第16話 再配分の兆し
灰牙洞から学園へ戻って三日目の朝。
講堂はざわついていた。
「東部で魔物発生数が急増しているらしい」
「灰牙洞の影響じゃないのか?」
噂は早い。
だが、俺のログは噂より正確だ。
【広域魔力流 観測中】
【再配分兆候 確認】
机の上に広げた石板へ、淡い線が浮かぶ。
灰牙洞で断片核を崩壊させた地点から、周囲へ放射状に広がる流れ。
いや――正確には、“引き寄せられている”。
「……やっぱり」
「何が?」
リリナが隣に腰掛ける。
「灰牙洞の核を壊したことで、近隣の圧が移動してる」
「移動?」
「核は単独じゃない。ネットワークだ」
ミレイが目を細める。
「理論は?」
「まだ仮説だ。でも、流れが変わっている」
【ラーディア方向 魔力密度:上昇】
「ラーディアって、灰牙洞の東側の都市だよね」
「そうだ」
レオンが腕を組む。
「偶然の可能性は?」
「低い」
ログを拡大する。
灰牙洞の断片反応は消失。
だが、その代わりに東部の波形が強まっている。
「……供給の再配分」
「供給?」
「七つの水路のうち一つを塞いだら、別の水路が増水する」
「例えが分かりやすいね」
リリナが苦笑する。
その時、講堂の扉が開く。
ガルド教官が入ってきた。
「静かに」
ざわめきが止まる。
「東部ラーディアで異常発生だ。魔物発生数が通常の三倍を超えた」
空気が凍る。
「灰牙洞の影響ですか!」
誰かが叫ぶ。
教官は一瞬だけ沈黙し、俺を見る。
「可能性はある」
視線が集まる。
俺は立ち上がる。
「教官」
「なんだ」
「ラーディア地下に断片核が存在する可能性があります」
ざわめき。
「根拠は」
「灰牙洞の崩壊後、魔力圧が東へ再配分されています」
石板を掲げる。
淡い線が、講堂の空間に浮かび上がる。
学生たちが息を呑む。
「……見えるのか」
教官の声は低い。
「はい」
断言する。
怖い。
もし仮説が間違っていたら。
だが、逃げない。
「ラーディアは今、圧が集中し始めています。このままなら暴走する」
「どの程度だ」
【臨界推定:120時間】
「五日以内に臨界」
教官が目を細める。
「自信は」
「六割以上」
「低いな」
「現状よりは高いです」
沈黙。
やがて教官は言う。
「王都研究局にも連絡が入っている。調査団が出る」
「俺も行きます」
即答。
リリナが驚く。
「カイル?」
「灰牙洞を崩したのは俺たちだ」
罪悪感が胸を刺す。
もし、本当に再配分なら。
守ったはずが、別の街を危険に晒したことになる。
「責任を取る」
レオンが立ち上がる。
「俺も行く」
「私も」
ミレイが本を閉じる。
「……おやつ持ってく」
ティナがぼそりと呟く。
教官は全員を見渡す。
「命令ではない」
「分かってます」
「死ぬな」
「はい」
講堂を出る。
空は曇っている。
遠く、東の空がわずかに赤い。
【ラーディア方向 魔力圧:上昇継続】
ログが静かに脈打つ。
灰牙洞は終わったはずだった。
だが、違う。
核は繋がっている。
倒せない敵は、構造で崩す。
だが今度は。
崩した結果を、設計し直す番だ。
再配分の兆し。
都市規模の理論が、動き始める。




