ある少年の日常
大きな画面と四つのパネルが付いたもの、銃のついたもの、車の座席を模したもの、バイクの形をしたのも等、様々なゲーム筐体が並び、それぞれの音が激しく響きあう。そこは、暇をもてあます学生や、仕事のストレスを発散する社会人に、一時の娯楽を与えるゲームセンター。
ゲームセンターにはまばらに利用客がいる。繁盛しているとは言いがたいが、今のご時世を考えると健闘していた。
その一角で、向かい合う形で対戦型のゲームが出来る四角い筐体で、対戦をする少年が三人いた。その中の一人、短い黒い髪をした、暗い顔をしている少し猫背の少年。黒い学生服を身に纏い、ローファーを履いている。その手は細かくスティックを操作しながら、ボタンを素早く叩いていた。
ジャンプ弱、弱、弱、弱、中、強、ジャンプ中、前方ダッシュ、ジャンプ弱、弱、弱、弱、中、キャンセル、ツインスラッシュ、ジャンプ弱、宝剣キャリバークラッシュ!
波佐間 三郎田の特製、地獄コンボが決まった。筐体の画面では西洋の騎士風のキャラクターが剣を掲げて、勝利ポーズを決めている。そして、くのいち風のキャラクターは地に倒れている。画面には「完全勝利」という文字が大きく表示されていた。
三郎田はスティックから手を離すと、一息つく。
「だぁー! 何であんな無茶苦茶なコンボが繋がるんだよ。おかしいだろ、反則だろ、三郎田お前なんかずるしたんじゃねーの!」
三郎田の友人で、今まで反対側に座って対戦していた相手、海原 公武が操作台を叩きながら立ち上がった。三郎田と同じ学生服を着いて、肩辺りまで伸びた黒い髪を乱しながら、筐体の反対側から猛烈な抗議をしてくる。
公武は細い目をさらに細くして、こちらを睨んでくる。その様子は元々良い容姿ではない公武の顔を、余計に悪くしていた。三郎田はその様子を眺めながら、苦笑いを浮かべる。
「さすがにずるなんて出来ないよ。公武なら、これくらいのコンボできるんじゃないのかな?」
三郎田が勝者だというのに、敗者である公武に気を使いながら話している姿は、はたから見ると滑稽であった。気を使われたにも関わらず、公武の怒りは収まらない。
「お前さぁ、このゲームのバグとか使ってんじゃねーのか?」
公武は三郎田を疑う事をやめない。
「流石だね。三郎田は強いよ」
三郎田の後ろでゲームを見ていた三郎田の友人、木成 巳漢が感心して口を挟む。巳漢も、三郎田達と同じ学校に通っており、同じ学生服を着ていた。その指には沢山のシルバーリングをはめており、首からはシルバーネックレスをかけるほど、アクセサリーだらけである。
茶色く染めた短めの髪にまで、クリップのような銀の髪飾りを付けていた。その姿は、幼いながらも、綺麗に整っており、美男子という言葉がよく似合う。
この容姿なら、すれ違った女性の大半は振り返るのではないだろうか。
「三郎田は知らないかもしれないけど、これでも公武はこのゲームの全国大会で、八位以内に入れるほどの実力者なんだよ。それなのに、十八戦十八勝。一回も負けないなんて凄いよ。もしかしたら、全国大会で優勝できるんじゃないかな?」
巳漢に誉められる三郎田だったが、その表情は決して晴れやかなものではない。
「多分無理だよ。俺が人前で上がっちゃうの知ってるだろ。大会に出ても誰にも勝てないよ……」
(やっぱり、家でネットゲームしていた方が楽だよ。『Moon』さんもいるし、そっちの方が楽しいな)
この話をいつも聞いているのか、公武と巳漢は共に苦笑いを浮かべた。
「くそっ! またそれかよ。てめぇはいつもそうやって、いっつもオレの誘いを断りやがる。やってみなきゃわかんねーんじゃねーの?」
公武の罵声に近い言葉に巳漢が割ってはいる。
「まぁまぁ、公武、落ち着きなよ。三郎田に無理強いしても駄目だって。三郎田も、公武がこういうのは、君の実力を認めているからなんだよ。こんなところで燻っているのが、もったいないと思ってるんだ」
巳漢の言葉に公武が顔を逸らす。
「余計なこと、言うんじゃねーのよ」
公武と巳漢の気持ちはありがたいが、一人で静かにゲームをするのが好きなので、その気持ちには応えられない。
「ねぇ、もう八時になるけど、まだ続けるの?」
三郎田は家に帰りたくてそんな言葉を口にした。しかし、公武は三郎田の言葉にあからさまに嫌な顔をする。学校帰りにゲーセンに行こうと言い出したのは公武だった。
「まだ八時だろ? 大丈夫だって。まだやれんじゃねーの?」
公武は再び椅子に座って、筐体に向かう。負けたままでは気の収まらない公武に、巳漢が小さく息を吐きながら口を開く。
「公武、八時過ぎるとさすがに補導されるかもしれないよ。今日はこの辺りで止めておくべきだと思うな。ゲームなら明日にだって出来るんだしさ」
巳漢の言う事は正論で反論する事も出来ない。それでも、公武は不満を隠しきれずに、露骨に眉を顰めてしまう。
「それにさ、まだ月の始めだっていうのに、小遣いがなくなっちゃうのは辛いんじゃないの? それに、今月はお気に入りのアニメのDVDが発売するって公武が言ってたじゃないか」
三郎田の言葉に渋々といった様子で、公武も立ち上がる。三郎田の言うとおり、公武はDVDを買うためにあまり無駄遣いが出来ない状態だった。
三郎田は今日だけで二千円を越える金額を使っていた。このペースだと月の中ごろには小遣いが底をついてしまう。バイトをしている訳ではない三郎田にとって、小遣いは唯一の収入源であった。このままでは、ネットゲームの課金料金を払えるか、怪しいかもしれない。
「しょうがねぇ。今日のところは帰ろーじゃねーの」
三郎田は公武、巳漢と共にうるさいほどの音楽が流れるゲームセンターから出て行く。公武だけは未練があるのか、電飾が派手なゲームセンターを振り返って眺めていた。