10.盗賊の砦3
悠は太刀を構え、ファングスを見据える。
…とは言ったものの大丈夫なのか。僕は所詮スポーツでしか剣をやってこなかったし、ましてや今は女の子の体になってる…。相手は盗賊の頭領で本物の人殺し…。でもこんなところでやられてやる訳にも行かない…!
刀を構える手に力がはいる。それを見ていたファングスは少し驚いていた。
(なんだ…?意外と隙がねえな。もしかしたらうちの野郎共じゃ歯が立たねぇかもな。…フン、…女は女らしくしてりゃ良いのに、よ!)
ファングスが思考を戦闘に向け、駆け出す。悠はとっさに防御体制を取り剣を受け止める。
「ぐ…、重…。」
「はっ!よく受け止めたなぁっ」
「悠…!ちっ、雷よ…!」
バチィィイッ!
組み合い、明らかに押されている悠を見て焦った雫がファングスに小さい雷撃を落とす。
ファングスは左手を剣から離し、雷撃を払う。腕輪の宝石が赤く光り、雷はかき消えた。
悠は、相手が剣から手を離し、片手になった隙に全力で剣を打ち払い、硬直状態を解きすぐさま距離をとった。
…まともに組み合っちゃダメだ。正直力じゃ全く適わない!受け流すようにしないと…!
すぐさま追撃が来る。今度は組み合わないように受け流すようにするが、それでも身体にかかる負荷は大きい。
「避けるだけか?そんなんなら止めちまえ。仲良く諦めて奴隷になっちまえよ…」
「…っ!」
コイツ…
「ふざけんなぁぁぁ!」
「なっ!」
悠はファングスが放った大振りの攻撃をいなし、懐に入った。 下段の構えから更に踏み込み身体を回転させ斜めに一閃、刀を振り上げた。
「ぐ…ぎ…、」
悠の放った斬撃がファングスを捉えた。
「ユウさん…凄い…。それに、綺麗…。舞ってるみたいな動き…」
雫はミリーのその呟きを聞いて、確かにそうだと思った。しかし、今の悠では…
ガキィィィィン!!
すぐに体制を立て直したファングスが反撃にでる。悠はそれをまたいなすように受ける。
(浅かった!?いや、単純にアイツに決定打を与えられる程の威力が僕の剣にはないんだ…!)
すぐさま金属がぶつかり合う音が鳴り響き始め、雫は顔を上げた。あの様子を見る限り…あのままじゃ悠に勝ちは有り得ない、そう思った。
「何故…あの神具を。いや、今はそんな事はよい…魔法が聞かぬというても方法はある…。しかし時間が…!」
ファングスは切り結びながらその相手を観察するようにみていた。
(いってぇなくそ…。まさか女なんぞに一太刀貰っちまうなんてよ。しっかし、たいしたもんだ、多分俺とここまでやり合えるやつは団にはいねぇ。屈服させて手懐けりゃいろんな使い道があるな)
力で押されて悠は追いつめられていった。ファングスの剣が容赦なく悠に叩きつけられる。悠はそれを紙一重で交わし、胴に目掛けて剣撃を放つ。
しかし相手の切り返しが早く、いとも簡単に胴は妨げられた。そのまま組み合う形になり、ファングスは悠の腹に蹴りを放った。
「ぐふ…け、蹴り…?」
悠は後ろに吹っ飛び倒れ込む。
「おいおい…もうおしまいか?」
「…な、わけ…ないだろう…は…ぁ、はぁ、はぁ…」
もう体力も…限界。実力も身体能力も奴の方が上…。そんな奴に勝つためには…。…玉砕覚悟しか…ない。
悠は立ち上がる。
「フン。それでこそ俺の女に相応しいってもんよ」
「言ってろ!」
悠がファングスに斬りかかる。しかし振り切らず、ファングスが反応したときには構え直していた。フェイントだ。
「はっ、そんなフェイントが…!」
ギュン!ガキィィン!
