第17話 暴走前夜のラーディア
ラーディアへ向かう街道は、妙に静かだった。
本来なら商隊や旅人が行き交うはずの道に、人影は少ない。
「避難が始まってるな」
レオンが周囲を見渡す。
道端には荷車。急いでまとめられた荷物。置き去りにされた木箱。
焦りの跡が残っている。
【ラーディア方向 魔力圧:上昇】
【臨界推定:96時間】
「……加速してる」
「え?」
リリナが横を見る。
「昨日より周期が短い」
「早くなってるってこと?」
「そうだ」
ミレイが静かに言う。
「再配分が進行」
遠くに城壁が見えてきた。
ラーディア。
中規模都市。
商業と石材で栄えた街。
だが今、城門は半ば閉じられ、兵士が慌ただしく動いている。
「止まれ!」
門前で兵士が叫ぶ。
「学園調査団だ」
ガルド教官が前へ出る。
「異常の確認に来た」
兵士は躊躇いながらも道を開ける。
門をくぐった瞬間。
空気が違う。
重い。
喉の奥がざらつくような感覚。
【都市内部 魔力密度:高】
「……濃い」
リリナが顔をしかめる。
広場では住民が荷物を抱え、不安げに空を見上げている。
子どもが泣き、母親がなだめる。
建物の壁に、黒い筋が走っている。
「侵食が始まってる」
俺は石壁に手を触れる。
【地下反応:強】
「地下だ」
「分かるの?」
ミレイが問う。
「灰牙洞と似た波形。でも、もっと広い」
城へ案内される。
応接室で、若い男が立っていた。
金髪、鋭い目。だがその奥に焦りがある。
「ラーディア領主、アーサー・グランだ」
まだ若い。
二十代前半か。
「学園から来たのは君たちか」
「カイル・エルドです」
「状況は最悪だ」
アーサーは地図を広げる。
「南区で魔物発生が急増。地下から黒い霧が噴き出している」
指先が震えている。
「封印魔法陣は?」
「研究局の指示で強化した。だが」
机がわずかに揺れる。
遠くで爆音。
「……持たないかもしれない」
俺は目を閉じる。
構造解析を展開。
【都市構造解析 仮起動】
視界の奥に、地下の線が浮かぶ。
中央から放射状に広がる魔力路。
灰牙洞より複雑。
そして太い。
「……断片核がある」
「断片?」
アーサーが顔を上げる。
「灰牙洞で崩したものと同種です」
「それが、ここにも?」
「はい」
沈黙。
アーサーの拳が机を打つ。
「なぜ今になって!」
「灰牙洞の崩壊で圧が移動した可能性があります」
「つまり……君たちのせいだと?」
部屋の空気が凍る。
リリナが一歩前に出る。
「それは違う!」
「事実かどうかを言っている」
アーサーの目は真剣だ。
責めているのではない。
答えを求めている。
俺は視線を逸らさない。
「可能性はあります」
リリナが息を呑む。
「だが、止められます」
「止められる?」
「灰牙洞より難しい。成功率は……」
【都市安定化成功率:57%】
「六割弱」
「低いな」
「現状よりは高いです」
アーサーは長く息を吐く。
「失敗したら」
「都市崩壊」
「正直だな」
「嘘は意味がない」
再び爆音。
南区で悲鳴が上がる。
【臨界推定:84時間】
「時間がない」
俺は地図を指す。
「地下封印室へ案内してください」
「何をする」
「構造を確認する」
「戦うのではなく?」
「戦うのは最後です」
アーサーは一瞬だけ迷い、頷く。
「案内しろ」
地下へ降りる階段。
空気はさらに重くなる。
床の魔法陣がひび割れ、黒い霧が漏れている。
【断片核 反応:強】
中央に、歪な黒い結晶塊。
灰牙洞より大きい。
「……やっぱり」
心臓が速く打つ。
怖い。
失敗すれば、この街が消える。
そして、それは俺の選択の結果になる。
リリナが隣に立つ。
「怖い?」
「少し」
「私も」
笑う。
「でもやるんでしょ?」
「ああ」
目を開く。
ログが静かに更新される。
【都市モード適応開始】
断片核が、低く脈打つ。
暴走前夜。
都市規模の理論が、本当に試される瞬間が近づいていた。




