に使われる大型トラックと同じサイズで、あの時も電人を運ぶ為に、メンテナンスカーを使用していた。
メンテナンスカーの中には様々な機器が所狭しと置かれている為、人が歩けるスペースは殆ど無い。そんな中、三郎田がゲームを楽しめるように、TVと、PS360が設置されている。今はゲームをしていないので、TVにはニュースが流れている。こんな狭いスペースにわざわざ備え付けてくれた研究員の皆さんには、感謝しなくてはいけない。
中央には三郎田が横になるための金属のベッドが用意されている。車内のスペースは殆どこのベッドに使われていた。三郎田はそこに横になっている。そして、柘榴も各種データ採取の為にメンテナンスカーの中にいた。
柘榴が操作する機器には無数の数字やグラフのようなものが映し出されている。これは現在の電人の状態を知るためのものだが、専門の知識がなければ全く意味がわからないようで、三郎田には何を意味しているのか理解できなかった。
「今日一日、高校で生活してみてどうだったかしら? 楽しかった?」
柘榴は操作している機器から目を離して、三郎田に問う。柘榴はいつものように、キャンディーを咥えたままだった。もっと他に聞くべき事があるような気がしたが、三郎田は口に出さない。
「楽しいっていうか、疲れたかな? 今までと違う立場っていうのは、思ったより疲れます。気を抜くと、生前の事を言いそうになりますし……」
疲れたという割に、三郎田の声は元気があるように聞こえる。
「楽しめているようで結構結構」
柘榴は三郎田の話を聞いて、満足そうに笑った。口から飛び出したキャンディーの棒が上下に揺れる。
「そうですね。疲れたといっても、友人と再び会えた事は、やっぱり嬉しかったです。そして、また一緒に行動できる事が、意外と楽しかったです」
三郎田の言葉に、柘榴は満足して機器の操作に戻った。
「今日は色々と、ありがとうございました。俺のために気を使ってくれて……」
ホームルーム後の柘榴とのやり取りを思い出しながら言った。
「ん? 気にしない、気にしない。三郎田君も楽しい学校生活を送りたいでしょ? 私はその手伝いをしただけ。最終的には、君の頑張り次第だからねぇ。頑張れ、若人」
柘榴はニヤニヤしながら、機器の操作を続ける。
「柘榴博士が先生としてついてくるとは思いませんでした。確かに、柘榴博士が好きそうな話ではありますが……」
「当然でしょ。こんな面白い話、私が逃すはずが無いでしょ。本当は担任になりたいぐらいだったわ」
柘榴は笑いながら軽く息を吐いた。柘榴にとって電人のデータ採取や、監視は二の次といった感じで、楽しければいいというスタンスのようだ。主要なデータは取り終えた後だからかもしれない。
「ですけど、立派な先生ぶりでしたね」
「ふふふ、そうでしょ。私はこれでも教員免許持ってるのよねぇ。実は小さい頃の夢は、先生だったのよ」
意外と可愛らしい夢で、三郎田は驚いた。見た感じ生粋の科学者という感じがするのに、過去にはそんな一面もあったのだと思うと、ちょっと可愛く見えてしまう。
「自己紹介のときに、相談を受けるみたいな事を言ってましたけど、誰か相談に来ましたか?」
三郎田は興味本位で聞いてみた。実はちょっと気になっていた事だった。
「まぁ、初日だしあまり無かったわね。どうしたらそんなに大きな胸になるんですか? っていう質問はあったけど、これは何もしていないから、答えようがないわ。本当は甘酸っぱい恋の悩みを聞きたかったのにねぇ」
柘榴は少し残念そうな顔をする。そして、何かに気が付いたように、口を開いた。
「三郎田君は好きな娘とか、いないのかしら?」
その言葉に三郎田は過剰に反応する。
「な、何言ってるんですか! いませんよ。そんな人」
「そう、いたら応援してあげようと思ったのにねぇ」
いたらきっと酷い目にあうのだろうと思うと、いなくて良かったと感じてしまう。
「でも、そんな寂しい青春でつまらなくない?」
「別に慣れてますから」
「そう? いつでも恋の相談を受け付けてるから、できたら言いなさいよ」
柘榴は明らかに楽しんでいる。たちが悪いと思いながら、その心遣いに感謝してしまった。
さあ、そろそろメンテナンスを始めるわよ、と言いながら白衣の袖を捲くっていた。
柘榴は鉄のベッドに横たわる三郎田の体の間接を、一つ一つ確かめるように動かしていく。丸一日生活して、どこの間接に負担が掛かっているかを調べていた。時には間接のカバーを外して、内部のモーターを細かく点検したりしている。三郎田はされるがままに横になっていた。
三郎田はメンテナンスを受けている間、ボーっとTVを眺めている。TVではニュースをやっていて、サイボーグ殺人事件という物騒な内容が放送されていた。
今、東京の方でサイボーグ連続殺人事件が起きているらしい。どれも同一の手口で、いきなりレーザーのような物で切られているというのだ。
「随分と物騒な話しよねぇ。サイボーグを狙うなんて、何か恨みでもあるのかしら?」
柘榴は手を動かしながら、ニュースの内容に触れてくる。
「そうですね。どうしてそんな事をしているのでしょうか?」
「それは本人しか分からないわねぇ」
柘榴は会話をしている間も、手を止める事は無い。
「――警視庁は、この一連の事件の容疑者として、『河合 魚丸』氏の行方を追っています。見かけた方は、警視庁まで……」
TVのナレーションが淡々と、容疑者の名前を口にする。画面には容疑者の顔写真が映し出されていた。五分刈りの頭に、鋭い目つき、顔の輪郭は角ばっていて、全体的にシャープな印象を受ける。
「これって、電人も対象になったりするんですかね……」
「もしそうだとしても、東京の事件だから関係ないわね。それに、私の電人があんな人間に負けるとは思わないわ」
柘榴は自信満々にそう言うが、バスケさえろくに出来ない電人が、殺人鬼を相手にして勝てるとは思えなかった。
全てのメンテナンスが終わったのか、ボディの外装を元に戻していく。
「特に問題は無いわね。そっちから、言いたいことは無いかしら?」
少し考えてみても、何も思い浮かばない。別段、言いたいことは無いようだ。
「別にありません」
柘榴はそう、とだけ言って、何かの資料に目を通している。すると、うーんと唸りだした。
「体育の時間、ちょっと調子が悪そうだったわねぇ……」
柘榴は眉間に皺をよせると、資料に目を通し続ける。授業中、何もしていないように見えたが、きちんとやるべきことはやっていたようだった。
「まぁ、元々運動は苦手ですし……」
三郎田の言葉に柘榴は首を傾げる。
「そんな感じじゃなかったわ。どうも、複雑な運動に対する処理速度が遅い気がするわね。研究所のデータはあくまで基本的な動作の物だし、スポーツとは勝手が違うしねぇ」
柘榴は目を通していた資料のページをめくってから、キャンディーを噛んだのか、パキという飴の割れる音がした。
「次の体育に間に合うように、調整しちゃおうかねぇ」
柘榴はそう言うと、資料をその辺に置くと、三郎田の体を調整していく。その手際は素早く、今までとは雰囲気がまるで違っていた。真剣に調整を行う柘榴は格好よく、りりしい。その顔を見ていたら、胸がドキッとしたような気がした。どうして、そんな風に感じたのか、三郎田は分からない。




