第1話 落ちこぼれと暴走火力少女
この物語は、「最強の力」で無双する話ではありません。
倒せない敵。
成功率二十パーセントの理論。
失敗の積み重ね。
それでも、諦めなければ構造は崩せる。
戦闘ログを積み上げ、未来を少しずつ読み、
やがて都市を、国家を設計していく。
努力で世界を変える物語です。
剣が、目の前で爆ぜた。
「うおおおおおっ! 燃えろぉぉぉぉ!!」
轟音と共に、炎の奔流が模擬ダンジョンの石壁を舐め上げる。赤熱した空気が爆風となって押し寄せ、俺――カイル・エルドはとっさに身を伏せた。
「リリナ! 出力上げすぎだ! 天井が――」
言い終わる前に、嫌な音が響いた。バキ、と亀裂が走る音。模擬とはいえ、ここは学園が誇る実戦形式の地下訓練施設だ。耐久結界は張られているが、無制限ではない。
「へ? あ、やば――」
次の瞬間、天井の一部が崩落した。
「うわあああっ!?」
粉塵と瓦礫が降り注ぐ。俺は咄嗟に魔力を練り、簡易防壁を展開した。だが出力は低い。衝撃が腕を痺れさせ、体が床を転がる。
「カイルっ!? 大丈夫!?」
炎の向こうから駆け寄ってくる赤髪の少女。リリナ・フレア。学園でも指折りの火力を誇る剣士だ。明るく、うるさく、そして考えるより先に斬る。
「……生きてる。けど、今ので耐久結界が三割は削れたぞ」
「え、そんなに!? でもあいつ硬いんだもん!」
彼女の指差す先、溶けかけた石畳の中央にそれは立っていた。
模擬ダンジョン第七層、未攻略ボス《ガーディアン・ゴーレム》。
全身を黒鋼で覆われた人型。胸部に淡く光る魔力炉。学園が用意した最高難度の試験用魔物だ。
俺たち三年生の間でも、まだ誰も単独撃破に成功していない。
「硬いのは知ってる。けど正面から最大出力は悪手だ。熱膨張で表面が強化される」
「なにそれ聞いてない!」
「さっき観察して気づいた」
「もっと早く言ってよ!?」
無茶だ。
戦闘中にそこまで分析する余裕はない。少なくとも普通は。
だが俺の視界には、うっすらと半透明の文字列が浮かんでいる。
【戦闘記録 開始】
【対象:ガーディアン・ゴーレム】
【攻撃パターン記録中……】
これは俺だけに見える“ログ”。
いつからか、戦闘中の動きや魔力の流れが、勝手に記録されるようになった。理由は分からない。才能とも言えない、地味で説明不能な現象。
だが――
役に立つ。
ゴーレムの右腕が唸りを上げる。
「来るぞ、右三歩!」
「えっ?」
俺の叫びに、リリナが反射的に横へ跳んだ。直後、さっきまで彼女が立っていた場所を黒鋼の拳が叩き潰す。石畳が粉砕し、破片が飛び散った。
「うそ、なんで分かったの!?」
「二回連続で同じ予備動作だった。肩部の魔力が〇・五秒早く収束してる」
「意味わかんないけど助かった!」
ゴーレムの動きは一見ランダムだが、完全ではない。魔力炉から四肢へ流れる導線に、微妙な偏りがある。
さっきからそれが、ログに蓄積されていく。
【右腕打撃:発動間隔 平均7.2秒】
【左脚踏み込み:発動間隔 平均12.1秒】
まだ精度は低い。だが、回数を重ねれば――
「カイル、後ろ!」
凛とした声が響いた。
振り向くと同時に、冷気が走る。空気中の水分が瞬時に凍結し、氷の壁が形成された。
次の瞬間、ゴーレムの衝撃波がそれに激突する。
パキィン、と氷が砕け散る。
「衝撃波まで読めるなら、先に言って」
淡い青髪の少女が、無表情でこちらを見る。ミレイ・アストラ。座学首席の天才魔法士。
「今のは予測外だ。ログが足りない」
「そう。なら、もっと殴らせる?」
「やめろ死ぬ」
リリナが不満げに頬を膨らませる。
「もう一回全力いく! 今度はコアをぶち抜く!」
「待て。コアは疑似炉だ。本体じゃない可能性が高い」
「え?」
ゴーレムの胸部に輝く魔力炉。誰もが弱点だと思っている。
だが、さっきの炎斬撃で分かった。
熱量が集中した瞬間、周囲の装甲に魔力が再配分された。まるで“守るため”に。
「……囮か」
ミレイが小さく呟く。
「たぶん。本体は別にある」
「でも時間切れ近いよ! 模擬戦終了まであと三分!」
学園の鐘の音が遠くで鳴る。制限時間を告げる合図だ。
ゴーレムが再び魔力を高める。胸部ではない。――背部。
ほんの一瞬、背中の装甲が脈打った。
【新規反応検知】
【背部装甲下に高密度魔力反応】
「背中だ!」
「はあっ!?」
「三秒後に回転攻撃が来る! その瞬間、背面が開く!」
確証はない。だが、ログの波形が示している。
賭けるしかない。
「リリナ、右から斬りかかれ! ミレイ、回転の反動を凍結で鈍らせろ!」
「任せて!」
「……了解」
ゴーレムが唸る。
一、二、三――
巨体が高速で回転した。
その遠心力で、背部装甲がわずかに開く。
「今だ!」
リリナの炎剣が、赤い軌跡を描く。ミレイの氷魔法が回転を鈍らせる。
そして、刃が――背部の隙間に食い込んだ。
激しい火花。黒鋼が悲鳴を上げる。
だが、完全には届かない。
「くっ……硬い!」
魔力が逆流する。リリナが吹き飛ばされた。
「リリナ!」
俺は駆け出すが、ゴーレムの拳が迫る。
避けきれない。
衝撃。
視界が回る。床に叩きつけられ、息が詰まる。
【損傷率:中】
【戦闘継続可能】
ログが、淡々と告げる。
くそ……まだ足りない。
データが、足りない。
鐘が鳴る。
「――そこまでだ!」
重低音が響いた。
瞬間、ゴーレムの動きが止まる。魔力が霧散し、黒鋼の巨体が崩れ落ちた。
粉塵の向こうから現れたのは、筋骨隆々の男。
ガルド教官だ。
「また無茶をしたな、フレア」
「だ、だって……!」
「エルド」
鋭い視線が俺に向く。
「お前、今のは見えていたな」
「……少しだけ」
「少し、か」
教官は鼻を鳴らす。
「戦闘力は並以下。だが観察は悪くない。前に出るな。勝ち方を作れ」
勝ち方を、作る。
その言葉が、胸に刺さる。
リリナが俺の肩を叩いた。
「ねえ、カイル。さっきの背中のやつ、本当に分かってたの?」
「仮説だ。まだ証明できてない」
「じゃあさ!」
彼女はにかっと笑った。
「次は証明しよ! 倒せないなら、倒せるまでやればいいんでしょ?」
単純だ。けれど、その言葉は妙に熱を持っていた。
視界の端で、ログが静かに更新される。
【戦闘記録 保存完了】
【解析精度 微上昇】
【戦闘記録 Lv1 → 熟練度上昇】
まだ勝てない。
けれど。
確実に、一歩は進んだ。
模擬ダンジョン最深部。未攻略ボス。
あれを倒せる形にする。
それが俺の役目なら――
やってやる。
たとえ、俺自身が最弱でも。
勝ち方を作るのは、俺だ。
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