第7話 第八層へ続く階段
崩れ落ちたゴーレムの残骸の奥。
ぽっかりと口を開けた暗い穴から、冷たい風が吹き上がってくる。
「……こんなの、設計図にあった?」
リリナが階段を覗き込みながら言った。
「ない」
即答する。
俺は何度も模擬ダンジョンの構造図を見ている。第七層が最深部。第八層など、存在しないはずだった。
だが、ログは嘘をつかない。
【未登録階層 確認】
【魔力濃度:第七層の1.8倍】
「模擬の数値じゃない……」
ミレイの声が、わずかに硬い。
レオンが腕を組み、階段を見下ろす。
「どうする」
「教官に報告するのが筋だ」
そう言いながらも、足は動かない。
未知。
未登録。
解析不能。
それは恐怖であり、同時に――
強烈な興味だった。
「カイル」
リリナが俺の顔を覗き込む。
「行きたいんでしょ?」
「……」
否定できない。
ログが微かに震える。
【未知対象 観測欲求上昇】
そんな表示はない。
だが、感覚として分かる。
「三分だけ」
レオンが言った。
「様子を見るだけだ」
「危険だ」
「ここも十分危険だった」
正論だ。
俺は息を吐く。
「……慎重に行く」
◇
階段は狭く、長い。
下るごとに、空気が重くなる。
壁には模擬用の魔導灯がない。
代わりに、淡い紫色の光が床の隙間から漏れている。
【魔力波長 未知】
【解析不能】
ログの文字が、いつもより鈍い。
ぞくり、と背筋が震える。
「模擬じゃない」
ミレイが小さく呟く。
「これは……自然発生型ダンジョンの波形に近い」
「学園の地下に?」
「ありえない」
だが、目の前にある。
階段の先、広い空間に出た。
第八層。
そこは、これまでの石造りとは違っていた。
床は黒い結晶質。
天井は高く、無数の光点が瞬いている。
中央に――
何かがあった。
球体。
浮いている。
淡く脈動している。
【対象:不明】
【危険度:測定不能】
「……ゴーレムの炉に似てる」
リリナが呟く。
「いや」
俺は首を振る。
「これは、炉じゃない」
波形が違う。
もっと広域。
まるで――
「ダンジョンそのものの、心臓みたいだ」
その瞬間。
球体が、ぴくりと震えた。
空間が歪む。
背後で、レオンが剣を抜く。
「来るぞ」
結晶の床が盛り上がる。
人型。
だがゴーレムとは違う。
滑らかな黒い外殻。
顔のない仮面。
音もなく立ち上がる。
【新規敵性反応】
【仮称:第八層守護体】
【戦闘ログ 自動開始】
息が詰まる。
第七層とは、質が違う。
「……カイル」
リリナの声が、少しだけ震える。
「倒せる?」
「分からない」
正直に言う。
ログが高速で解析を試みる。
【解析不能】
【行動パターン:不明】
「観察する」
俺は一歩下がる。
「先に動くな」
守護体が、ゆらりと揺れた。
次の瞬間。
消えた。
「上!」
レオンが叫ぶ。
天井から黒い刃が振り下ろされる。
リリナが咄嗟に受け止める。
火花が散る。
「速っ……!」
衝撃でリリナが膝をつく。
ミレイが氷弾を放つ。
だが、守護体は再び消える。
「転移……?」
「違う。高速移動」
残像が、かすかに残る。
【移動速度:測定不能】
【推定:第七層の2.4倍】
冷や汗が流れる。
これは、模擬の延長ではない。
「カイル!」
背後から気配。
振り向く。
黒い刃が迫る。
間に合わない。
――その瞬間。
視界が、わずかに先へ飛んだ。
刃が振り下ろされる映像。
自分が倒れる未来。
そして、別の軌道。
左に半歩。
体が勝手に動く。
刃が空を裂く。
地面に深い傷が刻まれる。
「……今の」
鼓動が早い。
ログが更新される。
【戦闘解析ログ 進化兆候検知】
【未来予測精度:微増】
ほんの一瞬。
未来が見えた。
偶然か?
いや。
第七層での干渉。
第八層の魔力。
何かが、作用している。
「カイル、読めるの?」
リリナが叫ぶ。
「まだ不完全だ!」
だが、さっきより“見える”。
守護体が再び消える。
今度は、右。
半瞬早く分かる。
「右上!」
レオンが反応する。
剣がぶつかる。
火花。
守護体が後退する。
【行動パターン 記録開始】
速い。
だが、完全な無秩序ではない。
軌道には癖がある。
「三回同じ角度で来てる!」
「ほんと!?」
「左斜め上から!」
リリナが構える。
守護体が現れる。
炎剣が迎え撃つ。
刃がかすめる。
黒い外殻に、わずかな傷。
【防御硬度:高】
倒せる保証はない。
だが。
解析は進んでいる。
恐怖の中で、興奮が混じる。
第七層より強い。
未知。
理論未完成。
成功率、算出不能。
それでも。
「……倒せないなら」
俺は歯を食いしばる。
「倒せる形を、ここで作る」
第八層。
学園の地下に隠された、本物の領域。
努力が通用するかどうか。
それを試す、最初の一歩だった。




