第19話 王都研究局主席研究官エリシア
臨界まで四十八時間。
南区では守護体との戦闘が続き、地下では断片核が不穏に脈動している。
【供給周期:2.7秒】
【臨界推定:44時間】
加速している。
俺は石板に都市全体の簡易図を描きながら、何度も線を引き直す。
「三基……いや、四基か?」
「排出塔のこと?」
リリナが汗を拭きながら覗き込む。
「三基で分散、四基なら安定幅が広がる」
「でも時間がないんでしょ」
「ある」
「どっち」
「作ればある」
レオンが低く笑う。
「無茶を理論で通す気か」
「無茶じゃない。必要だ」
その時、地下封印室の扉が開いた。
青いローブの一団が入ってくる。
先頭に立つのは、長い銀髪を束ねた女性。
冷静な瞳。
周囲の空気が、わずかに引き締まる。
「封印状況を確認する」
落ち着いた声。
アーサーが一歩前に出る。
「王都研究局の方々か」
「主席研究官、エリシア・ヴァルト」
その名に、封印術師たちが息を呑む。
王都最高峰の理論家。
若くして主席。
エリシアの視線が、ゆっくりと地下室をなぞる。
そして――
俺で止まる。
「あなたが、灰牙洞で断片核を崩した学生?」
「……カイル・エルドです」
「報告書は読んだ」
淡々としているが、瞳の奥に熱がある。
「供給周期を読んで干渉させた。偶然ではないわね?」
「偶然ではありません」
即答。
リリナが横で腕を組む。
値踏みされている。
エリシアは核に歩み寄り、結晶に手をかざす。
「……確かに、再配分が起きている」
彼女の周囲に小さな魔法陣が展開する。
「灰牙洞の崩壊と、ここは連動している」
「やっぱり」
俺が呟くと、彼女が振り向く。
「あなたもそう考えていた?」
「はい」
「根拠は」
「広域魔力流の変化と、供給線の太さ」
石板を差し出す。
簡易だが、七本の主経路と圧の偏りを示した図。
エリシアは数秒見つめる。
そして、口元がわずかに上がる。
「面白い」
周囲がざわつく。
「面白い、ですか」
「十年研究しても“見えなかった線”を、あなたは見ている」
彼女の瞳が、まっすぐに俺を捉える。
「どうやっているの?」
「戦闘ログの積み重ねです」
「理論と検証?」
「はい」
「未来予測は?」
一瞬だけ、息が止まる。
「……あります」
「どの程度?」
「断片的です」
エリシアは頷く。
「正直ね」
彼女は核へ向き直る。
「臨界まで?」
「四十四時間」
「私の計算と一致」
地下室の空気が変わる。
対立ではない。
同じ式を解く者同士の感覚。
「封印強化は?」
封印術師が問う。
「意味がない」
俺とエリシアが同時に言う。
一瞬、視線が交わる。
「……流すしかない」
彼女が続ける。
「都市全体を使って」
リリナが目を丸くする。
「え、同じこと言ってる」
「排出塔、最低三基」
「できれば四基」
俺が言うと、エリシアが即座に答える。
「位相ずらしで干渉」
「周期は2.6、2.8、3.0」
「第四塔を3.2で補助」
完全に噛み合う。
リリナがむっとする。
「……なんか、息ぴったりじゃない?」
レオンが小さく笑う。
「理論屋同士だな」
エリシアは俺を見つめたまま言う。
「あなた、王都に来る気はある?」
「……今はこの街です」
「終わったら」
即答できない。
だが。
「国家単位で設計できるなら」
その瞬間、彼女の目がわずかに細まる。
「興味があるのね」
「あります」
リリナが横から口を挟む。
「まずはラーディア!」
「もちろん」
エリシアは微笑む。
柔らかいが、どこか挑発的。
「では、都市を救いましょう。カイル・エルド」
名を呼ばれる。
対等に。
【都市設計シミュレーション 再計算】
【成功率:68%】
「上がった」
「何が?」
「成功率」
エリシアが小さく笑う。
「理論は一人より二人ね」
地下の核が、再び脈打つ。
どくん。
【供給出力:上昇】
「時間がない」
俺は石板を握る。
「排出塔四基。即時建設」
「研究局も動員する」
アーサーが深く頷く。
「街の全力を使え」
リリナが拳を鳴らす。
「よーし、都市バトル第二ラウンド!」
エリシアが俺の隣に立つ。
「あなたの理論、見せてもらうわ」
「一緒に完成させるんです」
わずかに驚いた顔。
そして。
「……ええ」
静かに頷く。
三角の火種が、確実に灯る。
臨界まで四十四時間。
都市規模の設計戦が、本格的に始まる。