「な…」
ファングスは全く別の方向から飛んできた剣を剣で受け止めた。さっき雫に倒された男たちの得物だ。一緒に飛んできたナイフや瓦礫が彼を傷つける。そこに悠の攻撃も加わる。ファングスが雫の方を睨む。
「ぐっ…!こんな魔術が!?おのれぇ!神めぇぇ!」
剣やナイフを飛ばしたのは、雫の【空中滑走】だ。自分以外に使用するためには更に【操作】の術式も必要になり、さらに多数の物体に行使するためより高度になる。剣やナイフ、瓦礫といった物はまた再び浮かび上がり、ファングスに襲いかった。
この魔法は物体を使って攻撃するので、左手で触れて魔法をキャンセルしても魔法による制御を失うだけで、その速度の力をもろに受けることになる。
「この量のものを操るには少々術式が複雑でのぅ…!悠が時間を稼いでくれたおかげじゃ…!行くがよい!」
数々の剣やナイフ、その部屋の瓦礫、さらには部屋中の砂鉄などの細かい金属を使って新たに生成された刃物までもがファングスひとりに向かって飛んでいく。
「らぁぁぁぁ!!」
「!?」
驚愕だった。ファングスは避ける素振りもみせず、むしろ剣の群れに突っ込んできたのだ。
「バカな…!死ぬぞ!」
「死なねえよ。お前さんは死ぬけどなァ。てめぇは殺して良いって言われてんだよォォオ!!!」
飛来する物体をすべて撃ち落としながら、ファングスは尋常じゃないスピードで雫へと一気に距離を縮め迫る。
「あの女は俺より弱い。そこの女は何も出来ない。で…だ。神のお前は腕輪があっても面倒くさい事が今わかったからな。ここで死ね」
「くっ…」
雫が最後の剣を飛ばすが、それもあっけなく弾かれた。
(まさかあれを全て打ち落とすとはの…ちっ、まずい!)
「俺は…神を殺す―――!!」
ファングスは間合いを詰め、避けにくい鋭い突きを放った。
「ぐっ、かわせぬ…!」
「雫さん…!いやぁぁぁ」
…雫が殺される!そう思った瞬間、
ドクン…
なんだこの感覚…みんな…何?何してるの?
そこにいる悠以外の人間の動きが止まっていた。いや、正確には限りなく、ゆっくり動いているのだ。
悠は雫たちの方を見た。
ファングスが剣を引いている。このままだと雫は刺殺されるだろう。
ミリーちゃんは…泣いてる。普通の女の子なのに…こんな、ゴメン…もうすぐ終わらせるよ。
そして雫の顔にに浮かんでいるのは、焦りの表情と、諦めにも似た表情…。そんなのは嫌だ。死ぬことを受け入れちゃダメだ。
悠は限界の来ている身体を無理やり動かす。周りの時間のスピードがだんだんと早くなっているのだ。急がないと間に合わない。この状態はもうそろそろ終わる。
雫を移動させる時間はない…な。身体が言うことを聞かない…間に合うかギリギリ…か。いっそのことファングスを斬るか?でも僕の剣じゃ一撃じゃ仕留められない可能性の方が大きい。仕留められなきゃ、奴はそのまま剣を突き出すだろう。それに…いくらこんな奴だって、僕は人を殺したくはない…。
悠は身体を引きずりながらファングスと雫の間に立つ。と同時にファングスの剣の切っ先が悠の腹に触れた。
「ま、間に合った…」
悠はさっき思っていたことを思い出した。玉砕覚悟…ね。肉なら斬らせてやるよ…骨はもらうけどね。
………
そして次の瞬間、今まで体感してたスピードとは比べものにならない速度で剣が身体を貫く感触がした。
ドスッ…
「ッぁ…捕…まえ…た……」
目の前にいるファングスは信じられない物を見るような目で僕をみている。
「なっ、そんなっ、…バカな…いつの間に…」
「悠…!?何をして…?!!」
突き出された剣が貫いたのは悠の身体だった。血が滝の様に流れでて、かろうじて悠の身体を隠しているボロボロのシャツを赤く染める。
剣は身体に突き刺さったままに悠は声を振り絞る。
「…っ肉を斬らせて骨を断つって…知ってるか?知らないよな。」
がっちりと剣をホールドしながら刀を振り上げる。あまりもの痛みに意識を失いそうになる。
ファングスは未だに信じられないって言う顔をしている。
そうだよなぁ…僕は一瞬前まではお前の後ろにいたもん…な!
