第4話 成功率二十一パーセントの壁
資料室の机の上は、完全に戦場だった。
設計図、魔力炉の理論書、過去の戦闘記録、俺の手書きの数式メモ。
そして、半分食べかけのクッキー。
「……粉、落ちてる」
ミレイが無表情で指摘する。
「集中力には糖分が必要なんだ」
ティナがもそもそと反論する。
「ならせめて皿を使え」
「……面倒」
リリナが笑いながら椅子をくるくる回す。
「なんか研究室って感じだね! でもさ、ほんとにいけるの?」
いけるかどうか。
それはまだ分からない。
だが、分からないまま突っ込むのは違う。
俺は端末に浮かぶログを睨んだ。
【共鳴理論 仮説A】
【胸部炉出力過負荷 → 背部炉引き込み】
【成功率:21%】
低い。
理由は明確だ。
「背部炉の周波数が確定していない」
「推定5.1じゃダメなの?」
リリナが首を傾げる。
「推定は推定だ。0.1ずれれば共鳴は起きない」
ミレイが設計図を指差す。
「そもそも二炉構造って確定なの?」
「昨日の暴走波形。明らかに二重干渉があった」
俺はログを再生する。
魔力の波形が重なり、わずかに位相がずれている。
「……ほんとだ」
ミレイが小さく呟く。
「でも、どうやって正確な周波数を測るの?」
「揺さぶる」
「物理的に?」
「違う。魔力的に」
俺はティナを見る。
「安定供給できるか?」
「……どれくらい?」
「一分間、一定出力」
「一分……」
ティナは少し考え、こくりと頷く。
「できる。多分」
「多分!?」
「おやつ二倍なら確実」
「分かった、三倍だ」
リリナが吹き出す。
「カイル、ティナ甘やかしすぎじゃない?」
「戦力だ」
俺は立ち上がる。
「実地検証する。第七層へ」
「え、今日もう行くの?」
「三日しかない」
時間は有限だ。
失敗すればするほど、成功率は上がる。
それが俺の戦い方だ。
◇
第七層。
重い空気。
昨日の戦闘の爪痕が残っている。
中央で、ゴーレムが静止していた。
だが、完全停止ではない。
胸部の魔力炉が、時折不規則に明滅する。
「……不安定」
ミレイが呟く。
確かに、昨日より波形が乱れている。
【暴走確率:微増】
ログが淡々と告げる。
「位置につけ」
俺は短く指示する。
リリナが前方へ。
ミレイが側面。
ティナが後方。
俺は中央やや後ろ。
「まず、軽く刺激する。リリナ、出力三割」
「了解!」
炎剣が唸る。
斬撃が胸部装甲に叩き込まれる。
ゴーレムが動いた。
右腕が振り上がる。
「右二歩!」
リリナが回避。
ログが高速で更新される。
【周波数測定中……】
「ティナ、今だ。一定出力」
「……いく」
柔らかな光が広がる。
安定した魔力波がゴーレムを包む。
胸部炉が反応する。
背部装甲がわずかに脈動。
「……来た」
波形が重なる。
【背部炉周波数:5.08】
「誤差0.02……!」
悪くない。
だが――
突然、ゴーレムが吠えた。
胸部炉が異常発光する。
「まずい、出力上昇!」
衝撃波。
ミレイの氷壁が粉砕される。
「ティナ、止めろ!」
「……もう無理」
魔力が乱れる。
ログが赤く染まる。
【暴走率:急上昇】
「撤退!」
リリナが俺を掴み、横へ跳ぶ。
背後で爆発。
石壁が崩れる。
視界が白く染まった。
◇
数分後。
瓦礫の外で、俺たちは息を整えていた。
「……危なかった」
リリナが苦笑する。
「成功率、どうなった?」
俺はログを見る。
【共鳴理論 仮説A】
【成功率:21% → 18%】
「下がった」
「ええ!?」
ミレイが眉をひそめる。
「なぜ?」
「暴走時、胸部炉が強制的に位相をずらした。干渉を拒否している」
「学習してる?」
「いや、最初から防御機構がある」
つまり、単純な共鳴では足りない。
もう一段階、理論が必要だ。
リリナが地面を蹴る。
「じゃあどうすんの!? 三日しかないんだよ!」
苛立ち。
当然だ。
俺だって焦っている。
「……方法はある」
「ほんと?」
「二段階干渉にする」
「なにそれ」
「先に背部炉を弱める」
ミレイが目を細める。
「冷却?」
「違う。逆位相」
ティナが首を傾げる。
「むずかしい」
「簡単に言えば、背部炉に“ずれた波”をぶつける」
「それ、できるの?」
「できるようにする」
リリナがじっと俺を見る。
「カイル」
「なんだ」
「……ほんとに大丈夫?」
一瞬、言葉に詰まる。
成功率18%。
下がった。
理論は未完成。
時間は残り二日半。
それでも。
「大丈夫じゃない」
「え?」
「でも、諦めない」
ログを閉じる。
「成功率を上げる。失敗分、全部積む」
ミレイが小さく笑った。
「理論家は面倒」
「否定はしない」
ティナがぽつりと言う。
「……次は、もう少し出せる」
「無理するな」
「おやつ四倍」
「……考える」
リリナが吹き出す。
笑い声が、少しだけ緊張を和らげる。
【共鳴理論 仮説B構築開始】
【成功率:18% → 19%】
わずかに戻った。
壁は高い。
だが、ゼロではない。
倒せない敵。
成功率二十一パーセントの壁。
なら、三十にする。
四十にする。
百にする。
力じゃない。
積み重ねで壊す。
それが、俺のやり方だ。




