お酒の力で愛してる!
私の恋人はクールでしごできの上司。普段は冗談すら言わないし、愛してるだって言わない。けど……。
「みのりちゃ~ん、ん~好き好き愛してる~。ぎゅーってして~」
そう私の膝ででろでろに甘えているのは先ほど紹介した恋人だ。クールでしごできで……じゃなかったのか? 言いたい事はわかる。
しかし恋人、蒼真(そうま)さんはお酒に酔うといつもこうだ。
蒼真さんはお酒に弱く、缶ビール一本でこの有り様。
会社の飲み会を「くだらない」と一蹴していつも参加しなかったのはこれが原因かと納得した。
「み~の~り~ちゃ~ん」
蒼真さんが駄々をこねはじめたので、寝転がっている彼を上から抱き締めた。
「えへへ」
蒼真さんは嬉しそうだ。
「みのりちゃん、俺の事好き……?」
蒼真さんは上目遣いで私に聞く。
「もちろん、好きですよ」
蒼真さんは満足そうに笑う。
次の日起きてくると蒼真さんはいつもの様に先に起きていた。
「みのりくん、十五分の寝坊だ」
朝食を食べ終え、スーツ姿で優雅にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
「十五分くらい寝かせてくださいよ~」
私はぶーぶー言いながら席に座り、彼の用意してくれた朝食に手をつける。
「規則正しい生活は……」
「また始まった」
「君を思って言っているんだ」
これが普段の彼。別人だななんて思いながら卵焼きをかじる。
というかでろでろに酔っていたくせによく早起きなんてできるな。
「この資料、ミスが三ヶ所あった。直してきなさい」
「は、はい」
会社に行くと彼はこれまたいつもの様にてきぱきと仕事をこなす。
「五十嵐(いがらし)係長こわ~」
隣の席の相田さんが呟く。そしてこっそり椅子を寄せて私に耳打ちする。
「藤堂(とうどう)さん、よく付き合ってるよね」
私は微笑んで告げる。
「ああ見えて優しいんですよ」
「そう……?」
彼女は怪訝な顔をして仕事に戻った。お酒に弱い事は言わないであげた。
「みのりちゃ~ん。明日のデート楽しみだね~」
家でお酒を飲んだ彼はまたでろでろに甘える。背の高い彼はソファーに座って私を膝の間に座らせ後ろから抱き締める。力強いな、と思ってドキドキする。
「レストランで美味しい物食べましょう」
私は彼の手を握る。
「うん!」
嬉しそうな蒼真さんの返事に私も嬉しくなる。お酒に酔うのも悪くない。
次の日、私達はデートに出掛けた。恋人だというのに手すら繋がない。『そういう事』は経験済みなくせにな~と少々不満に思うが、これが彼なのだ。そこも含めて愛おしい。
「えーと、レストランの場所は……」
私がマップを見るためにスマホを取り出そうとすると蒼真さんはそれを止める。
「場所は任せたまえ。頭の中に……」
蒼真さんがそう言いかけた時。
「え! え! 五十嵐じゃ~ん!? 五十嵐だよな? 久しぶり~!」
声の方を振り向くと、蒼真さんと同い年くらいの男性が手を挙げていた。
「吉田か」
蒼真さんは至極冷静に眼鏡をくいと上げる。
「蒼真さん、この人は……?」
「大学時代の知り合いだ」
「え何その子彼女~? 五十嵐やるじゃん! まあ俺らもいい年だしな~」
吉田と呼ばれた人は私の顔をまじまじと見る。すると、すっと蒼真さんが私の前に出る。
「他人の恋人を不躾に観察するな」
「相変わらず真面目だな~」
そんなこんなで吉田さんと蒼真さんは昔話と現在の話に花を咲かせた。途中で「デート中にすまない」と謝られたが、「せっかく会えたんだからちょっとくらい良いですよ」と返した。そう気を使ってくれるところも好きなのだ。
「五十嵐さ~飲み会誘っても酒強すぎて全然酔わねーから面白くねーの」
……ん? 今なんと? 蒼真さんを見ると少し焦っていた。
「あの、どういう事で……」
詳しく話を聞こうとすると、蒼真さんは私の手を取り駆け出した。
「ではこれで失礼する!」
「そ、蒼真さん!?」
後ろで「五十嵐、急だな~」なんて言う声を聞きながら私は混乱していた。
「蒼真さん! どうして……」
蒼真さんは少し黙ると、これだけ言った。
「……帰ってから、説明する」
超特急で着いたレストランの味は美味しかったが、蒼真さんの事が気になりすぎてそれどころではなかった。
「すまない」
家に帰ると、蒼真さんは床に正座して頭を下げた。
「え、え、ちょっ……どうしたんですか」
蒼真さんは頭を下げたまま話す。
「俺は君にずっと嘘をついていた」
嘘……それって……。
「今までお酒に酔ってなかったって事ですか?」
「ああ」
つまり……。
「全て蒼真さんの意思で甘えていたと?」
「そういう事だ」
「なんでそんな事……」
蒼真さんは膝に置いた拳を握り締める。
「俺は……つまらない人間なんだ」
「つまらない?」
蒼真さんはぽつぽつと語り始める。
「俺は昔からなまじ能力が高く周囲から期待されていた。そんな状況で他人に甘えるなんて事は許されず、こんな性格になった」
そうだったんだ……。
「この歳になるともう諦めがついた……はずだった」
蒼真さんは絞り出す様に述べる。
「けど、君が現れた。こんな俺を好きだと言ってくれた。嬉しかった。付き合っていくうちに君の魅力をたくさん知って、さらに好きになった。愛していると告げたかった。甘えたく……なった……。だが……」
蒼真さんは体に力を入れて体がさらに折り曲がる。
「俺は素直になれない。君に気持ちを伝えられない……。だから……」
「お酒に酔ったふりをして甘えていたんですね」
「すまない……俺は最低な人間だ……。君に愛される資格なんて……」
私は蒼真さんの前にしゃがみこむ。
「私が蒼真さんを好きになったきっかけ、覚えてます?」
蒼真さんは顔を上げる。その顔は今まで見た事の無い、泣きそうな顔をしていた。
「仕事のミスをカバーしたからだと……」
「そう。それから、蒼真さんの良いところがいっぱい目について、好きになった。付き合ってからも、いっぱい増えました」
「みのり……くん……」
「私は蒼真さんの事が大好きなんですよ。真面目なところも、クールなところも、ちょっと怖いところも、優しいところも、甘えん坊なところも。それから」
私は蒼真さんの頬を手で包み込む。
「素直になれなくて、可愛い嘘をついちゃうところも加わりました」
私は蒼真さんにキスをする。
「!」
「こんな素敵な人、誰が嫌いになるんですか」
蒼真さんの瞳が涙で揺らぐ。そして、こう言われた。
「愛してる……みのりちゃん……」
今度は蒼真さんからキスをされた。
「みのりちゃん、二度寝をする癖を治したらどうだい?」
寝ぼけ眼の私に蒼真さんは言う。
「二度寝って最高じゃないですか」
「まったく……」
蒼真さんは椅子から立ち上がり私の前に来る。
「ん」
手を広げて待ちの姿勢。
「はいはい」
私は蒼真さんを抱き締めた。
「は~みのりちゃん補給~幸せ~」
あれから蒼真さんは素面で私に甘える様になった。少しずつ、自分に正直になれてきているみたいだ。
「みのりちゃん」
「なんです?」
蒼真さんは私を抱き締めながら告げる。
「愛してる。大好き」
「私も愛しています」
これからはお酒の力を借りなくてももう大丈夫だろう。愛してると、素直に言えるのだから。