悠は無言で振り下ろした。
「ギァァァァァァァァァ!!」
悠の振り下ろした刀はファングスの左腕の肘から先を切り落とした。そう…腕輪ごと。
「俺の…俺の腕がぁぁぁっ!!」
ファングスは剣から手を離し左腕を押さえながらのたうち回る。しかし、次の瞬間ファングスは物凄い勢いで、壁に叩きつけられることになる。
怒りのメーターが振り切った雫の手によって。
「っあぁ…ぁ」
悠が血を吐いて、その場にしゃがみこむ。ミリーが悠のもとに駆け寄る。
「ユ、ユウさん…?」
「だ、大丈夫…、ではないんだけど…それより…」
雫がファングスのもとにじりじりと歩み寄る。その顔には表情がない。
「た、頼む…命だけは…もう俺にあんたにかなう力はねぇよ…なぁ!助けてくれ…」
「………」
雫は無言でファングスを見下ろしていた。
「貴様…言いたいことはそれだけか?」
雫は手を振り上げ光を収束させる。
「この魔法はの…身体の中の細胞一つ一つに作用する魔法での…今【腐敗】の術式を加えた。わかるじゃろう?貴様みたいな腐った輩にはピッタリじゃ。腐り死ね。」
雫が言った直後、光が紫色に変わり轟々と黒い炎を纏いはじめた。
「アァア、ア"アァアアァアッ!!」
「待って!」
悠の言葉にピタッと雫の動きが止まった。
「雫…その人の止血をしてあげて。このままだと死んじゃう。」
「なっ」
「ユウさん…何を言ってるの?あんな奴…」
悠の言葉に2人は驚きを隠せない。
「ミリーちゃん…僕は殺さない。…殺したくないんだ…。」
雫は満身創痍の悠を見て目を伏せる。
「…そうだの。お主は…そうだの。」
「た、た、た、助かるのか!?」
キッ
雫はファングスを睨むと
パンッ!
思いっきり頬を張った。
「勘違いをするでない、悠に免じて…じゃ」
雫はそう言って、【治療】の魔法と【捕縛】の魔法を掛けた。ファングスは光のロープのようなもので縛られ、意識を失った。
悠はその様子を見届けてから良かったと微笑むと、壁際まで身体を引きづりつつ言った。
「次はこっち…お腹の剣抜くから…手伝って…」
悠は壁により掛かり言った。服の裾を斬り口にいれて噛む。悠の通った後は血の川の様になり、今移動した壁際も血の池の様になりつつある。
「…はぁ、はぁ、…よろしく…」
悠は2人を見て言った。その目には生気がもうほとんどなかった。
「(急がなければいかんの…)わかった。」
「わ、私はどうすれば…」
うろたえるミリーに雫が言った。
「妾は悠の魔法で止血・治療しながら身体を抑える。お主は慎重に剣を引き抜いてくれぬかの。」
「わ、わかりました。」
「せーのでいくぞ。…せーの!」
雫が横から悠を抱きかかえる様に押さえ、ミリーが剣を引き抜いていく。
「~~~~!!!」
悠は涙をポロポロ流しながらも布地を噛み締め、身体を動かすこともなくじっとしていた。
直に剣は抜け、雫が治癒の力を強くする。
魔法で止血をしながらだったので、抜く際の流血は少なく済んだが、それでもかなりの量を流していた。
「傷は塞がったがの。こんなのは応急処置じゃ。あとで本格的に治療するからの!…まぁこれで一安心じゃのう」
「うん…ありがとう。ミリーちゃんもね」
血色は良くないが傷も塞がったことと、雫の治癒魔法で少し元気を取り戻した悠が2人にお礼を言った。
「ユウさん…良かった、良かったぁ~」
ふぅ…何はともあれ、なんとかなった。痛いけど…奴隷にされるよか何倍もマシだし。でも、はぁ~疲れたぁ。
「雫、ミリーちゃん。帰ろうか?」
「そうですね。」
「……?」
ミリーは何か物音を感じたようで、ばっと扉の方を向いた。
ドタドタドタ!
「だ、誰か来ます!」
「…」
悠は無言で刀を握り、雫は悠の前に立った。
「いったい何がどうなって…」
「悠ちゃん達は!?」
そんな会話が聞こえてくる。でも、この声…
バッと、カイさんとマリーさん、そして森で会ったカイさんの猟師仲間の人達が扉から入ってきた。
「あ…」
「あ…」
こっちは思わぬ人達の登場に、そしてむこうは思わぬこっちの状況にお互い固まってしまった。




